第15話 後日談

 船大工さんは、その日の夜のうちに、海碧屋に戻ってきました。

 というか、いつの間にか成田屋での打ち上げに加わって、人一倍牛タンを平らげていました。

「どのツラ下げて、戻ってきたんだ」

 ヤマハさんがカンカンに怒りましたが、工場長コンビ・両昭子さんが取りなしました。

「社長さん、怒んないの?」

 昼間、腹を下してあんなに苦しんでいたわらびさんが、「牛タンは別腹」とバクバク肉に食らいついています。

「長い間商売をやってれば、この手の人の出入りは、しょっちゅうですからね」

 そもそも、社長と従業員だけのつき合いには、おさまりません。田舎には、幾重もの人間関係が張り巡らされているのですから。

 船大工さんは、遠い親戚にもあたる人なので、冠婚葬祭ごとに顔を合わせ、また、同じ部落の住人なので、地域の草刈や軒下消毒といった、共同作業も一緒にします。最寄りの神社で、正月獅子振りや夏の盆踊り、五月連休中の子ども神輿……と言った祭りがあれば、同じ氏子として神事に参加もするのです。ウチの従業員が皆、私のことを社長ではなく海碧屋という屋号で呼ぶのも、死ぬまで続く、こんな人間関係のせいです。雇用関係は、長いつきあいの一時期だけの話で、従業員となる前に私のことを海碧屋と呼び、止めた後もやはり海碧屋と呼ぶならば、海碧屋現役社員のときだって、私のことを海碧屋と呼んで、何がおかしい……という理屈です。

「……だから、わらびさん、あなたが、このまま海碧屋にいつくつもりなら、どーぞ、社長じゃなく、海碧屋と呼んで下さい」

 わらびさんは、一瞬考え込む表情になりましたが、やがて、言いました。

「私は、いいや」


 これは、後日談なのですから、その後のことを、語りましょう。

 め・ぱんは牟田口理事長相手にそうとう粘りましたが、結局、裁定はくつがえりませんでした。緊急のときの備え、という意味では、いくらコンペの最中に沈没したところで、りばあねっと側のほうが、頼りになりそうというのが、理事長以外のコンペ審査員、そして町建設課の立場でした。め・ぱんは、いつもの通り「政治力」を行使しましたが、りばあねっとのほうが、一枚上手でした。

 いきり立つめ・ぱんの面々をリリーさんが取りなし、落胆するジイサン連中を気の毒に思ったのか、カニ道楽ロボットチームが、一行を大阪に招待したとか。リリーさんたちは、本場のタコ焼きを食べ、通天閣に上り、なんばグランド花月で吉本興業のマンザイを堪能して、女川に戻ってきました。人脈だけはヤケに強い……と悟った、りばあねっと幹部が、りばあねっとロボット女川工場新規建設の下請けにめ・ぱんの息がかかった土木会社を参加させ、彼らにカネを流しました。

 テリーさん曰く、「気に食わないヤローたちだが、つき合い方が、分かってきたようじゃねえか」。

 彼らはありがたく、かつての宿敵から金を受け取り、その日のうちに全額パチンコでスったそうです。

「悪銭身につかず、ですよね」

 てれすこ君は呆れていいましたが、そもそも、め・ぱんの場合には、良銭だろうがなんだろうが、結局は身につかないのだろう、と思います。


 りばあねっと側は、今度は大工さんの代わりに、ヤマハさんを引き抜こうとしました。舶来モノ大好きなヤマハさんですが、心の中は「武士」らしく、「会社を裏切るわけには、いかねえ」とキッパリ断ったそうです。カネ・女、どちらの誘惑にも屈しなかった彼に、りばあねっとはさらに卑怯な手を使おうとしました。

 孫を人質に取ろうとしたのです。

 大学生になったばかりという男の子を、縄文顔さんが、その色気でもって襲おうとしました。お孫さんの好みを調べ、わざとらしくない出会いの場もセッティングして、美人局はほとんど成功しそうな感じでした。けれど、ヤマハさんのほうが一枚も二枚も上手だったのです。ヤマハさんは縄文顔さんの「不品行」に関する噂を、あることないこと交えて、町中に流すことにしました。おしゃべりにかけては右に出るものがいないスピーカーおばあちゃん、我が木下昭子・工場長が活躍してくれました。噂はもちろん海碧屋にも逆流してきて、船大工さんが再びストーカーと化しました。一週間もしないうちに、海碧屋のおっぱいギャルに負けずとも劣らない好奇心の対象、「りばあねっとの尻軽ギャル」が誕生しました。正体を知られては、彼女が「九尾のキツネ」なみに魔性の女だとしても、男をたぶらかすのは、難しかったようです。そう、ヤマハさんは勝利しました。孫を守り抜きました。船大工さんに毎日「愛のポエム」入りのラブレターを贈られ、彼女は降参しました。最後っ屁のつもりか、負け惜しみか、縄文顔さんは近所のセブンイレブンでドクターペッパーを堪能していたヤマハさんを捕まえると、「アンタの忠誠心、残念だけどムダになるわよ。ウチで借金の肩代わりしてやらなきゃ、海碧屋は倒産するんだから」と憎まれ口を叩いたそうです。

 慌てたヤマハさんは、私に、そして、てれすこ君に心配を打ち明けてくれました。

「捨てる神あれば、拾う神ありっていうでしょう」と、てれすこ君は、この実直なエンジニアを勇気つけてくれました。そう、今回結局、漁協も町建設課もスポンサーにつけることはできませんでしたが、ひょんな幸運に恵まれることになったのです。風災害時の「田んぼの様子」監視業務、そして「水路維持業務」の仕事を、私たちは農協から請け負うことに成功したのです。

 首の皮1枚で、我が海碧屋は倒産を免れたのだ……と伝えると「それなら、まだまだ引退できないな」とヤマハさんは80という歳を感じさせない決意表明をしてくれました。

 後日、農協との契約を知った縄文顔さんが、直接電話をかけてきました。

「ウチにロボットの権利を売り渡してくれれば、一挙に楽になったはずなのに、なにを好んで茨の道に進んだのよ?」

 縄文顔さんの呆れた質問には、自明の答えを返しました。

「諦められないから、夢なんですよ」


 そして。

 とうとう、わらびさんが埼玉に帰る日がやってきました。

 彼女が来た時も、アスファルトがジリジリ焼けるような炎天下でしたが、少なくとも暦の上では初夏でした。それが今や、カレンダーも盛夏になっています。

 せめて、夏休みが終わるまで遊んでいったら……とショート君が誘いましたが、わらびさんは首を横に振りました。

「おかげさんで、仕事が入るようになったからさ」

 ユーチューブのフォロワー数は相変わらずですが、週刊誌やメルマガ等で、記事を書いたりインタビューを受けたりするようになったのです。

「当初の予定と違って、ほとんどロボット絡みっていうのが、心苦しいんだけどさ」

 見送りする女川駅のプラットフォームには、我が海碧屋一同の他に、なぜか縄文顔さんと金華山衛生の社長もいました。

「なあに。ロボットがらみで心苦しいって、私へのアテツケ?」

 縄文顔さんが唇を尖らせると、わらびさんは、自分の顔の真ん前で、手を横に振りました。

「違う、違う。海碧屋の手柄を、横からかっさらった気がして。あーし、ちょっと来て、ちょっとパイロットのマネごと、しただけなのに」

 てれすこ君が、照れ返しでまぶしそうに目を細めながら、言いました。

「わらびちゃん。それを言うなら、女川の人、みんなの手柄かもね。だって、コンペがなきゃ、ここまでロボット、有名にならなかったと思うし」

「そーかー」

 なぜか金華山衛生の社長が、憤然として、わらびさんを慰めます。

「そういうことなら、後ろめたいこたあ、ないだろ。アンタは、もう立派な女川の人だ。元・消防団副団長のワシに食ってかかって、裸を賭けてでも、公正な審判を求めた。すべて女川のため、と言って。町への貢献度、郷土愛、合格だ」

「……アンタが、それを言うんかい」

 ヤマハさんのツッコミに続いて、福工場長が問います。

「てか。金華山衛生さん。なんで、ここに? 憎らしい敵、じゃないの?」

「どんなに憎らしい敵だって、いなくなるとなりゃ、寂しいもんさ」

 もの問いたげな一同の視線が向けられた縄文顔さんが、金華山衛生さんに続けて、言いました。

「私は、ホラ、ツンデレだから」

「それ、自分で言うんだ」

 呆れ顔のショート君に、縄文顔さんはウインクしてみせました。

「わらびちゃんのこと、大嫌いなのは事実だけど、大好きなのも事実なのよ」

 餞別として、木下昭子工場長が冷凍ミカンを、斎昭子副工場長が、きらら女川のかりんとうを渡しました。

「ショート、あんたはなんか、くんないの?」

 なにもないけど……とショート君は、彼女の頬にチュッとキスしました。

 ヒュー、ヒューとヤマハさんたちが囃し立てます。わらびさんは、余裕の笑顔を返しました。

「やるじゃない、美少年。あんたのことを妹に話したら、久しぶりに会いたいって言ってた。今度遊びにきたら、よろしくね」

 JR発車の時間です。

「達者でねー」

 わらびさんは、バイバイと手を振りました。

「せっかく、女川の人って言ってもらったから、サヨナラとは言わないよ。あーし、また、来るからね」

                                  (了)

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搭乗用人型ロボットの現現分析 木村ポトフ @kaigaraya

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