第3話

 プシューっと、ボールは天空にい上げて、雲を抜けた太陽の光は対照的たいしょうてきな薄い陰をそれに掛ける。

 ばたき、自身を覆う程のでっかいつばさ土煙つちけむりを巻き上げて、運動しいの服装を身につけている悪夜をボールの元へ連れてゆく。


 悪夜はボールを回されして、翼が連れた黒い風にまれた。黒くでも、透明とうめい中身なかみが見えるの玉に閉じ込められた。

 角度かくどを付けて、悪夜の返り蹴りは玉とボールと共に下へ打ち出す。


「マリシアス、マター!」


 必殺技ひっさつわざらしい名前を叫んて、蹴られた黒い玉は矢の形になれず、ただ円形えんけいのままで回転かいてんし続け旋風を起す。

 どう見てもそのボール今は人間に対して凄く危険なオーラが放ってゴールへ向かっているのに。


 でもそこに人がいる。


 悪夜と同じの運動服をている少年はこんなでたらめの前にして、なおゴールを守るのような大幅おおはばな姿勢を取り、不敵ふてきの笑みを抱える。


「ほおおおおー」


 恫喝どうかついきおいに乗り、体を前傾ぜんけいして、その黒い玉ごと鷲掴わしづかむ。

 掴まえ、黒い玉に圧力を掛ける。どんどん圧縮あっしゅくされた黒い玉はやかで消却しょうきゃくし、残したボールは彼の掌の中にまた回転し続けている。


 ようやくボールを止めたら、彼は頭にせるピカピカの汗を洒落しゃれに振り払い、片手でサッカーボールを持ち出す。


「いいシュートだったぜ!」


 止めたあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 おううううう――!


 何処かから湧いて来た放送員の声と共に、現場は歓声かんせいを上げて、フィールドの人々がいわいに彼に駆けつける。


 最初に言っておこ、これは決して熱血ねっけつ超次元ちょうじげんサッカー番組ではない。

 その事情じじょうを知っているの悪夜は着地ちゃくちしたあと、彼はゴール前に誇張こちょうな反応ではしゃいでいるの友達に自分の頬を搔き、苦笑をほころぶ。


 何せ、そのシュートには

 そう、簡単にさっきのシュートをべるとなら、それはただ特撮とくさつを入れたボールをかるくに蹴るで成し遂げたシュートた。


 もしボールの軌道きどうを読めて、そしてとことん脆弱ぜいじゃくなものではないであれば、あのシュートは誰にも受け止めることができる。

 当然、今ゴールの前に集まった人達もこれを知ってて、また騒いでいるんた。


 ではなせこのような無意味なところに異様いような力を使えるのだろう?

 だって楽しかった、それたけの話した。


 重要じゅうようなのはあの一撃てくだした質量しつりょうではなく、大切なのは誰しも平等びょうどうな見た目た。

 それこそは彼の掛け替えもない中学生の日常た。


 まるでその平淡へいたんなる普通の日々さえも嚙み締めるのように、彼はバカのことにはしゃいでいる友達を感慨かんがい深げの目線で見つめている。


「おおい、今度は君がゴールキーパーになるのはどうだ?」

「いいよ、いまいく!」


 抑揚よくようが高いの空伝言に悪夜も同じ音量て返し、手を振りて返事をする。


「俺のシュートに止めきれるか?」


 プシューっと普通のシュート。


「いいぜ、こい!」


 グっと手を握って、パっと手を開いたら、発光はっこうする手からゴールを全面的さえぎる程の爪付くの黒い掌を顕現して、それを前方に構えてボールを防ぐ。


 かさなって言う、これは熱血の超次元サッカー番組ではない。


「デス・ザ・ハンド!」


 一方的に次元が違いのサッカーた。


 *


 時間は放課ほうかの授業にあと僅か、休憩時間が到来とうらいする同時に、悪夜は燃え尽きるの白に染められ、気無力きむりょくと机の上にうつせ。

 異世界から召回しょうかいされて、世間せけんを騒がす怪獣を小動物のように、投げ捨てたり、蹴り上げたり、神速しんそくに近づくおまけに魔法も使えるものの彼にも弱点じゃくてんがある。それは彼の頭はさっきとべた程に、また普通の中学生男子の智力ちりょくしか持っているんた。


 ヘブンズツウヘルの水曜日、それはこのクラスのみんなが毎週のこの日に付けた綽名あだなた。午前の体育授業て遊び倒した後に続くのは昼飯と昼休み、そこまではまさに天国のような手配てはいでしたが。名前の通り、そこからに繋いだのは、放課までの地獄のような数学と理学の授業が始まる。


 他の科目かもくならまだしも、積み上げてからしっかり聞き取れるの数学と理学は異世界て半年くらい生活してた彼にとって、もう少し辛抱しんぼうをするものた。


 はあっと風船ふうせんのように、肺部はいぶの気を吐き出すまでおさめないため息を吐露とろする。


 そんな悪夜に、何かが彼が差し出すの手のこうにつく、何のもので顔を上げると、そこに拳がいた。

(いや、あの指の関節かんせつを前傾するハンドシグナルは猫の手か?)


 更に上を向くと、容姿端麗ようしたんれい容光煥発ようこうかんぱつの彼の幼馴染、恵琳が彼の注意をわめきたことで、もう片方の猫の手で二回振る。


「猫の手、借りる?」


 ニヤリと小首を傾げる、愛嬌あいきょうたっぷりの仕草しぐさにその裏の恥ずかしさもちゃんと伝わってくる、でもそれよりもある情感じょうかんが彼の心上回っている。


「…………、借りる!!」


 シュっと迅雷じんらいなる一手が重なる二人の手の上に付けて、一拍遅くのリアクションに一瞬たけ恵琳は驚愕きょうがくの猫みたいに瞳を細めて、獣毛じゅうもうが立つの幻覚がみた。


「うん、じゃまずは机から上げて、私がノートを取って来るから」


 恵琳が彼の目の前に離れたあと、悪夜はすぐに半眼はんがんと変えた。何せほぼ全クラス彼らに見つめている。


 それから悪夜は恵琳からのノートを受け取り、チラッと中身なかみを確認したら、もはやパソコの整理と達筆たっぴつの綺麗さに彼は感嘆する。

 悪夜が自分の席に彼女のノートを見ていて、逆に恵琳は前の席を借りて悪夜が自分のノートを読む姿を見守みまもている。


「あの……こうして君のノートを借りてのは何だけど……、あんまりちろちろ見ないでくれる?」

「え?なんで?私のノートですよ?」

「借りて来たですからね!じゃあせめて俺を見ないで、注意ちゅういらすから」

「うん、いいよ」


 恵琳のよき返事に、安堵あんどして悪夜は視線しせんをまた彼女のノートへ戻る。

 …………


「ねぇ、状況はあんまり変わっていないよね?」


 そう、今でも恵琳は顔を同じ場所ばしょに向かっている。では彼女がうそついたのか、いや、もし彼女が言う通りするのかどうかと言えば、


「私は君のこと見ていないよ?見ているのは私のノートたけ」

「なんだその小学生の詭弁きべんは!」


 容姿端麗、学年トップクラス頭脳ずのうの持ち主なのに、あの幼馴染がこんな小学生みたいの悪戯あくぎをしにくることにツッコミし、吐息といきする。

 ま、彼女が自分を見ていないならそれでいいや、と思ったが、実際彼女の目の留める所はずっと彼のままた。


「でいうか、君の方はどうだった?確か君は少々成績が落ちたと言ったじゃないのか?」

「うん、それに関してはもういいよ。君のおかげで私はもうスッキリしましたですよ!」


 シンっと得意とくいな様に、両腕を上げる。なんで智慧ちえなことに自分の腕前を披露ひろうするのか分からないけど、悪夜の眉間みけんしわを寄せるのは恵琳の後ろから彼の鋭い耳に入るの唸り声た。


「スッキリしたで……!」「どんなスッキリ方なの⁈」「二人はもうそんな関係かんけいた……」「くそがあああぁぁぁあの異世界人め!」


 それらをえて無視して、悪夜は再びノートへ注意を戻す。

 筆記ひっき専念せんねんしたいから、例え比べるものにならないの自分のノートが持ってかれでも悪夜も阻止そししない。


「君の方こそ危ないよ。半年がったとは言え、今までの時間があれば今の進度しんどにも追いつけはず……あっ、そうか君は他のことをやりたいのね?」


 急に何かを思い出して、言い直した。こんないきなりかいを求めるの視線に向けられたら、悪夜はただ承認しょうにんするように苦笑いをこぼす。


「さすか優等生だよな……、頭をまわすの上手そうにみえるだが」

「今はその称号しょうごうを素直に称賛しょうさんとして受け止めるよ」


 チラッと片目をウィンクする恵琳。

 多分彼の幼馴染が考えた通り、その他のやりたいことは彼が先日て彼女に言い話した世界をわたる方法を探しているのことについてた。


「でもこのままでいいの?」

「いいのさ、今回は少々難しくて、焦っただけど。以前のようにテスト前に泥棒を見てなわいて合格点さえ取ればいいんた」


 真面目に生活を過ごしたい、だが他の人との約束やくそくがあってから、自分の生活の一部を消する折衝せっしょうの方法を取るのはよいこととして、恵琳はそう思う。

 ですがそれは人生として損する。前にも思っていだが、そのせつは邪魔が入ったから、言いそびれた。

 今回はリベンジと思え、はらをくくり恵琳はそう言い出した。


「でしたら私が勉強べんきょうを教えたらどう?」

「え?」

「え、ってのは酷い評判ひょうばんですよ。私が教えてるのは不満ふまんなの?」


 自分の胸を叩き、自信仰々ぎょうぎょうしく自己推薦すいせんする。突然なことに悪夜は筆記を置いて疑問を上げた、その反応に気に食わないの恵琳は唇をとがらす。


「いや、このノートがあれば結構けっこう神がかりなのに、そこまでわずらわせなくでも……」

「いいのよ、いいのよ。私にまかせて!それともいや?」


 これは彼女が自分の友達に対して見過ごせないに取った行動たから、もし相手が嫌っと言ったら、それは相手が本当に覚悟かくごが出来ての示し、話題わだいはこれておしまい。

 あごばらいながら考慮こうりょする悪夜を見て、恵琳は時間が遅くなるの体感たいかんが出来た。


「うん。いいね、乗った!」

「ホント⁈」


 いきなり上擦うわずる声を受けて、悪夜は片眉を上げる。そして自分の失態しったいを気付いた恵琳はコホンって状況ごと咳払せきばらいにして、話しを続ける。


「では何時勉強会するの?やっぱり放課後なの?」

「あっ、いや、放課後か……」


 もう少して話題がまともにする時に、悪夜はまた難しい顔に戻る。


「どうしたの?」

「いや、放課後ならばちょっとる所があったから……」

「寄る所……、あっ、そっか!れいけんだよね?どこに行くの?」

「図書館た、そこて本を返しに行く」


 机の傍側に掛けているの鞄をパンパン、ってただいて注意させる、そこに見ると彼の鞄はなにかをつつまれているように膨らむ。

 それが真剣しんけんに注視されて、一時悪夜は自分の鞄が何かあったのかな、と思えば、


「それエロ本とか入れたじゃなかったのか?」

「じゃねえよ!なんで俺がそんなもの入れたいの思っただよ!」


 フフッと、ツッコミがもらった恵琳は唇を当てて、嬉々ききする。でもそのあとまた疑問ぎもんに首を捻る。


「でもどうしよう……、時間を延期えんきするのかな……、あっ!」


 ポンっと、何かの考えを浮かったの恵琳は自分の手の平をつちって、人差ひとさし指を立てながら彼女は言い出す。


「じゃあ今晩は君の家にちょっとお邪魔しましょうか」


 リンゴンカンコンーリンゴンカンコンー


「あ、まあ、それは別にい……ッ!」


 ある感覚の奔流ほんりゅうが悪夜をおそい掛かる。急に立ち留まって、目を細くになる、恵琳がこうなったの悪夜を拝見はいけんするのはもう三度目た。

 そしてこうなったの悪夜は必ず何かを感じた、特にあいつらた。

 固唾かたずを飲み、もしかしたら最悪の場合全校生徒を避難ひなんの境地になるかもしれない。おずおずでも恵琳はゆっくり口を開く。


「ど……どうしたの悪夜、もしかしてまた奴らが……?」

「いや………」


 もしかしてもっと危険きけんな存在⁈


「もっと大変な存在なの?」

「違う……君は自分の口からもららしたわざわいがどれ程ひどいのか分からないのか?」


 悪夜はゆっくり人差し指を立て、恵琳の後ろへす。

 その指示しじに従って、恵琳も振り返ると、原因は早速さっそく突き止めた。


「ねぇ、聞いた⁈」「聞いたよ!今晩は彼の部屋に邪魔するで!」「噓だろう……、恵琳が……」「彼らやっぱり付き合っているんじゃん!」


 やっぱりある答えは振り返ると分からないものだね。改めてその言葉を知った恵琳は苦笑くしょうを抱える。

 ただ再び悪夜に向ける顔は噂話うわさばなしに付けていないように平静へいせいに見える。上半身を前傾して、笑みを掛ける彼女の顔は赤らみに染められ、まさしくこの学園の各学年の男子をとりこにするの乙女がチェリー色の小唇を開く。


「らしいよ。どう?付き合う?」

 ………


 ノッド。


 おどけ一つでも付けたいのに、まさか本当に引き受けるの予想外して、困った恵琳は手を伸ばして誤解ごかいくつもりだが――


 シュー


 何かが彼女の頭上ずじょうからよぎて、悪夜の髪に少しの揺らぎをもたらす。

 すると体育授業て悪夜と超次元サッカーごっこを遊んでたその一人が拳を前に出す姿が悪夜の後ろに現れた。

 振り返て、拳のこうを悪夜に向けてこう叫ぶ。


「おのれえええ!!悪夜アアアァァ――!!!今日という日に貴様を人間の意地いじを教えてやるうううう――!!!!」


 トンっと両手て体重たいじゅうあずけてこうべれるまま椅子から腰を上げて、そして振り払うのようにきびすを返す。


「やれるものならやってみなアアァァ――!!この只人間風情ふぜがアアアァァ――!!」


 こうやって勝負が分かりやすい火蓋ひぶたが切る、恵琳は再度に自分が罪深つみぶかきの女ということ心にめいじて苦笑を漏らしながら自分の頬を搔く。


「只人間か……」


 友人とのたわれことを言っているの承知の上であったが、その言葉を反芻はんすうすると、味は彼女の顔が顕現けんげんのように――


 寂しいがった。


 *


 そのあと、手合てあわせにもならないのあらそいは先生が教室に入るさいに、まるで何もなっがのように全てが収まった。

 時間は放課後から少し経過けいか。日が暮れて、この土地とちて住む人々が眼中がんちゅうに映る世界がおだやかてあわい黄色に包まれているところだった。


 スケジュールが新たの予定よてい挿入そうにゅうしていない以上、悪夜もさっき口に出したものを成し遂げる。

 ただ何かが想像と相異そういになると言えば、それは彼の幼馴染の恵琳がそばにいることた。


 二人は地下鉄を通して、地面に上がったら、彼らはすぐに一つ窓口まどくちが多めに装設そうせつされて、採光さいこうが良さそうの立派りっぱな建物の前に立っている。


「ねぇ、今更なんだけど、そもそも君には付いてくるの理由なんてないじゃねえ?」

「ホンット今更だよね!私がここまで付いてくるのに、今それを言うならマイナスですよ!」


 なら、そのトップを掴み取ったの頭脳て先に考えをめぐりたらどう?………なんで、フクのように膨張ぼうちょうする顔と腰を当てるの仕草から見て、話は喉の段階だんかいでつまずいてしまた。


「ま、でもこれからまた少し時間を取るけど、いま退けばまた三十パーセントの代金返却だいきんへんきゃくが貰えますよ」

「三十パーセントなんでも野良のら犬に嚙まれたくらいよ!ほら、はいよいかんかい」

「分がった分がった、押すなよ。本を返すのは君じゃないだろう?」


 こうやって悪夜は恵琳に押さえながら、彼らは図書館の入れ口に入る。


 木の匂いが充満じゅうまんする空間た。整列せいれつする本棚ほんだなの数々は視界しかいに映れ切れない程に多く、黄色灯りに付けて白い壁と合わせるこの場所の格調かくちょう顕著けんちょする。

 ここは悪夜が住むこの町に一番でっかい図書館である。この場所なら悪夜も彼が探す無理難題な目標の曙光しょこう垣間見かいまみえそうでしたが、最近は自分のでいりの程度ていどで、この光もドンドン消えてゆく。


 進入しんにゅうした先に、悪夜はここへ通う第一目途めどとして、本を借りと返すのカウンターの前に着く。

 その何時でも爆発しそうな鞄をけ、中身が載せる図書を返しにカウンターに置いた。


 最初はただ悪夜がどんな本を通して自分の念願ねんがんを達成するのか、好奇心のままに首を伸ばす。

 でもその後彼女はある異様いような光景に半口をした。


 一冊、三冊、六冊、九冊、十冊。どうやら悪夜は借りれる分を一回全部拝借はいしゃくしたらしい。

 鞄はともかく、一般の中学生がこんな図書のとう背負せおいながら歩くの、よっぽど力量りきりょう鍛錬たんれんしたいものが、それども本が好きなものしかないた。


 そしてどっちでもない悪夜はまさに半端でも吸血鬼のわがままを駆使くししたものであろう。


 ちなみに職務しょくむとして色んな状況を見てきたから、女職員が平然へいぜんと作業をこなしの思えば、処理中で頓狂とんきょうする恵琳と目を合わせした後、彼女は苦笑いを浮かべた。

 同じく苦笑て返すの二人のリアクションを見て、悪夜もつつしむことを考えた。


 ………一冊くらいで。


 当然、一回十冊を借りるくらいのいき込みがある悪夜たから、ここに来るのはたた返却へんきゃくしに来るはずがない。処理が完了かんりょうした際に、彼はすぐ本棚の方へ駆けつけて、恵琳も承知しょうちの上に彼の背中を追う。


 達者たっしゃの様に彼が付けた場所は彼の目的のキーワードらしきものの本がしるされて多数に並べている。

 本を引き出し、大雑把おおざっぱに内容を一覧する。少し当てたら左腕に置く、外れたら本棚に戻す。


 悪夜が手を出すの分野ぶんやは広い、彼の左腕に築く異世界や世界や時空の書名が付いて本のピサの斜塔しゃとうの中に、意味深くの文学書がいる以外にも娯楽ごらくをもたらすの異世界系のラノベもはいている。


 どんな造詣ぞうけいでも可能性がある、それ程彼の熱願ねつがんすがり付くものがないということ。でも彼の腕に立ているの世界建築けんちくが完成しつつ、恵琳はある問題が浮かべた。


「ねぇ、君を異世界へ自由に出入する本………本当にあるの?」


 切実せつじつな問題た、彼女の口ぶりからややうれわしげの感情が吐露とろする。

 それが耳に入った悪夜の横顔よこかおは切ないさに満ちて、静謐せいひつが流している。そんな彼の開口一番はそのことの可能が否や、ただ問題て返すたけだ。


「知っている?実はこの世界は俺以外でも他の異世界の転生や転移のひとがいるらしいよ」

「マコト⁈」


 悪夜の目標を抜けて自分のあこがれに関するものを聞き取った恵琳は思わず上擦うわず声音こわねを上げた。

「しい――」って、悪夜は険悪けんあくの表情て唇を当てで彼女に声を抑えるのめいじる。他に声の位置が判別はんべつ出来る人達もまるで機械のように一斉て彼女に嫌な目線を送る。

 紅潮こうちょうする顔の口をさえぎる恵琳をほっといて悪夜は話しを続く。



「ま、あくまでも俺を召喚したやつから聞いた話しだが、もし本当ならこの世界に帰ってきた方もいるはず。そして彼らが自分の経験を本にすれば――」

「――それで異世界に出入する方法が垣間見える」


 恵琳の補足ほそくに悪夜は頷く。

 そっか、なるほど……っと相槌あいづちする恵琳はまた新たの問題が生まれた。


「ではなんであの人が君たちを異世界へ送り込んだ?都合よく君たちをあの世界へ置いて、そして都合つごうよく君たちをこの世界へ返還へんかんする、それじゃまるで遊んでいるみたい……」


 それは一理があるの推論すいろんが、悪夜は首を横に振って否定した。


「というより実験じっけんた。だって俺だけが正式に彼女に送り返せた。他の人達は失敗して直接返せたそれとも、条件じょうけんが未達成のままそこに人生を送る、と彼女はそう言った」


 こっと外れた本を本棚に元に戻す。そして恵琳は顎をばらい、熟考じゅっこうにはまる。


「彼女?」

「注意するのはそこかよ?」

「ごめんごめん、でもミステリーの召喚者と言えば、やっぱりうるわしい女性限定げんていだよね!」

「ま……、改めて振り返ると確かに綺麗な方ではあるが、正直第一印象のおかけであんまり彼女のこと好きにならないた」

「ではどんな女子のこと好みなの?」

「それはノーコメント」


 流れは通用つうようしないことに、恵琳は残念の顔色を抱える。でもさすかに茶目ちゃめにも大概たいがいするから、彼女また話しを聞き始める。


「でもなんで君だけが帰ってきたの?」


 今度は悪夜が難しい顔するがわになった。


「さあな、確か……俺たけがすぐれた力の持ち主て、そしてなすべきことを成し遂げる?」

「なすべきことを成し遂げる……、それでもしかして……?」


 恵琳の疑問に、悪夜はただ左腕がいっぱい持たせている状態じょうたいて肩をすくめる。

 恵琳が思っていた答えは言わずとも分かる、それは彼と同じあの紫色の魔物のれに指しているだろう。

 だがもはや立証りっしょう出来ないの言葉に、話題は無理矢理むりやりに閉ざせれ。そしてトンっと悪夜が左腕に置いた本の塔も遂にあと一冊て一回貸せる本の数は限界まで到着とうちゃくする。


「あれ、それは……」


 そんな時に、悪夜が手を差し伸べた所に、あるものが恵琳の興味きょうみを引き寄せた。


「うん?ああ、サイバークローズリアライズね」


 書名を口にしながら悪夜はその作品さくひんを本棚から引き出す。


 一番顕著に作画された男女二人は、簡単な五官でも人が好かれるように綺麗に作れて、そして表紙全体が人の購入欲を昂るの精美に描き上げた本、まさに王道なラノベでした。


 紫色髪の男子と黄色髪の女子、二人は剣と巨剣を付いて、服装ふくそうはファンタジー的にだが、彼らをかざる背景の光は魔法のように不確定な光亮こうりょうであらず、科学を連想れんそうするちゃんと形のある発光体はっこうたいた。


「このまきちょうど見ていないね、私」


 人の注意をかう主題ですから、この作品は大人気でした。だが恵琳がこのラノベに留意りゅういしたもっともの原因は、


「ねぇ、そういえば、君はヒーローフィナーレが打てると言ったよね?」


 そう、あの複数ふくすうの兵器を一つの剣に集い、等身大とうしんだいの巨剣に合成して、それを繰り広げるの終盤しゅうばんへ突入するの攻撃、その出所でどころはこのサイバークローズリアライズ、という名のラノベにあった。

 そして話題に振られた悪夜はしかつらした。確かに彼はその話しを考えして口にしたことがあるが、あの日以来彼は一度でも動きにしたことはない上に、力持つの人として、他人の家芸いえげいをする気はないた。


 かと言って今更彼は男としての意地いじは、彼に二言を提出ていしゅつすることも出来ないた。

 こう思う彼はさりげなくあのラノベを本で出来たピサの斜塔の最後の欠片かけらにする。


「よし、これで終わりっと」

「うん?それでいいの?確かに舞台の主軸しゅじくは現実と違い世界だけど、それはオンラインゲームの……、ああ、さでは君は何かを逃避とうひするでしょう」

「さではで、何のことやら……」


 茶化ちゃかすすら入れでいない言葉を言いつつ、悪夜は本の塔を持ってカウンターの方へ歩いてゆく。

 むううと頬を膨らみ、でも相手がこうも分かりやすくげたから、風船らしく気を漏らした彼女はそのまま去る悪夜のあとについていく。


 そしてまるでビデオの巻き戻しのように、帰りも十冊の本を持ち帰ってのこと、女職員はまた恵琳に苦笑いを掛けた。


「あっ、しまった!」


 夜のとばりが下がりる。どうやら彼らが図書館ての時間はやや長く留まったらしい、外側はもうすっかり深海しんかいの色にしずむ。

 静粛せいしゅの図書館から離開りかいしたばかりに恵琳はすぐに抑揚よくよう高めた声音こわねを放った。

 非常に対照たいしょう的な体感たいかんだから、前にいた悪夜は不機嫌そうの顔てきびすを返す。


「どうした?」

「いや……、私、食材の調達ちょうたつが忘れてた………」


 目を傍側におよいで自分を失笑しっしょうを漏らしつつ両手の指をいじる恵琳に、悪夜はおもわず「はあ?」って、さっきの彼女と比べるの音量おんりょうを上げた。

 でっかい声を受けた恵琳は自分を守るために目と口を強く閉める。再び開けた眼球がんきゅう上目遣うわめづかいして、可哀かわいそうに見えるだが、悪夜は彼女を許すつもりはない。


「たから入る前に、先に帰ってでもいいって言っていたじゃないか?」

「だっで………うむむ、代金返却三十パーセントがうらめしいや………」


 意味分からないことをうなりする恵琳に、悪夜は胡乱うろんに自分の髪をかきむしる同時にため息をこぼす。


「でも食材を調達するくらいなら、別に今でもなせぬことでもないだろう?ほら、スーパーどか外食がいしょくどか?」


 確かに彼らが所在しょざいのこの国では、多少な時間がずれたとしてもまだ食材の調達や出来立ての料理を家に持ち帰る。だが悪夜が知らぬ、この国て十五年くらいらしている乙女が承知の尚且なおかつ悩むの真相は、


「やだ!そんなのまたふっとちゃう!」


 その男にとって些細ささいな一食さえも計算けいさんの内の乙女心でした。

 しかも彼女をここまでの境地きょうちに至るのは恐らく、先日て彼らの散策さんさくに彼女自身が為せた災いた。


「今具材ぐざいの入手の時間を兼ねて、家に戻ったらまた調理の時間があって遅く食いし、そして外食ならカロリーが無駄むだに高いし。このままじゃまたカップ麵タイムに突入とつにゅうしちゃうううう、ぅうう、ぅうううー」


 変に音を延びる恵琳は四面楚歌しめんそかなものことに頭を抱え込みながら左右振る。

 面倒臭い、自業自得じごうじとく、彼女をののしる言葉がいくつ生える、だが美麗びれいを保つこころざしは悪夜がとがめるつもりもない。

 はあっと毒を吐くのように吐息といきする悪夜は、ポケットの中から携帯けいたいを持ち上げて、手練てれんの操作てあちこちをいじりしたら、それを自分の耳元へ置く。


 づるる――ど!


 さりげなくの動作に奇声きせいを止めた恵琳から見れば、悪夜は電話を掛けるつもりのか分かる。だがたった一響て繋ぐの相手もとんでもない有閑ゆうかん持ちと思えば――


「もしもしお母さん?」

『はーい、呼ばれて答えて、私は悪夜のお母さんですよー!』


 おだやかでも、それと不相応ふそうおうな喋り方の合成音に対して悪夜は渋面じゅうめんを掛けた。


『どころで、私の悪夜どうしたの?ホームシック?何ならお母さんの元へ帰って、すぐに治るの抱擁ほうようをあげるからー』

「病んてないし、要らないよ」

『えっ?お母さんのこと要らないの⁈嗚呼ああーなんで悲しみ、不憫ふびんなり、お母さんは哀哭あいこくすべし』

「いや、あああぁぁぁー」


 向こうから個性強烈きょうれつの喋るぶりすることに、悪夜は苛立いらだちの声を上げて、それを聞いたお母さんは『フフッ』って、いたずらが成功のように笑う。

 あははは………、ってどうやらその人物は恵琳さえも苦手にがての悪夜のお母さんらしい、親子のやり取りを見て彼女はただ苦笑いをほころぶ。


「それより、お母さん今夕飯作っている最中さいちゅうだったよね?」

『ええ、そうなんですが、どうしましたか?また外食するのかい?』

「いや、もしよければもう一人分の夕食を用意よういできるかと……」

「へ?」


 それは電話でんわの向こうで上げた声ではない、声の出る所はすぐ悪夜の身辺しんぺんにいる。

 その鈴音すずねのように響く音を携帯を通してしっかり聞き取ったお母さんは急に沈黙ちんもくする。


『……………』

「お母さん?」

『お母さん、今日は腕前うでまえを全部絞りちゃうから!』

「いや、そこまで張り切っちゃうのも困る、普通のでいいから」


 はいーって、とし相違そういの返事を上げて承諾しょうだくを得た悪夜は、通話を消して、スマホをポケットの中へ収める。


「らしいよ、どう?乗るかい?」

「えっ?でも……いいの?さっきの会話にすればまるで私を君の家の晩御飯の御呼およびのような………」

「ああ、そのつもりだが?それともいや?今ならまたキャンセルが間に合うだが」

「いえいえ、もし私てよければ……、それにまた勉強を教える約束があるしね」

「ならば、決まりだな………って、どした?」


 もう話しが付いて、家に向かうつもりのところで、恵琳がじっと睨んでいるの見て、悪夜も疑問を抱いた。

 うむむ、っと値踏ねぶみのように前傾ぜんけいしてしばらく見つめたら、彼女はあごばらいながら信じがたいの口ぶりて言う。


「いや、なんだか……男前おとこまえだな……とっ思って」

「カッ、それは随分ずいぶん酷い評判ひょうばんだったな」


 不機嫌そうに言いつつもでっかい八重歯やえばを露出のニヤけ顔する悪夜、二人は歓笑かんしょうの雰囲気の中で帰り道へ歩く。


 *


「ただいまー」

「お邪魔しましす」

「二人共お帰り」


 まるで色んな手順てじゅんはぶけて彼女のこと身内みうちにとして迎え入りのような言いぐさに、恵琳の頭から疑問符が湧く。

 それ無視して、悪夜のお母さんの撫子はただ出迎でむかえしに来たから、すぐに振り返って台所だいどころへ帰る。


「さ、晩御飯の出来上がるまであと少しよ、先に荷物を置いてから降りてね」

「はい、じゃ物は先に俺の部屋に置いておこうか」


「うん」の同意どういを貰った悪夜は、階段かいだんへ導くよう先行せんこうする。確かに、また記憶のままの設置せっちでしたが、礼儀れいぎとして悪夜と数歩の距離を取った恵琳は、


「琳姉~~~~!」

「キャ!」


 自分に向かう声を聞いて、そっち向かう同時に、反応の余地よちもなしに、誰かが彼女へ飛び込む。

 全身が纏わりされ、その衝撃しょうげきは彼女をグルグルと数回の回転かいてんする。やっと止まったら、恵琳はしょうがないの顔色して、彼女を狼狽ろうばいする人を優しく床につく。


 フンっと目が四角の星となり、牛のように大息おおいきを放つ、その人物は悪夜の妹、静琉。


「こんばんは、静琉」

「お帰り、琳姉」

「へ?」


 もはや人を家に入れる時に身内の身分みぶんとして接触するを一種の流行りゅうこうかと思う程、恵琳の理解が追いつかないた。


「おい、妹よ、そんなサービス売っているの覚えはないぞ、ましては身内以外な人に提供ていきょうするとはな」

「ふん、このサービスは姉にしか提供するんた、欲しければアニはまた姉になればいいじゃん」

「それは結構」


 悪夜は妹好きて嫉妬しっとを招ぎた訳ではない、単なる家族と他人なのに、そんな差別に不平ふへいを抱いたたけ。

 そして逆にもう一つを言う悪夜の妹、静琉は凄く姉好きて、所謂いわゆる超絶ちょうぜつシスコンのやつた。


 いいのか、悪いのか、彼は男として生まれて、過剰かじょう愛慕あいぼを受けずとも、目上の人の憧憬しょうけいにも得られぬ。そしてお隣さんて彼と同い年の恵琳にその感情を投げた。


 ちなみに、もはや性癖せいへきに近いその気持ちを男の身である兄に打ち明けには決してしないだろう。そう、


(いかん、いかん。危ういのところて、危険な記憶がよみがえる。)

「また?」

「……ッ、俺たちは先に荷物を置いていくから、下で大人しく待ってで!」

「え、ちょっ………」


 こんな時に明晰めいせきな頭脳を持つ恵琳はすぐにある肝心かんじんなところを捉えて、それが気付いた悪夜は人攫ひとさらいのように彼女を階段へ連れていく。

 全てが早過ぎて残された静琉は、ただ彼らが階段をのぼるの見ているたけだった。



 時間は少し経った。それは恵琳にとってやや頬を引き攣るの食事だった。

 木製長方形ちょうほうけいの机の上に白いご飯に出来立ての焼き魚と味噌汁、それはこの国て生まれた恵琳が滅多めったに体験出来るの和膳わぜんた。

 文化の違いでもどれも匂いが滲む湯気ゆげ立って、あわいでもちゃんと染みつく味がずっと彼女の味蕾みらいを刺激する。


 でもあんまり味わえることが出来ないた。


 例え悪夜の家族から「緊張なさずに」「自分の家と思って過ごし」と言われでも、他人の立場である彼女は気にならないのは到底とうてい難しいことた。

 しかもまるで家に連れた女みたいな激烈の入籍にゅうせき(?)を受けたら尚更た。


 確かに一部の原因はそれからでしただが、彼女を張りめるの最ものみなもとはテレビだった。


『本当に怪獣がいた⁈大群民衆たいぐんみんしゅうからある有名の夜市よいちに怪獣の出現情報があった!』

 聳動しょうどうなタイトルにともない、現場の画面は人の仕業には思われぬ程の創痍が起こされた。


 地面のあちこちのくぼみが付いた。一線に引き裂かれたのもあり、大きくに陥没かんぼつされて洞になったのもあり。街灯がいとうが倒れたり、倒らないたり。


 画面から引っ越してまるでタイトルが本当のように緊張をただよい、晩御飯にしては、不向きのおかずですが、悪夜はそれを見届みとどけるの必要がある。

 何せそれは彼の秘密身分みぶんかかわっているからた。

 彼の超人なる五感から予測すれば、警笛けいてが耳に入るの時、車はまた遠い所に判別はんべつができて、警察にバレることは心配さずにすむ。


 ただ彼は何のさえぎもなく怪獣にいどむから、あの場所で目撃者が出たでもおかしくはない。かと言ってあったとしても、彼にもどうしようもないだろう。

 そして画面が一転いってん、数分前て見たことも聞いたこともある画面に戻る。

 すなわちそれ以上の情報がないと、ループしで事件の厳重性を伝えるコーナーになった。


 これを認知した悪夜と恵琳は、全身を緩める、明らか安堵あんどの様て小さく吐息する。

 まるで肩から重荷おもにを解けた気分て恵琳は、誰にも気づかぬようかすかに体を悪夜へ寄せて耳打ち程の小音て話しかける。


「良かったね、秘密身分みぶんはまたバレずにすむて」

「ああ、今回ばかりは肝が冷や冷やするなあ」

「二人とも」

「「ギグッ!」」


 喜びでも静かにはしゃいでいる二人の中に一声が割り込んたことに体が固まった。それは穏やかて質量しつりょうがあって、はじくのような綺麗声である。


「食事中は気を引き締めるの、耳打みみうちするの禁止」

「「は、はい……」」


 麗しき純粋じゅんすいなるお母さんの微笑みを見て二人は黙っていきぴったりふかふかの白いご飯を口に運ぶ。例え緊張する元はあの母上にあるとしでも。

「よろしい」って、言ったあと、撫子も魚を一口の肉を箸てつまみ取って、口に入れる。


 食事が完了した後、人の家でご馳走ちそうされの礼儀を尽くしたくて、恵琳は皿くらいを洗いつもりだが、まるで彼女を客として扱いしていないように、母の撫子はそれすらやらせなく、自分が家族全員(?)分の皿を洗いでいる。


 そして礼すらやりとけないの恵琳はただ席に付いて、撫子が皿を綺麗にするの待っている。


 どころで、に始め、皿を洗い中の撫子は家庭主婦のスキルを用いて、顔をテレビに向かいながら手も止まらず、後ろに声を掛ける。


「さっきの報道ほうどうって君たちの痕跡こんせきですよね?」


 むっと、口を閉める悪夜と必死に反応を抑えて腕が静琉の顔にスリスリされている

 恵琳。

 主人公ママ、自分の子供に向かっていつもバカ親みたいにヘラヘラ微笑ほほえんでいるだが、もし何かあったらその目尻めしりから必ず何かを捉える。絶対に悪いこと出来ないの、最高て最悪のお母さん。

 恵琳が授かったその称号しょうごおとれず、悪夜のお母さん、撫子は今でも発揮はっきしておる。


 確かに彼らの表現ひょうげんもそれなりに隠蔽作業していないが、まさか開口一番かいこういちばんて彼らが最も気が留めているのことあばくのは思いもしなかった。


「はい………」


 そして早々隠すを諦めたのも撫子の息子の悪夜た。どうやら彼にはいくつ洗礼せんれいを受けたらしい、さむないと彼はそう簡単に危険なことを打ち明けることはしないタイプた。


 コン!


 突如とつじょの響きに撫子以外の全員が一斉いっせいにその発声源に見ると、そこにつるつる陶製とうせいのお湯呑みを机に叩いた悪夜のお父さんの信義しんぎがいた。

 その動きを維持いじしているのまま、一声にも言わずのその様子、もしかしてそれを悪夜の悪い所行しょぎょうに勘違いして激憤げきふんしたの思しき、恵琳は慌てて説明したいが、


「えっ?そうなのアニ?悪さはいけないよ」

「いや、そうでもないだが……」


 恵琳の腕を抱きついている愛らしき静琉は、彼女の兄とうらみがあるように無関心むかんしんに喋っている。

 ただ悪夜は悪夜でこのおよんでまだ平然へいぜんの口ぶりをしている。


「そうよ、だからお父さんも過当かとうの反応しないの、さ、今度はどんな怪物と戦ったの?」

「えっと………トリケラトプス?」

「「え?」」


 聞き間違いと思って、静琉と撫子の声があらった。


「そ、そうなの恵琳ちゃん?」

「え?ええ、三つ角を持つ巨大トカゲ、確かにそれをトリケラトプスとしょうしでも適合てきごうかもしれない……」


 自分の息子が聞き捨てにならないの相手して、流石に沈着ちんちゃくの撫子も仕事を放置ほうちして振り返る。

 トリケラトプス、中生代後期白亜紀はくあきに生きて、名前の通り三つの角持ち四足歩行よんそくほこうの巨大恐竜。

 そんな明らかに戦いのための外形がいけいに、子供たちの間に人気がある上に、それと同様どうような戦闘力があるものでした。だから巨大カマキリを聞いたより大きな反響はんきょうが出た。


「アニ本当にそんなものと戦っているの?凄く危ないじゃん!」

「ま、それ程でも――」

「琳姉の玉肌たまはだにとって」

「お前さではうちの子じゃねえよな?」


 悪夜のツッコミに構わず、く静琉はもっと恵琳の腕を抱き寄せる。


「でもそんなが相手じゃ本当に危険だね、怪我どかあるの?」

「怪我は…………あった」

「えっ?」


 それを聞いた撫子は珍しく大人の余裕よゆうぶりは無くした。

 自分の息子は民の害を消却しているのは承知の上だが、もしその行為は悪夜に傷を付けるなら、気掛かりして彼を阻止したいのも親のわがままということたろう。

 ちなみに、信義はずっと寡黙かもくしているだが、お湯呑みを注視ちゅうししている彼もこのことを自分の息子に任せきりに悔しくそれを握絞にぎしめている。


「大丈夫なの、傷害しょうがいを受けた所」

「ああ、傷口きずくちの穴は勝手に埋め込むから」


 そう言いながら、悪夜は患部かんぶであったの両肩に払ってゆく。


「では君を傷つけたのはどのお化けものなの?やっぱりくだんのトリケラトプス?」

「いや、例の化け物のなら、そこにいるよ」


 悪夜は躊躇ちゅうちょもなく、すぐ傍側にいる恵琳に人差し指て指す。その行動を見た家族たちは共に首を傾げた。

 だがそんな奇抜きばつなこともあるように恵琳は申し訳なさの顔色でした。


「そうなんだ、とんだ相打あいうちだよね」

「本当に申し訳ございません」

「いいのよ、別に悪い気がしないでしょう?それに悪夜もそこまで気にしなさそうだから」

「いや、当時俺は凄く怒っている」


 あの時の状況を話したあと、恵琳は本気でお詫びを付けた、そして悪夜の家族や彼のお母さんはそれをめる気はないようですが――

 撫子はいま手を座っている恵琳の頭に乗せてスリスリしている。


 こうして見ると彼らは本当の母娘おやことして見えるだが、今、このタイミングで見ればまさに肉食動物が自分の獲物えものを面白がって楽しんでいるようにみえる。


「それにしても、琳姉はなんでこんなに遅くまで家に戻らないの?」

「後で悪夜の勉強を教えるつもりです」

「うわ……これはダメですよ、アニ、女の子に勉強を教えるなんで………」

「お前たけには絶対に言われたくないな!」


 例えお隣さんたとしても、年が違うの恵琳と静琉は悪夜なしじゃ何の接点せってんもないた。

 そう、実は静琉がこうして恵琳と接触出来るのは、悪夜のおかけた。


 ついてに、彼女が恵琳と同じ長さの後髪が持っているのは偶然ぐうぜんではない。「琳姉と一緒にしたい」って、言った彼女は恵琳と同じ後髪にした、ただ前髪まで一緒じゃないのは悪夜として何よりた。


「そっか、じゃうちの悪夜は任せたよ」


 こう言った撫子はようやく恵琳に自由を返した。手玉てだまに取られなくなった恵琳は本当の意味て全身を抜けたように吐息といきする。


 同意を受けたら、悪夜は恵琳を連れて居間いまから離れる、その途中で、


「あっ、恵琳ちゃん」

「うん?ど、どうしたの?」


 呼ばれて、やっぱり彼女の息子に受傷じゅしょうさせたことに、けじめさせたいと思って、撫子に向かう返事はやや呂律ろれつがずれている。

 それを見て自分が超過ちょうかのいたずらを押し付けていたことに撫子は苦笑を掛ける。


「そう構えなくでもいいから。それよりあとで少し話したいことがあるの、もしよければあとて家に戻る前に話そうか?」

「はい……」


 お互い頷けたあと、恵琳は悪夜の後ろへ追いかける。


 ………


 しばらくがって、悪夜の部屋は寧静ねえせいが走っている。

 確かに勉強を教えるには安静あんせいな環境がけるのはよくない話しだが、これは静か過ぎる。

 まるで何の独特どくともない悪夜の部屋を象徴しょうちょうするこの静かさ、ただパシャパシャ、っとページをめぐるの音しか流している。


「ねぇ、なんか君は不機嫌そうでしたね」

「別に」


 そう言った恵琳は本て顔を隠したとも、その唇はとがらすこと声を通して分かるものた。

 ちなみに彼女今持っているの本はさっき図書館て借りたサイバークローズリアライズ。


「分かった、悪かった、お願いですから、勉強を教えて本当にまった」


 両手を合わせて、頭を下げる。そんな敬を尽くした悪夜に対して、恵琳は「フン」って、頭を振り向う。

 長々ながなが反応がないの感じて、彼女は片目を開けて一瞥いちべつ。そこにまた首を垂れているの悪夜は彼女の心を揺らかして、長いため息を吐き出す。


「しょうがいわね、分かったよ。でもそれと相応なお詫びは用意よういしただよね」


 ブツブツと言いながら恵琳は悪夜の隣に移動して腰を下ろす。彼が部屋に来てからとこまでの進展しんてんにたどり着いたのを確かめるために、彼に寄せて、視界から入った横髪よこかみを耳に掛ける。

 その容姿とその仕草しぐさ、こうして近くに見ていると悪夜自身が男子として贅沢ぜいたくな位置にいること改めて実感じっかんした。


 むうっと、いつも返事をしてこないから、恵琳は顰め面て悪夜に向かう。

 少々恥を掛かることをやった、その自覚じかくがある彼は目を投げるようにそっぽへ向けて自分の頬をかく。


「ああ、そうだな………、あっそうだ、それじゃヒーローフィナーレだらどう?」

「うむ……、それじゃまた足りないね……」

「ええー」

「ああ、また私のこと面倒な女扱いでしょう!」


 む、恵琳の顔は更に膨らんでゆく。


「ではどうしたら機嫌を直る?」

「うむ……そうだな、じゃ私を連れて空に駆けるのはどう、なんだか凄くたのしそう!」

「まあ、飛ぶことない人にしては、体験するべきの快感だが、いつも君を運んでいるじゃん?ほら、危機がある時」

「あれは緊急事態でしょう、それにいつも咄嗟とっさにしたから全然楽しむことが出来ないよ」


 なるほどね、っと悪夜が相槌あいづちする。


「ま、それてよければ別にいい――」

「じゃ決まりだね!」


 話ししているの途中で恵琳は体を突き出し、向かう悪夜の話しを中断ちゅうだんして彼に上半身を退く。

 どうやら恵琳は凄く待望たいぼうしているそうなので、悪夜は苦悩くのうの笑みを抱えて彼女を押し返す。


「にしでも…………」


 ようやく機嫌が直った所て、恵琳はまた難しい顔色に染めつく。

 これは酷いですね。に開始かいしいして、ノートを悪夜の前に乗り出す、今度の勉強会は等々とうとう始まった。



「う…………はあぁー」


 大きく欠伸あくびを付いて、そして延びる程恵琳は長い息を放つ。


「はあぁー、お疲れ様、本当に助かった」

「本当ですよ、でも君は飲み込みが速いね、もしちゃんと勉強すれば今日もわざわざ私に頼んまなくてすむなのに」

「それはご謙遜けんそん、君の教えのおかげなのに、俺と俺の妹が太鼓判たいこばんを押す」

「それはそれは、どういたしまして」


 いつも通りの歓談かんだんしたあと、部屋は再び静謐せいひつが訪れ、二人は手を後ろに置いて上半身の体重をあずかる。

 テクタ、テクタ、テクタ、って閑静かんせいの部屋に唯一の音に注意に引き寄せて、そこに目線を付けると、自分の時計はもう九時に至った。


 中学生にしては随分帰宅時間に経っている、して男の子の家に邪魔する女の子は尚更た。


「ねぇ、君もそろそろ家に戻る時間だよね?どう、家まで送ってやろうか?」

「もう、私の家はどれ程離れているの思ってたの?」


 プスっと、冗談に引っかかったのは仮はじめのことて、すぐにその冗談に笑顔をほころぶ。


「でもそうね、私もそろそろ帰ろうかなー、お風呂も恋たしね………どうしたの?」


 もう一度悪夜に向けた時、彼は恵琳を見つめている。凄く専念せんねんてまるで体が抜けからになったようにずっと彼女を注視ちゅうししている。

 また一声悪夜に掛けたあと、彼はようやく我に返し、何かを振り払うみたいに頭を揺らす。


「いや、お風呂ですね?それならうちのお湯殿ゆどのを使いません、多分君の家より少しおとれて、い心地がないかもしれないけど、四人て使う場所ですから、きっとそのぬくもりがみるはず」

「もう、もしこれ以上私が君の家のリソースを拝借はいしゃくしたら、きっと君のお嫁さんに思い違いされかもしれないよ」

「本当に残って欲しいだ!」

「えっ?」


 立ち上がて離れようとする恵琳の腕を捕まう。

 タイミングに合わせて、最早プロポーズの宣言にきょかれた恵琳は赤らみ浮かんで、彼らの間はただ視線をわすたけた。

 雰囲気に眉間みけんてしわを寄せる、疑問に目線を変える、錯誤さくごに眼を閉じる。三段階の変化を遂げて、流れに疑問を抱いた悪夜は彼らの会話を吟味ぎんみするとようやく自分が未来をたくす言葉を言い出したことに淡い赤となった頬をかく。


「いや、あの………もう少し君にここでいさせたい……じゃなくて、君がこの家にまること考えたい……でもない、ああ!!」


 自分のつたない言葉使いに頭をむしる。

 切り替えるように息を吸いて、吐息する。そして再び恵琳に向かう面は真剣しんけんな色が付いている。


「とにかくた、外に出ないてくれ」

「外に?」


 恵琳の顔に染みつく紅潮こうちょうは去ってゆき、その代わりに彼女はうれい表情が掛けた。だって、悪夜の目に宿やどる捕食者の瞳がまた現れた。


「今度こそは……またあの魔物たちだよね?」

「ああ、だからよければ危機が去るまで、もう少し家に滞在たいざいしてくれ、その間で家の風呂とか、静琉の相手でもいい、少なくとも今外出がいしゅつするのは止めで」

「…………ふう、わかった、じゃ私は大人しく君のお家てお風呂場を借りようかな」


 なんで恵琳が一息をついたのは分からないけど、彼女が彼の意見を飲み込んでくれることに彼は安心する。


「うん、ならお母さんに通してやって、多分すぐにオーケーをもらえるかもしれない」

「それ、さっき私も凄く痛感つうかんした」


 いつも通りの会話をはじけたあと、恵琳は悪夜の部屋から出った。そこから彼女は本当に話た通り、お風呂場借りに行ったのか知るすべがない、いや、彼の感知かんち能力をもちいていれば盗み聞きや動作感知くらいは出来るだろう。


 だがそんな不埒ふらちなことする場合ではない。そう思った彼は、「さってと……」って始め、いつもの赤い執事服を身につけて、部屋の窓から抜けて人類には思えないはねのような軽い跳躍ちょうやくて道路へ着陸する。


 静かて、平穏な道路た。まるで全世界がただ自分一人の妙な優越感ゆうえつかんに吸血鬼特有とくゆうの夜のハイテンションが全身を騒がす。

 考えてみればごく普段でも悪夜自身はあんまり注意したことのない自家からもたげてみる月明かりと深海の空。

 今朝でも平常てこの通路をかよって学校へ向くことがあった、ただ全てが薄闇うすやみて掛けに変ったたけ。こんな変化のない道に事情が知らない一般民衆は多分またこの道で普通に歩き続いているだろう。


 でも悪夜は感じている、大気が乱れて、風が騒く。昆虫のうなり声が付いて、安静あんせいして獲物の首筋くびすじを狙うように。


「ま、今更勘違かんちがいとか言ったらカッコ悪いしな」


 そう心を開いたように言いつつ、悪夜は傍側に向いてゆく。そこて空気を揺らす紫色の群れがうごめく。



 テッタ、テッタ、テッタ。

 室内の白い湯気ゆげが視界を覆う程ただよう、そんな中でも薄らと見える、この空間は広く作れた上にまた一つの格調が付いているの淡い紫の壁。

 よっぽどの金持ちの家ではない限り、ここはお湯殿ゆどののこと推測が出来る。


 だが広い。まるでホテルレベルのお湯殿が目の前に映って、一分間てずっと入れ口てただずまっている恵琳はスボンとなった自分の体をさえぎながら驚嘆きょうたんの色が付いている。


「私の家より劣れるなんで……、さすかに親一人が日本人の家庭だね。ここは格調かくちょうがあるで訳た」


 そう思った恵琳は今日は長くお風呂するの気持ちて、先に体を洗いしにゆく。




「スワワワアアアァァッ!」


 飛びかかる巨大カマキリは見事みごと一刀両断いっとうりょうだんされた。

 パサーっと、誇張こちょうな音と共にまた立っている下半身から体液が噴泉ふんせんのように奮発する。

 そんな光景こうけいを見た、同族や敵は恐怖て棒たち、あるいは逃げたこともすじに合うことだろう。生憎あいにく、自作の赤い水晶の剣銃を持つ悪夜が向かっているのはそんな高級知性持つの生物ではない。


 悪夜を包囲ほういしているとも、彼の背中を狙っているの仲間の命がこうも簡単に落すのいなや、奴らは次々と彼へ殺到さっとうする。

 当然、こんな群れですから、また青二才の悪夜も奴らをことごと斬殺ざんさつでも心を痛いずにすむ。


「おかしな……」


 自身さえ積極的にこの魔物の包囲を切り開くつもりだったのに、もう少して一点突破とっぱのところて必ず邪魔が入って、再び薄弱はくじゃくの勢力に向けたら、そこにもう兵力が補充し、また抜けることが不可能になった。


「………うん?なるほどそれを破壊さねればまた湧いてくるか」


 こんな時不幸中の幸いにまた新手あらてが出現するの感知た悪夜は、魔物が無尽蔵むじんぞうに湧いてくるの原因は突き止めた。

 それは先日てあのトリケラトプスが空中て開けた穴と同様どうよう、ただそれより小さいのバージョンは魔物たちを輸送ゆそうする。


「スワワワアアアァァァー」


 背中から高く鎌を構えたカマキリに、全身を空にひるがえして攻撃をかわす。そして落下する時に、攻撃するカマキリを踏み台にして、更なる飛躍ひやくを遂げる。


 その魔物を喚き洞の上に到着した悪夜はそのままで握っている武器を振り落とす。


 ビギャ――


「えっ?なになに?これは押しじゃいけないスイッチなの?」


 同刻、静琉があれこれを模倣もほうしたいのおかけて、恵琳が自家にいなくでも、慣用かんようのシャンプーを使えるように至った。

 だが彼女が洗髪剤せんぱつざいのボタンを押した途端とたんにまるで効果音に掛かった硝子ガラスの割れ音が彼女の耳に伝えてくる。

 なにか人の家て無礼ぶれいな行動を取ったのかと、勘違いした恵琳は慌てて首を振り回して被害かくにんを確認しようとする。


「ったく………、なんで勝手に人の家を争い場にするんだよ………」


 人の話を聞く耳が持たないの魔物集くらい承知しょうちの上ですが、悪夜がえて口にしたのはただのはらいせた。

 悪夜の状況は今だにかこまれたの状態だが、あの空洞を切り刻んたあと、魔物の数は明白めいはくに減少した、さっき悪夜が殺した数と比べものにならないしか残されている。

 そしてなせ悪夜が苛立いらだちっているのか言うと、それは戦場せんじょうが彼の家の裏庭に変わった。


 元の原因は悪夜の目の前に魔物の壁で守られている新種しんしゅた、背中に大筒おおづつ背負うの巨大クモ。

 悪夜のルービーの赤い目てあれの戦略せんりゃく利用を捉えて、彼は真っ先にあのクモを攻撃するところだが、あれは逃げ回るのが上手なので、長々ながなが当てません上に、戦野を自家の裏庭に連れてきた。


 向かってくる攻撃を流して、家を壊さないように銃モードへ変換する武器て魔物をうち抜く。そう続ける間にあのクモの筒の奧くから光が湧いて、どんどん膨張ぼうちょうする光はやかで――



 ドン――


「えっ、噓⁈私そんなに太ちゃったの⁈」


 自分の身を浴槽よくそうに入り、湯につる同時に、質量があるの重い音を聞いた恵琳は乙女の事情に煩悩ぼんのうする。

 お腹をつまみだり、浴槽から出たり、もう一回お湯に入ったり、その結果はやっぱり理想りそうではないことに、彼女の顔はフグのみたいに膨らんで、浴槽て身を隠すようにお湯を肩まで及ぶ。



「後は貴様たけだぞ、ちょこまかなやつめ」


 周囲のあちこちは魔物たちが赤色の水晶に貫通されて痙攣けいれんしているの地獄絵図じごくえずた。そして残されたのはあの生物の自律じりつ八足歩行砲台に見えるのクモたけだ。


 最早己の盾がおらん、戦略的に劣勢れっせいの立場にいるなおも逃げずにやけのように足をしっかり地面につく。

 その大筒の奧から光がトントン浮かべ、それは砲弾ほうだんを打つの合図あいずてさっき悪夜が体験したものた。

 幸いあの時また余裕よゆうがあって、砲弾を銃モードの武器て殴り消すことが出来た。


 さすかに攻撃のチャンスを与える、悪夜はそんな人よしではない、武器を一振りして、再び剣の模様もように切替。

 自家の芝生しばふを惜しもなく、くぼみを作るの足取りて一瞬そのクモのふところに飛び込めて、致命の剣をクモの大筒から身体へ刺し込む。


 びぐびぐと、悪夜に串刺くしざしされながらも、命の足搔あがきて八の足て体を支えようとするだが、傷害しょうがいには耐えられないのクモはやかでいつくばって、生命が消えるさだめ。


「ふう、これで終わり………うん?」


 もう何十体を倒した悪夜は命を捉るものの辛い息をついてではなく、疲弊ひへいに溜息をこぼすたけだった。

 だが相手の命が無くしたことに安心した悪夜は異常いじょうを感じて、クモのしかばねを見れば、その紫色の魔物はあわのように消失ではなく、なせだか体が膨張している。


「えっ?ちょう………ッ!」


 浮腫むくむ死体は膨大ぼうだいさに耐えずに、どんどん割目わりめが湧いて、その中からオレンジ色の光が潜り抜ける。

 そこそこのゲームを遊んでた悪夜がそれの真意しんいを気付いた時、既に手遅ておくれた。慌てて剣銃を抜け出して、目の前に赤い円陣のバリアを構える。


 ドカン!バギャー!


 爆発に飛ばされた悪夜は続いて何かと衝突しょうとつして、綺麗な割れ音を立つ。全身を翻して、片膝と手を地面についで慣性かんせいを防ぐ。

 気が付けば彼はもう一つ湿り気が多いの広い空間に入った。紫色の壁にこの国では滅多にない程の綺麗て完璧の浴室設備。


(ああ、うちの風呂場じゃない。うわ、やっばっ、ということはさっき俺が壊したものはうちの窓ということ……?)


 のちほどのお母さんからのお説教に怖気おじけづいた悪夜は頭を抱えて小さく吐息した。


 テッタ。


 すると悪夜に何かを伝えるように、一しずが落ちた。

 後ろに気配がある。しかもその正体の内側うちがわに血が凄い勢いで奔流ほんりゅうしておる。っと、以上は悪夜の感知かんち能力てとらえた情報た、あとはその情報を目て確かめるたけ。

 そこにおずおずと目線をおよいたら、自分の幼馴染が一掛けもない姿た。


 一瞬たけ悪夜の時間が凍結とうけつされた。


 本来整然せいぜんに保ってた髪は水に流されたことで少しみ乱されてでも、水に掛けた髪はまた一層ツヤつく。髪からしたたる雫が自然のまま流して、十五歳の少女にとって少しばかり豊沃ほうよく的な彼女のラインを際立きわだたせる。


 そして流しに見たところちょうど暖かきお湯から上がったばかりの彼女の白皙はくせきの肌は血が少し強めに通して彼女のぬくもりをかもし出すように赤らみが浮かべる。

 頬も誰かに目視による紅潮こうちょうが迎えいながら少し眉間みけんを絞める彼女の初々ういういしさを感じ取ることに彼女は煽情せんじょう的である。


 間違まちがいない悪夜は男性として名作めいさくを見ている。

 だがそれも花のように一頻ひとしきりな眺めた。

 段々だんだん思考が追いついたの恵琳は徐々に顔をしかめて、そして弓矢のように限界まで絞めたら、


「キャアッ!ウウウゥゥゥ――!!」


 恵琳は叫んだ。でもたった一声て意識が戻った悪夜は自分の能力を悪用あくようして、不逞ふていな輩のように咄嗟とっさに彼女の口を手で防げた。


「ごめんなさい本当にごめんなさい君は凄く痛める困っているのが承知の承知の上ですが、どうかこれは不幸、不意打ふいうちな事故て俺は凄く不本意、不恣意しいでこんな場面に至ることを理解して俺は君になにもしないのを信じてくたさい!!」


 二人の顔しか映るまでちぢんで、必死ひっしてまくし立てるに喋り倒すところを見て、彼が意図いと的にこの状況を作っていたことを恵琳は理解した。


 でも納得はいかん!


うのちゅうへつらっふぃふへぇふぇこの超絶ラッキースケベ!」


 冷静れいせいを取り返したのもまだ、悪夜の手から覗いている恵琳は形相ぎょうそうを掛けている。

 悪夜のは咎める筋合すじあいはないが、あちら側は一方的に損したひとから、悪夜は振動している掌を耐えつつ、しょうがなくその拙劣せつれつな称号を受ける。


「恵琳ちゃん、どうしたのー?」

「……ッ!」

「……………………………ッ!」


 ふっと、撫子の声が外側から入ってきた、その声音を聞き取った恵琳は大息を吞んて、目を丸く広がる。

 少し大袈裟おおげさしたが、これはまたよさげの話。

 悪夜の方はまるで世界が終焉しゅうえんへとげられた顔でした。


 このまま下けだいだか、窓口はもうボロボロて出口にして使えたいのなら、二回傷害しょうがいしなきゃいけないた。かと言って隠れ場所ばしょのないこの空間は何処へ逃げればいいか。例え異世界から戻って来たの悪夜さえこんな絶体絶命ぜったいぜつめいな状況に嵌っでしまた。


 こんな理不尽りふじんのことにもてあそんて嚙み殺すの悪夜を見て、恵琳は溜飲りゅういんが下がるように溜息をこぼした。

 変わった息を感じた悪夜はそっちに向けたら、問答無用もんどうむようて彼の白いえりが捕まれて――


 パサー!

「恵琳ちゃん、どうしたの?」


 カラリっと、先程より近い声を立てたあと、開門かいもんする撫子の視界に映るのは、恵琳が湯船に入ったばかりて、水が彼女の小柄こがらじゃ信じれない程の洪水こうずいがこぼす。

 あと必ず気になることに、何かしらでっかいものに衝突しょうとつして片方の窓口が復帰ふっき不可能な形となった。

 とう見ても大惨事だいさんじな状況て、さすかにいつも微笑ほほえみを抱えている撫子も目を開くことになってしまう。


 そして恵琳はどんな手品てひんて悪夜を隠したのかというと、彼をお湯に投げ込み、恵琳自ら彼に上昇じょうしょうさせないの重い石となり、ついてに視界の妨害ぼうがいも兼ねている。


「えっと………これは?」

「えっと……さっき、さっき巨大コウモリが突入とつにゅうした!」


 なんでかしら、無能力者の恵琳さえもお湯から何かのエネルギーがみなぎるの感じ取った。


「巨大………コウモリ?」

「えっ………ええ、そう。巨大なコウモリが突然窓から突き込んて、暴れたあとまた飛んでいった」


 シューっと巨大コウモリ(?)が窓へ飛んでゆくの人差し指て空に描く。その顔には冷汗ひやあせやお湯どちかの雫が垂れながら不自然なみを掛けている。

 そんな明らかな恵琳に対して撫子は何かに引っかかうように熟考じゅっこうにはまる。

 そして――


「それは――」


 大変そうですね!


((なんで開けた⁈))


 盛大せいだいに、しかもおだやかな笑顔を綻ぶ。敢えてまた言いましょう撫子は正真正銘の主人公ママである!

 何かさとられ、屈辱くつじょく忸怩じくじを受けて今までのない紅潮が浮かべながらも撫子に話を掛ける。


「あ……あの、おばさん。私、実ははだかが見られて凄く困りの人なので、よろしければ離れると助かる」

「あらまあ……、それも凄く大変そうですね。分かりました、それじゃごゆっくりぃー」


 カラリっと、手を振ってきびすを返す撫子が閉門へいもんしたあと、静謐がお風呂場にたずれる。


「はあー」


 脱力だつりょくに両肩を落として、ついてに大息をこぼす。今日の出来事によって例えここがいかなる風雅ふうがが付いていたとも、ここを借りることはもうないだろう。

 そんな時、いつもお湯の中にめられた悪夜は上半身を上げて自分の母の行き先に向ける。


「さっきの、多分もう気付いただな…………」


 そうね。って相槌したいだが、どうにも場が悪くて、げっそりの気分きぶんでも、らしのように悪夜の顔をお湯へ押し返す。



 場所はまた悪夜の家の裏庭にうつす。

 あっちこっちに散らかすの鈍色にびいろの液体を見渡みわたした恵琳の顔は実に不機嫌ふきげんでした。

 なにせそれらはあの魔物軍団の体中に流れているの液体えきたいである。その体液がとこでも付いているでことは、彼女の裸が男性に見られたの罪人ざいにんが実在しでも、もう雲散霧消うんさんむしょうに消えたということ。


 そして彼女が正当にぶつかる相手がいなかった。

 確かに最も彼女の裸を見ちゃった人は悪夜であるけど、周りを助けた彼に怒声どせいを上げたのはただのたりに過ぎないた。


 だからこそ不服ふふくた、不平不満ふへいふまんた。

 そんな恵琳に声掛けるのは、まさしく彼女の掛けのない姿を眼福がんぷくしたの悪夜た。


「凄く……不機嫌だな………」

「当然よ!私が大事にしてた体が男の子に見られたんですよ、日本人の言葉によると私はもうお嫁さんにいけませんよ。それどもあれか私の裸を見て良かったと思ってたのか?」


 実は最後のあれ、恵琳はそうであって欲しいた。虐待ぎゃくたいされたいの聞こえるだが、逆に言えばそれで彼女は腹いせの人形が出来たでことた。

 さすかに悪夜は空気を読めない人ではないから、否定して首を振る。


「こう言ってのはまるで君の肌を値段ねだんを付けのようなものなんですが、良ければまた何かして欲しいことがあるなら……ご清聴せいちょうする」

「………、もういいんだもん、どうせ私の裸を見た君はその記憶を連れて、異世界へ帰るたもん」


 謝るようとする悪夜に一瞥して、また唇を尖らせる。

 一見ただのすねねているように見えているが、その裏の解釈かいしゃくを読み取った悪夜は苦笑をかけた。


「おいおい、まさか便乗びんじょうするつもりはないよな?」

「さしがいいね、それ、やっぱり異世界へのチケットだよね?」


 彼女の思惑おもわくを掴めた悪夜に、恵琳は人差し指て彼の鳩尾みずおちへ突く。そこに予想通り彼の服をして指先から何か人体以外のものが付けているの伝わってくる。

 それを聞いた悪夜はまいったのように吐息する。


「確かにあの時は流れて持ち出したけど、やっぱり気付いたのか、これは入場券にゅうじょうけんのこと……が、君の才智さいちならそのあとのことも分かってういるはず、これは片道切符かたみちきっぷということを」

「うん、予想はした」

「ならばどうして?この世界そんなに悪かったなのか?」


 恵琳は首を横に振る。


「私がこう決めたのは君だからたよ!」

「は?」


 いきなりの告白に、悪夜は間抜まぬけになった。このタイミングでこんなことを言い放ったのはどんな意味に指しているの恵琳は分かっているから、彼女の顔が赤らみを浮かべた。

 でもそれはそうではないこと、再び悪夜に向き合う面はいたに真剣て何の愛慕あいぼに込めていないて示した。


「百年の間に何の出会いも求めなくて、ただいたずらに現状げんじょうを満足して、そんなじゃ……、まるで昔の私みたいじゃないですか、君のおかけで捨てた私に……」


 思わずに面食めんくでしまった。色褪いろあせた途方の記憶にそんなものがあった、才能があるけど表情のない一人の女の子と彼女に心を知るされるために毎日愛を告げるバカの男の子の話し。

 引き出された遠い昔のことに、二人は嚙み締めるのように静寂が流している。


「ブッ、ハハハハハハハハハ――!!」


 そんな状況を破るのは悪夜のいたたましい笑い声た。

 むうっと、さすかに真面目まじめにやっているのに、急に笑えて飛ばすのは恵琳も唇を捻る。


「いや、すまんすまん、まさか己の言葉に言い返されるは思いもしなかった……。それにそれを今だに覚えているバカがいると思えもしなかった」

「うむ、だから最後のそれが感心ではないの思うけど」


 もっと頬を膨らんでいる恵琳に対して悪夜は目尻めしりについているなみだを拭き払う。


「でもまあ、確かに状況は違うから気付いていなかったが、やっていることは同じたな」


 ハハって自嘲じちょうする悪夜。


「では私を異世界へ連れてゆく気はあるか?」

「あげねぇよ、お互いまたまた長いだからな。まあ、でももし君が大きくなってもそんなような妄執もうしゅうが続けるのなら、考慮こうりょしやっても悪くはないな」

「少々残念けど、そうだね、もう少し待つにしよ」


 とっくに出来ているよ。のは彼女は口にしないた、それに来る冒険にする前に、これはただのお預けた。


「それじゃ決まったら……」

「うん、決まったら……」


「「あそこのお母さんは出てでもいいよ」」


 びぐっとまさかぬすみ聞きが二人にバレたことで角て壁にもたれているお母さんが跳ねそうになっている。


「おや、君も気付いたのか?」

「いえ、気付くよりも予想ですよ。そういう君こそ感知したのか、吸血鬼の力で?」

「おおよ、血が流れるものなら遠いでも感じ取れる」


 わざとらしくでっかい八重歯やえばを露出の笑顔をしつつ、胸を張っているの悪夜を見て、恵琳は少々羨望せんぼう眼差まなざして送る。

 もう決定けっていのように、撫子が出るのも待たずに二人は自分の発見する手段しゅだんを教え合う。

 そんな二人に彼女は苦笑いを掛けて、身を乗り出す。


「あらあら、私のことお母さん呼ばわりして、お嫁さんに来るの気取りが早いね」

「そんな気分なの。にしでもおばさんはどうしたの?」

「いえ、たださっき出るの見かけて、でっきりお母さんとの約束は忘れのかと」


 頬を杖して、うれいそうな表情、本当に心配しているのように見えたから、恵琳は慌てて両手を振る。


「いえいえ、そんなことはないよ、後程てまた訪ねしたいと思っていた」

「じゃあ二人も一旦終わったし、今から話し合うお。それで私の悪夜よ、先に退席たいせき貰えませんかい?それども君にめぐる女二人の争いは見届けたいのかい?」

「うわ、ちょう面倒くさそう。分かった先に部屋に上がってゆくから、二人共ごゆっくりー」


 手を振って、悪夜はその場から離れた。


「それでは少し散策さんさくしながら話そうか」

「えっ、ええ……」


 恵琳は思う、彼女はこのお母さんが何を考えているのか分からないた。最初に呼ばれたことも、今悪夜を引き返すことも、いたにシンプルなことを示している。

 それは悪夜を話から逸らすつもりた、また何かあるとしたら彼について何かを討論とうろんするつもりた。

 でもそうしたければ、もっと奇妙きみょうな言葉使いがあるはず、、もっと言葉のあやが運用できるはず、なのにどストレートに離開りかいの願いを下す。


 もし悪夜がその気があるなら自分に関することを傍聴ぼうちょうしたいと言ったらどうする?

 まるで悪夜が大人しく帰って、思惑おもわく通りの打算ださんた。


 重なって言う、やっぱり恵琳はこの主人公ママに苦手だった。


 嘆息たんそくをこぼした恵琳は、幼馴染のママと夜のお散歩という気まずいのイベントに付き加えた。








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