第5話 敵の編成

 ここで、山田風太郎ばりに、一章を割いて、面倒くさいライバルたちを、詳しく紹介しておきましょう。

『丸の内りばあねっと』のほうは、すでに情報スパイからみで、ちょろっと語ってはいます。牟田口総裁は、ようやく40になったばかりという超「若手」経営者で、部下にセクハラ・パワハラは仕掛けるは、違法スレスレの方法で各種補助金をせしめるは、タコ部屋のスカウト同然の方法で学生さん等の人集めをするは、で、とかく同業者からの評判はよくない人です。さらに、お手伝いに来た学生さんには純粋なボランティアと称して無給でこき使うくせに、仕事の依頼主からは「車代」「心づけ」「クラウドファンディング」などと種々の名目で、少なからぬ金品を徴収しているらしいのです。

 見かねた知人たちがたしなめれば、脂ぎった顔を近づけて威嚇してくるらしく、手に負えないという噂です。

 ただ、仕事が終われば部下たちをゾロゾロ連れて、町内の居酒屋で酒を飲むのが好きらしく、大金を落としてくれる上客だけあって、商店街で彼の悪口を言う人はいない、とか。ご本人曰く、「オレは太っ腹だから、たいそうモテる」。確かに、身長160センチほど、体重は3桁から落ちたことがないという彼の胴体は「太っ腹」以外の何ものでもありませんけど、彼のステディになりたいという女性がいるという話は、聞いたことがありません。

 ついでに言えば、牟田口総裁に奥さん・子どもがいるかどうか等、彼のプライベートはすべて謎に包まれています。彼は自分のことを全く話さない人なのです。出身地がどこか、今までどんな仕事をしてきたのか、町外での人脈等々、肝心なことは誰一人として知りません。

 典型的な東北の田舎……隣家の昨日の晩のおかずから、嫁姑戦争の結末まで、なんでも筒抜けになるような我が町では、これは、珍事のたぐいです。

 そうそう、ひとつだけ、周知の事実がありました。

 弟さんの存在です。

 お兄さん同様、震災後にフラっと町に現れた彼は、りばあねっとに加入するでもなく、他の復興関係の仕事をするでもなく、日がな一日、ブラブラとして過ごしているという噂です。霞を食って生きているような生活をしていても、彼の風貌は仙人とは程遠く、お兄さんの脂ぎった顔をヤサグレさせたような、ヤヤクザ顔という噂です。

 こんな弟さんの代わりに、牟田口総裁をサポートしているのが、ノッポの富永隊長です。どうやら、りばあねっと内では、総裁に諫言できる唯一の人物らしく、せんだってのわらびさん以外にも、総裁をたしなめている目撃情報は、多々あります。牟田口総裁の寸評では、彼は「融通の利かないトーヘンボク」ということになっています。

 屋根に積もった雪下ろしを頼まれれば、庭に堕とした雪はそのまんまで、ボランティアを引き上げる。お墓掃除を頼まれれば、確かに墓自体の雑巾がけはするけれど、通路の落ち葉は一顧だにしない。ボランティア依頼人からの差し入れや謝礼金は、その場で飲める冷えたジュースだろうがなんだろうが、すべて牟田口総裁に上納。そして、炎天下で作業中のボランティアさんたちが音を上げようが、決まった休憩時間になるまでは全く人を休ませもしない……等々。

 普段の仕事は気が回らないくせして、下世話なことになると気が回り過ぎるというエピソードもあります。夏休み中にボランティアに来た地元女子高生に頼まれて、彼は東京から来た男子大学生にラブレターを送り届けたことがあります。何を思ったのか、富永隊長は、ラブレターのハート形のシールの封印をそっとはがすと、中にコンドームを同封して東京に送付したのでした。その後、初デートに臨んだ彼氏彼女の間で、ひと悶着あったことは、言うまでもありません。

「こんな連中が相手なら、負ける気がしない」と、ロボット情報漏洩前、船大工さんもヤマハさんも、豪語していたものです。

 けれど、油断は禁物です。

 幹部連中が問題児だらけでも、東京から優秀なボランティアを見繕ってくる可能性はあります。トップは無能でも兵隊は有能というのは、日本的組織では、よくあることなのですから。

「ま。め・ぱん連絡協議会と違って、読めない連中であるのは、確か」と、てれすこ君も警戒を緩めることはなかった矢先の、スパイ騒ぎでした。


 め・ぱん連絡協議会のほうは、りばあねっとと違って、町内在住者、それも三代も四代もさかのぼれるような、昔からの住人がメンバーです。

「め・ぱん」はもともと「麺飯」でした。

 津波前に、麺飯飲食連合会という、町内のラーメン屋さんや居酒屋さんの同業者団体がありました。飲食業の他、旅館民宿といった宿泊業の同業者団体と合併したり分離したりしながらも、「麺飯」の二文字は決して外れることはありませんでした。歴史をさかのぼること、およそ百年。町内最古の商工関係の同業者団体が冠していた名前なのです。津波で主だった加入店舗が休廃業したせいで、麺飯飲食連合会も正式に活動を停止しました。今後は、「麺飯」の名前を残しつつ、商工会の下部組織として親睦を深めていきましょう、と申合せがありました。

 そして、加入店舗さんたちが、事業再建で忙しくて気がつかないうちに、「麺飯連絡協議会」なる怪しげな団体が、いつの間にか立ち上がっていたのです。もちろん、合従連衡しながら連綿と歴史を受け継いできた「麺飯」とは、全く無関係の団体です。

 主幹事を名乗るトップは、町内にかつて存在していたパチンコ屋の常連客、パチンコ屋の主とまで言われた「リリー」おばあさんでした。映画「男はつらいよ」の有名マドンナ似で、いつの間にか、このニックネームがついたと言われるリリーさんは、呼び名を拝借した女優さん同様、70を過ぎても華やかな美貌を保っていました。彼女の取り巻き……ご亭主が存命中から言い寄っていたという「波止場のテリー」さんと「アチャラカ・ケン」さんが、それぞれ副幹事と書記長を務めています。

 テリーさんのほうは、もともと離島連絡船桟橋前で焼き鳥屋のご主人をやっていた人で、角刈りが似合うイブシ銀な風貌です。炭火焼にこだわる串焼きは絶品と評判でしたが、火を見つめる仕事を長らくやっていたせいか、ドライアイに悩まされていました。海風にあたると目の痛みがやわらぐとかで、仕事の休憩時間やオフの日には、よく岸壁でマドロスパイプをふかしていました。巻きたばこでは、潮ですぐに煙草がしけってしまうから、というのがパイプ使用の言い分でしたが、パチンコ屋でリリーさんを口説くようになってから、パイプを使い始めたという事実を、パチ屋常連さんで知らない人はいませんでした。マドンナに入れ込むあまり、焼き鳥屋がおろそかになったテリーさんは、やがて左前になった店を手放し、パチンコ屋店員に転職しました。店がなくなったことを、町内の飲兵衛たちは悲しみましたが、当のテリーさんご本人は、大好きなリリーさんと四六時中一緒にいられるようになって、上機嫌だったそうです。津波後、女川のパチンコ屋は再建されずなくなってしまいましたが、石巻駅前にご贔屓店を見つけたリリーさんを追うように、テリーさんもそちらでアルバイトを始めたそうです。

「アチャラカ・ケン」さんのほうは、アチャラカという軽薄な語感とは反対に、定年退職まで、クソ真面目に町役場の税務係を勤めあげた人です。彼は、元来、人と話すことは苦手で、友人は一人もいないという陰気なキャラクターの人でした。当然、結婚もしませんでした。定年退職後は、街の福祉係の人に勧められて、自治会の会計係のボランティアをやっていました。ある日、どこで魔がさしたのか、フラっとパチンコ屋に立ち寄ったのが、人生の転機になりました。彼はそこで「運命の相手」リリーさんを見つけたのです。ケンさんは、自治会のボランティアをほっぽり出し、足しげくパチンコ屋に通い詰めました。しかし、彼の運命の相手には、強力なライバルがいました。そう、波止場のテリーさんです。いぶし銀な彼の風貌に、同じ路線では勝てないと悟ったケンさんは、軽薄路線で……そう、「アチャラカ」にリリーさんを口説くことにしました。パチンコ屋では、アロハシャツにカンカン帽姿でリリーさんの隣に陣取ると、勝っても負けても陽気な鼻歌をがなりたてたのです。古川ロッパを太らせたようなヤボったい男に、リリーさんは最初関心がありませんでした。これまでも彼女に言い寄る男は数知れず、半世紀以上にわたってあしらってきたリリーさんにしてみれば、新しい取り巻きがまた一人増えた、くらいの感覚だったのです。けれど、ケンさんには強力な武器がありました。長年の公務員生活で得た、手厚い年金です。江戸時代の川柳に「惚れ薬、佐渡から出るのがイッチ効き」というのがありますが、いつの世でも、お金持ちが女性にモテるのは真理なようです。プレゼントを贈ったり、アシ代わりに車を出したりしているうちに、ケンさんは、テリーさんに立ちはだかるライバルとなっていたのでした。

 三人は、町内のパチンコ屋の常連を幾人か誘うと、「女川出玉クラブ」なる社会人サークルを結成しました。パチンコを楽しみ、玉が出るお店や機種の研究をするという名目です。けれど、その実、サークル活動を通じて、リリーさんともっと親密になり、ライバルを蹴落とす、というのが彼らのもくろみでした。これは半分成功し、半分あてはずれになりました。夕方までパチンコを打ったあと、リリーさんを居酒屋に誘ってお酒をしこたま飲ませて……という、男の下心丸出しの計画自体は、うまくいったのです。けれど、なぜか、誘いもしない「女川出玉クラブ」の他の面々が、三人だけの「デート」にゾロゾロとついてきたのでした。リリーさんに夢中になって、テリーさんもケンさんも周囲に気を配る余裕がなかったせいなのですが、実は、他のメンバーも、リリーさんの熱烈なファンだったのです。

 70過ぎて、このお色気。

 まさに魔性の女です。

 彼らは、出玉クラブの下っ端メンバーたちは、虎視眈々とチャンスをうかがっていました。今現在は、副幹事や書記長ほど近い関係でなくとも、いずれは顔と名前以外のあれやこれやも覚えてもらい、最後に一対一のデートを……と。

 そして、リリーさん自身は、そんなメンバーたちの気持ちを全部知っていました。

 知ったうえで、時にはテリーさんに優しくし、時にはケンさんと抜け駆けデートをして、そして時には酔ったふりをして胸元をチラっとはだけさせ……とサークルメンバーたちの男心を翻弄していたのです。「オタサーの姫」なる言葉が出る何十年も前から、リリーさんは「姫」をやっており、このパチンコサークルの姫……そう、齢70を超えても、姫には違いありません……も、つつがなく務めていました。

 こんなリリーさんには、嫌いなものが3つありました。

 ゴキブリに、自分より若くてキレイな女、そして貧乏です。

 ゴキブリには金鳥コックローチをスプレーし、パチサーに新規加入したいと言ってきた女性はヒステリックに拒絶し……と彼女は、2つまでは退治してきました。けれど、貧乏ばかりは物理的にどーこーできるものではありません。

 サークル自体にお金を下ろすいい方法がある……とテリーさんが悪魔のささやきをしました。

 彼はかつて焼き鳥屋を経営しており、女川町内で「麺飯」を名乗る同業者団体の権威と威儀を、よく知っていました。「出玉クラブ」の看板を「麺飯なにがし」につけかえることで、町役場や商工会から補助金をせしめ、原発の下請け……独身寮のまかないや、構内食堂運営の権利など……に、つけいろうと画策していたのです。

 正統派の「麺飯」のほうは、活動休止を決めた時の連合会会長・木村マサキの名義で、このパチンコサークルに正式に抗議し、町役場や電力会社にも、その旨、通達しました。暗躍失敗の時点で、元の「女川出玉クラブ」にサークル名を戻せばいいものを、何の未練があるのか、彼女たちは「めんぱん」を「め・ぱん」と言い換え、そのまま組織を存続させています。

 内情をよく知ってる人たちは、「色ボケしたパチンカスの爺婆の集まり」などと悪口しますが、私は、そうは思いません。亀の甲より年の功とやらで、彼女らには長年蓄積してきた人的ネットワークがあり、侮れないレベルです。知人親戚、パチンコ仲間から茶のみ友達まで、いろんなツテがあるからこそ、さしたる技術も資本もなさそうなのに、今回のコンペ参加を許されたのでしょう。

 ちなみに、彼女たちは、私たち海碧屋のことも、丸の内りばねっとのことも、たいそう嫌っています。

 私たちに対しては、「飲む・打つ・買う」の楽しみを知らないトーヘンボク、変人の集団と悪口します。 そして、りばあねっとについては、「とにかくヨソ者のくせして、大きな顔をしているのが生理的に受けつけない」……なのだそうです。

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