第12話 昭和のマタハリ
ロボット製造中の車庫には、船大工さんも出入りする……というか、ここは彼のメインテリトリーです。老いらくの恋に溺れている我が技術者に、縄文顔さんの正体を知らせたとき、果たしてどんな反応をするものやら、分かりません。かたくなに信じまいとするか、裏切り者と憤慨するのか、それとも、聞かなかったことにして、このまんま縄文顔さんを口説くのか。
「とりあえず、ショートを家に送り届けてきますから」
二時間後に居酒屋カフェMにて待ち合わせ、「密談」することになりました。カラオケがなく、こじんまりして秘密の打ち合わせに向く酒屋となると、シーパルピア内では選択肢が限られてしまいます。彼は三十分もはやく、来店しました。仕事で毎日顔を合わせているてれすこ君ですが、作業着でない、ポロシャツ姿の彼の姿を見るのは久しぶりです。最初のカンパイをするまでもなく、彼は「敵をぎゃふんと言わせたい」と切り出しました。縄文顔さんを泳がせておいて、逆にニセ情報を流したい、というのです。そんなテレビドラマやハリウッド映画みたいなこと、できるのかな、と思いました。勝算はありますよ……と二杯目の焼酎に取り掛かる我が相棒に、まず、調査報告の詳細を聞くことにしました。
「苗字がキムラさんというのは、比較的はやく突き止めたんですけど」
てれすこ君は、メモ代わりにしているらしいスマホ画面を見ながら、続けます。
「女川には、やたらめったらいる苗字ですからねえ。女川駅前で石を投げれば、必ずアベさんかキムラさんに当たるっていうくらいに。でも、りばあねっとは、町内の住民をスタッフとしているわけじゃなくて、東京の学生ボランティアから成り立ってるってことに、気づきました。全員分の名簿を入手するのは大変でしたけど、結局、若い女性隊員でキムラさんというのは、二人しかいないことを、突き止めました。たったの二人だけなんで、全数調査という言い方は大げさになりますけど、そう、全数調査をしたんです。そしたら、東京は町田の出身、美人のほうのキムラさんが、実は縄文顔さんだと判明したんです」
「でも、彼女、ウチではマジメにロボット製作の手伝いをしている助手さんだったんですけどねえ」
「それがクセモノです。スパイの常とう手段ですよ。色気で男をたぶらかすのを、ハニートラップと言いますけど、その典型でしょう。彼女がスパイと知れてから、情報が盗まれているかどうか、内部調査してみました。ウチの事務所には書類らしい書類がなくて……なんせ、船大工さんの勘ピューターで設計組立してますからねえ……外殻のほうも、舶来趣味のヤマハさんの趣味に合わせて、怪しげな英語で書かれた指示書があるだけで、こちらも、泥棒のほうがチンプンカンプンしそうな代物です。結局、被害というか、情報漏れは、内部でなく取引先にありました。仙台に、縄文顔さんと船大工さんがデート……いや、パーツショッピングに行ったことが、あったでしょう。そのとき彼女に紹介した機械部品屋さんに、縄文顔さんが漏れなく連絡を入れて……というか、実際にロボットパーツを買っていったとか。なにせ、船大工さんの紹介ということではあるし、美人であることもあるし、パーツ屋さんのほうでは、喜んでパーツを売ったとか、言うんですよ」
「うーん。悔しいねえ」
「悔しいですよ」
私たちが、初めてロボットを製作することに決め、部品集めに奔走し始めたときの、話です。
それは津波のだいぶ前、てれすこ君がまだ居酒屋をやっていて、もちろん彼の双子もまだ生まれていなかった時の話です。私と彼は同じ少年向けSFマニアとして意気投合、趣味の延長どころか、趣味そのものとしてロボット作りに取り掛かりました。設計図を作ったり、模型を手作りしたしているうちはよかったけれど、いざ、簡単な実作をしてみるか、という段階になって、すぐに壁にぶち当たりました。
そもそも、部品メーカーのほうでは、素人に機械部品を販売しない、と、けんもほろろの対応をされたのです。
広告を出しているのでもない、BtoBメインの……いや、そういう取引しかやってない機械屋さんのほとんどは、取引相手を、法人か、個人でもちゃんと看板を掲げているような商売人・町工場に限定していました。趣味サークルがホビー目的で、と持ちかけると、鼻もひっかけられなかったのです。そのころ、ベンチャー企業の設立や上場が世間では花盛りで、マスコミでは社長さんたちにインタビューし、経済産業省も一生懸命旗振りをしていたと思います。私とてれすこ君は、東京のそんな動きを冷ややかに、横目で見ていたものです。実際に、マスコミや政府等のキャンペーンを見て、自分でもベンチャーを興そうかなという篤志家がいても、すぐに壁にぶち当たる仕組みになっているのですから。アメリカのSF小説やマンガには「ガレージもの」というジャンルがあります。発明発見の才能がある子どもたちが、自宅のガレージで色々と機械をいじって、面白い機械を作ってドタバタ騒動を起こす、そんな楽しげなSFです。フィクションの世界のみならず、マイクロソフトのように、ノンフィクションの世界でも、自宅のガレージで起業して世界的な大企業になった例もあります。夢とロマンあふれる物語ですけど、アメリカならではの話だな、日本ではまず無理だ……と思ったのが、この部品メーカーの販売ポリシーという壁の存在でした。
もっとも、時代は変わりました。
今、ベンチャーを興そうとする人は、私たちがかつて味わったような苦労を、しなくてもすむでしょう。これは、ひとえに、インターネットの発達……いえ、ネットショッピングの発達のお陰です。実店舗のDIYのお店ではカバーできない膨大な数のアイテムを扱っているお陰でしょうか、私たちがかつて販売ポリシーの壁に阻まれていた機械パーツ類が、ネツトでは、かなり容易に手に入るのです。もし今、私たちのように、たとえばロボットを一から作ってベンチャーを興そうとする人がいるとしたら、苦労するのは、廃棄物処理のほうかもしれません。産廃法のポリシーは、公害問題が盛んだった前世紀半ばに焦点が当たったままで、インターネットの発達の恩恵を、まだ受けていない分野なのですから。
「……設計図抜きでのパーツを集めたところで、どーにもならないと思いますけどねえ。りばあねっとにも、造船関連をやったことのある技術者とか、いるんでしょうか? それとも、ひょっとして、縄文顔さんが、見様見真似で、やってみるとか」
「まだ調査中です、海碧屋さん」
「他に分かっていることは?」
「うーん。組立技術者とかの情報も含めて、その、縄文顔さんから聞き出したいことは色々とあるんですけど……彼女が本当に富永隊長のフィアンセだとしたら、彼女をとっつかまえて、情報を吐き出させて二重スパイに仕上げるのは、至極むつかしいかも」
「話が回ってますよ、てれすこ君」
チューハイの追加を頼もうと、二人してメニューをためつすがめつしていると、七三分けにタレ目の男が、ニヤニヤ笑いながら同席を求めてきました。
「酒がまずくなるから、あっちに行ってくれ」
腰の低さには定評のあるてれすこ君が、珍しく、邪険に、この中年男を拒否しました。
「あれ。てれすこさん。そんなこと、言っていいんですか? 私を混ぜてくれないなら、ここでの悪だくみ、全部、牟田口総裁に話しますよ」
図々しく、私の隣の席にショルダーバッグを下ろしたタレ目に、私は再三尋ねました。
「てか。あなた、誰なんです?」
「これは、自己紹介が遅れました。私、町政コンサルタントをしている花谷と申します。海碧屋さん、以後、お見知りおきを」
元町議の甥っ子で、今は町行政ゴロのようなマネをしている男。
たしか、てれすこ君のご母堂が老人ホームを探しているとき、さんざんヨコヤリを入れてきた男です。
「アンタに話すことなんて、何もない。塩をまかれたくなければ、さっさとどっかに行ってくれ」
捨て台詞のような啖呵を切ると、てれすこ君は目の前の細長いタンブラーとにらめっこしたまま、本当にダンマリを決めこみました。
花谷氏は、酒の代わりにウーロン茶を頼みました。なんでも、このところ、歯医者通いをしているそうで、処置途中のところにアルコールがしみるのだ、と四方山話をします。
「花谷さん、本題に入ってください」
「取引をしましょう、海碧屋さん」
彼の提案は、お互いの持つスキャンダル情報の交換でした。
「牟田口総裁の愛人の木村氏……いや、海碧屋さんでは、縄文顔さんと呼んでいるんでしたな、その、縄文顔さんのハニートラップ情報を、私に売ってくれませんか」
「何に使うんです」
「スパイのためとは言え、80のジイサンにスケベエなことをさせるなんて、男の風上にもおけない。まして、その彼女が愛人でありフィアンセですよ。すごい変態だし、すごいスキャンダルじゃないですか。りばあねっとの高級幹部たちは、身内にも冷酷非情になれる卑劣漢だ……という醜聞が広がらないように、私がコンサルタントをしようと申し出ようと思いましてね」
「要するに、オドシでしょう。ハニートラップかどうか、まだ、調査を始めたばかりで、確定ではないですよ」
「縄文顔さんその人に、直接カマをかけてもいい。あなたの個人情報、守ってあげます、と」
「20代女性が、80代と本気の恋愛をする可能性だってある。これはあくまで純愛だ、と彼女が涼しい顔で宣言したら、付け入るスキはない」
「手厳しいですなあ、海碧屋さん」
「そもそも、縄文顔さんのスキャンダルをあなたに流して、私たちに何の得があるっていうんです?」
「だから、対価を払うと申し上げたでしょう。情報交換ですよ。りばあねっとをぶっ潰す可能性があるとっておきの醜聞、対価としてお教えしますよ、海碧屋さん」
「あなたの情報が、私たちの情報に見合う価値があると、どうやって判断するんです? それに、スキャンダル情報をもらっても、利用するつもりはない。私たちは、悪人を告発しても、悪人に加担するつもりは、ないんです」
「全く。評判通り、融通の利かないお方だ。じゃ、今日のところは、手土産代わりに、富永隊長のネタを置いていくことにしますよ」
「だから、その手の醜聞、聞きたくはないと言ったはずだ」
「スキャンダルなんかじゃありませんよ。彼のプロフィール……りばあねっとに加入した顛末や、縄文顔さんと婚約したいきさつ、知りたくはないですか」
そして、私たちが止める間もなく、花谷氏は、ベラベラと個人情報をしゃべり始めたのです。
花谷氏によると、富永隊長は東京世田谷の、いいところのお坊ちゃんでした。父親は高級官僚、母親は専業主婦、本人は中高一貫のエリート校出身で、絵に描いたような明るい未来を約束されていた青年だった、ということです。しかし、受験に失敗し、父親の指定した国立大に入学できなかった頃から、彼の人生の転落は始まりました。これまで息子を手放しで自慢し、親戚友人に誇らしげに語っていた母親が、完全に彼のことを無視するようになりました。今までは自由放任主義で、家庭を顧みなかった父親が、三つ年下の弟に、しつこく勉強しろと言うようになりました。両親の過干渉に辟易した弟からは、イヤミを言われるようになりました。家庭での居場所がなくなった彼は、大学のサークル活動に意味を見出すことにしました。けれど、根が真面目で、今まで受験勉強一筋だった彼のこと、チャラいナンパサークル等は、肌合いが合いません。彼がりばあねっとのチラシを受け取ったのは偶然ですが、この魔窟に加入し隊長まで上り詰めることになったのは、ある意味必然だったのかもしれません。富永青年は、まず、軍隊調の組織に魅力を見出しました。規律訓練によって、軽そうな、覚悟のない隊員たちが脱落していき、最後には富永青年同様、クソ真面目で世間知らずで陰キャの人たちだけが、残ったのです。次に、彼は、牟田口総裁その人のカリスマに魅了されました。時には猫なで声で、時には暴力的に部下に命令を下す図々しさは、富永青年が今まで接したことのない、人種でした。牟田口総裁が、口八丁手八丁で、募金や隊員を集めるやり方も、富永青年には爽快に映りました。富永青年は、両親を牟田口総裁に紹介しました。被災地のためと称して、総裁は富永両親から30万円ものお金を受け取りました。そして、受け取ったお金をサークルの活動費として補填することなく、その日の夜のうちに、富永青年を連れて新宿の居酒屋だのをハシゴして、一晩で散財してしまったのです。プロの女性相手に童貞も捨て、超保守的な男女観も、ついでに捨てさりました。この散財はもちろん、詐欺に他ならないことではありましたが、富永青年にとって、痛快な詐欺でもありました。大学受験失敗以来、両親にたいして溜まりにたまっていた鬱憤を晴らしたような気分になったのです。富永青年の父親が高級官僚で、使い道があると悟った牟田口総裁は、彼を速やかに出世させました。何度も詐欺の片棒を担がせ、彼がもはや抜けられなくなった段階を見計らって、交際女性を斡旋しました。いえ、正確には自分の愛人を下げ渡したのです。そう、縄文顔さんです。総裁と彼女が、富永隊長をどんなふうに説得したかは知りませんけど、彼は最終的に婚約を受け入れたのです。
「りばあねっとは一枚岩じゃないし、富永隊長は必ずしも牟田口総裁に忠誠を誓ってるわけじゃない。どうです、私の情報は? りばあねっと攻略の糸口になるでしょう?」
「糸口ねえ」
黙って黙々とグラスを空けていたてれすこ君が、たまりかねたのか、とうとう口を出しました。
「古だぬきのざれ言を、本気で聞いちゃダメですよ、海碧屋さん」
「おやおや。ずいぶんと嫌われたものだ。まあ、土産話の続きは、また今度にしておきますよ。縄文顔さんスキャンダルの詳細、楽しみに待ってますよ」
「シッ、シッ」
花谷氏を追い払うと、てれすこ君は、もう縄文顔さんのスパイ話をする気がなくなったのか、昔話……彼がまだ居酒屋をやっていた時分の、幸福な思い出を語りだしました。
「まだ、過去の思い出にどっぷり浸かるほど、飲んではないでしょう、てれすこ君」
「飲んでなくとも話ますよ、海碧屋さん。我々、それだけ年を食ったってことです」
花谷氏のくれた情報を事務所の茶飲み話でした、翌日のこと。
しばらく行方をくらませていた縄文顔さんが、私の携帯電話に直接連絡をくれました。
彼女は、挨拶も言い訳も抜きで、単刀直入、切り出しました。
「取引しましょう、社長さん」
「泥棒の言い訳なんて、聞く耳持ちませんよ、縄文顔さん」
「そうですか。じゃあ、告発するしかないってことですね」
「告発? 自首するんですか、縄文顔さん」
「自首? なんですか、それ」どうも、話がかみ合いません。「泥棒に入ったのは、あなたのところの深谷わらびさんですよ」
「えーっ」
「昨晩遅く、事務所に侵入してパソコンをいじろうとしていたところを、現行犯逮捕しました。警察に行く前に、彼女自身の言い訳を聞かせてあげましょう、と思って連絡したんです」
空電のような、ビビビ……という音の後、わらびさん自身の声がしました。
「ちげーし。あーしら、ハメられただけだし」
「あーしら?」
再び、縄文顔さんです。
「あなたたちの言う、弥生顔さんも、一緒に捕まってるんですよ」
わらびさんの、あまりまとまっていない話をつなぎ合わせると、彼女が……いや、彼女らが、りばあねっとの事務所に泥棒に入ったのは事実のようでした。
「てか。泥棒じゃねーし。あーしらの盗撮……ゲロったりオモラシしてた写真とか、取り返そうとしただけだし」
そう、それは、りばあねっとの牟田口総裁と、わらびさんが初めて邂逅したその日の、粗相の証拠映像です。映像の一部は既に、アメリカのポルノサイトに流失してしまっているという、トンデモな事態になっています。さらにそれだけでなく、もっともっと恥ずかしい、お宝映像が、りばあねっとのパソコンのハードディスクに残されているのでした。
「てれすこのおじさんと社長さん、もっと早くスパイ話を教えてくれれば、こんなことに、ならなかったのにー」
令和のキャッツアイよろしく、わらびさんたち三人娘は、昨晩りばあねっとの事務所に泥棒に入りました……縄文顔さんの手引きで。宮ケ崎のプレハブには警備も歩哨もおらず、軍隊ごっこが好きな富永隊長にしては抜けているな、とわらびさんはやすやす侵入しました。デスクトップ方式のパソコンのスイッチの位置が分からず、悪戦苦闘していると、突然、部屋の蛍光灯が全部点いたのだそうです。逃げ出そうとしたわらびさんたちの前に、縄文顔さんが立ちふさがり、弥生顔さんは観念しました。大捕り物に立ち会ったのが女性隊員だけ、と気づいたわらびさんは、パソコンデスクの上に雌鶏みたいに居座ると、りばあねっと女子の面々を威嚇しました。『それ以上近づいたら、機械の上で、オモラシしてやるから』。
「やれやれ。それで?」
同じ女性として情けない……としみじみ嘆きながら、縄文顔さんたちは、わらびさんの足を引っ張ってデスクから落とし、ビニールの虎ロープでぐるぐる巻きにしたとか。
「りばあねっとで彼女を確保したことは、分かりましたよ。で。取引というのは?」
「決まってます。この人質と、私のスパイ情報の交換、に決まってるでしょ」
そう、縄文顔さんとわらびさん、お互いに泥棒したことはなかったことにしましょう……というのが、彼女の提案だったのです。
再び、わらびさんが、今度は受話器から遠いところで、がなり立てる声が、聞こえます。
「社長さん、コイツの言う事、聞かなくてもいーからねっ。出るトコロに出たら、あーしらが勝つこと、間違いなしの事案なんだから。りばあねっとのほうは、疑う余地なしのアイデア泥棒。でも、あーしらは、盗撮されたブツを、リベンジポルノされる前に取り返そうっつー、正当な理由があんだからさ。元、裁判所職員の言うこと、信じてよっ」
私も、わらびさんに聞こえるように、電話口に向かって、少し怒鳴りました。
「でも、わらびさん。イイところのお嬢さんがの恥ずかしい写真がネツトにアップされてしまうのは、ダメでしょう。リベンジポルノっていうヤツなんでしょ?」
「いや、でも、ちげーし。そもそも、あーしの恥ずかしい写真、当にネットに出ちゃってるから」
「わらびさん、もっともっと恥ずかしいヤツがあるから、泥棒のマネ、したんでしょう?」
携帯電話の向こうでは、とうとう私を置いて、女性二人が喧嘩を始めてしまいました。ドタンバタンという、プレハブ特有の安っぽい床が、こちらの耳にも否応なく響いてきます。
「そもそもさあ。イイところのお嬢さんって、何よ? イイところのお嬢さんが、もう三十路だっていうのに、ガングロ金髪で、ケツの青い小娘みたいな、ムリな若作りで蓮っ葉なしゃべり方、しないでしょ」
「うっさい。裏切り者っ」
「ウンコモラシは、黙ってて。……それに、社長さん。パソコンにまだ残ってる、ネットに流失してないデータは、絶対ポルノじゃないから。オモラシだから。リベンジポルノは罪に問われても、リベンジオモラシって、罪に問われるわけ?」
「うむむむ」
「わらびさんがウチに侵入してきた理由、泥酔女のオモラシ写真を取り返すためじゃなくて、海底清掃コンペでのライバル・データを盗もうとした海碧屋社長の差し金だって、『立証』してあげてもいいけどね」
「それ、全く逆じゃん。でっち上げも、いいとこじゃん」
「オモラシ女は、黙ってて」
「縄文顔さん。てれすこ君と相談する時間、もらえないかな」
「だめ。今すぐ決断して」
「わらびさん。縄文顔さんの取引は、やむを得ないところだと思いますよ。経営者としては断腸の思いだけれど、女性の名誉には代えられない」
「あーしの名誉。だから、何度も言ってるじゃん、そんなのもう地に落ちちゃってるから。配慮も遠慮もしなくていいから。ていうか。データを取られたままだと、せっかくのコンペ、負けそうになっちゃうんでしょ。社運を賭けて、借金までして、長年のアイデアを実現したのに、悔しいじゃない」
「まだ、負けてません。劣勢挽回には、事情が事情だから、てれすこ君が身を粉にして協力してくれるでしょうし、コンペに負けたら負けたで一生懸命会社の立て直しに奔走するだけですよ。なに、今まで、倒産の危機に見舞われたことが、なかったわけじゃない」
「社長さん。不正で勝利する悪の組織を、のさばらせておいて、いいの?」
「長い経営者経験から言うと、町内にいる顔見知りに『してやられた』ときには、たとえそれが犯罪スレスレでも、寛容に対応するほうが、長い目で見て、うまく行くことが多いんですよ。東京はどうだか知りませんけど、ここでは、怒る姿も、許す姿も、お天道様が見てますから。東北のド田舎っていうのは、こーゆーもんです」
「もう。昭和に生きてるなあ」
「人生も長ければ、会社も長いんです……いつかどこかで、復讐することもあるでしょう……ていうか、わらびさん。縄文顔さんが真横で聞き耳立ててるのに、悪口の言い合いなんかしてては、いけません」
カッキリ2時間後。女性二人は解放されて、海碧屋の事務所に戻ってきました。富永隊長が、彼女たちの立ち合いの元、ハードディスクを物理的に壊してくれた……金づちで叩いて、粉々に破壊してくれたそう。いちいちこんなショボイ映像のために、コピーなんぞ取ってないから、安心しろとも富永隊長は言ったそうです。どうやら、身内の隊員にしたもっとエゲツない映像が、山ほどあるらしい。弥生顔さんはいちいち弁解なんぞせず、スミマセンと深々と頭を下げてくれました。わらびさんは、事務所に戻る途中、近所のセブンイレブンで買ってきたストロングゼロのプルトップを開けると、私やてれすこ君じゃなく、なぜかショート君に向かって「ごめんよ、ごめんよ」と謝りながら、飲んだくれました。ヤケ酒したい気分は分かりますが、コンペももう間近なのです。主要オペレーターの一人がアルコールでフラフラしているようでは、練習もままなりません。
一応、事案が片付いてホッとしたのか、また少しオモラシしてしまったわらびさんを見なかったことにして、私はショート君を連れて、車庫に向かいました。海碧11号最終調整のため、船大工さん、ヤマハさんたちに集合をかけていたのです。なぜか船大工さんはおらず、ヤマハさんは、私宛の封書を預かっていました。タイミングよく、携帯電話の呼び出しです。
「ウソつき。裏切り者」
縄文顔さんです。
「昨日の今日……というか、まだ数時間しか経ってないのに。なんですか」
花谷氏が、縄文顔さんのスキャンダルを、あることないこと、牟田口総裁にチクり、口止め料として大枚をせしめていった、というのです。この町行政ゴロにネタの仕入先を問うと、居酒屋Mにて海碧屋から教えてもらった、と白状したとか。
「ガセネタですよ。ていうか、あんな胡散臭いい人物の与太話を、マジメに受け取るなんて」
「私はもちろん、嘘八百のデタラメだって、総裁に言いましたよ。私とあの性悪タヌキの、どっちを信じるのって。普通なら、ためらうことなく、私のほうをとるのに。総裁、なんて言ったと思います? お前さんだって、大概なホラ吹きだからなって。忠誠を誓ってる部下に言うセリフじゃ、ないでしょーが。そもそも、どこの馬の骨だか分からないオッサンと、天秤にかけられた時点で、屈辱っ」
「まあまあ」
「社長さんは知らないかもしれないけど、私、りばあねっとが女川に進出してくる前は、牟田口総裁とは夫婦同然の仲だったんです。だから、言ってやりましたよ、恋人に対する仕打ちとしては、あまりにもヒドイんじゃない? て。そしたら、どう返事したと思います? いけしゃーしゃーと、『今はお前、富永のフィアンセなんじゃ、なかったのか?』ですって。そもそも私が、あの唐変木の婚約者になったのって、総裁の命令を受けてなのに。てか、婚約が決まってからも、ちょくちょく私をつまみ食いしていたくせに。私を利用するだけ利用しておいて、ボロ雑巾みたいに捨てるつもりなのよ。女の敵よっ」
「はあ。ええっと。縄文顔さん? 電話してきたのは、ひよっとして、牟田口総裁の悪口やら愚痴やらを聞かせてくれるためでしょうか」
「違うわよ。あなたの古だぬき・コンサルタントに迷惑をかけられてるっていう、話でしょう。総裁の反応があまりにも冷たいから、私、ぶっちゃけたのよ。社長のために、身売りするようなコトまでしてるのに、前より扱いがぞんざいになってるのは、なぜ? て。総裁、私がしつこく追及したせいか、ポロッと本音を漏らしたわ。もうお前には飽きたんだよって……飽きたですって……キーッ」
「私に向かって怒られても困りますよ、縄文顔さん」
「いーえ。そもそもの原因、あなたたち、海碧屋のせいなんだから。怒るに決まってるでしょ。もともと、唐変木隊長と婚約しても、寵愛は変わらなかったのに、今みたいに捨てられそうになってるのは、その、わらびさんのせいだから」
「は?」
「社長さん、ウチの総裁のタイプの女性、知ってる? ……オレは、気の強い女が好きなんだ、お前は確かに気が強いけど、海碧屋のオッパイギャルは、さらに気の強い女だなあ、ですって。クソ。クソッタレ。うんちもらしっ」
「分かったから、男子小学生みたいな下品な言葉で八つ当たりは、やめてください」
「八つ当たりじゃないわよ。正当な非難、なんだから。正当に海碧屋に復讐してやるんだから」
「参ったなあ。全くもって、逆恨みだ。……で、復讐って、なんです?」
ヤマハさんに預けてきた封筒を開けてみろ、と縄文顔さんは言いました。私は、くたびれ顔で待ちぼうけているヤマハさんから、封書を受け取りました。
『家出します。いや、会社出します。探さないでください』
なんじゃ、こりゃ。
イジメにあっている中学生みたい文言が、中学生みたいな金釘流の筆跡で、書いてあります。
署名はありませんが、間違いなく、船大工さんです。
内容を知っていたのか、いや、知らなくともおおよそ察しがついていたのか、ヤマハさんが憮然とした表情でつぶやきました。
「棺桶に片足を突っ込むようなトシになって、駆け落ちだと。お昼のメロドラマの見過ぎじゃ、ねえのか」
「イマドキの昼ドラマで、恋の逃避行なんて、放送してないでしょうに」
「ちっ。海碧屋さん、まぜっかえさないでくれよな。オレが言いたいのは、色ボケ極まって、仕事を中途半端にして行ったヤツの性根が腐っちまったってことだ。イチイチ、癇に障るヤツだが、仕事だけは、キチっとヤルやつだと思ってたのに」
ヤマハさんは、ガクっと肩を落としました。
私たちの落胆が伝わったのか、電話の向こうで、縄文顔さんがヒステリックに笑う声が、聞こえました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます