第6話 一番打者、遊撃手

 話は戻って、わらびさんとパイロットスーツの話です。

 昼食後、私は気仙沼に行く用事があり、我が「技術者」……船大工、ヤマハ両名です……も作業に戻ると言ったので、わらびさんの件は、てれすこ君に一任することになりました。

 てれすこ君は、わらびさんの申し出を、最初渋りました。

「でも、どーしてよ? ロボットを動かすには、どーせ運転手、必要っしょ?」

「ウチでは、パイロットじゃなく、オペレーターって呼んでるんだけどね……」

「女だから、ダメなの? 女性サベツ、はんたーいっ」

「……実は既に、ウチの息子に内定してるんだよ」

 運転席そのものの調整も、彼の身長体重に合わせての設計です。

「でも、あんなにちっちゃい子には、ムリでしょ」

「ああ。わらびちゃんがショートに最後に会ったのは、津波直後のことだったっけ。今年でもう、中学二年になるんだよ。図体だけは、もう立派な大人なんだよ」

「中学二年生……中二病まっさかりのお年頃かあ……ロボットの運転って言ったら、喜んで飛んできそう」

「どーだかねえ。そもそも、消去法で決まったんだ」

 コンペ当日、私自身はきちんとスーツを着て、来賓席にかしこまっていなくてはなりません。そして、てれすこ君は、現場の総指揮を執る予定なのです。

「我が社は、海碧屋さんと僕以外は全員年金暮らし、それも年金をもらいはじめて十年選手、なんていう老人たちばかりなんだ。つまり、会社外からオペレーターになりそうな人材調達する必要があったわけだけど、秘密保持が問題でねえ」

「信用できる大人、いなかったってこと?」

 「なんだかんだ言って、東北の田舎町だもの。プライバシーはあってなきがごとし、だよ。ロボットうんぬんなんていう、面白そうな情報、10時の一服のときにちょろっと漏らせば、夕方には町中に広がってるさ。だから、どうしても身内から選ぶしかなかった。他の従業員さんたちのお孫さんたちに頼むっていう手もあったけど、あいにくと皆、成人して家を出てしまっててね。で、最初に言った通り、消去法で、ウチの息子に白羽の矢が立ったわけだ」

「そっかあ。……久々に、会ってみたいな……そのロボットのパイロットの件を抜きにしても」

「パイロットじゃなく、オペレータだよ」

 ショート君は、学校を終えたあと、少し昼寝をし、夕方には工場にやってきます。毎朝、梅丸新聞店で新聞配達のアルバイトをし、家計を助けている、孝行息子なのです。

「ショート君、部活とかやってないの? 野球、すごく好きだったんじゃなかったっけ?」

「部活は、やってない。野球は、今でも好きなんじゃないかな。楽天イーグルスのテレビ中継は、欠かさず見てるから。でも、選手としてやってきたのは、小学校のうちだけかな。打順一番、遊撃手で、不動のレギュラーだったけど、中学校に上がってからは、色々とモノ入りで、僕の懐具合にも限度があってね。友達がみんなプレイステーションを持ってるのに、ウチのショートだけが持ってなくて、ねだられたことがあったんだけど、結局、買ってやれなかった。それからかな、自分の小遣いは自分で稼ぐって、決心したらしいのは。野球の道具一式も、自分の貯金箱から出すようになって、野球をするのが、いかにカネがかかるのか分かるようになったみたいでね。親の立場からすると、面目ないの一言に尽きるけど」

「……女川じゃ、中高生のできるアルバイトって、ほとんどないんじゃない?」

「そうだね。だから、海碧屋のを斡旋した。父親と一緒のところでアルバイトなんて、やりずらいこと、この上ないかもしれないけど、時間の融通が利くのは、町内随一だから。新聞配達で稼いだ金と同様、海碧屋でのアルバイト代も家計に入れようとしてくれたけど、それは、さすがに、小遣いにしなさいって、言ったよ。ささやかな親の矜持ってとこかな。ショートのヤツ、早速背番号5の楽天レプリカ・ユニホームを買って、はしゃいでたな」

 ちなみに、楽天の背番号5は、一番打者・遊撃手の茂木選手で、豪快な初回先頭打者ホームランなど、印象的な活躍をしています。同じ打順・同じ守備位置だったショート君は、大のファンなのでした。

「ふーん。じゃあ、その、モギ選手のプロマイドとかポスターとか買ってあげたら、パイロットの役目、譲ってくれるかな?」

「だから、パイロットじゃなくて、オペレーターだって……コンペ当日に、ショートの調子が悪くなったり、都合がつかなったりする可能性はあるから、予備オペレーターに育成に、海碧屋さんは反対しないと思うけど……ショートを下ろして、わらびちゃんだけに絞るっていう事は、しないと思うよ。言っちゃなんだけど、君は町外の人間であって、いつなんどき、ふいに埼玉に帰るっていうの可能性もあるわけだからさ」

「そーゆーものかなあ」

「そーゆーものなんだよ、わらびちゃん」

 海碧6号は、本番用の機体ではなく、あくまでモックアップです。

 宣伝用に、わらびさんがパイロットスーツでの撮影の話をすると、昼食時に出た話題なのに、船大工さんは、もう忘れていました。モウロク爺イ……と悪口しようとするわらびさんの口をふさぎ、てれすこ君が下出にでると、もう二度目だからか、あんまり関心がなさそうに、船大工さんは許可を出してくれました。ヤマハさんのほうは、海碧屋本業のほうの工場に呼び出されていました。どうもベビコンのエアコンプレッサーの調子が悪いらしく、急遽調整を頼まれたのです。

 車庫の一番奥に、昔使っていた宿直室があるので、臨時の更衣室代わりに、わらびさんに使ってもらうことにしました。ユーチューブにあげる動画のたぐいでも、スマホのカメラで済ませてしまうわらびさんですが、今回はよほどの気合で臨むつもりなのか、きちんと三脚のついたデジタルカメラを用意し、レフ版にLED照明と、本格的な機材を持ちこんできました。

「てれすこのオジサン。はい、これ、領収書。清算のお金は後でいいからね」

「は?」

 宣伝用のスチール写真を撮るためなんだから、これは経費で落とすべし……とわらびさんは言い張ると、てれすこ君に機材のセッティングを言いつけ、さっさと着替えに行ったのでした。

 30分ほどの時間をかけて現場に戻ってきた彼女は、お神輿でも担ぐような、お祭り支度でした。ねじり鉢巻きに紺色の法被、胸にはしっかりとサラシを巻いて、気合じゅうぶんです。

 ドヤ顔のわらびさんに、てれすこ君は目を白黒させて、聞きました。

「パイロット、スーツ?」

「本当は、海女ちゃんのカッコをしたかったんだけどさ。どーしても、衣装、見つかんなかったんだよね。これでも、雰囲気は、じゅうぶん出てるかなって」

「一応、海碧屋ロボットの仕事内容は、海底のゴミ掃除だから、ショートはウエットスーツ姿で、運転席に乗り込むことに、なってるだけどね」

「ダメよー。そんな地味な恰好じゃ。宣伝にならないじゃなーっい。それに、ロボットの乗組員が、身体にピッタリのスーツだなんて、ありきたり過ぎて、つまんないでしょ。ロボットアニメや漫画のお約束を、いい意味で裏切ってみせるっつーのが、ポイントなんよ」

 ガングロ金髪ギャルという風貌は、インパクトがあるぶん、似合う服装も限られている感じがしますが、その派手な化粧が似合う、数少ないファッションスタイルである、とは言えるでしょう。

「でもさ、わらびちゃん……」

「なに? おっぱいは、ちゃんと隠してるでしょ」

「下にはいてる、フンドシ、なに?」

 夏とはいえ、なぜか下半身は素足に地下足袋だけの姿なのです。

「フンドシじゃなく、締め込みよ、締め込み。あくまで、正統派のお祭りの衣裳なんだから、ヤラしい目で見るの、やめてよね。ヤラシい目で見るひとがヤラしいんであって、締め込み自体はヤラしくないんだからね」

「はあ……」

 しかしまあ、お尻丸出しには違いありません。

 露出の程度で言えば、お相撲さんと同程度なので、これで欲情するほうが間違っている、というわらびさんの言い分のほうが、正しいと言えば正しいのですが。彼女のガングロは、どこの日焼けサロンで焼いたのか、顔や手足はこんがり焼けているのに、ビキニのパンツにあたる部分だけは、生白いままなのです。

 この何日かのつき合いで、今のわらびさんが「あー言えば、こーゆう」タイプだと理解したてれすこ君は、それ以上の追求はやめ、黙って彼女に指図されるまま、カメラのシャッターを押すことにしたのでした。

 がらんどうの車庫とは言え、人間が3人もいれば、室温は自然上がります。まして、撮影用のライトはなかなかの熱源です。船大工さんは、最初こそ、わらびさんのフンドシ……いえ、締め込みに目を丸くしていましたが、滴る汗に我慢できなくなったらしく、小豆バーを買いにコンビニに行きました。

 そして、彼と入れ替わりに、新しい見学者が車庫を訪れました。

 オペレーターの真打、ショート君です。

 お尻丸出し、法被姿のガングロギャルがロボットの上で色々とポーズをとり、父親がそれを撮影しているというシュールな場面に、彼は面食らっていました。わらびさんは、すぐに少年の姿に気づいて、ショート君を手招きしました。

「久しぶり。あーしのこと、おぼえてる? ショートが保育所通いしているとき、以来なんだけど」

「わらびお姉ちゃんでしょう。シーパルピア商店街で話題になってたし、父さんから聞いてたし、それに……」

「それに?」

「それに……いや、なんでも、ないです。父さんから聞いて知ってはいたけれど、わらびお姉ちゃん、ずいぶんかっこよくなったんですね。僕が覚えてるわらびお姉ちゃんって、黒縁眼鏡で、お化粧とか全然してなくて、無口でとっつきにくいお姉ちゃん だったですけど……」

「ふん。ショートこそ。いっちょまえの美少年になっちゃって。てか。丸坊主じゃないんだ」

「野球、やめちゃいましたから」

 海碧6号から降り、ショート君の顔に胸が当たりそうになるくらい近づくと、わらびさんは、しげしげとこの中学生を観察しました。

「ね。これからは、一緒にパイロットとして訓練していくんだし、もっと親睦を深めておこうか。撮影終わったら、久々に、一緒にお風呂入ろうか。背中とか、流してやるよ、センパイ」

「えっ。でも、それは……」

「なんだよお、もう。お姉ちゃんと一緒にお風呂入るの、恥ずかしがる年になったのかよお。ついこの間まで、ランドセルしょってたくせして。どれ、本当に大人になったのか、お姉ちゃんが確かめてしんぜよう。ちゃんと毛が生えたか、チェックしたげる」

「わらびお姉ちゃん、うしろ、うしろ」

「は? うしろ?」

 鬼の形相のてれすこ君が、ショート君の首に両腕をまきつけたわらびさんを、顔を真っ赤にして睨みつけていました。

「わーらーびーちゃーんっ」

「あ。そういえば、お父さんのほうも、いたんだっけか」

「いたんだっけか、じゃないでしょう。ふざけたことばっかりやるなら、埼玉に帰りなさいっ」

「……ごめんなさい」

 ショート君が、首をひねって、聞きます。

「てか。わらびお姉ちゃん、パイロットって?」

 てれすこ君が、息子さんに、コトの成り行きをすべて話しました……例のおもらしの場面を除いて。しかし、船大工さんやダイヤモンドヘッドのマスターしか知らないはずの、このチョンボのことを、ショート君も知っていたのです。

「ショート。あんた、読心術でも、使えるの?」

「違うよ。わらびお姉ちゃん。ふつうに動画で見たんだ……てか、見たって友達が言ってた」

「ユーチューブ? ニコニコ動画?」

「ううん。ポルノハブ。アダルトサイト」

 慌てて、わらびさんがスマホでアクセスすると、たしかにチューハイをかっくらって、床の上にドテンと倒れると、大きなイビキをかきながら、寝小便している金髪ガングロギャルの動画が、ありました。

「ショートお。見ないでえ」

「てか。わらびお姉ちゃんも人並みに恥じらい、あるんだね……」

「当たり前でしょ。クソっ。あの、カバ男があ」

 てれすこ君が、慎重に、二回三回と動画を繰り返し見て、言いました。

「巧妙に編集されてるみたいだ。りばあねっとの人たちが、一人も映ってない」

 わびさん自身が確かめると、最後の三秒ほど、ちらっと弥生顔の女性隊員の手が、バタバタと動いているのが、発見できました。音声も加工されているのでよく分かりませんが、どうやらわらびさんを助けようとしているみたいでした。

「父さん。投稿者をたどって、逮捕とかできないものなのかな」

「かなり難しいと思うぞ、ショート。うまくりばあねっとにたどりついても、盗撮犯として出てくるのは、末端のメンバーじゃないかな。しかも、りばあねっと上層部は、これは下っ端が組織に関係なく独断でやったイタズラって、言い張るよ。ダミーだのスケープゴートだのを用意しておくのは、ああいうヤクザな組織の常とう手段だ。それに、そもそも投稿先はアメリカのサイトで、削除してもらうにしたって、言葉の壁もあるし、法律の違いもある」

「もー。なに、親子でのんびり会話してんのよ。あーし、おもらし女として、世界的に恥をかかされてんのよ。このままじゃ、埼玉に帰れないじゃない」

「じゃあ、このままずっと女川にいるってのは? あ。でも、恥ずかしいのはかわりないか」

「うっさい」

「ええーっと。ほとぼりが冷めるのを待つ……みんなが忘れたころに、埼玉に帰る……その間、りばあねっとに復讐するっていうのは、どーかな」

「どーかなって……言われなくとも、復讐してやるっ。レイプまがいのことをされただけでも、埼玉だったらニュースになるレベルの重大事件なのよ。それどころか、おもらしなんて」

「おもらしも、テレビや新聞で報道されるレベルの重大事件になるの?」

「揚げ足とんないでよ、中学生。ねえ、てれすこのオジサン、怪しげな薬を一服盛られたときには、さんざん止めとけって言ってたけど、私、絶対泣き寝入りしないからね。ショートも、協力してね」

「協力って言ったって……具体的に、なにをすればいいの?」

「あのカバ男が、女の子を食いモノにしている証拠さえつかめれば、告訴してやるところなんだけど……全然、尻尾を掴ませないヤツなんだっけ。しかも、せっかく掴んでも、トカゲのしっぽ切りしちゃうヤツなんだっけか。……あー。堂々巡り」

 わらびさんの動画が他にないか、スマホであちこちネットサーフィンしていたてれすこ君が、「切り離されても食いつけそうな、首根っこ……いや、尻尾の根っこ、掴んだかも」と言い出しました。

「どういうこと?」

「例のコンペの賞金……銀行からの巨額の融資を当てにして、りばあねっとでは、お金を借りたみたいだ……地元の銀行じゃなく、東京の、から」

「それが、なにか?」

「借りたお金で、ロボットとかを作るとかじゃ、ないみたいなんだよ。牟田口総裁、そのまんま、借りたお金で東京のキャバクラとかで豪遊して、全部散財したみたいなんだ。ほら。僕のスマホの画面、見て。シャンパンタワーとかやってる写真、あるでしょ。富永隊長が、資金繰りをどうしようって、詳しい経緯も含めて、ツイッターでつぶやいてる。牟田口総裁がつぶやいてるのを見ると、今までみたいにボランティアから搾取すりゃいいやってハラらしいけど、今度は、そんな中途半端な額じゃないみたいだ」

「結局、どーゆーことよ、てれすこのオジサン」

「ウチも、つまり海碧屋も、今回のコンペに賭けてるけど、りばあねっとのほうも、牟田口総裁の無茶苦茶な浪費で、組織の存亡がかかってしまったみたいって、こと。彼らが、本気で海碧屋みたいなロボットを作るつもりなら、そのための莫大な資金も必要になる。学生ボランティアの人たちだって、いつまでも騙されちゃいないだろう。つまり、今回のコンペに勝つってことが、勝って、りばあねっとを破産に追い込むのが、一番いい復讐になるんじゃないかな」

「よーし。それなら。ますます、やる気出てきた。広報もだけど、パイロットも、ガンバルぞーっ」

「でも、わらびお姉ちゃん。気合だけじゃ、海碧ロボットを動かすことは、できないよ」

「動かすことはできないよ、も何も、そもそも、模型だから動かないんでしょ、この海碧6号って」

「7号は全関節稼働可能な内骨格むき出しのロボットになる予定だって。基本動作が全部できるか、最終チェック用みたい。8号はそれにスキンをかぶせて、海中での作業も可能か、浸水しないかどうか、試すための試作品。8号機で出てきた不具合を手直しして、9号機。少し無茶な使い方をして、不測の事態に備える用。10号機は、オペレーターの練習のために使いつぶす。トレーニング用だね。そして、11号機で完成品にするっていうのが、ロードマップみたいだよ」

「おーお」

「運転免許、いるよ。教習所はないけど、教習はやるって」

 わらびさんは、自動車運転免許を取得した時のことを思い出して、言いました。

「山形の自動車学校で、運転免許合宿でとったんだけど。路上練習とか、道路は広いし他の車はあんまり走ってないし、最高の環境だった。先生たちも親切でよかったけど、生徒の中に、しつこいナンパ男がいて辟易したなあ。ロボット運転の教習所は、どーなのよ? かわいい男の子のナンパなら、大歓迎なんだけど」

 ショート君は苦笑し、てれすこ君は憮然とした表情になりました。

「ショタコンには、厳しく指導することになってるよ、わらびちゃん」

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