搭乗用人型ロボットの現現分析

木村ポトフ

第1話 ヒロイン登場

「女川に、ようこそ」

「ちーす」

 私たちのお客さんは、絵に描いたような「ギャル」でした。

 ガングロで金髪、パステルピンクのチューブトップに、デニム地の青い半そでシャツを羽織っています。下は男子小学生のような、やはりデニム地の黒い半ズボン。素足にクロックスのグレイのサンダル。化粧はたいしてしていないようですけど、手の指も足の指も、金粉ラメ入りの妙に凝ったネイルアートが、施してあります。

 引きずってきたタイヤ付きの旅行鞄だけが、なぜか革製のシックなもので、アメリカーンな外見と全く似合っていません。後で聞いてみたら、やはり借り物だったようで、納得しました。建築家・坂茂デザインのおしゃれな駅舎をぐるりと見まわしていた彼女は「東北ったって、暑いー」と手のひらを団扇のようにパタパタと動かして、風を作ろうとしました。駅前交番前の道路を渡れば、シーパルピア商店街です。プロムナード正面に見える青い海に、彼女は素直に感動していました。

「やあ。わらびちゃん、久しぶり。あいかわらず、カッコいいねえ」

 我が相棒にして、頼りになる部下・てれすこ君が、にこやかに彼女の肩を叩きました。暑さでこわばっていたガングロギャルの表情が、少し和らぎました。キンキラキンのネックレスやピアス、額のところに押し上げたハート形のサングラスというのは、田舎ではついぞ見かけないいで立ちです。けれど、てれすこ君に向けた笑顔を見ると、案外、話しやすいひとなのかもしれません。

「アイスコーヒー、おごるよ」

 私たちは、商店街をぐるりと案内したあと、マザーポートコーヒ店に入りました。

 我らがお客さん、深谷ワラビさんは、てれすこ君の奥さんのイトコの娘さんとかで、少し遠い親戚にあたる女性です。そもそもは裁判所事務官という、ステータスのあるお堅い仕事をしていて、もう30の大台に乗るところ、と聞いていました。さぞや、眼鏡の似合う、かっちりスーツのキャリアウーマンみたいなのを想像していたのですが……。

「あ。あーし、裁判所、辞めたから」

 自慢の親戚に引き合わせてようと、わざわざ私を出迎えに連れてきたてれすこ君が、「えーっ」と腰を抜かさんばかりに驚きました。

「どうしたの、わらびちゃん。仕事で何か、イヤなことでも、あった? セクハラされたとか、パワハラされたとか。それとも失恋のショックか何かで?」

「そーゆーのじゃなくて。あーし、海女になろうかなって、思って」

「あま? あの、海に素潜りして、魚だの貝だのの、漁をする?」

「うん。その海女。昔、NHKのテレビドラマで、やってたんしょ。DVDを借りて見たんよ。東北だと、海女って、有名なんだよね。てか、海女やってれば、有名になれるんよね? でもさあ、調べてみたら、海女ちゃんも人手不足みたいでさあ、あんま、競争相手いなさそうだしぃ、これ、いいかなって思って」

「女川で、海女。聞いたこと、ないなあ」

 てれすこ君が、どんな反応をしたらいいか分からないと言った表情で、私に助けを求める目線を向けてきます。

「……NHKでやってたのは、確か岩手の久慈でしょう。岩手でも北部方面じゃなかったかな。ここから車で6時間はかかるよ」

 私の言葉を受けて、てれすこ君が、彼女に質問します。

「わらびちゃん。そもそも君、事務仕事しか、したことないでしょ。海女とか、現場、経験ないでしょ。色々と気持ちが先に行ってるらしいのは、分かるけど……」

「んなこと、ないって。これでも、あーし、海女歴マイナス2年だよ」

「その……マイナスって、なに?」

「ほら。あーし、泳げないじゃん。そもそも、埼玉に海ないし。で、水泳を習うのに1年、魚のとり方を覚えるのに1年。計2年、かかっちゃうから、そのぶんマイナスかなって。てへぺろ」

「てへぺろって……てれすこ君、この人、もうすぐ30なんでしょ」

「ちげーから。まだハタチよ。ハ・タ・チ。20歳と140カ月だから」

 私は、指折り数えました。

「要するに、既に大台に乗ってるひとなのね……」

「うーわ。大台ってなにさ。失敬なオッサン。てか、てれすこのオジサン、この人、誰よ?」

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