イマジン

門前払 勝無

第1話

 皆同じ顔してるー。


 皆同じ道を歩いてる。皆同じ曲がり角を曲がって心が無表情のまま霊園に向かって歩いてる。


 夢見てる人と一緒になってみたけど、アタシの心にたくさんヒビが入って疲労骨折しちゃって、三歳の娘を連れて真夜中にボクシーで逃げ出した。星空は癒やしてくれなくて不安な歌ばかり歌ってる。

 あそこの曲がり角を間違えちゃったんだって…。


 コージーコーナーで働きながらアズミを育ててる。保育園に迎えに行くのが楽しみで、帰りは商店街のたこ焼き屋さんでおやつを食べる。アズミはメロンクリームソーダが大好きでたこ焼きとメロンクリームソーダを嬉しそうに味わっている。アタシはアズミの柔らかい笑顔に癒やされていて助けられている。


 心の何処かに穴が開いていていつも隙間風が吹いている。アズミを寝かしつけてからしばらくぼぅっとしてしまう。

 テレビでは同じ方向に向かって兵隊が敬礼してして、違うチャンネルでは100万円にチャレンジするクイズ番組がやっている。爆弾が爆発しているときにクイズに間違えてこの世の終わりを嘆いている。

 ウサギの形に切って甘くしたニンジンをアズミがゴミ箱に捨ててた。洗濯物が終わってやっと寝れたと思ったらアズミが泣き出してあやしながら溜息をついた。アズミが猫を飼いたいって言うのをダメって言ったら「ママなんて嫌いだ」って言われた。


 アタシは何をしているんだろうって上を見るーただ空があるだけ……。


 今井仁は目を赤くした金髪の女を笑っているー。

「寂しかったから知らない男に股を開くのかよ…笑っちまうね」

「仁が私を見てくれないからじゃない!」

「見る価値も無いね」

「サイテー」

ありふれた女の後ろ姿を見ながら煙草をくわえた。

 アイツの今までの世界は終わったが、明日はまた違う世界がはじまる。そして俺もだー。

 マリファナ吸ってポテトチップスを食べる。塩の旨味と塩分が身体に染み込んできて全身でポテトチップスを感じる。赤ワインを飲み込んで、マリファナ吸って、ポテトチップスを食べる。空を見上げると、いつも通り空が居る。少し眉を細めて俺を笑ってる。


 コージーコーナーでチョコレートケーキを買って帰った。シャワーを浴びて猫にチュールをあげてケーキの箱を開けたー。

 チョコレートケーキを注文したのにモンブランが入っていた。

 俺は薄着で駅前のコージーコーナーに向かった。

「コレさぁ、チョコレートケーキを頼んだのにモンブランが入ってたんだけど……」

「あ、申し訳ございません!すぐにお取り替えいたします!」

「いや、なぜモンブランなのかを知りたいんだ。チョコレートケーキは突発的に注文したんだよね。駅に着いてからモンブランを買おうと思ってコージーコーナーに入ったんだけど、直前でチョコレートケーキに変更したんだよね。でも、帰って開けたらモンブランだったから店員さんは何で選りに選ってモンブランだったんだろうかって気になってしまってね」

薄着で笑ってる男の人を見ながら“凄く好きな空気”と思った。店に入ってきたときも何故かモンブランを選ぶだろうなと思っていて自然とモンブランを入れてしまった。

「すいません…何故かモンブランを買うんじゃ無いかと思い込んでいて…申し訳ございません!」

「そうでしたか…」

男の人は百円を渡してきた。

「これ足りない分です」

「あ、いえ、お取り替え致します」

「いや、これでいいんですよ」

店員さんは少し笑っていた。


 アタシはアズミの分と二つモンブランを買ってアズミを迎えに行った。

 アズミを自転車の後に乗せた。かごにモンブランを入れて発進した。

「アズミはモンブラン好き?」

「好き!」

「帰ったら手を洗ってから食べようね」

「うん!」


 男の人は毎日モンブランを買ってくれるようになった。何故か「いらっしゃいませ」じゃなくて「おかえりなさい」って言っている。たまに「はい」を「へい」って言ってしまう。

 猫の話やアズミの話を少しだけして男の人は帰って行くー。

 なんだか溜息の回数も減っていて、一人じゃ無いって思えてる。あの人の後ろ姿の隣にアタシとアズミが並んでるのを想像してしまう。


 「イマジン」♯2


 灯りの消えた町を煙草をくわえながら歩くー。


 コージーコーナーも閉まっている。

 缶コーヒーと煙草、唯一開いている店はコンビニ、トボトボと商店街を歩いているー。


 アズミがおねしょして毛布をコインランドリーに洗濯しに来た。

 今井さんの事を考えている。仕事は何をしてるのか、何をしてどんな生き方をしてきたんだろう。もっともっと知りたい。


 栗原さんの下の名前はなんて言うんだろうー。


 コインランドリーの前にかごに溢れるくらいの毛布を詰め込んだ栗原さんがいた。

「ただいま」

思わず言う。

 振り返ると今井さんがにっこりと立っていた。

「おかえり」

自然と反応してしまう。


 幸せって造ったり望んだりするものじゃ無くて、風や朝陽や雨と同じで自然と包まれるものだ。

 肌寒い深夜の商店街を二人で歩いた。何処までも何時までも歩いていたい。カラフルなインターロックは支えてくれてる。


「仕事を辞めて実家に帰ることにしたんですよ」

「え?」

「何かあるんじゃないかなと思って東京にしがみついてましたけど何もかも要らなくなりました」

「そうですか…」

「浮いて沈んで、それを繰り返してるだけで、何か違うって思いながら過ごしてましたけどね」

「実家は何処なんですか?」

「家族は誰も居ない空き家なんですがね…親がパン屋をしてまして、帰ってまたパン屋をやろうと思ってます」

「パン焼けるんですか?」

「いや、焼けないです」

「アタシは製菓学校出てて、パン焼けますよ」

曲がり角に来た。右がアタシのうち、左が今井さんのうち、二人は立ち止まる。

「明日、最後の仕事をしたら迎えに行っていいですか?」

アタシは深く頷いた。

 頭を上げると今井さんがキスしてくれたー。

 街灯の灯りに蛾と羽虫が飛び回っている。町の灯りが消え始めて、アタシ達の灯りがついたのを感じた。二人の冷たい唇はお互いの熱で温まっていった。街灯に照らされた二人の周りにハートがたくさん飛び交っていた。自転車に乗ったお巡りさんは気を遣ってアタシ達を遠めに避けていった。


 「なんで逃げたんすか…アニキ…しかも、組の金持って行くなんて…」

「仁…見逃してくれねぇか?女とガキと静かに暮らしたいんだよ」

公団住宅の一室ー。

 外からは子供の遊ぶ声が聞こえている。

「静かに暮らすのは良いと思いますけど、組の金に手をつけるのはダメですよ」

「魔が差しちまって…必ず返すから見逃してくれねぇか…」

「一時間待ちますよ。その間に持って逃げた三百万円を俺の口座に振り込んでください…確認したら組に連絡入れるんで逃げるなりわびを入れに来るなりしてください…金の事は俺から組に返します」

「…」

「三百万無いんですか?」

「今、二百万しかない…」

「何に使ったんですか?」

「ガキと女に贅沢させてやりたかったんだよ…ヤクザもんやってんのにビンボーさせてるからせめて一度くらいは贅沢させてやりたかったんだよ…」

「まぁいいっすわ、百万は俺が出します。二百万は現金で今ありますか?」

アニキは頷いて台所の方へ行った。

 俺は煙草を吸いながら窓から団地の公園で遊ぶ数人の子供たちを眺めた。

「仁…」

振り返るとアニキが包丁に握っていた。

 俺は心の中で“くそったれ”と呟いた。そして、アニキは俺の腹に包丁を差し込んだー。

 アニキは数枚の一万円札を俺に投げて部屋から逃げていった。俺は刺された包丁を抜いて、適当な箪笥の中から子供物のタオルを取り出して台所に向かった。タオルを水で絞って大量の塩をタオルにかけてシャツの下の傷口を塞いだ。物凄い激痛が全身を駆け抜けて膝から力が抜けた。

 額の汗を拭いながら組に電話して事情を説明して若い衆に迎えに来てもらった。


 俺は事務所に入りデスクの引き出しからナタを取り出して、茶室で小指を詰めたー。腹の激痛のついでにアニキを取り逃がした落とし前をつけた。嫌な汗で身体中が濡れている。組長と若い衆は慌てていたー。朦朧とする中、栗原さんの事を思っている。

 二人で田舎町の商店街にある小さな店でパン屋をやってる。朝はランドセルを背負ったアズミちゃんを見送って二人でパンを焼いている。時折、顔を見合わせて微笑む…。


 夜ー。

 あの曲がり角の街灯の下で栗原さんを待つ。腹と小指は包帯でグルグル巻きになっている。煙草に火をつける。二、三回吸って腹が痛いから足もとに捨てる。

「コラ!ポイ捨て禁止だぞ!」

自転車に乗ったお巡りさんが注意してきた。

「ごめんね!彼女待っていてさ…最後の一服にしようと思って…わりぃね」

俺は捨てた煙草を拾ってポケットにしまった。

「彼女を幸せにしろよ……チンピラ!」

「もうチンピラじゃねぇよ!パン屋やるんだからよ!」

「そうか!がんばれよ!」

お巡りさんはチリンチリンしながら去って行った。

「待っててくれたんですね!」

栗原さんが話し掛けてきた。

「あのお巡りさん…昨日キスしてたときに通り過ぎたよね」

「うん…栗原さんは下の名前はなんて言うの?」

「清子…」

「栗原清子かぁ…清志郎の本名とかぶるね!」

「うん、清志郎…天国は無くて、ただ空があるだけ…って教えてくれた神様の名前だよ」

「そうなんだ!…あ!アズミを迎えに行かなきゃ!」

「一緒に行っていいの?」

「もちろん!一緒に行って欲しい!それより…その怪我は?」

「最後の仕事を終わらせてきただけ」

清子は怪我してない手を握った。俺も強く握り返して右に歩き出したー。


おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イマジン 門前払 勝無 @kaburemono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ