第9話 オペレーター養成講座、2回目
基本、日曜日には仕事をしない主義なのですが、この日は違いました。
船大工さんが、海碧7号を完成させ、午前中にお披露目がありました。予想よりはやい完成に喜んだ私は、寿司でも奢りましょうと彼を誘いましたが、やんわりと謝絶されました。この後デートがある……と船大工は言い、まさか干支一回りぶん違う女の子とじゃないだろうな、と、てれすこ君と顔を見合わせたものです。
既にショート君には、ロボットオペレーターとしての「免許」を与えてあります。1時間ほど試運転してもらっているうちに、わらびさんが「あーしも、はやく免許ほしい。運転してー」と言い出しました。一人で機体調整の手伝いは大変だから、とショート君も賛成したので、急遽、午後からは、オペレーター養成レクチャーの時間となりました。そうそう、その前に昼飯です。食堂「おかずや」からの出前は嫌いじゃないけど、たまには洋食が食べたいというショート君のリクエストに応え、私たちはイオン石巻東店のサイゼリアに向かいました。町内にもイル・ガビアーノやカフェ・ごはん・セボラなど、洋食屋さんはありますが、食事後、レクチャーで何時間も時間を潰すことを考えれば、いい選択肢ではありません。イオンのサイゼリアは、商談に使ったり、出先で事務仕事が必要になったりした時、ドリンクバーで利用したことは、幾度もあります。フードメニューを注文するのは久しぶりだ、と本当のことを言うと、「店にとっちゃ、いい客じゃないよね」と、わらびさんはショート君の隣に座りました。もう、若いころのような食欲はなくなってしまった私と、プチダイエット中だというわらびさんは、マルゲリータピザとシーフードパエリアを頼んで、二人でシェアすることになりました。育ち盛りの元気中学生、ショート君は、ディアボラ風ハンバーグにハヤシ&ターメリックライス、そしてデザートにいちごソースのパンナコッタです。久しぶりに、こういうところに連れてきてもらえるなら、妹も呼んで、栄養補給させてやりたかった、などと殊勝なことを言います。
それは、また今度ね……など言っているうちに、ショート君はペロリと料理を平らげたのでした。
「……さて。では、前回のおさらいから、いきます。今現在、実現されているロボットには、4類型あります。すなわち、産業用ロボット、等身大人型ロボット、遠隔操作移動系、そして搭乗用人型ロボットです。前3者は、現業や工場における用途がありますけど、搭乗用人型ロボットの場合、現在の機械の代替になりえないよ、という話でした」
「はい、しつもん」
「わらびさん」
「それって、要するに、機械としては役立たずってこと? オモチャにしか、なりえないっていう意味? でもさ、前にも言ったけど、エイリアンでシガニー・ウイーバーが運転してたヤツとか、パトレイバーみたいなアニメに登場するロボットとかさ、リアルに使えそうな例って、結構、あるんじゃね?」
「いろんな質問を一度にされても困るんで、順番に行きましょう。まず、最初の役立たず、の話です。確かに、役立たずなんですけど、その役に立たない領域というか、範囲には、3つの条件があるんです。一つ目、今現在の話であること。2つ目、現業の中での話であること。3つ目、何かの機械の代替として使用される場合であること。この、3番目、何かの機械の代替として使用される場合っていうのは、前回講義の後半部分の復習が、説明に役立ちます。等身大人型ロボットと、産業用ロボットの比較です。覚えてますか? 産業用ロボットのほうが、単一の作業工程に特化している分、汎用型の等身大人型ロボットより、当該単一工程作業においては、エネルギー効率でも作業効率でも勝るだろう、という当たり前の推論です。この、特化型ロボットのほうが、単一作業工程では、より優れているというのは、何も工場の中だけに当てはまる原則ではありません。建築系の作業や荷役系の作業においても、同様に当てはまるだろうということです。つまり、搭乗型人型ロボットを作って工事現場やヤードで使役させようとしても、同じ作業工程なら、ユンボやフォークローダーやラフテレーンクレーン等、従来からある重機のほうが、より効率的であるということです。ですから、たとえ搭乗型人型ロボットが普及してきても、置き換わることはあるまい、と思われます」
「そうかなあ」
「わらびさんが再三、例にあげているエイリアン2でシガニー・ウィーバーが運転する荷役機械、パワーローダーについて、語ってみましょう。ウイキペディア等によれば、これはフォークリフトの代替を想定していて……とありますが、たとえば、これを海碧屋に持ってきても、私なら、フォークリフトの代わりにしようとは、思いません。もう一度ウイキペディアに戻って記事を確かめれば、このパワーローダー、作業半径、作業領域が小さいことが利点とありますが、映画での作業シーンを見ている限り、どこまで省スペースにできるかという限度において、フォークリフトに勝っているとは思えません。自動車しか運転したことのない人には分かりにくいですが、リフトというのは、前輪駆動、後輪ステアリング、しかもタイヤが切れる角度がハンパなく深いことで、驚くほど細かい立ち回りができるのです。さらに、荷役機械部分の効率性においても、やはりフォークリフトのほうに軍配が上がると思います。マストの上下動は共通でも、フォークリフトには様々なアタッチメントが用意されているわけで、荷役の種類が、たとえばコンテナボックスや丸太やフレコンバッグというふうに色々でも、一作業内で統一されていれば、その形や重さによらず、圧倒的に効率作業できるでしょう。もし、パワーローダーがフォークリフトに勝る場面があるとすれば、それは、大きさ質量が不定形な積荷の処理にあたる場面でしょう。たとえば、底引き網漁船が水揚げした五目な魚介類を冷凍庫に収納する、という作業があったとします。最初はタコ、次はウツボ、それからタラ、というふうに、次々に魚介タンクから出てくる魚をさばいていくためには、フォークリフトに一定形のアタッチメントをつけたものより、パワーローダーのような、両手ハンドタイプの機械が向いています。でも、考えてみてください。たとえ、これらの魚がある程度凍っていて形が崩れないにしても、様々な形状のお陰で収納スペース内がごちゃごちゃになり、ムダな空間が多数できたりしてしまいます。そう、倉庫利用・運送利用まで考えれば、発泡スチロールに箱詰めして整然と並べるほうが、はるかに効率がいいということになります。ちなみに、現実には、十何種類の魚類も、あっという間に分別できる機械、幾種類ものベルトコンベアを縦に並べたり横にしたり……というのがあって、最終的には、人間の手で、分別済のが、トレイに入れられたり、発泡スチロールに箱詰めされたりします。
で、結論。たとえ、汎用型の荷役機械、搭乗用人型ロボットがあったとしても、前述の三つの条件を満たす作業現場では、単一工程処理機械と重機の複数の組合せのほうが、効率では勝る」
「夢のない話ねえ」
「まあまあ、わらびさん。効率という点では、さらに搭乗用人型ロボットに不利なことがあります。ズバリ、今やっていること、そう、運転免許です。単一作業工程のための重機は、動作が最小限でシンプルな分、免許が運転技術習得が、速くて、楽。パワーローダーみたいな汎用タイプは、時間と手間ヒマがかかるのでは、ということです。ちなみに、フォークリフトの免許取得にかかる日数ですが、今現在は三日半、私のオヤジが昔習得したときは二日でした。ユンボ等、車両系建設機械運転技能講習は大特免許持ちで二日。玉掛が三日、クレーンは種類によりますが、三日前後。みんな、似たりよったりの日数です。搭乗用人型ロボットの運転免許取得にこれ以上の日数がかかるとすると、単に用途だけでなく、運転者育成という観点からも、敬遠されるのでは? と思われます」
「なんか社長さん、ずいぶんとパワーローダーを目の敵にしてね?」
「はははは……エイリアンシリーズの悪玉、と言っても当の異星生物ではなくて、主人公たちを死地に追いやる企業のほうですけど、日系のコングロマリットという設定なんですよ。で、実際にこの企業の立場に立って異星生物捕獲を試みようとする場合、果たしてこんな命令をするかなって……あんまりたとえはよくないですけど、気仙沼の漁業会社が、フカヒレスープ用にするから、乗組員の命を無視してでも、サメを獲ってこい、なんて船頭さんに命令する場合を考えます。この船会社の持ち船が、あんまり多くない場合、たとえば、2、3隻しかない場合、こんな命令は下せません。零細会社にとっては、船も乗組員も貴重な資産で、これを失えば会社の資産は3分の1減、あるいは半減してしまいます。そりゃあ、会社を傾けてまで冒険したい経営者さんがいないこともないでしょうけど、日本人サラリーマン社長で、そんな度胸のある人、いるかなって思います。他方、漁船を200隻も300隻も持っていて、乗組員を数人、使い捨てても会社は毛ほどの損害も感じない、という規模と想定します。でも、こういう場合、わざわざ一艘だけ、漁船を向かわせるでしょうか? 一隻では無理でも、3隻、4隻を派遣すれば、乗組員を使い捨てなくとも、サメを確保できるかもしれない。そもそも、企業を大規模のまま維持できているということは、この悪徳企業にはしっかりした利益確保先があるということで、この手の冒険をしなくとも利益が上がる手段があれば、冒険なんか、そうそうしない。お金に余裕があれは安全策をとるのが当たり前で、経営的合理性を考えれば、人命を賭してまで、という判断にはならないと思うのです。また、漁船一隻なら利益はでるけど、3隻、4隻派遣なら赤字が出るという場合、それだけ獲物の価値は高くないということですから、やはり、命を賭してまでという命令にはならない。さらに言えば、このSFの舞台は200年も先の未来で、人間と見分けのつかない位のアンドロイドが実現していることになっています。なら、派遣部隊、全員アンドロイドという手も使える。危険と分かっている生物を確保するために、わざわざ人間を派遣しなければならない必然性は、どこにもないと考えられるのです。さらに、このSFの世界観の話で言えば、アンドロイドや宇宙船は高度に実現化されているのに、遠隔操作型移動ロボットが同等なレベルまで発達していないのも、おかしい。単純に、危険生物を安全衛生に捕獲するのに足るテクノロジーがあっておかしくないはずなのに、不自然に排除されてされてしまっている。あるいは、忘れたふりをされているのです。物語を始めるためのお約束だ、と言ってしまえばそれまでですけど、舞台装置としての悪徳企業が日系というのは、ステレオタイプの強化になってしまっているだろう、と思います」
「というと?」
「まあ、カローシという言葉が、そのままオックスフォード英語辞典にそのまま掲載されちゃうくらい、日本企業が過酷な労働管理をしてきた、いや、労働管理に失敗してきたという歴史を踏まえて、日系企業を悪役として登場させてきたのでしょうけど。気になる点を3つ、あげましょう。一つ目。労働者搾取というのは、18世紀に資本主義が始まった時点から存在するわけで、カローシというキャッチャーなフレーズのお陰で、日本企業と結び付けられて考えられがちだけれど、経済史的に見れば、日本企業特有の問題というわけではない。2つ目。現実の現代の経営労務やリスク管理を考えれば、本人へ通知もないまま労働者使い捨て策をとるのは、リアリティに欠けるうえ、非常に悪辣な印象を与える策である。わざわざ日系と断っているのは、映画監督あるいはこの設定を採用したシナリオライターに、そもそも日本企業イコール悪辣な労働者搾取という予断があったからではないか? 3つ目。死ぬまで、あるいは死にそうになるまで労働者搾取というのは、18世紀から急速に広まり、19世紀に全盛期になり、20世紀には反省とともに撲滅の機運・運動が高まっている労働倫理観である。しかし、この映画監督の想定では、22世紀まで、日系企業がこの古臭い労働観を保持し続ける、ということなのだろうか?」
「ねえ、社長さん。しょせんエンターテイメントなんだから、そんなに目くじら立てなくても」
「差別を助長……まではいかなくとも、ダーティなレッテル貼りには、これがレッテル貼りだ、ということを明らかにしておく必要があると思いますよ。まあ、エイリアンの一作目が79年、サイードが『オリエンタリズム』を発表したのが78年。同時代がゆえに、この手の批評が届かなかったのかな、と思います。東洋人社会は西洋人社会と違うルールや倫理でできている、というのは物語を消費する分には愉快ですけど、消費される側としては、正しておくべきは正しておく必要があるだろう、と思います。もちろん、逆もまたしかり、であって、物語の悪役としてオクシデントを描くつもりなら、それなりの覚悟と調査をすべきだ、と。自戒の意味も込めて」
「日本のアニメやマンガで、西欧を悪く書くって、あるかな? しかも、分かりにくい感じで?」
「一つだけ、あげましょう。ズバリ、キリスト教です。まあ、日本人のイイカゲンな宗教意識からすれば、悪意というより、無知無関心の産物なんでしょうけど。……どーも、余談が長くなり過ぎました。本題に戻りましょう。どこからでしたっけ、ショート君」
「ええっと。……どこからって言われると、逆にむつかしいかも……ボクには、ところどころ分からない話もしてたし……搭乗型人型ロボットは、リアルの工場や工事現場では役立たずだけど、その役立たずになるには、3つの条件がある、というところからです。一つ目、今現在の話であること。2つ目、現業の話であること。3つめ。何か別の機械の代わりとして、使うということ。で、最後の3番目の解説をするところで、なんでかエイリアンの話になって、パワーローダーの話になって、フォークリフトの話になって、いつの間にか映画評論になって」
「よく、できました、ショート君。じゃあ、2番目の話に行きましょう。3番目の要件で言ったように、搭乗型人型ロボットは、アニメや漫画やSF映画で期待されているような、工場や工事現場では、他の機械に割り込んでいくことは、できません。でも、他の用途なら? たとば、エンターテインメント目的なら、イケます。単純に搭乗用人型ロボットの操縦ができる、というだけで楽しいアトラクションになりそうですし、あるいは、ロボット同士のプロレス、みたいな興行をぶつことだって、可能です。また、この搭乗型人型ロボットのエンタテイメント目的で培った技術が、産業用ロボットや遠隔操作移動ロボットにフィードバックされていく、というロボット業界全体に対する貢献も、期待できるかもしれません。このへんは、自動車業界における、スポーツカーの占めるポジションに似ているかもしれません。速く走ることに特化したスポーツカーは、単に公道にて乗り回されるだけでなく、サーキットで、モータースポーツという形でレースに使用されたりもします。トラック等を除いた他の車種に、明確な使用目的みたいなものがあるわけではないですけど、たとえば、軽自動車は購買価格が安く、維持費も安く、運転しても取り回しが楽でということで、日ごろの通勤や買い物目的で使用されます。また、ワンボックスカー等のバンには多人数が乗れたり荷物が詰めたりという、運搬における利点が、そして各自動車会社におけるフラグシップモデルのような高級車には、オーナーや運転手を満足させるステイタスがあるなど、それぞれの『在り方』があるように思えます。
搭乗用人型ロボットは、ロボット産業の一角を占めるという意味で、たとえ現業用途がなくとも、他のロボット同様、製造され続ける可能性があるにはあるでしょうけど、自動車産業全体におけるスポーツカーの製造台数が、割合的には微々たるものであるように、ホビー目的エンタテインメント目的だけなら、ロボット産業全体では、ニッチな一部門にとどまってしまうのかな、という感じがします」
「ねえ、社長さん。搭乗用人型ロボットが、社会全体のあちこちで活躍するのは、アニメやマンガの中だけの話って、こと?」
「いえいえ。今はアニメ・マンガだけの話だけれど、将来は分かりません。そもそも、アニメや漫画等での活躍を現実化したい……と本気で考える、政府や地方公共団体、大規模製造業関係者は、少なからずいると思いますよ。現代の政府系エコノミストや経済学者、そして東証に上場するようなメーカーの関係者なら、ポスト自動車産業になりそうなネタがないか、どこでも探しているでしょうし」
「ポスト自動車産業?」
「自動車産業というのは、部品製造等の下請けまで考えると、非常に裾野の広い組立産業なんです。一時期は日本の全産業の十分の一を自動車産業とその関連企業が占めていた、と言われるくらいに。経済の根幹をなす最重要産業かつ輸出産業で、そもそも欧米が主産地でしたけれど、今や先進国のみならず、中進国、BRICs等、この産業を育成し製造を成功させるような国も出てきました。技術的に言えば、自動車産業における技術は、ミドルテク、そう……ローテク・ミドルテク・ハイテクと分類した場合に、中くらいに進んだ技術であって、そこそこの技術蓄積とマーケットがある国でなら、育成できるし、実際できています。中進国で自動車産業育成に成功した、かの国々の人々が自動車の恩恵に預かるようになるのは祝福すべきことではあるけれど、いずれは、価格の安さを武器に、日本への輸出攻勢をかけてくるところも、出てくるかもしれない。家電、家庭用電化製品がちょうどこのような産業変遷をたどって、隆盛を誇っていた日本の家電会社が次々に事業撤退してきた、という経緯もある。自動車産業も、この二の舞にならないように、ハイブリッドエンジンを積んだり運転自動化に向けてコンピューター導入したりと、中進国諸産業にキャッチアップされないようなハイテク化を志して、必死な企業努力をしてはいますけれど、同時に、万一の場合を考えて、自動車産業に代わる新しい根幹産業を探しているのも、確かです。
搭乗用ロボット、つまり人が運転するというのはそれだけロボットが大型化するという意味で、サイズの大きさが一定以上の価格を保証するわけではないでしょうけど、ポスト自動車産業の候補の一つ、と考える人は、少なくないのでは? と思うのです」
「でも、社長さん、今しがた、ホビー目的以外に使い道がないって、言ったばかりじゃん」
「第一の条件を忘れてますよ。今現在の話、なんです。たとえば将来宇宙植民、そう火星をテラフォーミングする場合を考えてみましょう。地球から宇宙に向かって、ペイロードを打ち上げるコストはとてつもなく高価で、それは今現在のような宇宙開発を各国国家がリードする時代から、民間会社が縦横無尽にロケット事業する時代になっても、変わらないでしょう。火星の開発にブルドーザーやフォークリフトが必要で、これら重機を打ち上げねばならないというとき、現場作業用の搭乗用人型ロボットがあったならば、そちらのほうを選択するほうが、合理的ではないか、という話です。確かに、一つの作業に特化した重機は、その作業においては汎用型ロボットに勝るでしょうけど、地球から火星への移動コストを考えると、割に合わない。ユンボやフォークリフトなど、十種類の特化型重機を十台、ロケットで打ち上げるより、汎用型ロボットを一機打ち上げてもらったほうが、コスト的には引き合うだろう、という話です」
「はい、しつもん」
「お。ショート君」
「それなら、ものすごく軽い素材で、ユンボとかフォークリフトを作れば? チタンとか、カーボンナノチューブとか」
「ははは。同じ素材で、搭乗用人型ロボットをつくればいい、というだけの話になってしまいます。単に重量の問題だけでなく、一台で何役もこなすロボットがあれば、省スペースという点でも、助かります。たとえば、地球を周回するスペースコロニーの中で、重機等を利用する場合。重機が一台増えれば、その分の場所がいります。スペースコロニーの建設コストを考えれば、そこの『地価』はバブル期の日本の銀座なんて屁にもならないくらいの高額になると、予想されるでしょう。経済的に引き合わないのはもちろん、コロニーの行政的技術的運用上、この手の工作機械はなるべく小さいほうが、少ないほうがいいに決まっています。またさらに、今度は火星ではなく金星への植民を考えてみます。金星は、地表での気圧が90気圧、気温が500度で鉛をも溶かすくらい、とても生物が生きていけるような環境ではない、ことが知られています。植民をするとすれば、空中に気球のような形で浮かぶ都市、フローティングシティが有力候補だろう、と言われています。で、このフローティングシティ内へ重機を持ち込んで工事等をするときには、省スペースで重量がより軽い機械のほうが選択肢になるでしょう。搭乗型人型ロボットのような汎用型を選べば、特化型数種類より、この点、有利ということです。で、今、話していることの、まとめ。今現在の経済社会では用途がなくとも、近未来では、有力な重機候補となる可能性が高い」
「ロボットって、やっぱり、宇宙と相性がいいんだなあ」
「SFアニメ等で描かれていることのすべてが、ロボット工学的な、いや、ロボット経済論的な知識のバックアップを受けているわけではないでしょうけど、少なからず、未来を予知しているようなところは、あるかもしれません。余談ですけど、もちろん、宇宙のみならず、深海や大深度地下等、活躍の場は、他にも多く考えられます」
「はい、しつもん」
「ショート君」
「火星とか金星とかスペースコロニーとかの話が出てきたけど、やっぱり、ロボットって軽いほうがいいんですか」
「時と場合と作業内容によりけり、なんでしょうけど。たとえば、河川のど真ん中で陣取って、橋を架けるのを手伝う、なんて言った場合には、水流に流されないように、ある程度のウエイトがあったほうが、いいんでしょうね。男子小学生向けのアニメロボットでは、なぜかロボットのサイズがだいたい同じに統一されていることが多いですけど、リアルに戦闘……そう、男子小学生向けのロボットは、戦いますから……戦闘シチュエーションを考えれば、装備携帯している武器ごとに、かなり違った大きさ形状になりそうな気もしますけど……まあ、軍事は全く詳しくないので、はっきりと断言はできませんが」
「プラモデルにしたり、オモチャにしたりする時、サイズがバラバラだったら、都合が悪い、とか?」
「ま。そんなところかもしれません。サイズの話では、またまた脱線してしまいますけど、気になることがあります。宇宙には出ない搭乗用人型ロボットの場合、最大高さ、どこまでいくかな、という問題です。高さを高くしていけば、それだけ骨格等にする素材を厳選しなければならない、なんていうのもありますけど、今、問題にしようとしているのは、コックピットが高ければ、ビルの上から飛び降りるのと同じ衝撃が加わる、なんていう話のほうです。エヴァンゲリオンなんかでは、コックピット全体を液体で満たして、衝撃を分散させる、なんていう工夫をしているわけです。フィクションのロボットでは、あまり語られることのない、この高さという制約ですけど、ノンフィクションロボット作製のとき、フィクションロボットの設定に引っ張られすぎちゃいないか、と思うときがあるんです。つまり、これこれのロボットアニメでは、高さが何メートルだった。工学的には難ありだけど、とにかく頑張って作ってみよう」
「何が言いたいのさ、社長さん」
「自衛隊やアメリカ空軍の戦闘機のスピードが、頭打ちになっているっていう話は、知っていますか、わらびさん? F15あたりでマッハ2を超えたけれど、後継機種F22でも、カタログスペックでも似たい寄ったりの最大速度・巡航速度です。これは、技術的にこれ以上のスピードが出せないからではなく、パイロットの反射神経や対G能力といった、人間の生物学的制約から限界が来たのだ、という話です。搭乗用人型ロボットにおける背の高さの制約も、この戦闘機と同じようなストーリーをたどるのでは? という気かするんですよ。つまり、アニメやマンガに引きずられて、背の高い搭乗用ロボットを追求していくのは可能だろうけれど、いずれパイロットの生物学的制約で頭打ちになる。実験的に高さを追求できなくもないだろうけど、もはやロボットとしての用をなさなくなるだろう、と」
「社長さん的には、何メートルくらいが、実際的って考えてるの?」
「軍事用だと考えると見当がつかないけど……今現在ある重機の代わりにしたい、という目論見があれば、コックピット部分の高さで、せいぜい数メートル、というのが最高値でしょうね。さらに、高さだけでなく、幅にもおそらく制約ができる。これは、人間の生物学的な限界とかではなく、社会のスタンダードという点から。列車や貨物トラックで運搬する可能性を考えれば、幅3メートルを超えるようなロボットは、あまり歓迎されないでしょう」
「ふーん」
「ええっと。以上のお話を踏まえて、ようやく海碧ロボットを作るか、という話になるわけです」
「えっ。今までのが、全部前ふり。気が遠くなりそう」
「本題の1番目は、卵が先か、鶏が先か、という話です。実は、コンペがあるから、海碧ロボットを作ろうとしたわけではなく、まず初めに海碧ロボットを作ってみるという計画があって、これに見合う用途があるかな……と色々探していたら、偶然にも、海底掃除コンペがあった。ラッキーだな、というのが、話の流れです。つまり、はじめにロボットありき。それから、コンペありき、です。
ここでもう一度、搭乗用人型ロボットが役立たずになる領域の条件について、復習します。その1。今現在の話。その2。現業ではダメ。その3。代替はムリ。以上でした。それでも、今現在、現業の中で使用するとしたら、どうすればいいか?
ポスト自動車産業として、大量生産の道を切り開くには、ホビー目的だけでは難しくて、どうしても現業企業での採用が必要となってくる。
突破口は、3番目、他の重機の代替というところでした。要するに、代替作業をさせれば、特価型の従来重機に負けるというのですから、これを逆手にとって、代替でない、オリジナルな作業を見つければよい。それも、今ある数種類の機械の組合せで代替できるような作業工程ではなく、他の機械類では難しそうな、搭乗用人型ロボットに向く作業工程を、発見できればよい」
「それが、海底掃除なの?」
「結論から言えば、そうです。ちなみに、この、津波後の漁港掃除という作業、他の3類型のロボットでも、うまくはいかない、ふうになっています」
「そもそも、漁港でやる仕事がどんなだか、全然知らないし、ピンとこないなあ」
「じゃあ、ここで、海碧ロボット以外の重機で、海底清掃をすることを考えてみて下さい。まず、ブルドーザー等でいく場合。あくまで陸上にて陣取って、海底をさらうんですから、アームの届く範囲、数メートルくらいまでしか、作業できません。これは、掃除作業の補助にはなり得ても、主要作業は難しい。砂浜等、なだらかな海岸ならある程度は海の中に入れますが、船舶係留できるような喫水の深いところはムリです。それでは、水中ブルドーザーは、どうでしょう。これは、今あげたブルドーザーを水中でも使えるように改造したものです。陸上ブルドーザーが無理やり入るのには喫水が深すぎ、逆に浚渫用の作業船が入るのには、喫水が浅すぎる、という中途半端な海域用に開発されたものです。しかし、キャタピラの足回りが、意外とネックになります。そう、海底の作業領域は、陸上でのようにある程度、地ならしされたものではないのです。自然の地形以外にも、大津波の後ですから、自動車、船舶、家屋、その他のガレキがゴロゴロしている、という状況です。キャタピラで乗り上げたりするのにも、限度がある、ということです。転倒しても起き上がれる、という人型ならではの利点には、今さら言うまでもないでしょう。そして、最後、浚渫船。港湾のような喫水が深いところなら大丈夫ですけど、たとえば、アサリやカキの養殖場のような、潮の干満によっては人が歩けるくらいの場所に対応するのは、難しいでしょう」
「結局。どーゆーことよ、社長さん。まとめ、まとめ」
「じゃあ、結論です。もともと、水中での浚渫やゴミ片付けを想定した重機がないわけではない。けれど、それらの重機機械は、一口に海と言っても様々な状況の海があるわけで、得意な海域の得意な作業を効率よくできるように、ある程度、特化したものである。そしてねそれらのどんな重機も、1000年に一度の大津波の後始末、という未曽有の作業に向くようにできているわけではない。だったら、この、ニッチ中のニッチ、極めてレアなケースを狙って、搭乗用人型ロボットのデビューを狙おうではないか」
「はい、しつもん」
「ショート君」
「そのう……どうせ同じ仕事をさせるなら、津波後掃除用の重機を作って作業をさせるっていうのが、正解になりませんか。特化タイプのほうが汎用タイプのより作業効率エネルギー効率がいい、という理屈に従えば」
「作っても、例えば、その重機機械が三陸でしか使われていないとすれば、次に使用されるのは1000年後ということになってしまいますね……まあ、大げさに言えば、ですけど。もちろん、実際には、これから来ると予測されている東海地震、東南海地震で役立つ機会があるかもしれないので、1000年も待つことはないでしょうけど。とにかく、汎用型なら他の仕事を探すということもできるでしょうけど、極々まれにしかないような作業のために、極論すれば1000年に一度しかないような作業のために、特化型重機を開発しても、経済的にも引き合わない、とは言えそうですね」
「その……海碧ロボットでできそうな、他の仕事をっていうのが、すぐには思いつかないんですけど。というか、すぐに思いつくようなら、等の昔に、ロボットを使ってやってるか」
「田んぼの様子」
「は?」
「だから、田んぼの様子、ですよ、ショート君。台風襲来のたびにテレビやネットをにぎわす、死亡フラグ。実際はコメ作りの根幹にかかわるマジメな作業なのに、ネタになっちゃってる、悪名高いイベントがあるでしょう。そう、風災害に合わせて、お年寄りが田んぼの様子を見に行き、用水路に落ちてお亡くなりになるっていう、アレです。実際には単に様子を見に行くだけでなく、水利がおかしくならないように、水門の流木等を取り除けたりする、一連の作業です。台風の時でなくとも、なかなか危険な作業でも、あります。毎年お亡くなりになる人が出ているのに、機械の導入等で危険の軽減ができていないのは、それだけ作業範囲が多岐にわたって、特化型重機の開発が難しいという事情もあるでしょうし、さらに、まれにしか発生しないイベントなので、たとえ機械を導入しても、経済的に引き合わないのではないか、と思われます。でも、ここに我らの出番があるのではないか、と思うのです。幸い、海碧ロボットは陸水型、ウオーターフロント型、要するに陸と水圏が接する浅瀬を守備範囲にするロボットです。このような、定形な作業でない、他の重機が入りにくい場所には、おあつらえ向きにできている」
ドリンクバーの飲みすぎのせいか、はしたなくゲップをしながら、わらびさんが言います。
「ねえ、社長さん。津波の後始末といい、台風での田んぼの世話といい、海碧ロボットは、浅瀬での水害対策がメインなの?」
「他の用途はおいおい、考えていくということで……既にある作業工程では、特化型重機に負けていくだろうという宿命がありますから、ね。新しい仕事を開拓していく、重機があってしかるべきなのに存在しない、そんなようなフロンティアを切り開いていくというのも、搭乗用人型ロボットの役割なのかもしれません」
「ふーん。いずれは、水際だけでなく、火事だの放射能汚染区域だのにも、進出?」
「残念ながら、それはないでしょうね。それこそ、遠隔操作型移動ロボットの出番ですよ」
「というと?」
「海碧ロボットが、搭乗用でなければならない理由……いや、搭乗用だからこそ、進出できる領域という理由になりますけど。水際、浅瀬というのは、遠隔操作が難しいという意味でも、特殊な領域なんです。すなわち、無線でやるなら、つまり電波で動かすなら、水中にまで届かない。海中ブルドーザーのように、安定した地形においてアンテナ保持できるのならともかく、多様な地形対応のための二足歩行なのだから、海中に潜ってしまうことも、あるかもしれない。音波は、まだ、ロボットの詳細な動作をコントロールできるほどには、実用化されていない。有線でやるという手もあるけれど、そもそもの作業内容が、ダメになった漁業用資材の片付けなのだから、有線ケーブルに漁網だのロープだのがからまったりしたら、仕事にはならない。つまり、遠隔操作に向いていない、領域なんです。火事、放射線領域は、違いますね。有線するにせよ無線するにせよ、海中ほどの制約がなく、遠隔操作可能なんです」
「じゃあ、将来、音波で海碧ロボットを遠隔操作できるようになったら、海碧ロボットは搭乗用でなくなる?」
「そうかもしれません。でも、そうやって搭乗用として役立たなくなる頃には、新たな作業工程を見つけているかもしれません」
サイゼリアが結構こんできたので、二回目の講義は、この辺で終わることになりました。
「座学、座学で、免許までなかなかたどりつけないなあ」
「まあまあ、わらびさん。自動車運転免許を取ったときのことを、思いだしてください。あれに比べれば、修了試験をやるわけじゃなし、楽ですよ」
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