異世旅者

@BunAku

第1話

 ただただ暗いしか目に入るの場所て、自分がいた。


 そう、小学生でも分かる、光亮こうりょうがない処に何も映れないはずだったのに、自分の手足が光が掛かるのはっきり見える。

 まるでそのものから絶えされ、一般人には見たことのない景色けしき、だが悪夜あくやは自分への確認を終わったあと、通学つうがくの道を歩むように、前に足をみ入れた。


「あ、いた……」


 自分さえも聞こえない乾いた音て、目的地が目に付けるの注意させ、そこにいたのは白色しろいろた。

 黒い空間に外側そとがわから光が入り込んだの如く、形のない白いは漂う。

 真っ白くみえるので、その先に何かいるのか目視もくしことはできない、それでも彼は足を止まらず、遅れずに向かう。


 移動によって、段々拡大だんだんかくだいする白い光はやかで彼の視野しやを覆え、そして――


「……っ!」


 またたく、世界は色彩しきさいに染まれる。

 自分はひとつ長いの空間にいる。空間を装填そうてんする程の列に椅子を四つに一並びして、真ん中に一つの歩くための道路を確保され、考えでもない、バスの中だ。

 穏やかな黄色灯りにつつまれ、この空間は易くものを見える。もう片方を目にやると、窓で隔離かくりされた外は既に薄暗いに掛けられ、今の時間はちょうど黄昏たそがれが去ったばかりに考える。


「夢か……」


 寸伸びの赤い髪にして、白い長袖のシャツと上にける赤きベスト。また幼い顔立ちに身の丈はやや低い彼に、それは似合うかどうかと言うのなら、奇抜きばつとはまた少し距離が保っている。

 だが、目を広くにすれば、彼とこの空間の違和感いわかんはまた別の話した。


 手の甲から離れた頬は赤らみが付いて、微熱びねつを感じ、でも次の瞬間、全身から冷たい空気が流し、その熱もそれによって連れて去る。

 状況を把握はあくしたいどころに夢から離れた彼は頭が朦朧として、霧が晴れない状態にいる。


「ね、悪夜」


 微かな上に連続攻めてくるうるさいエンジンの声音こわねを遮るのは元気て男の子の声た。

 呼ばれて、悪夜はその声の持ち主に注意をあける。

 すると、活力かつりょくが溢れる短髪て背丈せたけは自分より高いの少年が彼の目に映る。


 深い髪色に冷気れいきを絶えす黒いコート、二人の間は対照的な感じをただよってつつ、悪夜は静聴せいちょうする。


「みんなはもう行っちゃったぞ、それどもお前はバスと共に離れたいか?」


 うわ、それは大変そう……

 彼の誘いに、悪夜は明白めいはくに面倒くさそうな顔色て返事して、それを読み取った彼は悪戯あくぎの成功による気晴きはれれた笑顔を抱える。

 バスの行き先は何処につくのか悪夜の知識庫に入っていない、でもそこには中学生である彼にとって避けたい話しになるだろう。


 本当にあったら笑えないおどけを口にした、彼に対して悪夜は苦笑して返す。

 彼は悪夜にとって友人となる存在て、本来ならば悪夜もひとことて意趣返いしゅがえすだが、彼の言う通り、元々は一つのクラスて載せたのこのバスを目配めくばった結果は、彼らしか残っている。


 それに夢現ゆめうつつのこの状態て、思慮しりょは上手く回らないから、ここは早目に出た方がいい。


「分かったよ、待ってで」


 彼のうながすを受け取り、悪夜は荷物を手に取ると、友人の後ろに付いて、バスから降りた。


 車輌から出て、場所は広い学校の外壁に、さっき見かけないのクラスメイトたちは雑踏ざっとうするの視界に映る。

 中学生である彼らと自分が学ランを身に着けず、私服のままでトランクやバックを連れる姿からみて、およそ何の集まりなのか予想はつくでしょう。


 卒業旅行、間もなく卒業する彼らに最後の全クラス向けの思い出を収集しゅうしゅうする機会。そんな自主じしゅの活動にほぼの三年生、少なくとも悪夜がいるこのクラスは全員参加する程大きなイベントた。

 ある人は楽しいて唇をほころぶ、ある人は決まる決別に涙をにじみ出る、ある人は感無量かんむりょうな思い出て嚙み締める。


 誰だろうと不興ふきょうな表情を浮かべていないのはこのイベントは大きな成功を成しげただろう。無論、悪夜もみんなと同じ感情を抱いている。


 そのなりよりの証拠は自分さえ気づかぬ上がった口角こうかくにある。

 胸がいっぱいの状態で、少年は思う。


 やっぱり良かった。


「うわ!」

「どうだ?楽しかっただろう、め」


 突然、背後が友人に取られ、悪夜は渋面じゅうめんでその友人に向かいた、だが彼の不満のみなもとはその不問の肩組ではなくーー


「だーかーらー、異世界人ではなく、だろ!」


 そう、何を隠そう、この悪夜、悪夜・ブラッティは字面じづらの通り、異世界の召回者だ。

 一際眼立ひときわめたつのマゼンタ色に近い、淡い赤き髪色、ルビーのようにき通る深紅の双眸そうぼう、そして魔の物に特徴するの長く鋭い耳朶じだと人間として血が通り少ない肌色を持つ。


 体たけではなく、体裁ていさいまで、赤色と白色て上体に、下半身は黒いてまじわる執事的に端正な着装ちゃくそうである。骨に滲みる寒けの月高く掛ける夜のことも、異郷へ俗離ぞくばなれの出会うを求めることも、どっちを目途めどするとも、逸脱いつだつの形振りでした。


 本人はいわく、いや、彼にこの服装を授かったの人が曰く、その執事服は力や敏捷びんしょうや防御性を持つ、必要な時に魔力をたくわえることもできる、異常状態から離れ、火を防ぐ、氷を拒む。

 つまるところ、一見ただの普通な赤い執事服には軽便けいべんて、暑さや寒さから守る、刀と槍も傷かせない、おまけに穢れされない。


 リップサービスに似たようなものに、悪夜もその効果に付いて一頻ひとしき疑惑ぎわくが心に浮かんでいだが、実際はもう要がないなら、この服を着い続けたい心境しんきょうに至った。


「にしでも、よくぞ戻ってきたね、そんな世界やっぱり俺たちにとって無理難題かい?」


 首をひねる友に向かって、悪夜はあごを引いて思索しさくに嵌る。


「あれ、そんなに難しいの?」

「いや、そんなことないよ、悪くない短い異世界人生だった」


 時間が長く与えられませんので、意向いこう違いの答えをあげるの悪夜は肩をすくめる。

 多分その仕草しぐさに気を遣い、彼は悪夜の次に考えを張り巡らせる。

 それを見て、彼を深く考えしたくないようにと悪夜はそう打算しているが――


「そうだもんね、確か……、綺麗、可愛い吸血鬼姉妹に知恵美のお姉さんが甲斐甲斐かいがいしく世話やっているからねー」

「はっ?」


 悪夜の声は低くになった。


「その姉妹は確か、俺たちの齢とちょうど上下挟むの顔立かおたちだっけ?そしてあの自恵美のお姉さんはもう……」


 鷲掴わしづかみを繰り返すその露骨ろこつな目論見を知らせる両手に、悪夜は思わず唇を引きつらせる。


「おー、なんだなんだ?また悪夜の『異世界に来た俺は何から何まで世話された日常生活』か?」

「ねえよ!しかもなんだそのダメ主人公のタイトルは?ちゃんと働いているから!」


 また一人、メガネを掛けて寸伸すんのびの髪を付いているの友人が会話から割り込む、そのネーミングのセンスから予想して、彼はきっとラノベを接触することがあるだろう。


 彼が加えたおかけで、呵々大笑かかたいしょうの雰囲気は漂う。

 本人がその話題の中心のはやや不興を抱いていたが、彼自身も少々この気分に心をゆだねたのように笑う。


「じゃまた明日!」

「自分で来よう、俺達は休日に堪能たんのうするからな」

「あっそっかぁ、明日は休日だった、ああむう……じゃまた明後日」

「おおう」


 次々と悪夜の異世界ばなしに縋り付いて来るの友達と手を振って分かれてたあと、少年は三日ぶりの帰り道に足を踏み入れ――


「ね、一緒に帰ろう?」


 ふっと、穏やかて細い声音が悪夜に掛けた。

 脇から目線を付けたら、綺麗に前髪を整え、肩及びにツヤ付いてる髪に、反射した人を取り込み程大きくキラリた目玉を持つ女子が彼を覗いた。


 彼女は恵琳えりん、隣に住んでいる幼馴染だ、しかも割と小学生から今でも同じクラスの縁が付いているの幼馴染た。

 と言っても彼女とは親密な間柄あいだからではない、さっきべたのように、ただクラスメイトし続けるお隣さんの存在。


「ああ……、うん、いこう」


 硬い動き、だけどこれは彼女の存在に対して悪夜が取れる一番の努力でした。

 かと言って、恵琳はこの反応に渋面て返ず、むしろ満足して目礼もくれいを付く。


 ……


 気まずい。


 これは三分後の悪夜がようやく認めた感情た。

 時間は夕方に過ぎ、間もなく夜が訪れの期間て黒幕くろまくは静かに下す。段々に段々に暖き光が窓から差し出す建物、金属に作られ冷たい道端に駐車する自動車、通りすがりの人の気がないの公園、それとも横方に流している川、全ては黒に沈める。


 二人はまるでスポットライトに打たれたように周りは誰にもおれず、前後列の状態て歩いている。

 あっちこっちに亀裂きれつした道路に恵琳キャリーケースの輪が地面との軋む声てフォローしたおかけで、彼らの間に静寂せいじゃくは流しでいない。


 親しきの関係ではおらんが、彼らは隣の幼馴染に対して最低限の付き合いを保っている。

 そんな肩書かたがきに似たような間を維持している、故にーー


 後ろはやばい!


 後ろが取られば、数ヶ月て話していない異性に、振り向いて話しするのは彼女ともっと仲良くやりたいの示している。

 所以ゆえんここはこの状態を作った彼女自身がこの状態を打破だはするの後手を取る方がいい。


 だがしかし!


 この異世界の召回者と言う称号しょうごうを受けて、会話の先手に怖気おじけづいてどうする!


 進退両難しんたいりょうなんの境地、悪夜は自分の頭を胡乱うろんきむしる。


 やむえん、先に雰囲気に打倒だとうされた悪夜は嘆息たんそくしながら肩を垂れる。でも彼は気づかぬ、急に暴れだり、急に落ち込んだり、常軌じょうきいっした物腰に何の意識もせずの、彼は後ろへーー


 あ……

「スターブレストストローム!」

「え?」


 言霊ことだまを入れた口ぶりた。

 思わぬの言葉にまるで彼女がとなえたものに衝撃され、悪夜は困惑な色に染みれた。


「アルティメットゼロ、サンダーボルト、ヒーローフィナーレ!」


 ここまでに聞き、悪夜もあの詠唱について心当たりが浮かべた。どうやら彼女はかくアニメ化にして結構有名なラノベ作品中に主人公のチート能力を語っているらしい、それは解読かいどくしたがーー


「は?」

 でも肝心な理解が追いつかないだ。


「え?」

「え?でのは遅いんだよ、えっで」

「できないの……?」

「まあ……、他人のお家芸いえげいですからね。あっ、でも最後のあのヒーローフィナーレは模倣もほうできるかも」


 ヒーローフィナーレ、それは悪夜が異世界に飛ばされる前に注目している作品の主人公の終局技た。複数の剣を手に持っている剣に宿し、まさに英雄の終盤しゅうばんに相応しい、人と等身大の剣て広がる一撃。

 確かに、やると言ったら悪夜は脳内て紡ぎ出した作法さほうで成し遂げて見る。


「でもその前に、なんで急にそれを唱えだの?」

「だって……、君が出来るなら私も出来るかなぁ、と思って……」


 両手の指を突き合って、恵琳はまるで世間への不平不満に吐露しているようにぶつぶつと話しいる。

 当然、小さい声でもこれはドラマやアニメのロマンティックシーンではない、車と花火からの邪魔はない、たから悪夜はしっかり聞き取れた。


「お前、もしかて……」

「私も異世界転移や転生したがった!」


 えーーーー

 遠くへ下がる心の叫び。


 青天せいてん霹靂へきれきに打たれた願いた。

 見た目と同じ、恵琳は小さい頃からずっと優等生の印象され続けて来られている、礼儀正しい、優秀有能、運動は普通と並び程度だけど、その優等生の名に劣れず彼女の振る舞いはそうでした。


 当然、悪夜もそう彼女をたたえているだからラノベを読む自体は結構怪訝けげんするべきことなのに、男の子が夢を抱えているように彼女の願いは世界を飛ばすくらいの驚きでした。


「それはまた驚くものだな、なんでだ?」

「だって、全然やりたくないのに、やりたくないのに、周りの人たちが、意識が、私を取りつくろうとしていだ!別の世界で別人となって生活して、あるいば冒険出来るなんで!そしたらこの勉強ばかり、完全いい子ぶりの世界からさようなら出来るだよ!」


 ぐっと恵琳は拳を握り、地面にまくし立てるの喋り倒し、最後に一つの仰天ぎょうてんな息抜きを付け、優等生モードに戻った彼女は向うたった一人の聴衆ちょうしゅうの悪夜は啞然とした。

 つまりそういうことた、彼女は優等生と言う肩書きの圧力に押し潰すしかけだから、例え全てを手放すの代価たいか付きだとしでも、彼女もそれをうなずけるだろう。


 少しつつも、卒業旅行している時も、悪夜はかすかに彼女は遊び屋の象徴が浮かんでいるの感じたけど、まさかそこまでのストレスが積み重ねてのは思いもしなかった。

 ですか、そんな圧力に潰され、ストレスを発散はっさんするために何か激烈的げきれつてきなものを探すの女子はがちにネタされしまうから、こうして彼女が穏便おんびな卸す方を打ち明けてくるのは、幼馴染として悪夜は安堵あんどする。


 それはそれで、悪夜の方も難儀なんぎな立場となった。なにせ、ただ隣に住んでいるの彼が異世界に入場するのは、まるで彼女の機会を横取よことりしたものから。


「だ・か・ら!」


 白い襟がきゅっと捕まえられ、嚇怒かくどする彼女の目の前に引きずられた悪夜は呆気あっけとした、その手の素早さは死に至る戦闘にくぐり抜けたの彼さえ見抜けことが出来なかった。


「異世界に一周回った君にはあっちの様子を一皿払いますよ!」

「あ……、うむ?君は彼らから状況を聞いていなかったのか?」

「ないよ!そのせいで私は気になって、テストはまともに受けないよ!」


 あっ、そういえば……、にはじめ悪夜は思い出した、現世に戻った初めのテストに彼は薄々に彼女の成績が落ちたのような噂が立っているが、半年に近い学習しないのうろを埋めるに精一杯した、彼には他人を心配する余裕はない。

 彼女が成績を高点こうてんにするの意義は分からないけど、そこまで保ったものに悪夜はこわした。

 例え完全に自分のせいではないでも、らし相手のない彼女に悪夜はあくびれて、思わず視線を逸らす。


「分かった分かった、話すから、とにかく離れて、歩きながらはなそう」


 悪夜の提議ていぎに賛同し、恵琳は彼の押し掛けに任せ、二人は正確の距離を戻った。


 あれから悪夜は歩いてつつ、恵琳の懇願こんがんの通り出し抜きなしに彼が異世界の出来ことを美しき思い出の黄色の泡に飾って話す。


「君…………、勿体もったいないことしたね。」


 そして得た評価はにべもなく、水を差すの言葉た。

 そうだ、悪夜は知っているんた、異世界いくイコール冒険の彼女にとって、彼の異世界生活は佳境かきょうに入れないた。


 異世界に入り、住む場所を手に入れだり、屋敷の執事になったり、病気になったり、心配されて力をあたえたり、執事の仕事をこなしたり、最後にお約束の来るべき最終シーンに突入したり。

 こうも簡単に彼の異世界生活が括りされた。もし彼の出来ことについて分類ぶんるいの貼りを付けたいとしたら、多分戦闘番組てはなく、日常番組の印を付けるでしょう。


 友達から『異世界に来た俺は何から何まで世話された日常生活』のつたないタイトルを付けたのもその原因た。

 知ってた、知ってた、こう自分に暗示あんじを掛けながらも、少なくとも一回命かけた戦いをくぐり抜けた悪夜の頬は一線の熱が流してゆく。


「あっ、そう悲しまないて、勿体ないけど、物語ものがたり自体は面白いよ!」


 全然フォローしていない。

 悪夜の悲壮ひそうを気付き、慌てで両手を振りながら宥める恵琳に、彼は苦笑いて向う。

 目を閉じて嘆息が悲しみを払い、再び目を開けた面持おももちは晴れな感じが透き通る、


「でもまあ……、また話が出来て良かった」

 ……

「うん、そうだね」


 一拍子いちびょうし遅くとも、彼女のうなずけは紛れもなく、悪夜と同じ気持ちて成し遂げた動きた。

 想いは一つに、もはや言葉を交わず二人は目の前に集中して、彼らたけの懐かしい関係の形を感じ取る。


 これで彼女との関係は戻った、これで彼の日常は取り戻せた、いやそれ以上に手に入れた。


 これで約束は果たした。


 本当にあったな、異世界、行ったよな、異世界。


 彼女のおかけでそこでの思い出は泡の如くおもむろに浮かべて悪夜はもたげる視線を東に昇る月へ付ける。


 傍目にすれば、彼の行為は間違いなく滑稽にされるだろう、でもそれが気にしていないように、悪夜は長閑のどかて緩えた微笑ほほえみを抱えた。


 そっちのとこっちのお月様は繋がっているのかどうか悪夜は知るすべはないが、

 ただ外見は瓜二うりふたつてあれば、きっと月を背負う彼女たちに伝えるだろう。


 これで二つの約束は達成たっせいした。あとはあの寂しがさんの約束たけだ。


 体裁はしていないだけど、心には握り拳をお月様に上げるのような不敬を構う――


 ぐじゅー


 ふっと一つ奇怪きかいな声音が悪夜の鋭い耳朶に入り込む。その原因て彼は思考世界と切り離した。


 突如とつじょな音に考えを打ち切られて怒る程、悪夜はそんな癇癪かんしゃく持ちではない、彼がけわしい表情を立てたのはただ不気味た。

 なにせよ、それは粘液ねんえきが取り付く物体が軋む音た。


 ぐじゅー


 音が二度目て放すことは、これは錯覚さっかくではない事に示し、悪夜は周囲を環視かんしとする。

 そして三度目の来訪に悪夜は正確の位置を掴めて、そっちに嫌な予感を込めてゆっくり首を向かっている。


 車道を通り、道の向こうて二つの建築物が空いた暗い巷に二つの人と等身大とうしんだいな物影が潜んでいる。


 ごっ!


 今度は巷から出す音ではない、超越ちょうえつし過ぎた恵琳は佇まっている悪夜に首をひねりながらキャリーケースを止めた音た。


「どうしたの?」


 距離は程がいるから抑揚よくようが少々強めにした疑問に、返す応答がない。細目の悪夜によって眉間みけんがしわを付ける彼女は一旦荷物を手放し、彼に近づいてゆく。

 彼女が歩いながらも、生き物てある悪夜も見たものに面で表現ひょうげんする。徐々に徐々に、瞳か小さくなっ――


 細くなった。


 周囲の関係を取り繕うために、悪夜はこうなったの瞳を一興いっきょうとして披露ひろうすることがある、でもそれきりあの猫の瞳みたいな状態は見たことないた。

 もし今回彼は意図的いとてきにその瞳を表にするではないなら、肉食動物しか持つこの瞳がいま現れたの意味を薄々恵琳は感じ取る。


「ね、どうしたの?」


 また置いかれて、もはや悪夜から返事をまらえるの期待しない恵琳は悪夜の目線に追跡ついせきしあの巷にたどり着いた。

 もう深淵に取り込まれたあの場所に人間の身の彼女には何も目を映すことできまい。

 でも悪夜は見える。見た、そこには尋常じんじょうじゃないものがいる。


 空で大きく曲がる尻尾に四つ足が地面に立つ、体のラインは尻尾とほぼ同じく伸びて、最後に大きく丸くものは恐らく頭部とうぶだろう。

 そして体躯たいくの左右から二つの内に曲がる腕の付きに悪夜は現世に存在する生き物を連想れんそうする、


「カマキリ……」

「えっ?」


 眼球がんきゅうは何も掴めない恵琳に一つ情報が提供するとも、彼女の疑問が晴れなく、また一つのかすみが加える。

 人と等身……、いや、それ以上にえたカマキリ、普通なら気のせいにする程異常いじょうな発想が、実際あれが悪夜の細いた瞳に捉えている。


 でも待ってよ――


 もう一つの物影ものかげはなんだ?

 ある可能性を考えたくない、あの可能性を見て欲しくない。


 でも残酷な事実は悪夜の熱願ねつがんを粉微塵に粉砕した。

 もう一つ物体は精神的に暗いなので上をりゃくして、下たけに注目するたけて、その鼠色のズボンだったのに一線たけ赤いに染られ、なお深紅のしずが垂れているの全体が判る。


 これは見せるものではない、同時に危険性がひそんた状況た、恵琳を一刻も早くこの場から離ればならない。

 取り付く島もないの様子なのに、悪夜はちゃんと前に疑惑する恵琳を認識にんしきし、手をゆっくり彼女の肩に置い――


 うん?


 柔らかい?目的にして悪夜が押したいのは彼女の肩でしたが、どうにも掌が伝わってくる感触はその部分ではないと、疑惑する悪夜は自分の手に目線を向けて、


「うわ、ご、ごめん……」


 自らの手は自分の幼馴染の胸に置いて、頬に赤らみ浮べて困惑しつつも必死に屈辱くつじょくを耐えている姿た。


「い、い、一体どんな状況て一顧いっこだにしないとも私の胸を触ることに至るでしょうか?それどもあれか?異世界に一周回ったて、ラッキースケベの才能が覚醒したのか?」

「いや、違う、違うからお願い、少し離れて」


 自分の胸を遮るながらも、強引ごういんに話題を逸らすことに唇を引きつらして返したが、茶番ちゃばんに至る場面ともそこまでに強めに告知され、事態の厳重性げんじゅうせいに気づかぬ程、彼女は間抜まぬけではないた。

 しかし、好奇心のわざわいなのか、それども冒険心に乗っ取られたのか、彼女はおぞましつつも再びあの深淵に覗く。


 まさにドラマチックに、人為的な仕業をおもしき程、街灯がいとうがともし、裏路地の様子も付いた光に垣間見かいまみえる……、


「……っ!」


 唇に両手て当たって、そのおかげで上ずる声が防ぐことが成功した。


 巨大なカマキリが人を鎌なるの腕て抱きついて、食いついているの陰惨的いんさんてき景象けいしょうた。

 そんな状況を目に映すとも、叫ぶではなくちゃんと声をおさえた事に、悪夜

 は彼女を称賛しょうさんする。


 だが天のいたずらだったのか?ほんも僅かに彼女の声が漏らしたたけて、そのカマキリが感知かんちし、彼らに向けた。


 肩に嵌める首を上げて、彼らに向けて、そして傾げる。昆虫特有とくゆの機械式動作にその今だに嚙み締めているの水平すいへいな血まみれた口て向けられ、彼らは気味が悪く感じる。


「ちょっと離れて」


 あれを驚かさないように、悪夜の声は二人しか聞こえない程度ていどに縮んだ。

 任せきりのはあんまりしたくないが、これはもう生身の人間じゃ手には及ばない状況た。して相手はもう自分より戦力が上回ったの成人男性のしかばねを人形のように内曲がる鎌の腕に抱きついている。


 ゆっくりとゆっくりと踵に下がる、この間にあのカマキリの捻る首は元に戻した。

 心の当たりがあるのか?あれは巨大なカマキリが判ったからずっと臨戦態勢りんせんたいせしている悪夜はあの行動の解釈を付けて、いつかしらの攻撃にこっそり手の平を返す――


「スワァァァァー!」

「……速っ!」


 唐突とうとつな叫びに続いてカマキリは瞬きの間て悪夜との距離はもはや手を伸ばす程近い。

 高き持ち上げた両腕は街灯の明りに照らして、二つの閃光せんこうとなり、振り下ろす。


「あっぶね!やっぱり動体視力どうたいしりょくは落ちだな、訓練しなければ……」


 交差して降り注ぐ両鎌に、唸り声が耳の寸前て鳴らすまでかわす、でも手に持っている荷物の持つものはそれによって断ち切られた。

 あやういたところで首が引っ越す状況に、冷や汗をかく悪夜は自分の無事に感嘆かんたんしつつも、ようやく光が当てる場所に現れたあれを値踏ねぶみしている。


 あれをただの巨大なカマキリを称するには、少々甘く見たかもしれないた。とげとげしく、深い紫色の眼立つ外見にまるで鎧を付けたように硬さを感じる、しかもその大きくオレンジ色の光る目玉は中身も只者ただものではないオーラを漂っている。


「スワ!」


 またしてもいきなりな動作、長くて外に曲がるあとあしをばねとして一瞬で飛びかかる。突如とつじょ、あれの怒号どごうが耳に伝わる同時にあれはもはや目前の位置に再び血光を煌めく両鎌を落とす。


「っ!」


 いかつちの如く打ち込めた攻勢に悪夜はたった普通の中学生が持っている白く細い両腕てそれを捕まえた。


「重いな……」


 この迅雷じんらいなる一撃にそれを相応な力量りきりょうを込めている、その巨体から計算すると例え成人男子でも抑えきれないだろう。


 だが――


「俺は人間ではない!」


 言霊がある発言に、悪夜は掴んているカマキリの腕を振り払い、硬直こうちょくが戻す前に、力が込めた一振りをカマキリの胸元に刻める。


 その明らかに魔性な耳朶、その口に隠し切れないきば、その輝く赤き細めた瞳、こんな多い特徴に悪夜をあの種族に示す。


 吸血鬼きゅうけつき。けれどまた違う。

 彼は人間として、単純に吸血鬼の一部の力を受けつくもの。

 半鬼はんき。異世界て知り合ったある智者ちしゃがこう呼んでいる。


 吸血鬼にして日光にっこうに怯えず、鏡に映える。人間にしてそれと不向ふむきな力と顔貌が持っている。

 半分はヒューマン、半分はバンパイア、彼の存在はまさに半鬼でした。


 硬いものが砕けた音と共に周囲に爆風ばくふうをもたらす、カマキリもその一撃に遠くへ連れてかれ、地面て数回の転むを経ってようやく地面を刺す両腕で自分を止めて、立ち上がう。

 鎧のような紫の破片が落ちて、続いてにび色の液体がドロドロに地面に接触する。


 力のけ離れがはっきりに見えるのに、尻尾を高く掛けて、四つ這いの姿勢に向う低い形相はまるでまた戦うの訴えている。


「スワ――!」


 雄叫おたけびを付いて、四足てジタバタと悪夜に襲い掛かる姿は捕食者としての冷静さが失えた。


 手を握って、そして開く。それは悪夜が臨戦する習慣しゅうかんではない、開けた掌の真ん中に小さき菱形ひしがたの赤い水晶が生まれ、掌から離れた同時にそれが大きく四方向に膨大ぼうだいして、やかで剣の形に成し遂げた。


 ブラッティクリスタル、それは悪夜が半吸血鬼となった初めて覚えた技て、そしてそれの更なる汎用はんようは、それを別の形になること。


 コン――


 再度さいどに握る手は、今度は全面的に赤い水晶て作り上げた剣を持ってカマキリの攻撃を受け流れた。

 でも瞬時の一撃を引き換えにして、展開する攻勢は雨のように連続て降り注ぐ。


「っ!」


 流して流して、いくら攻撃をかえせしたとしても、新たな攻撃は再び迫ってくる、もし体をちょっとたけ傷ついてたとしても攻撃を成し遂げる覚悟をつくかもしれない、そう思っている時に――


 恵琳は見ている、例え戦闘経験ゼロたとしても分かる、悪夜は劣勢れっせいにいる訳ではない、単に突破口とっぱこうがないたけた。

 ただ見ているしかないのか?この疑問が萌立もえたつの直後彼女の視界にちょうど手頃てごろな石が映った。


 こっ!


 一つ石がカマキリの巨大な目玉に落とした同時に、悪夜に向う奔流ほんりゅうなる攻勢はそれによって止まった。

 何かしらに攻撃を受けたカマキリは迷わずに、後ろに目を付けて、そしたら必然に野球を投げ出した姿勢のままの恵琳がいました。


 やっぱり主人公が魔法をこの世界に連れて来るの仮説かせつはながった!


 そう心の中で世界の不平に八当たりながらも、彼女はぐっと拳を握る、何せ彼女の本当の狙いは……


 幼馴染が作ってくれた隙に、悪夜が持つ刃はカマキリの両肘の関節かんせつよぎる。


 パサッ!


 誇張こちょうでも事実である擬声語ぎせいご、切り離した両腕は噴泉のように深い灰色の液体は奮発、予想出来ないのカマキリもようやく明瞭めいりょうな悲鳴を上げた。

 苦痛くつうて足取りさえも乱されて、空で胡乱に振り回る腕は液体をあちこちを散らかす、そのおかけで悪夜は近づかない理由はまた増えた。


 最初はただの反射神経て背中を見せただが、長い下半身が急に上下分裂し、まるで百本の羽が生えたの視差、パタパタと一秒て十回以上の振動を広げ、巨躯きょくてあるあのカマキリも地面に離れることができた。



 左右揺らしながらも、順調じゅんちょうに悪夜との距離を拡大するカマキリはまるで復讐ふくしゅうを果たしたいように、咄嗟とっさに恵琳の近くを通って、羽を打つ力て彼女を後ろへ連れてゆく。

 フェンスにあたって、重心じゅうしんが無くした彼女はやかで川に落ちる、


「うわああああぁぁぁー」

「恵琳!」


 ただ水に浸みるたけの話し、それくらい悪夜は知っている。だが彼女はそんな待遇たいぐうにあってはいけない、それたけの話しに、悪夜は動き出す。


「フッ!」


 お腹と背後に力を入れ、原理げんりなんで一切なく、彼の背中から彼が亜人として最大の特徴が生えた。そう、彼女を救うための翼た。

 それの形は大きなコウモリの翼だった、たたその真ん中に赤く光っているの水晶が付いている。


 今この時に翼を用意するの意図は無論た、自分の体を覆う程にでっかいの翼を一回羽ばたく、爆風を起こすの力て悪夜一瞬て道端にあるフェンスを越えた。同時に、彼の背中に付いている背鰭せびれのような水晶は少々強く光って、彼は慣性かんせいのない奇妙な動きて川に落ちかけた幼馴染に照準しょうじゅんし急降下する。


 本当にギリギリだった、悪夜が救援きゅうえんする手は川と接触する寸前すんぜんて恵琳を拾け上げた。


「大丈夫?」


 救助された時にお姫様抱っこされた、こんなロマンティックの状況に恵琳の面は紅潮す――


「君は本当にラッキースケベの才能があるのね」

「今それ言う?」


 渋面をつく彼女に、悪夜はならって返す。

 触れたくないどころが捕まえられるのは不快な気分だが、一刻も早くと相手は助けた人の挟み撃ちの場合に彼女は目をつぶっていながら二回上空を指す。


「ではしっかり捕まえよ!」


 意図を掴め、彼女がしっかり自分の首を抱えるの確認したあと、ドンドン離れたカマキリに対して、悪夜は空いた掌てあれを向かい、幾つの赤い水晶は掌から生えて、ショットガンのように拡散射撃かくさんしゃげき


 これこそがブラッティクリスタルの基本た、魔法の衝撃と完成した水晶の硬さと鋭いさをすがる攻撃。一つにして与えるダメージはやや不足ふそくから、複数を同時に射出しゃしゅつすると、その点はおぎなう。


「スワァァ――」


 全弾命中ぜんだんめいちゅうには至らないが、細い身体が串刺くしざす同時に上げた悲鳴は貧弱ひんじゃくに感じて、この攻撃にたくした足止めの役目やくめは果たした。


 当然、悲鳴をついてても命を狙う相手に、悪夜は逃すわけにはいかない、再び剣を作り、腰に構えもう一回翼を羽ばたく。


 パッサっと、川に巨大な水沫すいまつの花を起こし、あのカマキリの速度におとれずの斬撃を広げ、地面に戻し数メートルのブレイクをつくやっと止まった悪夜ははらう姿勢を解除した。


 強がった。瞬きの間で全てが解決するように、目を開けた恵琳が目に映る悪夜は危機が解除した面持ちた。

 力持ち、速度と反応力、おまけに魔法みたいな能力が補助ほじょする、もはやチート能力持つ主人公だ、彼への値踏みは感嘆する程高くあげる。


 まるで時間をはかったのように、悪夜が振り向いたあと、あの横なぎの成果は見え出来た。

 空中て動力のないカマキリはやかで地面に落ちてゆく。着地した時に、屍はもう両分となった。


「終わっ……た」


 誰に向かうてもない、単なる一人ことて自分が確認した結果を口にして、腕に抱えている自分の幼馴染を無事を伝えたように下す。


 確かに、戦いは終わった、たけど続いて迫る問題は悪夜に安らかが訪れない。戦った余韻よいんまた心に残っているのに、周囲の状況は目をそらぬ程に惨烈さんれつでした。


 と言ってもそこまで難題なんだいになるものではない、ここで警察を呼べば、この惨事を成した犯人はすぐに判別はんべつされるだろう、そう自信満々に企画きかくする悪夜に――


「え?」


 二つとなったカマキリの死体の表面が突然泡を生まれ、徐々じょじょに泡の数が増えて死体を覆うながら、あれの面積をどんどんけずってゆく。

 最後に至る光景は無くした屍が残したクロム色の液体に、それを茫然ぼうぜんとて見ているの悪夜た。


 彼は異世界から帰り、現実世界に戻ってきた、あの平淡へいたんでも掛け替えのない大切て楽しい正常な日々に帰ってきた。

 それなのに――


「現実世界……ではないのか?」


 そう思う程に、目の前の光景は尋常に逸する状況だった。




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