第2話

高雄カウション地区のある巷に李姓男性の屍体したいが発見し、見つけた時に首元くびもとはもういくつの嚙みつきされた……』


 ひどく嚙まえられた屍体を見つけた女子中学生は驚愕きょうがくし過ぎて、呂律ろれつが無くした”と言う聳動しょうどうなタイトルを伴い、端麗たんれいなる気品きひんを漂っているのアナウンサーが綺麗な口吻こうふんてそれと不釣り合い残酷な事件をかたっている。


 話が終わり、画面がめんは自分が注意しないでもいつも通りのある日の現場げんばと現場のスタッフに切り替えた。悪夜も記憶の連結れんけつが断ち切ったことによって平淡へいたんでも温かくて美味いな朝ご飯を堪能たんのし始めた。


 あれから二日、時間はまたあの周りが黒いに沈んだたとしても、黄色て穏やかな灯りに照らされ、黒いしかないの川面が向こうの都市を投影とうえいしてキラキラ輝くの夜た。

 圧倒的な勝利でもいのちをかかる戦いに身と心を侵蝕しんしょくされ。ようやく整頓せいとんした心拍しんぱく、瞬間また目の先の惨状に攪乱かくらんされてゆく。


 撃破されてまるで証拠を隠すように雲散霧消うんさんむしょうする犯人、首元が残忍て引き裂かれた異様なる被害者、そして外観たけて判決されそうな第一目撃者てある自分。まるで入神にゅうしんの技なる手配に悪夜はそれをけるすべはないた。


 当然、このまま立ち去るでもよい手に入る。誰かが異常いじょうを発見するの待つか、あるいはたまたま誰かが通りすがりすれば、その屍体の処理しょりはいずれ訪れるだろう。


「やっぱりお巡りさんに任せた方がいいな……」


 でもいつ知らずの縁に対して、悪夜はやかで自我じが罪悪感ざいあくかんに敗れた。

 おずおずでもゆっくりにポケットに手を入れて、その中にスマホと言うものの一端いったんを掴めて――


「待って!私に任せて」


 彼を呼びかけて、そして言葉の通りこなしたのは、この状況の第二の目撃者であり、同時に悪夜の幼馴染の恵琳た。


 悪夜の手を抑えている彼女の面持ちは真剣しんけんて真っ直ぐに悪夜に向かった。

 ただでさえ怪物を見た処て叫び声を遮断しゃだんするのは悪夜を感服かんぷくしたのに、まさか逃げずに、彼に向う顔色は負の感情一切滲みていないた。


 さすか優等生だな……


 こう冗談半分の考えを持つ悪夜は、彼女が正真正銘しょうしんしょうめいの頭脳派の優等生であること思起しきす。

 それて成し遂げたかもしれない、悪夜は意識を持って頷けて、彼女ののままに現場から引き下がった。


 その後、一度彼女の対処方法たいしょほうほうについて話を伺ったあと、悪夜はうっかり彼女の精彩せいさいを放った演技えんぎ破顔はがんになってしまった。


 ちょうど監視カメラのないその場所に、悪夜が離開りかいした直後、恵琳はあんな惨事さんじの第一目撃者によそい、今までかよわい女子中学生になすべき反応を現場に駆け付けたお巡りさんにぶちまけた。


 ここまでに回想かいそうして、まるで記憶に合わせるのように、テレビの画面がまた一転にして、あの容姿端麗でも必死に泣きわめくの幼馴染が目に映す。

 本当に必死し過ぎた。可笑しいくらいに、本人が迫真はくしんに至る芝居しばいを知ったのことを付け加えたら尚更なおさらた。


 没頭ぼっとうしようとしたとしても、頭と目に振り払いしきれないあの幼馴染の奇抜きばつな模様に彼はでっかいきばてご飯を口に封鎖ふうさしながらクスクスと笑いかける。


「あに、気持ち悪いぞ」

「悪い悪い」


 そんなマナーのない格好かっこうですから、家族の譴責けんせきから逃しがたいだろう、そしてその指摘してきを付いた家族は彼の隣に座っている年下の妹、静琉しずる

 肩及ぶの長髪に真ん中に分けて一筋ひとすじ清爽せいそうを流す前髪、肩口かたくちが大きく開いでも長袖て、短い黒いズボンて合わせの秋の家に居る軽便けいべんなセット。


 おさないとも綺麗な顔立かおだちが付いている彼女は美人になる未来が示している。ただ彼女の兄である悪夜に向う目つきはにべもなくて、その美人は少々歪んでクールビュティになるさだめがないかと、彼は心配している。


 ちなみに、彼らの向こうはまた一人が席に付いている。短い髪にして、メガネかけて、身の丈はスーツに似合ように高い。

 彼ら兄妹きょうまい歳離としはなれな感じに朝からスーツ付けるの堅苦かたくるしい印象いんしょうから見ると、言うまでもない彼らの父親である。


 ただ悪夜があんな行儀ぎょうぎのない気品きひんを晒すの父親として、見過ごせるのは良くないだが、実際のところ彼はずっと静聴せいちょうして箸は動いていないた。


 鋼鉄こうてつ信義しんぎ、外側は鋼のように冷たい堅物のに、中身はいつも心配性て家族を見守っているの、いたずらの子供の兄妹はそう名前を混ざって綽名あだなを付けた。


「琳姉がああなったまで泣いちゃったのに、なぐさめもなしに、笑いをかけてなんで酷いだぞ。」

「そこのところは見解けんかいの違いと言うことですよ、妹よ」


 見当みあたりが捕まない言葉に、静琉は眉間まゆかんにしわを寄せた。


「あらあら、結構近いな処に事件があるのね、あれもしかして恵琳ちゃんなの?」


 会話かいわから割り込んたのはちょうどお台所だいどころの仕事が終わって、タオルて自分の手を拭いていながら近づいてくる美麗びれいな女性。

 仕事易くこなすために一つ肩に垂れるツヤ付いているワインレッド色の長髪に、年長者のオーラを漂うの体裁ていさい付きとも、その面はしわ一つにも見つからぬ。


 言わなくじゃこのエプロン姿の女性はもう子供二人連れの母親が分からないだろおう。

 そう、彼女こそが席の隣てにらいて不仲ふなかの兄妹のお母さんだった。

 ただし、一見目尻が低い、微笑みを掛けて慈愛感じあいかんを溢れる彼女は――


「どころで私の悪夜、これなにぃー?」

「げっ」


 持ち出すのはいっぱいの黒い糸て二つのひらべったいくつむぎ上げたもの。

 ただそれたけのものに悪夜はあくびれるように、めた声を出した。


 彼らの母親はこんな性格だった、名の通り撫子なでしこの如く微笑みをほころぶ、美麗て母性の慈愛を溢れての彼女は誰しも、特に一部の男性にとって多少にプライドで引き換すともその愛を縋りつきたい女性。

 でも実際の彼女は愛するものを嫌がらせる程お見通みとおするの慧眼けいがん持ち、まさしく隠し吊り目の存在に、この兄妹の子供頃は幾度いくどのトラウマを受けてた。


「いやー、お母さん、なんで持つもの持っているの?」

「あら、持つものて分かるの?賢いのね」

「買い被りですよ、お母さん」

「いえ、賢いのよ。そんな息子にお母さんはお聞きしたいことあるんですよ」

「なんでしょう?」


 なせ、持つものは持つべきものの処にいないの?

 ムッと唇をざし、悪夜の瞳はおよいた。


「今でも完璧にトラベルバッグと連結出来るね、さぞかし切り味のいいものによぎられたね」


 触りつつもその持つものの末端まったんに目をかける。

 ひょっとして、にはじめ彼女は言い続けた。


「赤いものに切られた、な訳でもないよね?」

「いや、どっちかといえとも黒いものに……」

「ああ、黒いものにね」

「兄よ、ご愁傷様」


 パッと、妹は柏手はくてする。

 切り捨てしやがったな。


 彼女と協同戦線きょうどうせんせんの期待があるのに、まさかしょぱなから前線離脱ぜんせんりだつするの、悪夜は裏切り者を見る目て自分の妹に向く。

 ドンドン持つものを目前に持って来て、うるわしき笑顔をいて近づく母親に対して、悪夜は放棄ほうきと共に嘆息たんそくを零れてしまった。


 ただそれも食事しながら喋るものではないので、悪夜が払い皿いに話すのはその後のことた。


「巨大なカマキリね……お母さん虫が苦手なのにな……」

「色々ツッコミだいけど、あれはもう倒したですよ」


 指て顎を当たって、空目そらめをする母親はまるで本当に対抗たいこうするつもりの発言に、悪夜は突っ込むの心を耐えた。


「でもよくぞ戻ったでもそんなこと出くわしたのね、あに」

「さあ、本当逆らえないて権利濫用けんりらんようだな、運命様は」


 妹の問題に対して、悪夜はただ肩をすくめることしかないた、何せ異世界に行ったことも、先日てカマキリに出くわしたことも、彼自身が念願ねんがんを入れたものではないた。

 前者のような人為的なものはまたしも、後者はただの運次第うんしだいにしか思い当たらない。


「とは言え、あには闘ったちゃん、危険はない?」

「そうよう、力をもちいて怪物を打倒だとうするのはいいことなんですが、クレクレも身の安全は要注意ですよ」

「うん……分かっている」


 彼女たちの心配に悪夜の頷けは音量の小ささと等比とうひでした。

 言霊のない返事は悪夜が聞く耳持たないの訳ではない、彼は実際に経験することがあった、劣勢れっせいでも譲れない勝利を、彼は思慮しりょしたことがあった、がなければどんな結末に辿り着いたと。

 それを体験しできたの悪夜はそれと対等たいとう、或はそれ以上な規模きぼなことを履歴りれきに書き込みたくないの心境に至った。


 こんな時に、ニイウスは再び悪夜の幼馴染が哀哭あいこくするの画面に戻す。

 カマキリを倒した初日、各メディアは状況整理から新聞になっていないけど、事態の厳重さを感受かんじゅする程、このニイウスは昨日からずっと続いる。


「だから琳姉があんな珍しく号哭ごうこするんた……、ぷっ」

「おい、妹よ嘲笑ちょうしょういけないといったな」

「していない!大体だいたい私がやっても兄はやっちゃダメ」

「なんだその理不尽りふじん差別さべつは?」


「そうよう、女の子を笑っちゃいけないよ」

「いま性別の正論せいろん入ったら男としての返す言葉はないな」


 母娘ははむすめ両方の挟み撃ちに、悪夜は投降とうこうの白旗を開ける。


「これ以上冷淡れいたんしたら、兄を孤独な人生から救う一番の人選は遠くへ離れますよ」

「まあ、それは仕方のないことたな」

「え?」


 ここまで押すれば、自信がなくとも、高嶺たかねの花を取る優勢ゆうせいくらいは読み取るはずなのに、返す返事はにべもなく、けど機会を逃すの失落しつらくも交じている。

 悪夜も分かる、男の子にして、いや、単純たんじゅんに彼自身として、もしあの幼馴染と良い結果とあれば、それは願ったり叶ったりのことに違いない。

 だが――


「ほら、それはもう討論とうろんしたじゃん、将来しょうらいのことについて」


 軽口かるくちて言い出すつもりでした、でも悪夜の将来が討論した結果は空間を凍結とうけつする程、重量じゅうりょう増したものた。


「あっ、人生と言えばー」


 パット、そんな氷付いたの空気を亀裂をもたらすのは、悪夜の母親からの一拍手。


「ー来週はお出かけて君たちの祖父と祖母のの墓参はかまいりですよ」


 ただ、その内容を人生掛かるのはまた突拍子とっぴょうしもないことから、状況を取り繕くか、それとも一度それを言いたかったのか、悪夜と静琉は自分の母親に失笑しっしょうする。


「爺さんとお婆さんか……」


 ふっと悪夜は思考に入った、指て顎をあったて彼は思う。

 彼は異世界のこと見た、超自然的ちょうしぜんてきなもの見て、いえ、彼自身さえもそのたぐいの中にカウントされるだろう。

 今の悪夜は民間みんかんの伝説のこと信じている、たから墓参りする時に彼はどうお天道様てんとうさまにいるお爺さんとお婆さんになんで言えばいいでしょう。


「あっ、じゃ俺からも、お出かけで言えば、俺はあとで外出がいしゅつするの予定がある」

「はい!よい返しに良いと申すわ。ではあとだね?誰と?いつまで家帰り?」

「うん、あとで、恵琳と、多分夜まで」


 カチ、悪夜の時間は再び氷結ひょうけつ、さっきと同く重い空気が漂っていないが、視線内のものはすべて凍り付いたように誰でもびくっとしない。

 もしかして彼は吸血鬼として、時間を停止ていしさせることが可能になるかと、そう考えた突端とったんに――


 ぷっ!


 先に時間が動き出すのはなんとあの兄妹に不動要塞ふどうようさいて称えているの父親が飲んた水を奮発ふんぱつする所。

 確かにそれは異常に至る事項じこうて、一頻ひとしきりに悪夜さえも自分が止まられたの誤認ごにんする、でも要処理ようしょりするのはそちじゃないみたい。


「あああああ、あに、謝らないで!もし私の言動げんどう衝動しょうどうを起こしたら、はやまるから落ち着いて!」

冷静れいせいと呂律両方消失のは君の方だぞ、妹」

「そうよ、そんな性行為がしたいのなら家ですればいいじゃない!」

「未成年の息子に何の思慮を吹き込んだ?俺たちはただ今回のことを整頓せいとんしたいたけですから」


 シズズズズズ、て母親の言葉に頬が赤に染られて失語しつごする静琉と同じく影響えいきょうを受けたの悪夜は自分のひたを支える。

 二人の子供の様子ようすうかがって撫子はふふと、たしなむの笑いを指て隠す。


「では時間はそろそろなので、俺は出門しゅつもんするよ」

「うん、行ってらっしゃい」


 息子の見送りは真剣しんけんにやる、信条しんじょうを感じる程に変化のない笑顔はもう洒落しゃれ一つも感じられぬ。前後の落差らくさなのか、聞きなれたはずの行ってらっしゃいはみしく聞こえる。


「行ってきます」


 ニヤリと、悪夜が掛けた面差しは人離れた巨大なきばははっきり見える。

 先に下ごしらえを完了した悪夜は席を外す直後、真っ直ぐに外へ向かう。


「じゃ、妹と言えば?」

「ないよ!」



「うわ……」

「うん?」


 人混ひとごみの場所、天空てんくうは青い一片いっぺんでも太陽の日差しがやや少ない時期に地上ちじょうにいる人々が長袖の服を掛けてのみえる。ただ赤道せきどうが近いこの国のこの時期に半袖て出かけるのもまれになることはない。

 一際ひときわに地下へ伸ばす建築物から見れば、ここは地下鉄の駅前こと推測すいそくできる、そしてここは悪夜と恵琳が約定やくじょうを交わす待ち合わせの場所。


 こんな処に恵琳の存在は小さくて、逆に認定にんていするのは容易よういのことになった。

 月曜日、学生が学校に通って勉強するの本分ほんぶんをこなす周回しゅうかいの初日、でも先日て卒業旅行から戻った彼らはこの日てもう一息の休憩する特権とっけんを思う程の一休みた。


 だがそんな特権を活用かつようして、二人て出かけて、つまりデートする男女の顔つきにはそのような優越感ゆうえつかんが感じ取れない。

 それは声に反応してむかいた恵琳が自分の幼馴染が自分を見て引く声と表情から始めたこと。


 ベレーぼうとメガネて自分を飾って、袖無しのシャツに薄いアウター、膝上に及ぶのスカートに黒いタイツ、寒いに苦手な彼女にとって対策たいさく万端ばんたんて、季節からずれた点なんで一つもない、ではもし悪夜が何かに気にさわると言えば……


「こっちは己の独特どくとくの能力を駆使くしして早めに到着するのに、なんで君の方が先にいたの?」

「うむむ、マイナス点だぞ。」

「何のこと?」


 目の前にごく簡単に気付くことに、悪夜は本当に理解できないのようで、彼女は一旦いった目を閉じて渋面をおさまる、再び開く表情は笑顔をほころばせて、くるりと回ってスカートをなびかせる。デートに相応しい花の如く少女の出来上できあがり。


「ほら、デートぽいでしょう?」


 これで悪夜のその血が少し通らない、冷たき皮膚ひふも紅潮に向かうだろう、少々期待をそそいた恵琳が貰った返事はまさかのとおい下がるの手の振り。


「よせ、つい先に俺はそんなでからかわれたところだから……」


 物遠ものとおいの拒絶反応、もはやストレートの接近せっきん宣言がこうもあっさりとことわれてさぞかし悲しむことでしょう、でも彼女はただ想定外のことに瞬き、そして指て苦笑いをかけた唇を当たる。


「分かった、それじゃ本番ほんばんに入ろうか」


 パット、合掌して、恵琳は移動し始める。二人てお出かけての約束ですから、言わずとも悪夜は彼女のあとに追う。


「そう言えば君は眼鏡を掛けているよね?どうした?」

「うん?どうお、似合う?」

「ええ、優等生みたいに似合うよ」


 先日て聞いた情報じょうほうを用いて、恵琳をおどけにした、例え中身は自分が聞きたいことが混じいているでも、その特定とくてい字眼じがんのために、彼女はツヤつく顔の眉間にしわを付けた。


「言っとくよ、私がメガネを付けたのは君のせいなんだから!」

「俺のせい?」


 シンっと、悪夜を指した食指の先端せんたんはピカッとする。明確の目標だが、指しられた本人は疑問に首を傾げる。

 目はまた見えるの状況てメガネを掛けるのは視力がけずられたことた、では人をこんなに短時間で視力を減少げんしょうの原因と言えば、それは眼球がんきゅうが傷を負うことになるだろう。

 そこまで考えた悪夜は三日月みかつきに曲がる口を水平になる。


「もしかして、あの時に傷を付けたのか?」

「いや、そこまてでは……」


 本来ひとこと言ってやるつもりだったが、厳重に思われて、彼女の心は少々退けてしまい、怒るとたもるの中間ちゅうかん彷徨さまようの心境て説明する。


「これは変装よ、ヘンソウ」

「変装?なんで?」


 自分のメガネを押して、シャキンって決め顔して由来ゆらいを話す、でも悪夜は依然いぜんに自分がまねぎた事に疑惑が存在する。


「君のせいて言ったでしょう?あの時私しか残しているから、メディアに取材しゅざい三昧ざんまいて家族や友達に関心されのはまだしも、街に歩きまで途中で声掛けられるのよ、だから変装するだよ」

「ああ……」


 なるほどね、って悪夜は自分の頬を搔きながら目線をらす。

 もしあの時悪夜が警察を呼んたら、媒体に注目ちゅうもくされるのは間違いなく彼に替わる、そしてまた吸血鬼であることまで判明はんめいしたら、下手へたにすれば直接犯人認定されるのもおかしくない。

 例えそれは彼女自身の意志て取り付いたわざわいたとしても、この行動て悪夜がどれ程のすくいを貰ったのか。

 今朝の自分をなぐりたい。


「分かった、じゃあ今日は俺があれを奢るから、ほらあのチョコレートとバニラを混じるあれ、何だっけ、パーフェクトミックスマックスパッフェ?回るでしょう、あの店」

「え?」


 名前の通り商品は凄くまぎらわしいものからまたいくつのヒントを提出したが、彼女は疑問の声が上げた。ただその声は普通の疑問より、怪訝な疑問に近い。


「どうたん?」

「いや、どうして、そのスイーツを出したの?」

好物こうぶつでしょう?それともあそこにらない?」

「違うの、また覚えて……。ううん、一つじゃりないよ。二つて」


 真っ直ぐ悪夜に向かう人差し指から中指なかゆびまで上げた。


「食べきれるか?」

「勿論!」


 なせか名前たけて二つ大盛りのパッフェのカロリーから背けて、胸を張りながら食べると言い切れるのかわからない。けど、今は彼女の機嫌きげんを直す所ので、そんな野暮やぼなことは口に出さないしておく。


「っで、私のことは話したけど、君は?その後何かあったのか?」

「う……、家族はあのでっかぶつのカマキリの件が知った。今朝……、いや、ついさっき」

「そっか……、およそあの主人公ママが聞き出したよね」

「主人公ママって、お前一体どれ程ラノベ中毒したのか?」


 とある分野ぶんや造詣ぞうけいなる言葉に悪夜も了知りょうちしている、ただ相手は相手で、それを口に出した時、彼は衝撃て呆気とする。

 そんな悪夜に向かう回答かいとうは意味含めた微笑みて今日のデートの幕を開いた。


 ねえ。


 二人が歩いから間もなく、人々が彼らの傍から通り抜くことが減少し始めて、つくつくと月曜日は人が本分を果たすの初日の発想はっそうふくらむ、そして今でも長閑のどかに歩くこと優待ゆうたいされた気分に至る。

 そんな時に二人の会話はとうとう曙光しょこうが迎えるように見えた。


「君は吸血鬼の妹と出会ったから、あの世界て住み場所を確保かくほしたと聞いた。具体的ぐたいてきにはどんな邂逅かいこうなの?」

「まあ、そこんとこはほぼ命運めいうんに任せきり?人気ひとけのない森の中に転送され、無力むりょくてヒントなして煩悩ぼんのう散々、やっと聞き取れた女の子の涙声なみだこえにしがみついていたら、そこに年下に見える、赤いドレスて赤い靴の銀髪の少女がいた」

「人気のない森、女の子の鳴き声、年下にみえる赤いドレスて赤い靴の銀髪の少女……、変えて考えたら結構……、いやかなりホラーのシチュエーションじゃないの?」

「そうとも、たから最初に目が映る瞬間、俺は迅速逃走じんそくとうそうした!」

初盤しょばんからフラグをドヤ顔て折でどうするの!?」


 時間が少々経って、数十人を込める空間て、異国いこくかざり付けと軽い異国の旋律せんりつが場所を充満する。

 ここはレストラン、今ほどんと満席状態まんせきじょうたいにいるのは時間が昼ご飯を食べる時期に推測できる。人気が多いとも音量おんりょう一定量いっていりょうに保らないと周囲に迷惑を掛ける、こんな状況たからどんな奇妙奇天烈きみょうきてれつな話をしようでも誰にも気付いてないでしょう。


 そして二人は微弱びじゃくな暖かい日光にっこうが差し込んだ窓付添つきそいの席に対面しで食事後のデザートを堪能している。ちなみに、恵琳の縄張なわばりには二つの大盛りした黒と白色のパッフェが置いている。


「確か、君が住んだ屋敷やしきを管理するのは姉さんでしたね。よくぞ、軽々かるがると君に入居にゅうきょしたよね?」

「いや、最初は結構バリバリと警戒されていますよ。初日の夜て俺を屋根のへりにぶっ放し、もし俺が来歴一切らいれきいっさい交代こうたいしないと俺をおととすのおどし入れたぞ。」

物騒ぶっそうですね」

「うん。でも後て考え直していればあの時、月を背負せおう彼女は絵のように美しいがった」

「……」

「どったん?」

「マイナス点ですよ」


 今度は人より色んな服を列に並んで店ほぼ全体を覆う程に整列せいれつしているの服飾店ふくしょくてんた。

 ここにはいっぱいの種類……、いや、もはや衣服いふく分類ぶんるいさえすればここは見つけずのことを恐れる必要はないにみえる。


 物を買うならRSRライセイラ、そんなまるで何もかも買えることを示すのスローガンに対して、それと衰えずの成果を出せる程RSRは世界規模せかいきぼ大企業だいきぎょうである。

 そんな天下てんか誰にも知れずの傘下さんかに、二人はもちろん悪夜のそのいちじるしくの形姿なりすがたに改変をもたらす。


「君のその服本当にそんなにどころがないの?」

「ああ、着れば効果覿面こうかてきめんと思うぞ」

「……、私にくれないか?」

「やなこった!」


 最終的さいしゅうてきに、悪夜は黒いジャケットと赤いシャツのセットてようやく現代人げんだいじんの様になっている。

 自分の物を買うとは言え、キャシャーへ支払しはらいすればプラス点になるだろう、だが今回は彼女みずから金を出すて機会さえも与えていながった。


 ただ気になることは彼女は会計かいけしている最中に、何だかのふだを店員さんに提出ていしする、それはクレジットカードではないこと、彼女が現金げんきんを出した時からわかる、かと言って割引券わりひきけんにも見えない。

友垣ともがきあかしよ!」って、含蓄がんちくさとらないの言葉を残して買い物のコーナーは結束けっそくに迎いた。


 場所はまた街道に帰り、すれ違いの数がやや多いすることが、即ち彼らの特権の期限もドンドン切れるに近いということ。

 それでも構わないように、彼らのステップの中には立ち留まる気配一つも感じ取れないた。

 特別扱とくべつあつかいなんでらない、人々と同じ歩き方がしたい。そんなことを考える彼らは、

 後悔の気持ちが芽生めばえた。


「そう言えば君は結構強靭きょうじん力持ちからもちですね、チート系主人公の感じ?でも結局はどうなの?実はまぼろし?それども自画自賛じがじさんて『俺はチート系主人公だ!』みたいな感じ?」

「ううむ……、場合ばあいによって……かな。チートの能力……謙虚けんきょにいえともそれの一角いっかくくらいは触える、少なくとも一般人にはそうに見えるだろう。でも俺が異世界にいる時、身辺しんぺんにいるみんなの実力は俺以上なので、あの肩書とはまた曖昧あいまい境界線きょうかいせんた」


「なるほど、つまり君の半鬼はんきと同じ中間ちゅうかんなものですよね」

「言い方が半端はんぱもの扱いみたいになんか嫌だな」


 心が踊ろく彼らの足取あしとりをはばむのは長身ちょうしんがある二人た。

 染めた髪に広い肩幅かたはば、サングラスを掛けても隠し切れない好意のない表情、つまり『よう、兄ちゃん、いい女連れでんじゃないか』のイベントた。


 こんな奴らにかまわない、そう思いたいだが、どうも道路が狭いこの場所じゃ横断おうだんする道さえ封鎖ふうさされた。

 やからの自己宣伝せんでんに聞き飽きれて嘆息をつく悪夜は、足元にいる豆小石まめこいしを拾い爪の上に載せて爪弾つまはじき。

 ドンガン!奴らの足場あしばに飛ぶ小石は到底とうていに思わぬの爆発を起こし人身じんしんより高き煙をもたらす。


派手はでですね、秘密主義ひみつしゅぎに辞めたのですか?」

「そんなことないさ、放棄はしたくないだが、それをしっかり保持ほじしているかどうかなら、またないしか言えないな」

「うん?」


 重いほこりの真ん中から二人はつつがないの足取りて出てきた。

 討論の最中でも、認識な人と会ったのように挨拶あいさつて手を振る悪夜に対して恵琳の顔から疑惑の顔付きて彼の目線の先に追跡する。

 もし知り合いと不意打ふいうちて遭遇そうぐうしたとしても緊張さが足りないの真相しんそうは、彼女自身さえ見たことのない母娘でした。


 小さき姿は元気あふれるほど大きな動作て手を左右らす、母である姿は小手を繋いてでもまるで高尚こうしょう御仁ごじんを会えたように惜しみなく一礼いちれいを果たす。

 親しいでもない、ただ感謝を込めた感情からわかる、彼女たちは悪夜が異能なる力て助けを貰ったこと。


 そして後で知ったことに、この地区には新たな都市伝説が付いている、それは赤きコウモリ者のことた。


 時間が過ぎ、悪夜たちは最終のコースにつきました。それは夜市よいち字面じづらの通り夜の市場いちばのこと。

 そしてこれこそが彼らのデートた、いや、多分デートさえカウントされていない、ただ男女二人て歩いながら経験をべるの討論会た。


 地点ちてんに到着したら、彼らは今日まで受けたことのない人の流れの最中に置いた。

 外側の声を遮る程のにぎやかな声て浴るここは、列にしての露店ろてんを並べて、多種多様たしゅたような食べ物を販売はんばいしたり、色んなゲームが主催しゅさいしたり、まさにまつりの気分てあった。

 ただこの国のこの文化ぶんかは一週て何日も開けるものだから、常態じょうたいとなったこの祭りもやかで一頻りの感じが鮮少せんしょうとなり、今はここのたみ夕飯ゆうはんを解決するの一つの選択となった。


 人海の中に二人はさっき買ったばかりの人顔よりでっかいの紙袋かみぶくろて載せたチキンカツを持ってしながら歩く、ついでに悪夜の方はもう一つの手でタピオカミルクティーを持っている。


「うううむ、楽しかったな」


 食いもの持ってしつつも大きく欠伸あくびして、食べ物を空に置く恵琳はもう優等生という肩書きには縁遠えんとおくに見える、周りの人から指摘がないのはそれ程のあつまりがなせた状況だろう。

 でも彼女の同伴者どうはんしゃである悪夜はそう思えない。


「はしたないだぞ」

「いいのよ、どうせい私のこと優等生とか言いたいでしょ?」


 悪夜は目を背けた、まるで彼女の疑問をそうって返事するように、彼女の面に抱えた渋面はもっと酷くなる。


「でも、本当に楽しかったよ、君の物語、冒険がなくでも、やっぱり面白かったね」

「冒険がないのは余計なお世話た」


 意趣返いしゅかえしたのかな、悪夜も唇を引きつらして返した事に、彼女の笑顔はまた一つの燦爛さんらんが掛ける。

 顰め面をついているでも、悪夜も感じている、彼女が言っているのは嘘偽うそいつわりがない、そんな良い聴衆がいたからこそ、今回のお出かけは快楽が載せた気分ていられる。


 同時に悪夜も感じ取った、そろそろこのデートも終わるにつけている。


「最後に聞いて貰えるかな?なんで君は帰るの道を選んだの?」

「それはまた急な話したな」

「ほら、ああいう異世界主人公ならみんな元の世界に戻りたくないって言うじゃないか、なら楽しく喋っているの君はまたどんな心境に至って帰るの決めたのか?」


 ここまで条件付きの問題を聞かれて、例え異世界の最後の思い出である印象を残ることも、その頃の心情しんじょを呼び戻す必要があった。そう思って悪夜は胸を抱えて、夜空へ見上げる。

 そして再び恵琳に向ける顔付きは苦笑いを掛ける、彼女が言う主人公の心境を考えば、彼の考えはただの青二才あおにさいの発想しか思いつかない。


「ごく単純なことですよ、この世界にはまた未恋みれんがあるの話したけさ」

「未恋か……、ちなみに、どんな未恋なの?家族?友達?それども……わ・た・し?」

「全部よ全部」


 片方の指て自分の頬を当たる幼馴染が最後に余計選びにくいの選択を増やして、悪夜が半眼はんがんになるのは仮初かりはじめのことた。

 その直後彼は敷衍ふえんのように手を一振りして答える、まるで全部を一括いっかつにして大切なことに、わざわざ自分を隔離する恵琳は少々不平を抱いたですが、


「おかけて帰る前に不満をかれてみんなと大喧嘩して、大騒ぎですよ」

「ふん……」


 そのあと記憶を感無量かんむりょうに話しているの悪夜を見て、彼女もおどけるつもりも無くなった。

 彼の情緒じょうしょ感染かんせんされたのか、それどもチキンカツを置いて過ぎなのかな、一口にした甘しょっぱいはずの唐揚げの鶏肉はただ油を包む肉の味しか付いている。


 リンリン――


 こんな時に割り込んだのは悪夜のポケットから響いた電子の鈴音た。


「悪い、俺のた」


 タピオカミルクティーを別の手の甲に置いたら、そこから赤い水晶が生えて、手と容器ようき粘着ねんちゃくすることができる。

 取り上げるスマホの画面を開いて、そこから携帯けいたいが響くの原因はすぐ目前にいる。


「はあ……」


 ですが着信ちゃくしんの内容はどうも気に入らないなので、モニターに向う表情は勘弁かんべんされたいとうったえている。


「どうしたの?」

「いや、ちょいとおふくろの悪ふざけたけた」

「へえ、どんな内容なの?」

「それは君が知らなくてもいい」

「うん?」


 普通に何でもないて言ってもいいのに、まるで内容は彼女とかんするもの言いぐさて逆に恵琳の興味を惹かれて、首をひねる。


『家は誰にもいないから、いつでも若い人の衝動を受けることが出来るよ(<ゝω・)☆ 』っと母親にしてどういった神経て書いた発言には決して恵琳に知らせないこと。

 何せ今の彼女ではこういうことに関連かんれんするとあの悪戯の母親のしのびとなり、彼は挟撃きょうげきされしまいそうなイメージが浮かぶから、最後に付けた可愛い顔文字かおもんじもいまわしく見える。


 変な発言に思想しそうまで連れてかれて、気まずく空気を払うために手の甲に取り付く飲料いんりょうを大口て飲み上げる。


「便利な能力ですね、そう言えばまた聞いていながったよね。君はこれからどうするの?」

「これからって?」

「ほら、君は力や速度の持ち主に便利そうな魔法を使えるだろう?ならばそれを用いてでっかいことや、人間の歴史に刻むことはしない?」


 自分を歴史の教科書きょうかしょに載せること、それは確かに人間どして心を踊ろく程の魅力が存在した、それでも悪夜は首を振ることにする。


「確かに、この身に宿る力てオリンピックやギネス世界記録せかいきろくを挑戦すれば、歴史を刻む成績くらいは朝飯前あさめしまえだろう、だが君の言う通りそれは人間の歴史た、もう亜人である俺に縁のないこと。」

「つまり、ズルはしないなの?」

「うん」


 少し彼はまた勿体無もったいない考えをしたの気分だが、彼の言うことはまた一理いちりがあった。

 そしてそんな無欲恬淡むよくてんたんな性格ですから、彼がこの異様な面差おもざしを連れてこっちの世界に戻った時に昔からの人望じんぼうはこんなに早めに返却へんきゃくすることが出来た。


「でもそんな言い方にすると、君は色んな試合や仕事不参加のようになるの?」

「ああ、家族にしか言ったことなんだが、俺は百年の間て異世界の来往らいおうが出来る方法を探しながら、何個の仕事をこなして、己や家族をまかなえるの決めた」

「なんで百年なの?」

「だってほら、俺は亜人なんだろう、もしその間でも探し出せないのなら、その時みんなはもういなくなったし、出会えもせずにいれば、俺も安心して再びあの世界へ戻ることが出来る」


 言いつつも、悪夜は自分の首から一つのネックレスを取り出す、ふじのような細い糸て琥珀色こはくいろ正方形せいほうけいの宝石と連結する飾りた。

 そして悪夜がこんな時にそれを引き出すのも恵琳は解読かいどくことが出来る。


 それは彼がいったあの異世界の入場券にゅうじょうけんた。

 ただ、あの世界をこんなに微笑みをかけて話しているのに、それを使用としないに、彼がさっき話しのことを合わせて整理するとあれは片道切符かたみちきっぷことを忖度そんたくする。


 これでみんなは幸せになれる、彼がこんな百年を軽々しく語るの背後に、あの至って簡単な目論見もくろみくらいは読み取れる。


 でも人生としてのかたそんする。


 好きな人達のために自己犠牲するのはとくであり、ですがそのために自分のを削るとなら、また幼馴染として心悲うらがなしいた。

 かと言って、世界をまたがる約束を彼に破るわけにもいかないた。ふっと考えを張り巡らせた彼女はある思案しあんを頭に浮かんだ。


 利己りこな考えなのか、相手を斟酌しんしゃく心か、どっちにせよこのむずむずする胸を抑えるのなら彼女は言い出す。


「ね、もし良かったら……」


 何かを掴めるように手を伸ばし――

 びくっと自分が意図的の口封鎖と共に手を止まった。


 悪夜の目途めどに彼女がいないた、まるで先日カマキリを発見したと同じそっぽを向く彼は真剣の眼差まなざしが付いている。

 まさか、と思え彼が見ている方向へ首を振り返えたら、そこは虚無きょむでした。


 ちょうど夜市の蚊帳かやの外から、木が生えた道路はともしびがなくて黒に沈め、対照的たいしょうてきにあそこが冷たき空気が漂うの錯覚さっかくをする。


「どうしたの?」

「いや、なんか……妙な感じがする」

「妙な感じ?」


 自分の額を当たって、感覚の状況を雑に確かめたあと、心情を取り押さえている流暢りゅうちょうのない流れが続いたことて、恵琳への返事は肯定こうていた。


「まるで大気だいきゆがんでいるのような渦巻うずまくの感覚た……」


 上手うまくその身で体感たいかんしたことを言語げんごとして彼の幼馴染に伝えたいの所が、彼の言葉使いはどうも曖昧的あいまいてきで、彼女たけではなく、自分自身も拙い説明て眉間にしわをつくる。


「何も感じていないだが?」

「おかしいな……」


 今までの接触せっしょくによると、悪夜は戦闘特化の能力者であることは判明はんめいした、でも彼自身がゆだねるこの直感ちょっかんが疑う程、目前は一片の和平わへいでした。


「やっぱり勘違かんちがいだりしない?ほら、ここは普通の世界なんだから、こうも異常なこと矢継やつばやに来るなんで……」

「いや、待って!」


 自分の才能に掛けた事態たとしても、ことの正解は彼女にあることを心底から願っています。

 でもそんな懇願こんがんもこうも容易たやす粉砕ふんさいされること、目の前の情景じょうけいは異常でる。


 一見ただ道端に木をえているの何処を見ても正常せいじょうな道の道中で黒い点があった。

 ちょうど手頃な大きてまるで液体えきたいのように蕩然とうぜんとなる姿、それが空に浮いているのは確かに変わったものに見える、ですがそれたけで悪夜をめるではない。


 あれは何にもない、何の色彩しきさいもなく、何の飽和ほうわも付いておらず、ただいたずらに黒いのしかないの無機質むきしつの黒色た。

 あの黒色悪夜は知っている、あの黒色悪夜は見たことがある。

 それは異世界への通路しか見たことのない黒いた。


 でもなんでそこにいる?


「ねぇ、異常で……もしかしてあれのこと?」


 神経を張り付いているの悪夜に向いて、おずおずと人差し指を立って異常なる所を指しながら彼女の声も依然としたには聞こえない。


「ああ、しかもあれ、もしかしたら異世界への扉かもしれない」

「えっ、本当⁈」


 うわずる声音から聞いて彼女は眼目がんもくとなる文字に反応したようで、悪夜は半眼して彼女に向う。


「もしかして、また異世界召喚なの?」

「……」


 幼馴染の問題に悪夜は第一時間て答えしなかった、ただある方の話しを想起する、


『やっと見つけた、この世界から卓越たくえつなる力を手に取るひとよ』『これほどの力があればもう十分でしょう』『さあ、時間は足りぬ、君一人で元の世界てなすべきことを遂げよ』


 振り返えて、ある人物から自力じりょくの言葉受けた彼は恵琳に返す答えは横に振る首た。


「いや、そんな開心かいしんなことではなさそうだぞ。少なくとも、俺が認識しているの異世界転移方にはみえない」

 少なくとも、彼が知るその様子はそんな忌まわしくみえないた。


 言葉から表情、険悪けんあくの空気が漂うの感じ取った恵琳も無意識に固唾かたずむ。

 もう一度目を付けた黒いボールは不穏ふおん波紋はもんが立てで、まるで内側から何かがほとばしる。

 なにかが来る、身体を如何なる状況を備えるために、心拍は警報のように鳴らす。


 そして――


 パキッとグラス割れた音と共に、空から三つの鋭くものが突然出現して、亀裂をもたらす。

 瞬時にぎやかな夜市は静謐せいひつが流し、からはどよめきに騒いている。


 外界がいかいの連結があって、あれも動作し始めた。足搔あがいているように蠢き、割目わりめがどんどん広いたあと、一振り、信じられないの、空がガラスのようにあれの衝撃に壊れ、破片はへんが落ちる。

 振り返して、空が大きな抜け穴を開いた。


 こんな突拍子なことにある人は驚愕した、こんな甲高い割れ音に誰が叫んだ、どんな心境に至ってこうなのかそれらを呼び声に応じるように、あの三つの鋭い柱の持ち主が姿をさらす。


怪物かいぶつだ……」


 まさにそれだ、誰が言い出したのは知らないけど、多分その姿を見える人達が同じ考えをしたでしょう。


 開いた窓口から抜け出したのは四足歩行でもその3メートル巨躯て十分開いた穴を

 再び広く。

 紫色でも身体から見れば獣に見えるが、その頭部はトカゲを連想するの三個巨大の角もつ三角形の首た。


「ふおおうううううううう!!!」


 そして約束の通り、生物が相手する前に必ずそれの一瞬て人を食い込む程のでっかい口を開き、怒鳴どなるを放つ。

 それを耳に入れた人々は自分の声を惜しいだりはなく、夜市のすみまで届くのおお声をを叫んでしながらそれと背ける方向へ逃奔とうほんする。


 群衆ぐんしゅうありのように、逃げ回るの中に、たった二人がまたその巨躯に立ち向かっている。


「ねぇ、君って……トリケラトプスどか闘った経験はある?」

「しいといえば竜と戦闘する既往きおうがあるが、それは多勢たぜいて成し遂げた難事なんじだ」

「じゃあ私が先に退避たいひした方が無難ぶなんだよね」

「ああ、そうして方が……いや、待っで」


 話の途中であの怪物が打開した黒い穴口からまた四匹そのデカブツと相対して小さく見えるのカマキリがくぐり抜けた。


 やっぱりグルだったのか。


 カマキリといい、その名前が知らずの怪物といい、種族のからおわずなら、ふたりの間には鮮明せんめいなる特徴が付いている、それは頑丈がんじょな紫色の外見に、エネルギーが溢れるの目玉。

 見た目てとっくに思い付いたのことだが、もし本当に同じくみだったら、それは厳重な事態となる。


 悪夜がまた思い起こす、さっき想起したあの気無力とも心にみをもたらすの声が最後に伝えた言葉、まるで一連いちれん騒動そうどうが向かって来るの言い方。

 襲い掛かる、この魔法のない、民が保身ほしんが出来るかどうかのこの土地で、この世界で。


 未来のことは依然に重要、だが背を向けない程、目前もシリアスだった。

 両手を開いて、掌から小さい結晶体が生み出して、武器に変わる。先日と同様どうよう、ブラッティクリスタルの汎用形はんようかたた、でも今度が作り上げたものはまた違ったものでした。


 前回は急いで剣を取り出すつもりから、もっとも剣のイメージなものを顕現けんげんした。でも怪物たちがまた攻撃して来ないのいまうちに、彼は自制じせいの武器を想像し、成し遂げた。


 一見、その武器の種類は刀身とうしんが少々長さが持つの片手剣かたてけんだった。でもそのつかの部分は三枚があるのはまた何かの用途ようとがあると人に考えさせる。


「ねぇ、銃の使え方どれくらい知っている?」

「えっ?えっと……、じゅうを敵に構えて、引鉄ひきがねを引く?」

「よし!合格ごうかくだ!」


 先に武器を振ってから慌てでいるの彼女へ問答無用もんどうむようける。てでいるとも、また変な部分が突きられたことに雑言ぞうごんでも一つ付きたい処だった。


「なんだこれ?」


 それでもちゃんと耐えてしゅすの顰め面てそれを渡す由来ゆらいを聞く。

 先程剣しか思えるの武器が彼女の手に持っていたら、もう銃の印象いんしょうしか残すの兵器へいきになった。ただその銃身上の剣が下に移した。


「銃剣だ、今は銃で思って。十五発が装填そうてんしているから、持って逃げろ。使い方はさっき君の言う通りすればいい」

「うん、分かった。気を付けてね」


 心配の言葉を残して置いて、恵琳は悪夜の餞別せんべつを受けてパタパタと一触即発いっしょくそくはつの場所へ離れる。


 さってと、って心情を引き換えて、左手の二番目の銃剣を再度呼び出し、再び対面たいめんしたエネミーたちはまるで彼らを観察しているのようにただ獣のうめき声を放し続いている。

 そして悪夜もおとろえはなく、久々ひさびさに持つことが出来た自作じさくの銃剣の片方を振り払い、手応てごたえを感じ取る。


「あのでかぶつ野郎はともかく、カマキリならもう対抗法たいこうほうが見つかったはよう」


 売っかけたの喧嘩を買う、そう表現ひょうげんしているように、見知らずて一番手強てごわいの怪獣は動かないまま、代わりに向かうのは身辺のカマキリ四匹だった。

 まれつき有力ゆうりの後足て成し遂げた快速移動かいそくいどうのおかげで奴らは悪夜と本来の距離と半分な処にちぢむ。


 短時間でここまでに来られたのならおののき多少くらいするのは常態じょうたいである。

 でもそれがねらいた。

 ドンっと爆発の衝撃のような足跡あしあとを残し、印象色が朱の悪夜は赤き彗星すいせいの如く一番手前てまえのカマキリからよぎる。


 パサー!

 中間に剣てきざまれたカマキリは内側から体液が奮発ふんぱつ、最後に前任ぜんにんと同じ泡よく消失しょうしつの定め。


 先手必勝せんてひっしょう、それが悪夜今回用意よういした戦術せんじゅつであっる。シンプルでも最高級の速度恩恵おんけいを受けつく彼は効き目が得られる。


「スワアアアアァァァ!」


 一度があれば、二度もある、さいわい昆虫はそう簡単に学習がくしゅうするの種類ではないから、ちょうどまた空中にいる二番目も悪夜の瞬時の攻撃に命を落とす。

 でもさっきの一撃て空中に滞在となった、絶妙ぜつみょう破綻はたんとなる悪夜に対して三匹目は見逃せなく、真っ直ぐに彼に向かって飛び出す。


「すは?」


 高く両鎌の腕が降り注ぐ途端に、慣性かんせいのない単純の一方の移動で悪夜は攻撃をかわし、それによってカマキリは驚愕きょうがくらしい声を放つ。

 さっき襲撃をけるために再び開いた大きなつばさを用いて、迅速にカマキリの背中にみ、両手持つの双剣そうけんで全身をかこえんき、そのカマキリをふたつにした。


「うん?もう一匹は?」


 そろそろくると思い、全身の神経を張り詰めて留意りゅういしたのだが、接近する小さい反応一つもない。

 その代わりにある巨大な陰が彼を浴びる月光げっこうを遮る。


「うわ⁈」


 危険きけんを感じしてジャンプする、そしたら本来悪夜が立っているの地面が粉塵ふんじんを起こし大きな角に貫通かんつうされた。


「あぶねー、あやうく処串刺くしざしにされた」


 猛獣もうじゅうの飛び方に、闘牛とうぎゅうの闘い方。本当に刺されたらただじゃ済まないだろう、吞気のんきのこと言いつつも悪夜の心は冷や付いて、地面に少々恐怖きょうふを抱いた。

 でも相手は相手で、人を始末しまつするの力量て掛かってくるから、自分もそれのペナルティを受けて、なお角で地面にハマっているの境地に至る。


 このまま刺され続けてばいいのにな……って、そんな考えを浮かぶ時、まるで彼の願いを拒否きょひするように、地面が揺れる。


 カンー、土地が水みたいにほこりとレンガは大角おおつので高く搔き上げて、怪獣は再び形相ぎょうそうを表す。


「ふおおうううううううう!!!」

「何だか闘牛みたいだな」


 空気を振動しんどうをもたらす雄叫おたけびに対して、悪夜はただあれの印象を話す。

 そう言った彼は何かを気付けたのように自分のベストをつまって視線を投げる。

 それからは眉間にしわを作る。何せ闘牛にくるわせるの色はちょうど彼が身に着けるのこの赤色だった。


「道理でそんなに怒っているねぇ」


 足で地面をこすり、自慢じまんの大角を振りして強調きょうちょうする。動きが悪夜の推論すいろんが正しいと伝えている。

 それを見た悪夜は武器を捨て、闘牛士のように牛が来るの構えている。


 挑発ちょうはつを買い、自分を槍とし一躍て悪夜へ飛び込む怪獣の長い両角がかたく捕まえた。

 道路を数メートルの創痍そういを起こし、反動はんどうに引き連れられてやっと止めた悪夜は怪獣を空へ投げ出す。


 地面で数回のころんがりでも、立ち上がり飛びかかる。

 あんな地面に痕跡こんせきを残したから二度目は受けるつもりはなく、ただあのおそかる巨躯の顎を上げ足てばす。


 人類にとって到底不可能とうていふかのうの一蹴り。空でまた数輪すうりんまわして、なおも着地した直後すぐに体制たいせいを直し、悪夜に向ける剣幕けんまく健在けんざいのままた。


 確かに、敵の反応はさっき執拗しつように攻撃から警戒態勢けいかいたいせいに変わるのはダメージが入ったの証拠だが、またまた戦えるの様子は悪夜を困らせる。

 だって彼は注目される前にこの場から離れなくちゃ、先日幼馴染のとうと犠牲ぎせい無駄むだになるから。


 これでも倒れないかぁ……、ならば手荒てあらにするか!


 掌を相手に向かい、肩まで両手を上げて、自身を十字架じゅうじかの形になる。

 パッっと、腕と手を折りないままて前方に拍手、すると光っているの二つの赤いコウモリが悪夜の掌底しょうていから生えて怪獣に飛んで行く。


 曲がって、曲がって、曲がって、二つのコウモリはわれないように直角ちょっかく湾曲わんきょくしつつも敵に接近せっきんする。

 余光よこう発射はっしゃから長く伸び、ゆるりとコウモリを追尾ついびするから、敵の目線を取り散らす程画面は胡乱うろんでした。


 スワッ!

 らかす視線によって防御ぼうぎょする怪獣とぶつかる寸前すんぜんで、コウモリたちが散開さんかいした。

 それが滑稽こっけいと思え、怪獣は天に届く怒号どごうしながら震動しんどうがあるの重い足取あしとりて悪夜に走り向う。


「ふおおおおおおううう!」


 突然、さっき分散ぶんさんしたコウモリ二体が墜落ついらく、それに両肩が打ち込まれた怪獣は動きが止まれ今までのない悲鳴ひめいを上げた。

 そんな思惑おもわくたから、次のステップのために、悪夜は足を踏み入れて、自分を怪獣の上空じょうくへ連れた。


 右拳を握り構え、力をめている同時に、その手から赤い光があふり出せ、つつまれて動けない怪獣の背中に拳を振り出す。


悪魔デビル――衝撃波ブラスト!!」


「ホオンンンンー」


 中心からでっかいくぼみを作り、悪夜の拳が迸る赤い光が高く開けて、そのブーストのような残光ざんこうは悪魔の印象を残す顔が浮ぶ。そしてこの一撃て起こした轟音ごうおんの次に立てた声音は悪夜の叫びでも怪獣のわめき声でもない、それはまるでパイプオルガンと合わせた男が出す高音こうおんだった。


 げた赤い光が悪魔のような顔付かおつきに、その様らしき歌声うたこえこそがこの技の名前を付けた由来た。


 赤い悪魔の顔と甲高かんだかき男性の音が無尽むじん夜空よぞらに消え去る。怪獣の上に載せて、あれを接触している悪夜の三肢さんしから生命の鼓動こどうが感じ取れない。


 ここまでの騒動に付き合えたこの体からの休憩のうながすは悪夜を大雑把おおざっぱの判断を付けて、陥没かんぼつしたうろの上へおどる。


 後ろにいる怪獣は確認の通りちっとも動けなくなった。そしてあらためて環視かんしした身の回りは疲れた体に顔が表現ひょうげんたくないくらいの惨状さんじょうでした。

 道路のあちこちは窪みや裂目さけめが付いて、露店の一部も影響されて、街灯は倒れたり、倒れていないだり、暖かき黄色の灯も不気味ぶきみ点滅てんめつする。


 まるであらしが経過しているの騒がしさに、それがってゆきのしずかさでした。

 そのせいで悪夜は嫌になる程、現実じゃない力がこの世界に持ち込んだ時の被害ひがいが分かっていた。


 自分の過失かしつじゃないでも、悪夜が吐息といきする。

 瞬き、前回と同じく張り詰めて猫目ねこめになった、彼のひとみ緩和かんわのように丸く戻って――

 ギュッと小さい立てた音にまた鋭く帰った。


 ほんわずかなはりが地面につく声だったけど、悪夜はしっかり聞き取れた。


 そう言えばまた一匹が残っているなぁ。


 わざと背を向いて、敵を攻撃に来るの誘う。

 段々と段々と、近づいて来るのとげの足音は綺麗になって、そして――


「うん?」


 あるものを感知して、もはや手を伸ばす距離て両腕高く構えているカマキリさえも置いて、その感じたものに専念せんねんを入れる。


 ムッ、っと正体を判明はんめいした時に悪夜は渋面を掛ける。そのカマキリは三枚のブラッティクリスタルにつらぬかれた。

 そしてやっと後ろに振り返った悪夜が最初に取る動きは手を額の前に置いて、その後カマキリの体を打ち抜くの第四のブラッティクリスタルを掴み取る。


 すべて六本のブラッティクリスタルが射出された、三本はカマキリが受け止めて、のこりの三本は悪夜の体に付いる。


 左肩一本、致命傷ちめいしょうねないの手に取った一本、右肩も一本、まさしく彼とカマキリをめたの攻撃だった。

 そして悪夜のセンサーが間違いないのなら、あの測取はかとった人はここへ駆け付けてくる。


「悪夜~~無事なっ……、いっだだだだ、らありすうたよ!」


 会面早々かいめんそうそうに一つの頬つまみくらい、呂律ろれつのない文句を言い出すのはさっき逃げて、同時に唯一悪夜に怪我を負うのは彼の幼馴染、恵琳た。


「たから!なにすんだよ!折角せっかく私が助けてぇ……」


 悪夜の手を振り払い、自分の胸を抑えて怒りを彼にぶつかりの恵琳の抑揚はどんどん低くくなって、表情と手を徐々に下ろしてゆく。


「なんで?」

百歩譲ひゃっぽゆずって君は俺を助けのつもりだったが、これはどこに助けられたの見える?」


 状況にいまいちよく分からなくて、首を傾げる恵琳に向かうのは当然罵詈雑言ばりぞうごんである。

 そう、自分が何も打っていないのに、両肩も自分の結晶に刺さたの原因は容易たやすく見つける、それは自分が幼馴染にさずかったあの十五発装填の銃剣からのチームファイヤーた。


「ごめん!」


 自分のを意識した恵琳は自分の頭を抱えて護身ごしんする。

 攻撃されただが、彼を助けるためにまた戻って来るのは確かた。頭を当たる付いてに嘆息した悪夜は彼女に手を差し伸べる。


「む!」

「あの……、私……犬じゃないよ?」

「ちぃげよ!ものを返せと言っているだよ!」

「やだ!彼はもう私と感情が芽生えたの!」


 取ろうとする悪夜の手に対して、恵琳は玩具がんぐを守り抜くの子供みたいに必死てその銃剣を自分の胸部きょうぶの中に抱え込んでいる。

 最初はただしょうがない程度に口角こうかくを曲がるたけが、彼女がこう言い出した時に、それはもう限界までくちびるを引きつらした。


「感情って、言っとくけど、それは俺の血液けつえきて生み出したものだぞ!」

「へ……へえ、そ……それでもわ……私たちの愛に何の支障ししょうもないよ……」

「引くな!」


 その後、悪夜は手を一振りして、拳握ったら、全部のブラッティクリスタルは液体えきたいに変化し、悪夜が振り出すの掌へ流水りゅうすいのように流して行く。

 無論恵琳が抱いているの兵器も一柱ひとはし血流けつりゅうとなり悪夜の手に帰り、その現象げんしょうを見た彼女は両手を伸ばし留めようとした。


 生物のように尾端びたんまで悪夜の掌に入り込んたあと、また手を握る。手が食事完了かんりょうの姿を見届みとどけた恵琳は絶望ぜつぼうに両手とこうべれる。


「肩の方は大丈夫なの?」

「ああ、ほら」


 悪夜の銃剣が強制回収きょうせいかいしゅうされたら、やっと彼の肩の怪我けが正視せいしして、気がとがめるの表情になったことに、彼は心中複雑しんちゅうふくざつでした。

 それでも彼女に罪悪感ざいあくかんを持たないために、悪夜は指て彼女の視線を患部かんぶ引導いんどうする。


 血の洞だったあそこは、もう少してペール色になるの不健康ふけんこうな肌しかうつっている。


「直った」

「うん、半分は吸血鬼からなぁ!」


 例えその吸血鬼の力が半端はんぱしかもっているだとしても、この場の狼藉ろうぜき造形ぞうけいして、強力の再生能力さいせいのうりょくを持っている、彼に力を与えた人物さぞかしは破天荒はてんこう強者きょうしゃだろう。


 キラつく幼馴染の目から優越感ゆうえつかんを染みれた悪夜は自分の胸を当たって、有頂天うちょうてんの様子を浮べ、そのせいで恵琳は羨望せんぼうて唇をとがらせた。


 力によって災害らしい景色をもたらす、力によって歓談かんだんする話題わだいが手に入れる、もし自分の力が後者こうしゃのままであれば、それは願ったり叶ったりのことだ。


 しかしそんな時間はない、それを想起そうきした悪夜は首を動いて場所をうつすの催促さいそくする。


「それより、離れましょう?さむないと先日君の尊い犠牲は無駄に払ちゃうよ」

「そうだね、もう取材はうんざりですよ、早く行こう」


 悪夜の意見に頷いて、同じ考えが持つ二人は一緒に戦場から背を向けて――


 ドン。


 二人が顔を振り向いた直後、地響じひびきが起こした。一瞬たけだった揺れるでも、それはただの地震じしんだと分かっていた二人は振り返る。


 そしたらもう一匹の三角怪獣がそこにいた、さっき空で開けた穴の中から歩き出たばかりの様子。


 歎息たんそく、対面する顔は見るのも嫌だに満ちる。


「恵琳、少々離れて」


 戸惑とまどいでもさっき一体を退治たいじした専門家せんもんかの命令に、恵琳は従って後ろに下がる。

 十分距離が取ったの感知かんちした悪夜は、両足を固く踏み入れ、グッと右拳を握締て構え、手から強い赤き光が溢れる。


 この構えから見て、またデビルブラストしか思えるだが……


 いな!一撃て仕留しとめる!


 そう思った途端とたん、拳からみなぎる赤い光が悪夜の全身まで覆い、冷たき夜に一点の暖かい色をつく。


 これがらえば、あの怪獣は木端微塵こっぱみじんになるだろう。さっきからずっと彼の戦闘を見届みとどけた恵琳はそう思しき。


 当然、素人しろうとでも感受出来る事なら、戦闘本能ほんのうがある怪獣でも感じられる。

 脅威きょういと思え、怪獣は咆哮ほうこうを放し、悪夜へ駆けつける。


 ゴロンゴロンって、地面を揺らせる足取りてどんどん近づく怪獣に悪夜は力蓄えた拳を弓矢ゆみやのように限界まで引いて、攻撃の準備を整える。


「リ――」

「キィヤ――」


 瞬時、一つ影が飛禽類ひきんるいらしい声を連れて夜空をりゃくし、一瞬て月光を遮るその影は彼らに一陣いちじんの陰を浴びさせる。

 それを反応した時、巨大影は肉眼では取らえない迅速て怪獣の首元へ飛び込み、ドカンっと地烈を起こし怪獣を後ろへ連れてく。


 足て首元が捕まえられた怪獣はただ四足であがくしかないだが、それを容赦ようしゃなく百八十度に近いのこしかがめるの動作て、くちばしらしきものを怪獣の要害ようがいに突き刺さる、それも何度もだ。


 噴水ふんすいのように、刺された部分が灰色の液体が噴出ふんしゅつし、それが落ち着いた時に、泣き叫び声はあれの命と共に静かに沈んでゆく。


 まさしく弱肉強食じゃくにくきょうしょく絵面えずらだった。またたのことに二人はまるで見惚みとれでしまったのように、口を開けたままジッと見ていて、さっき集めた力さえ手放てばなした。


 相手が泡にと化し消え去るまで、ずっと首元を足で鷲掴わしづかんていた。

 怪獣が消えたあと、影はすぐに最初に怪物軍団を連れて来た、世界の空洞くうどうに向かいそれをあっけなく踏み壊した。


 そして攻撃対象がない巨体はやかで悪夜たちに目を付けた。

 あの怪獣よりでっかいの巨躯のあまりに、月の光しかたよりて生機せいきを感じさせる無感情の目をもつ首が反射神経て傾げると、ただ気味が悪いた。


 先日てカマキリにこんなご挨拶を受けた記憶が悪夜に気をゆるめるな、と訴い掛けている。


 だが、首を元に戻したあと、あの鳥の影は彼らから夜空をうばえる程の大きな翼を羽ばたき、大旋風だいせんぷう連れてながら飛禽類特有とくゆう仰天ぎょうてんの叫びと一緒に暗い天空の中に姿を消した。


 そして嵐のような夜は再び静かが訪れた。

 本当に間断かんだんなくの夜だった。そう思った悪夜は長い歎息をこぼして、脳内のうないて散らかしていた情報量じょうほうりょう片付かたづけるために、自分の頭を搔き始めた。


「あの鳥……かな?あれは何だろう?味方みかたなの?」


 自分が現場にいてその方面の専門家がいたことを推薦するために、恵琳は先に声を掛ける、でもそれの回答について、悪夜はただ頭を振りして心の当たりがないと返事する。


「さあね。にしでも、うむ――はあ、散々の一日だたな……デートが結束早々そうそうエマージェンシー突入とつにゅうなんで……」

「え?」


 肩を竦めて、大きな欠伸をついて、最後に強く両手を垂れる、いつも戦闘員のポジションにいる悪夜は自分の苦情くじょう吐露とろする。

 でも恵琳はそんな当たり前のことに目を丸くして愕然がくぜんとした。


「どした?」

「いや、なんでまたデートする気になったのかな……って」

「君は今回のお出かけを討論会に称するでもよいだが?」


 最初にデートするつもりのは彼女だったのに、今更いまさら驚嘆なのは逆に面白おもしろく思え、彼のでっかいきばを露出ろしゅつするの不敵ふてきな笑いをかけた。

 口が半開きのは仮はじめのことた、その後恵琳は彼と比較ひかくできるの微笑みを掛ける。


「デートにしでも君の服はボロし過ぎ」

「ああ……」


 彼女の指し示すに目を向けたら、そこにはファッションの冗談でも言い難いの裂けまくりの体裁ていさいでした。

 両肩に空いた穴はともかく、あちこちが引き裂かれて、おもに手の関節かんせつの部分と右腕の袖口そでくちが打ち出した拳のエネルギーで半分に焼却しょうきゃくされた。


 やっぱり変わなきゃ良かったのにな……って、悪夜はまたためいきを付けた。


 これからこの外見のまま街道で歩くのは確かに嫌いだが、本当に彼を不機嫌ふきげんまねぎたの理由は、


「すまんな折角せっかく買ってくれたのに」

「大丈夫、大丈夫、むしろ君に他の服を着らないの改めて実感じっかんしたよ」


 ここまでボロ付いていて直すのは無理の分かりつつも彼の身だしなみに整理の手伝い、元の服を包むRSRの紙袋を、はいっと彼に渡す。


「サンキュー。それじゃ、こんな俺の相手のデートはなっかたのことにしょうかい?」

「いえいえ、デートのままでいい。さあ!このデートに君の翅を持ってロマンティックの終盤しゅうばんへ迎うじゃないかぁ!」


 片手を高く持ち上げて、もう片方は自分の胸を抑える、まるで劇場げきじょうてスポットライトを浴びる人のマネ。

 素直に翅を借りたいって言えばいいのにな、そう思いながら自分の頬を搔く。


 ふっと――


 イウウウ――オイオイオイオイ――


「よし、乗った!しっかり捕まえよお姫様ひめさま!」

「えっ?ちょっ……!うえ?うえええええぇぇぇ⁈」


 超人ちょうじんなる五感ごかんを持つ悪夜しか聞こえない、遠いに駆けつけるお巡りさんの警笛けいて

 それが耳に入った瞬間、悪夜は説明もせずに恵琳を両腕の中に全身を抱え上げ、またお姫様抱っこである。


 爆風を起こす羽ばたきに彼らを一瞬て上空へ連れ出す。

 そして悪夜の背中の赤い水晶が放つ光が彼ら一つの赤い彗星となり、夜空に姿を消え去ていた。





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