第2話 私たちについて

 自己紹介をしておきましょう。

 私は海碧屋といいます。

 宮城県は女川にて、水産養殖の資材製造を生業にしています。

 三陸の水産関係者は、あの2011年の大津波以降、皆、商売が奮いません。私も御多分に漏れず、食うのがやっとの生活をしています。なんぼでも資金繰りをよくするためと、私は本業以外の何やかに手を出すことにしました。タイミングよく、助手を名乗り出てくれたのが、てれすこ君でした。彼は、津波前、居酒屋をやっていました。彼のニックネーム「てれすこ」はその屋号で、我が海碧屋の総務部長に就任してからも、基本、屋号で呼ばれ続けています。彼の居酒屋は、津波前、魚市場前の一等地、黄金町にありました。海のすぐそばという好立地が災いしてか、土台ごと店は流され、母と妻も失いました。彼に残されたのは、当時まだ保育所通いをしていた双子の兄妹と、莫大な借金です。

 そう、当時、彼の居酒屋は改装したばかりでした。自宅のほうも、認知症が出始めた母親のために、改造を施したところでした。津波後、県や国から各種補助金が出て、てれすこ君のもとにも、居酒屋再建の話が出ました。さんざん迷ったすえ、彼は再建を断念しました。商売の都合上、午後三時過ぎから夜中まで、彼は店にい続けなくてはいけません。夕方、保育所から帰った幼子の面倒を見てくれる人は、誰もいなかったのです。彼はサラリーマンの道を選ぶことにしました。

 我が海碧屋は、残念ながら、お給料はたいして出せていないのですが、勤務時間の融通が利くのは、町内随一でした。君の都合で仕事にきて、君の都合で帰ってよろしい……という私の緩い誘いの言葉が決めてになって、彼は私の助っ人になったのです。

「この人、ウチの社長だよ。海碧屋さん」

「……おじさん、自分の勤めてるところの社長さんを屋号で呼ぶのって、ヘンじゃね?」

「ははは。僕は、まだ、居酒屋再建は諦めてないからね。いずれまた独立するつもりだから、社長と部下じゃなく、社長と助っ人っていうつき合いなのさ。町でも、僕を海碧屋の若い衆って呼ぶ人はいない。てれすこは、どこまでも、てれすこなのさ」

「ふーん」

「で。わらびちゃん。今日、わざわざ社長を引っ張ってきたのは、わらびちゃんが海の写真を撮りたいって言ったからさ。メールだと、漁船にも乗ってみたい、なんて書いてあったよね。僕はそもそも居酒屋をやってて、船乗りや魚市場関係者の知人友人も、たくさんいるよ。でも、漁船に乗せてくれ、なんていう許可のいる頼み事のできる間柄じゃない。居酒屋を辞めて、十年近くにも、なるしね。で、わらびちゃんの頼み事をかなえてくれそうな、恰好の相談相手を連れてきたってわけだ」

「ふーん。社長さんだから、顔が利くってこと?」

「どーにもなんなきゃ、わらびちゃんを、海碧屋の短期アルバイトとして雇うっていう手もある。プロの業者でございますって名乗り出れば、一般人立ち入り禁止の場所にも堂々出入りできるし、写真だって撮り放題ってわけさ。でも……海女って、なに?」

「うーん。それはねえ。ちょい、動画を見てもらったほうが、はやいかな」

 わらびさんがスマホで見せてくれた動画には、青い海、白い砂浜を背にした、美人が映っていました。ビキニの水着の上に、ライフジャケットをきっちり着用し、サンバイザーをかぶった美人です。美人さんは、砂浜の上を歩いたり、海にちょいちょいっと入ったりしながら、遊泳時の注意事項等を、淡々としゃべっていました。

 この美人、残念ながら、わらびさんではありません。

「……学生時代の友達。夏になると、ライフセービングのボランティア、やってんの。せんだって、九十九里浜の海水浴場で、沖に流されそうになった小学生を助けて、彼女、ちょっと有名人になっちゃって。所属しているライフセービング協会の、PRビデオのモデルに抜擢されて。それを見た芸能会社から、ファッションモデルとしてのスカウトとか、来たって。でも、全部断って、相変わらず、ライフセービングの紹介ビデオだけに出てんのよ。もったいないよね。でも、誰かがそれをユーチューブに上げたら、再生数が、ハンパない回数になっちゃって」

 有名ユーチューバーとしてちやほやされ、お金をがっぽがっぽと稼げるようになった、その美人の友人を見て、わらびさんも、いてもたってもいられなくなった、らしいのです。

「そりゃあ、彼女のほうがかわいいのは、認めるよ。でもさ、おっぱいは、あーしのほうがデカイし」

 つまり、友人のマネをして、自分もユーチューバーとして、有名になりたい。

 それが彼女の願いでした。

 でも、なんで、海女?

「あー。えーとねえ。ライフセーバーをやってて、動画をアップしてる女の子なんて、いっぱいいるわけよ。今から友達のマネして、ライフセーバーをやったとして、年季が違い過ぎるから、人気者になるのは、ムリくね? と思うわけよ。第一さあ、ライフセーバーやってるのって、日本人の女の子ばっかじゃ、ないんだよね。アメリカとか、そのへんの女子ライフセーバーには、おっぱいの大きさでも負けちゃうし」

 なるほど。

 セールスポイントが売りにならないのは、悲しいことです。

「その点、海女なら、日本人だけっしょ。もの珍しいから、海外からもアクセスいっぱいあるだろうし。ライフジャケットとか、水着の上から着るわけじゃないから、おっぱいもアピールできるし」

 まあ、意図は理解したけど、そう、おっぱい、おっぱいって……。

「ありゃま。田舎のオジサンには、刺激強すぎ? サーセン。大事なことだから、2回言ってみたんよ。てへぺろ。で。NHKのテレビドラマで研究したのは、いいんだけどさ。肝心の、海女になる、なり方っていうのが、分かんねーんだよね。港町に住んでる親戚って、てれすこのオジサンだけだし。ま。とっかかりとして、とりあえず頼ってみました。みたいな?」

 これでようやく、私にも事情は飲み込めました。

 てれすこ君は、はーっとため息をついて、言いました。

「それにしても、そんなことのために、裁判所のキャリアをフイにするなんて。もったいないにも、ほどがある」

「これから、ユーチューバーとしてブレイクすれば、モトはじゅうぶん、とれるって」

 モトがとれるって、なんだーっと思いましたが、ツッコむのは、遠慮しておきました。海女はムリでも、映像映えするような仕事や場所がないか、探してみる……と、てれすこ君は彼女に約束しました。

「へっへっへ。オジサン、どうもありがと。だから、おじさんのこと、好きっ。お礼に、一緒に写メしたげる。ほら、社長さんも、入って、入って」

 言われるまま、3人で、写真を撮りました。彼女はよほど撮りなれているのか、カメラを斜め上にかざすと、見下ろすような形でシャッターを切ります。自慢のおっぱいが、キレイに大きく見える、写真です。

「社長さんのスマホにも、画像、送ったげる。遠慮なく、使っていいからね」

 にまーっと笑うわらびさんの顔を見ていると、疲れがどっと出てきます。そもそも、画像を使ってって、なんだーっとツッコミを入れようとしました。私の言葉を待たずして、彼女は店員さんたちと一緒に写真を撮り始めました。

 こうして私たちは、台風のような、騒がしいギャルのお世話をすることになったのです。

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