7ー3


 青空に消えていく白球――――かと思えば落下してグラウンドに跡を残す。


「……ファアアアアア?!」


「どこに目ぇ付けてんのよ! どう見てもフェアでしょ! てかホームランでしょ!」


 広過ぎるグラウンドの弊害。


 ボールがどこら辺に落ちたか分からない問題だ。


 故にジャッジは両者でやっているのだが……ぶっちゃけ対象は『打った』か否かなので、フライだろうがゴロだろうがフェアだろうがファールだろうがどうでもいい。拘っているのはキツ目さんだ。


 じゃあ何故ファールを主張したのか?


 あれはジャッジじゃない。


 ストレスで漏れた魂の叫びだ。


「めちゃくちゃ打つやん……なんなん、お前なんなん?」


 驚愕のままに呟いて次のボールを握る。


 62球目。


 ……そう、俺の目論見は裏目に出ている。


 勝とうが負けようが十ニ球で終わる勝負――――の、筈だった……。


 完璧な作戦。孔明さんもビックリやでと言える程の策。戦術ではなく戦略だ! なんてキメれるレベルの計算通り。


 しかしたった一言に潰された。


『なんでもいいのね? んー……じゃあ、もう一勝負』


 これがエンドレス。


 悪魔かよ。


 御伽噺の話のオチ並みに理不尽な結末だ。こんなのおかしい?! 認めない! 俺は絶対に認めない! どこかにこのループを抜け出せる糸口がある筈なんだ?! ちなみに「俺の課題は終わってねえ!」という叫びは試してみた。「あたしも、よっ!」というピッチャーライナーを頂いた。


 こいつめちゃくちゃ打つんだよ。


 バットにホーミング属性が追加されているのは間違いない。なので砕いてしまえとばかりに全力投球。ええ、金属バットですが何か?


 炎天下最高気温上昇中。


 ついでに頭も沸いてきた!


「もうボール球ぶつけるしかねえな」


 そう。ストライクに投げるから打たれるのだ。決してストレート一本だからとかじゃない。変化球とか帰宅部一筋に無理言わないでくれるかなぁ? 全て打たれる範囲に収まるからいけないんだ、きっと。思えば不利な賭けですやん。全部ストライクって、あーた。そんなんもう野球ちゃう。打ちっぱなしや。ボールかストライクか見極めるのも大切な能力の一つですから。


 結論。


「デッドボールしかねえな」


 誤魔化しが無くなる。


 ボール半分の入れ切りはカットしてくるんだよ、あいつ。だから仕方ないんだ。マジなんなん?


「ほらほらー! 球威下がってきてるわよー? どんどん投げて来なさいよー! まだ球残ってんでしょー?」


 これ全部打つ気なの?


 ボール籠の底が、未だ見えないというのに? 暑いのに震えさせてくれるぜ。


「腹は決まった……喰らえ! ブラッシュボール!」


「どっ、せええええええ!」


「ふわあああああああ?!」


 顔面に飛び込んできた白球を首の動きだけで躱す。


「あぶねえ?! お前さっきから狙ってない?!」


「堂々とビーンボール仕掛けてくる奴に言われたくないわよ!」


 仕方なかったんや!


 ブチブチと文句を言いつつも次のボールを手にする。


 実力勝負はダメだ。勝てん。なんちゃって野球部だったなんちゃら帝とは違う。マジで上手い。そもそもバッターボックスの立ち姿からして違う。気付け。アホか俺は。


 真っ向勝負がダメならサイドアタック。これ常識。卑怯上等が勝負の鉄則。


 つまり――――心理戦に持ち込むのだ。


 盤外勝負でキメる……!


 腕を大きく振りかぶって第……何球?


 とにかくいっぱい。


 ボールと共に言葉を放つ。


「パンツ、見えるぞ!」


「スパッツ、よっ!」


 右に抜けていく白球。構わん。奴には珍しい振り遅れだ。この線で間違いないらしい。


「エッチ」


 全然気にならんな? ただのアルファベットだ。そんなのでこちらを動揺させようなんて浅はかな奴め。おっとボール君、どこに行くんだい?


 手から逃げ出した滑り落ちたボールを掴み直し、再度投球。


 快音を響かせて背後へと消えていくボール。


 よしよし。


 言球との差異を確認して再セット。


 再びの投球。


「なあ、彼氏いるー?」


「いっ?! ……ないわよっ! ムカつくわね!」


 空振りにニヤリ。


 どうやら人間関係の方が動揺を誘えるらしいな……フフフ。こちとら人間関係なんて構築されてないボッチクラス職業:孤高なので、やり返されたところで痛くも痒くもない。クラスボッチと言い換えてもいい。


「大丈夫だー! 俺も、いない!」


 無言でピッチャー返しが返ってきた。毎回顔なのは偶然と信じたい。やだこの娘怖い。


 左手を犠牲に捕球したが、これも打ったことに含まれるので、さっさとあと二回の空振りを取らねば。リセットがやってくる。


「なんか雰囲気悪かったけど、高城と、知り合い、なのかっ?」


「……ふっ!」


 フッ、そう何度も同じ手ピッチャー返しは喰らわんよ。


 余裕たっぷりに首を傾けるだけで白球を躱す。


「ちょっとー! さっきからなんなのよー?! セコいわよ!」


「気にするなー! ただの雑談だって!」


「ふん! ……別にー? ただ気に食わないだけ」


 それはソリが合わないというやつでは? 知り合いでもないのに嫌いとか、余計に悪いのでは?


「あんなに人気あるのにか?」


「……あんたも?」


 ギュッとバットを握る手に力を入れたキツ目ちゃんに、スローボールを放つ。


 打ち頃のボールがストライクゾーンに吸い込まれていく。


 キツ目が踏み込んだタイミングに合わせて言葉も放つ。


「まあ、俺も嫌いだけど」 


「なあ?!」


 ズルッとタイミング……というより足を滑らせたキツ目のバットが空を切る。


「ずっるッ! あんた嘘ついて! コケちゃったじゃない!」


「古典め……」


「うるっさいのよ!」


「嘘はついてないぞー! 俺、生まれてこのかた嘘ついたことないからー!」


「嘘つきの常套句じゃない?! ていうか、さっきから言葉で揺さぶろうってんでしょ? 魂胆見え見えなのよ……! あと二回打ったらあたしの勝ちなんだから、あんた、罰ゲーム覚悟しなさいよ?」


 見え見えねえ……。


 ボール籠からボールを一つ取り上げる。キツ目が、今度は足を滑らせないようにと靴裏でバッターボックスを慣らすのを横目に指先を確認。


 キツ目がバットを構えたことを確認して振り被る。


 全力。


 縫い目に添えた指へエネルギーを余さず伝える。今までの投球と違い、人差し指と中指をピッタリとくっつけ、大きく反らした胸から体重と反動を付けて一点へと。


 放たれたボールはこれまでの球速を大きく越えて今までと同じ起動に乗る。


 再三打ち続けたコース、しかし今までと違うタイミング。


 力んでカットが出来ないバッターの前に、ボールが飛び込んでいく。


 高速回転するボールがストライクゾーンの真ん中を通ってキツ目の背後へと抜けていく。フェンス塀に当たって炸裂音を轟かせると、それが当然とばかりにピッチャーの元へ戻る。


 手前でバウンドした最後の一球を受け止め、ニヤリと笑う。


「アウト、だな?」


「ず、ずるい! なに今の?! あんた実力隠してたわね?! なによそれ! 今のナシ! やり直し!」


「罰ゲームな? もう二度と俺を野球に誘わない、で」


「あんたが誘ったのよ!」


 ギャーギャーとうるさい目つきの悪い女子高生を無視してボール籠をズルズルと引っ張りながらマウンドを降りる。引退だ。止めないでくれ。


 投球中、ピーピーとうるさかった携帯を取り出して――――電源を落とす。


 どうせ高城なんだろ?


 そんなオチいらない。


 ようやく諦めたのかバットを差し出してくる目で殺す系女子。


「このあとどうする?」


「帰る」


「はあ? 課題どうすんのよ?」


「帰ってやるに決まってんだろ? 常識ないのか? 宿題は家で痛い」


 グイッと突き出されたバットが頬に刺さる。あれ? 手のひら通り過ぎてるよ? もしもーし?


 グリグリと捩じ込まれるバットを受け取って野球部の部室へ向かう。


 開けっ放しだよ、不用心だなぁ。


「……あんたさー……ま、いいけど。あたしの家は嫌だからね」


「俺の家も…………え?」


「ん?」


 え?


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