第10話 途中経過、点描

 てれすこ君が敵情視察していた相手は、め・ぱん連絡協議会の老人たちだけでは、ありません。情報を盗まれ、コンペでの方法論がダダかぶりしてしまった「りばあねっと」こそ、本命でした。め・ぱんと違って、こちらはこそこそスパイする必要がないくらい、開けっ広げでした。

 基本、牟田口総裁は何もしない人、というのが、てれすこ君の結論です。

「りばあねっとの資金源には、当初の予想通り2種類あって、一つは例のボランティアの手配、もう一つが震災関連の各種補助金です。ボランティアにしても補助金にしても、不正をやってるっていう黒い噂がたえなくて、尻尾を掴んでやろうとは思ってるんですが……」

 この日の会議参加者は、私とてれすこ君、わらびさん、そして弥生顔さんに縄文顔さんです。肝心の社員が全然参加しないのは困りものですが、致し方ありません。船大工さん、ヤマハさんは海碧ロボットの艤装に忙しく、工場長・副工場長はそれぞれ半日休みです。大阪から孫が帰省するから……と帰宅した副工場長はともかく、パチンコに行くために休む工場長って何よ、とわらびさんが呆れていました。「他人事ながら、心配してあげるわよ」と言います。「まあまあ、90になるおばあちゃんなんだから、休暇のひとつもいりますよ」と、てれすこ君が取りなして、報告の続きです。

 おやつのカリントウをつまみ始めたわらびさんに代わって、弥生顔さんが、聞きました。

「セクハラ疑惑のほうは、どうなっているでしょう」

「それ。疑惑じゃなくて、着実にやってますね」

 ちなみに、彼らのスケジュールですが、月始めの1週間は東京にてボランティア学生をリクルート。中盤で女川に戻ってきて、女川魚市場奥、石浜のほとんど使われていない海岸ヤードで「軍事訓練」。月後半は、富永隊長の号令下、ボランティアにいそしんで、稼ぐものを稼ぐ、というのがルーティンです。

「富永隊長以外にも、キーマンが3人います」

 一人目は、フリーのジャーナリストを名乗る、福留氏。パンツスーツの似合うアラサーの女性で、ハリガネのような痩せぎすの身体に、短く刈り上げた髪のよく似合う、男みたいな風貌の人です。目の下にクマがあって、それでなくとも険のある顔が、キツク見える人です。補助金の獲得等、NPO法人がらみの事件をたくさん扱ってきたのだ、と称して、りばあねっとの調査にあたっている人だと、言います。しかし、何か、ヘンなのです。たとえば、例のクルーザーの件。現在は牟田口総裁が独占的に使用、ボランティアに来た女子学生にセクハラ・パワハラをするためだけに出港される、というトンデモナイ代物に成り果てています。でも、りばあねっとが船を買うために補助金申請したときには、離島航路連絡の手助けだとか、行方不明ご遺体の捜索だの、マトモな目的が麗々しく明記してあったはずでした。本来なら、目的に沿えば、作業船や貨物船等の形状になるはずなのに、遊ぶこと専一のクルーザーにできた理由は何か? 書類に不正があったのか、はたまた、無理やり購入したあとにバッくれているのか、それとも使い道に関しての監査が入っていないのか。「藪の中」をつつこうとすると、決まって福留氏が止めに来る、というのです。

「補助金だけでなく、セクハラの件も、同様らしいです。牟田口総裁を訴えるという元・女子隊員が、石巻の労働基準監督署に相談に行ったときの話ですけど。労基署というところは、単なる労使トラブルだけでなく、この手のセクハラも扱うところではあるけれど、なんせ、りばあねっとは会社じゃなくNPO法人で、相談に行った学生さんは、いかなる形の雇用形態もないわけです。金銭授受が発生していないという建前の、ボランティアですから。でも、富永隊長の命令で、一般的な意味での労働をしているわけだからって、警察だの弁護士さんだのを紹介してくれようとした矢先、この福留女史が、ぜひ取材したいからと、出張ってきて……」

 毎日毎日、うんざりするくらいのインタビュー。単に話を聞いてくれたり、慰めたりたりしてくれる分には、それでも我慢できるけれど、「あなたのほうにもスキがあったんでじゃない」とか「世間一般の常識じゃ、そんなのセクハラのうちに入らないわよ。学生気分で参加した、あなたのほうが悪いんじゃないの」等、どっちの味方か分からないようなイヤミをチクチクとかましてきたそうです。挙句の果てには、「この件は私に預けてちょうだい。似たような被害者の人たちと、一緒に集団訴訟を起こしましょう」と説得して、告発の動きを止めてしまうとか。苛立つ被害者の人たちが文句を言えば、「私も女性だから、この手の男は許せないの」と今度は懐柔にかかる等、手に負えないようです。

 わらびさんが、はしたなく鼻くそをほじりながら、言います。

「ガチガチのキャリアウーマンタイプか。あーし、その手の女、大嫌い」

「あなたも、その一員だったくせに」

「そうよ、社長さん。日焼けサロン行く前の話ね。でも、だから、よけい、きらい」

 縄文顔さんも、わらびさんに同調します。

「年下の男を無理やり彼氏にしたのはいいけれど、彼氏の友達だのママだのに毛嫌いされて、振られるタイプよね」

 てれすこ君が、頭を抱えて、言います。「あのねえ、君たち……」

 私が彼に代わり、わらびさんたちに、聞いてみました。

「女性のカンでは、どうかな? セクハラ被害届とかを先延ばしにさせてるところとか、実はひそかに、りばあねっとの味方というか、シンパっぽい?」

 女性三人を代表して、わらびさんが答えました。

「単に手柄が欲しいだけじゃないの? 騙されたオマエらが悪いっていう冷酷な女って、いるよ。何度も言うけど、大嫌いなタイプ。でも、気持ちというか、行動原理、ちょぴっとは分かるけどね。男心が分からなくて、何度もフラれて……いや、他の女に、彼氏を略奪愛されてきたようなタイプじゃないの。で、幸せそうな女は、なんか許せない。同類のイキリ女とは、共闘できるけど、って感じ」

「はあ。さすが女性の意見? まあ、なかなか参考になるかな、ね、てれすこ君?」

「東京でボランティア募集しているところに乗り込んでいって、受付ともめて警察沙汰になりそうになった話は、聞きました。でも、牟田口総裁も富永隊長もいなかったときで、大幹部さんたちが乗り込んできたタイミングで、そそくさ逃げていったとか」

「ふーん。対りばあねっと包囲網ってことで、連絡取り合ったりは、できないかな?」

「できなくはないでしょうけど……ロボットの知識は、皆無だと思いますよ」

 りばあねっと関連の二人目のキーマンは、元町議会議員の甥っ子、花谷氏です。中学二年のとき仙台に引っ越して以来、一度も女川には戻ってきていない彼は、一時期、県職員をやっていました。任期途中で亡くなった叔父の後援会長に促され、公務員の安定身分を捨てて町議に立候補したはいいものの、あえなく落選。その後は町政コンサルタントと称して、年寄相手に怪しげな後援会等を開いて、飯のタネにしてたようです。一度、お年寄りの年金手続きの手伝いをした時、行政書士だの社労士だのの資格をとってやったらいかが? と町職員が苦言を呈したことがありました。花谷氏は、せっかくの諫言を鼻で笑い飛ばし、「オレが町議になったら、お前は一生窓際族だ」と言い放ったそうです。初立候補から三回、これまで一度も当選したことはないものの、町議選のたびに選挙に立つ彼は、「町とは全く関係のない、そもそも住民でもないくせに、難癖だけは一丁前の、上から目線のイヤミ野郎」と町職員の怨嗟の的でした。花谷氏が、りばあねっとのために、様々な便宜を図っている……いや、人知れず暗躍しているのは、まず、間違いのないところです。

「でも、シンパって言うより、カネ払いがいいから、協力してやってるっていう感じ、じゃないんでしょうか」

「ふーん。仮に、りばあねっとが花谷氏に支払っているカネの倍額を出す、とか提案したら、寝返ってくれるかな? これまでの数々の不正を暴露してくれるとか?」

「うーん。ベラベラ、知ってること、知らないこと、全部しゃべるような気もしますし、逆に、三倍の金を口止め料としてよこせ、とか、りばあねっと側にタレコミするような気もしますね。ともかく、りばあねっととは、カネのつながりしかない守銭奴で、うまくすれば寝返るヤツだとして、アイツと組むのだけはイヤですよ、海碧屋さん」

「あれ。てれすこ君、個人的に知ってるひとなの?」

「大津波前、ボケた母親のために、介護認定を受けて、ウチの階段や風呂トイレを改造したときのこと、覚えてますか。バリアフリー助成制度を町役場に申請しようとしたら、書類作成から建設会社斡旋まで、全部やってやるから手数料をよこせって、しつこく言い寄ってきたんですよ。断ったら、今度は、さんざんイヤがらせです。そもそも、女川の特養ホームに空きベッドがなかったので、石巻はもとより矢本の福祉施設まで見学に行ったんですけど、その時も町行政をないがしろにする裏切り者だとか、罵られて……自分は成人してから一度も女川に住んだことないくせに……」

「まあまあ。でも、どうしてこう、りばあねっと側には、一癖も二癖もある連中が、くっつくんだろうね」

「嫌われ者同士、仲がいいのかもしれません」

 最後のキーマンの一人は、富永隊長のフィアンセの女性、とのこと。

「正式に婚約までしているくせして、なぜか牟田口総裁の愛人になっているとか。正式な肩書は全くないのに、発言権は、りばあねっとのナンバー2だとか」

 スキャンダラスな臭いを嗅ぎつけて、わらびさんが口を挟みます。

「なにそれ。あやしすぎる」

「……よほどの美人で、美貌を武器にして、男どもを手玉に取るっていう、女王様タイプ?」

 なんだか、め・ぱんのリリーさんを彷彿とさせます。

「そんな年配なはずないですよ。いくら牟田口総裁が節操なしの女好きだからと言って」

 私は、ついこの間まで隊員だった、弥生顔さんと縄文顔さんに、確認します。二人は、聞いたことも見たこともない、と返事をしました。

「うーん。でも、存在自体は確実です。面も名前も割れていない、らしいので、一般隊員は知らないのかも」

「でも、てれすこ君。組織のナンバー2と目されているような人なのに、正体不明って、おかしくない?」

「携帯電話でのやり取りを、横で聞いてて、そのさいに気づいたと、情報提供者は、教えてくれました」

「ほう」

 五部浦でゴミ屋敷の片付けを頼まれたけど、謝礼がじゅうぶんでないと、牟田口総裁が待ったをかけた案件がありました。富永隊長たちは、既に人の手配も車の手配も、ゴミを運び込む町クリーンセンターとの打ち合わせも済ませた後だったので、これだけはやらせてくれ、と抵抗しました。虫の居所が悪かったらしい牟田口総裁は、隊員全員を清水地区の津波ごみ処理場後の駐車場に整列させ、二時間以上にわたって説教を食らわせたそうです。炎天下なのに水の一杯も飲ませず、アスファルトの照り返がキツイのに日陰に入ることも許さず、生ごみの悪臭の残りが立ち込める中、直立不動の姿勢が崩れれば竹刀で背中だの尻だのを叩き、愚にもつかない精神論をぶったとか。熱射病で倒れた隊員には、崇高なる奉仕の精神、「りばあねっと魂」が欠けているから、大事な訓示の最中に倒れるんだと罵倒しまくったらしいです。ところが、そんな修羅場の中、牟田口総裁の携帯電話が鳴りました。こんな忙しい中誰だ、と彼は電話相手にも怒鳴り散らしましたが、そのうちに、猫なで声になりました。そして、咳払いをひとつして、「やはりボランティアは決行する」と宣言したそうです。隊員たちは、いい面の皮です。その後、総裁の機嫌のいいときを狙って、隊員の一人が、あの時の電話の主は誰かと、聞きました。富永のフィアンセだ、という返事が返ってきました。隊員たちが富永隊長に確認すると、「彼女はボクより偉いんだ、影の実力者なんだ」と、証言の裏付けをしたというのです。対外的には、りばあねっとナンバー2で、唯一総裁にも口答えできる富永隊長より、立場が上の女性。富永隊長は、しつこく問い詰められ、もうひとつ、秘密を漏らしてくれました。

「非公式の秘書グループのまとめ役、らしいです。なんでも、喜び組、とかいう」

「うっわー。それ、モロに、北の将軍様のハーレムのパクリじゃん」

 わらびさんは、呆れるより、なんだかウキウキと嬉しそうです。黙って聞いていた弥生顔さんが、ここで初めて質問をしてきました。

「婚約者を上司に差し出すだなんて……彼女を愛してないんでしょうか」

 ナイーブだねえ、弥生顔ちゃん……と、わらびさんがニヤニヤしました。てれすこ君が、生真面目に答えます。

「調査では、隊員の心の中までは見通せませんからね。神様のように牟田口総裁を崇拝しているのか、それとも社畜の鏡みたいな男なのか、はたまた単に総裁に脅されているだけなのか。コンペ抜きにしても、興味あるところですけどね」

 りばあねっとという組織の、ツケいることのできる隙のような気もしますが、同時に、触ってはいけない闇のような気もします。

「とにかく、彼女の名前、調べておきますよ」

 彼らのロボットの組立は、桃生町の廃業した牛舎を借りて、ということなので、コンペがらみの肝心の情報も、流れてきてはいないようです。

 スパイごっこも楽じゃなくて……と、てれすこ君はこぼしたのでした。


「男が欲しい」

 わらびさんが、再びトチ狂ったように出会いを求め始めたのは、地元・埼玉のお友達が、ツイッターだのインスタグラムだので、頻繁に連絡をくれるようになってからでした。裁判所事務員時代の同僚が、結構なボーナスをもらう予定、という話をしてきました。決して自慢ではなく、「君を養うくらいのサラリーはあるよ」という、遠回しなアピールだとか。マジメだけが取りえ、40にして童貞に違いないという元・同僚のインスタグラムを、わらびさんはためつすがめつ眺めました。以前なら一顧だにしない相手ですが、なにせ、ユーチューバーになって一旗揚げるという計画が、いっこうに進展していません。わらびさんのガングロ仲間……こういう言い方は適切ではないですけど、彼女たちのインスタグラムにはたいてい、お似合いの金髪ガングロ男が、一緒に写っています。町内外のめぼしい観光スポットはほとんどまわり、写真という写真を撮り終えたわらびさんは、最近は海碧ロボットをメインに写真を撮りはじめていました。女川に来た直後は、いくら写真をアップしても、おっぱいばかりが注視されていたのに、「搭乗用人型ロボットのエースパイロット」と名乗り始めてからは、明らかに反応が違います。鼻の下をびろーんと伸ばした、下心丸出しのファンもあいかわらずいるにはいますけど、マジメそうな技術者の人や、ロボットファンの小中学生等、今までとは違うフォロワーも増えました。パイロットスーツをお祭りの法被にした意外性もウケて、わらびさんは地元埼玉のミニコミ誌からも取材の依頼がきました。

 私、ユーチューバーとしてブレイク寸前かもしれない。

 彼女がハッスルし出したのも、無理からぬところです。

 ああ。しかし。

 彼女があげる写真には、友達に自慢できるカッコイイ男が、欠けているのでした。

 男の影があったらアイドルとして失格だしね、と強がってはみるものの、フォロワーの女性に、30過ぎてアイドルもへったくれもないでしょ……と言われれば、ぐうの音も出ません。

 コンペ事務局に上げる写真を撮るため、わらびさんにスマホの使い方を教えてもらった日に、そんなような愚痴というか、悩み相談というか、を聞かせられました。

 私は、返事しました。

 彼氏にできるような男は紹介できないけど、見合いの話なら、持ち込まれてるよ、と。

 私は、ほうぼうの知り合いからあずかってきた……押しつけられてきた釣り書きの数々を、彼女にわたしました。

 桃生町のネギ農家、45歳独身男。

 農業の傍らタクシー運転手をしている、小金持ち(本人の自己申告)。これまで見合い回数は21回、ことごとく失敗してきたのは、母親の口出しがすごかったからで、本人はいたって「いい人」。ご母堂に認知症が入り、もう嫁姑戦争の可能性はなくなったそうで、見合い・結婚の障害はなくなった、とのこと。今が買い時の彼氏ではあるけれど、嫁いだ後は、シュウトメさんの介護が大変そう。

「却下」

 河南町の花卉農家、こちらは結構若く38歳。商売柄、葬儀屋さんやお坊さんとも懇意にしており、葬儀の際は格別に便宜を図ってもらえる特典付き。趣味は、実益を兼ねての神社仏閣巡り。残念ながらバツイチで、離婚理由は価値観の相違、話を持ってきた仲人おばさんにこっそり聞くと「無口で辛気臭いのに、お嫁さんが耐えられなくなったせい」。

「却下」

 農家さんは遠慮しておく、というのなら、介護施設職員ならどうでしょう。こちらは、わらびさんより年若い29歳、お給料は確かに低いけれど、引手あまたのくいっぱぐれのない職業ではある。ただ、某新興宗教の熱心な信者で、結婚式の際はウエディングドレスを着れない可能性あり。これまでも交際相手に辟易するほど熱心に入信を求めてきたそう。でも、しかし、言われるまま何度か洗脳合宿……もとい、セミナー合宿に参加してきた人は、皆がみんなハッピーになったと証言しているから、先入観にとらわれずにつきあってみるのも、悪くないかもしれない。

「却下」

「……ええっと。容姿については、写真参考ってことで。みなさん、年相応の年輪を重ねた風貌というか、恰幅というか、人柄がにじみ出るようなタイプの人ばかりです」

「ぜんぶ、ウンコじゃん」

「失敬な。わらびさん、田舎の口コミ情報を舐めてはいけません。女川に降臨した、裁判所勤めの若い女性ということで、あなた、今、石巻女川の仲人おばさん界隈では、注目の有名人になってるんですよ。私のところにも、わらびさんをこのまま正社員で雇え、女川に定着させろっていう、外野の声がうるさいくらいきています。お話を持ってきてくれた仲人おばさんたちには、彼女、金髪ガングロをやめる気はないと言っているけど、それでもいいか? と何度も念押ししてあります。子どもが産まれようが孫が産まれようが、金髪ガングロだぞ、と口をすっぱくして念を押しました。それでもOK、と言ってきている、この寛容さに答えるっていうのが、オンナってものでしょうが」

「てか、孫が産まれるような年にもなって、金髪ガングロやってねーから。大阪のオバチャンじゃ

あるまいし」

「あっちは、金髪じゃないです。紫だのオレンジだの、ヒョウ柄に似合うよな、もっとハデなのですよ」

「社長さん、なんだか、ウチのオトーサンみたいだ」

「年頃の大事な娘さんをあずかってるんですからね。私みたいな立場にあるジジイなら皆、お父さんっぽくなるんですよ」

「過保護だなあ」

「見合いって言えば、てれすこ君も、わらびさんのご家族に、何やら頼まれてたような」

「だーかーらー。あーし、結婚相手が欲しいんじゃなくって、彼氏が欲しいだけなの」

「同じこと、じゃないんですか」

「ぜんぜん、ちげーし」

「インスタグラムのお友達に自慢するためだけに、交際相手を決めるっていうのは、不健全ですよ。それより、有名ユーチューバーになれなかったときのための、保険の意味でも、お見合いを受けては? 二十歳と何カ月でしたっけ、あんまり、のんびりしている時間はないんでしょ?」

「もーいーよ。社長さんに相談するんじゃ、なかった。ユーチューバーで稼げなかったときは、本式にロボットパイロットに就職するから、そんときは、よろしくね」

「よろしくねって……」

 インスタグラムに上げる写真には、とりあえずショート君を使うことになったそうです。

 彼は、船大工さんにつきあって、機械調整後、顔だの頭だのについたモリブデングリースを洗い流すべく、海碧屋の簡易シャワー室でシャンプーを使っていました。わらびさんはカメラ片手に乱入していき、会心の一枚……いや、一連の写真をモノにしたのでした。二人とも全裸とハッキリと分かるけれど、後ろからわらびさんが彼を抱きしめている構図のために、隠すべきところはちゃんと隠れている一枚が、鍵付きインスタグラムにアップされました。「中学二年生の彼氏と一緒のオフロ」と題されたそれは、わらびさんフォロワー界隈で大絶賛されました。彼氏がいるというだけで、わらびさんにマウントを取っていた金髪ガングロギャルたちが沈黙しました。それって一種の性犯罪じゃないの? という声もあがりましたが、ショタ好きの何が悪い……と開き直る年下彼氏持ちの友達が反論してくれました。最終的に、写真はてれすこ君に見つかり、わらびさんは海碧屋の簡易シャワー使用禁止を言い渡されたのでした。


 わらびさんが来てから始まった、もう一つの恋愛沙汰のほうは、進展がイマイチのまんまです。

 そう、干支一回りぶん離れた超・年の差カップル、船大工さんと縄文顔さんのほうです。一度、海碧ロボットのパーツ購入と称して、仙台までのデートを敢行した船大工さんですが、このパーツ購買デート、本当にパーツを買うだけの一日になったのでした。仙台駅東口は、東京で言えば秋葉原にあたる電器屋街で、特にパソコン関連のマニアックな部品を買う時には、もってこいの場所です。オタクっぽいグッズを売っているお店のウインドーショッピングをしたあと、船大工さんは、そうそうホテルのレストランに縄文顔さんを連れていく予定でした。肝心のパーツは? 後日、卸町や六丁の目の、長い付き合いのある下町の工場に発注するつもりだったらしいです。

 縄文顔さんは、ホテルレストランのイタリアンランチよりも、そのパーツ屋さんの工場のほうに、俄然興味を示しました。船大工さんは、せっかくのレストランの予約をキャンセルして、あちこちの工業団地巡りをするはめになりました。いつもなら、ヨレヨレの洗いざらしのツナギを着て、軽トラで乗りつける船大工さんが、パリッとしたジャケットにネクタイまで締めているのを見て、パーツ屋さんたちは、みな一様に驚きました。さらに、若くて美人な「助手」を連れてきたことで、冷やかしさえする人も、いました。もっとも、縄文顔さん、その人に対する印象は、良かったようです。部品の扱い方や購買のノウハウ等、メモまで取りながら、マジメな質問を繰り返し、ガンコ者の技術者たちも、感心させたのです。

 孫とおじいちゃんくらいの年の差なのですから、恋愛めいた感情があるんだと思っているのは、船大工さんだけと思いきや、意外な事に、当の縄文顔さんが、彼の仕事以外の何やかにやを気にかけているかもしれない、という確たる情報が入ってきました。なんでも、ウチの副工場長が、縄文顔さんから、根掘り葉掘り、船大工さんについての質問を受けたというのです。若いころの勤め先から、子ども孫の話まで、副工場長は知っていることを一通り話しました。田舎のおばあちゃんの例にもれず、副工場長は詮索好きの話好きで、当然ただ同僚のことを話すだけでなく、縄文顔さんのプロフィールも、あることないこと、聞き出そうとしました。けれど縄文顔さんは、奥ゆかしいのか、単なる遠慮がちの女性なのか、はたまたプレイバシーをよほど大切にする人なのか、自分のことはガンとして語らないのでした。「近頃の若いひとは、何を考えてんのか、分かんないわねえ」と副工場長は嘆きました。同年代のおばあちゃんからの情報収集だけでは飽き足らなかったのか、縄文顔さんは、私のところにも話を聞きに来ました。

 曰く、「頭の中がごっちゃなってないのが、逆に、ヘン」。

 実は、海碧ロボットの実寸尺は、メイン工作者の船大工さんの趣味……というか、若いころに習い覚えた慣習に従って、尺貫法で採寸させれているのです。けれど、ロボットの機械部分のほとんどは、現代日本の標準的単位、メートル法にて設計してあります。そして、ロボットの「スキン」にあたる部分、外枠は、ヤマハさんの舶来趣味の産物で、ヤード・ポンド法準拠なのでした。ロボットに余計なパーツをつけ加えるたび、三種類の単位系を行き来して計算する面倒くささは、計り知れないものですが、船大工さんは苦も無くやってのけます。「すごく頭がいいんですね」と縄文顔さんは感心しましたが、実はそんなこともありません。年金を貰う年になるまでは、尺貫法をメートル法に直す計算が全くできず、ホーマックだのビバホームだのに資材を買いに行くたびに、癇癪を起していたのです。変わったのは、十年ほど前、忘年会で居酒屋をハシゴした挙句、アパートの階段から落ちて頭をぶってからでした。頭の打ちどころがよほど悪かったのか、いや、よかったのか、一日半気を失ってから目覚めると、なぜか、船大工さんの計算能力は上がっていたのです。

「単位系がメチャクチャなの、社長さんがイヤがらせでもしてるんだと、思ってた」

 縄文顔さんは、私の説明に何やら考えこむと、モーレツにメモを取り始めたのでした。

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