7ー2
入道雲を称える空に抜けていくセミの音。
大会前の壮行会とやらで野球部のいないグラウンドにやって来た。
勿論、無許可だ。
当校の生徒が当校のグラウンドを使うのになんの遠慮が有ろうか? いいや無い!
そこらに転がっていたバットを拾い、ボールの詰まっている籠を部室という名の檻から解き放つ。
「……どうやって鍵開けたの、今」
キツ目さんのキツ目がキツい。
「扉は開けるためにあるんですよ。偉い人にはそれが分からんとです」
「そんな話じゃねーよ」
口笛で誤魔化しつつ、綺麗に整理されているマウンドへと上がる。暑い。やだ帰ろうかしら?
文句言いつつも付いてくるキツ目さん。
この娘大丈夫だろうか?
いつか
ボール籠をマウンドに放置して、ソワソワと体を動かしたそうにしている体育会系にバットを差し出す。
「……なによ?」
「仕方ない、今日は私の奢りだ。存分に打ちっぱなしたまへ」
「……あんたねぇ〜? あたしがなんで補習喰らってるか知ってんでしょ?」
「勿論」
知らない。
「じゃあバッティングセンターぐらい連れていきなさいよ。……なんか
「無論」
金が無い。
「……あんた、あたしが誰か知ってんの?」
「当然」
酒屋の息子でしょ?
「……上等ッ! その挑戦、受けてやろうじゃない!」
突き出されたバットを、まるで聖剣を抜くような意気込みで掴むキツ目さん。
その表情は嬉しげ。
既に目的を果たしたので、むしろもう帰りたいまである。泣きガラスか何かかな?
バットを受け取ったキツ目さんが不敵な笑みを浮かべてバッターボックスに立つ。グルリと回されたバットが青空を差す。ホームラン予告かな?
「さあ! いつでもいいわ! かかってこーい!」
「じゃ、遠慮なく」
「ハア?!」
まだマウンドに上がってないピッチャーが、至近距離からストライクゾーンを掠めるようにボールを放った。いつでもいいらしいので。
当然ながら球速なぞ関係なく、放物線を描いたボールはテンテンとフェンスの方へ転がっていく。
「ぶっ殺すわよ?」
「や、やだなー! ジョークじゃないっすかー……ははは……」
昔同じセリフを吐いた不良が居て、トイレ中とか就寝中とかを襲うようにしてたから条件反射で……。つまりあれだ。鮮血帝が悪い。あとホームラン予告に反抗心がつい。
誤魔化し笑いを浮かべながら、ボール籠のあるマウンドへ上がる。暑い。ここだけ暑さがおかしい。
しまったな。そうだよ、投げなきゃダメだよな。今更めんどくさいとは言えないしな。うん。
「めんどくせー……」
「なーにー? 聞こえないんだけどぉー!」
むしろ呟きに反応されたことが恐怖だよ。そこそこの距離があるのに。
シュルシュルと手の中でボールを回していると閃き。グッとキツ目の方へボールを突き出しながら告げる。
「スリーストライクで
「奢りはー、どーしたのよー!」
「まあ待てー。どうせならー、賭けようぜー? アウトでー、俺の勝ちぃー。十球打てたらー、お前の勝ちぃー。おーけー?」
「勝ったらー?」
「負けた方がー、言うこと聞くー」
「ヘンターーイ!」
「失敬だな」
補習中の平和を願うとも、勿論。……ああ勿論さ!
「いいわよー! でも全部ー、ストライクゾーンにー、入れなさいよねー!」
「いいんかい」
上手くいっちゃったよ。
これでどんなに長引こうとも十二球……短期決戦を望めるって寸法よ。賭ける内容や対象じゃなく、賭け事そのものが勝利条件という胴元思考。勝負という熱に隠された策謀に、キツ目は気付かなかったらしい。好都合。
人差し指と親指をくっつけて小さな丸を作って返事をすると、キツ目さんが頷いた。目もいいらしい。選球眼に期待するのは無理だな。ボール球投げてストライク主張するという作戦が崩れる。
キツ目さんは足下を慣らすようにガツガツと踏みつけるとバットを構えた。どう見ても経験者。俺らなんかとは違うようだ。バットの使い方からして違うもの。
「いいわよー!」
「あいさー」
セットアップからの一球。
さすがに一回も打たせないのは違うだろう、ということで、まずは軽めの絶好球。
……投げてから気付いたんだけど、キツ目さんはスカートだな。別に。ただの事実確認ですよ。ええ。
「せッ!」
白――いボールですね。ええ。
打者の様子を観察していると、バットを振った次の瞬間に、視界いっぱいに迫る白球。
弾丸ライナーだ。いやピッチャー返しってやつだ。
俺の右眼に取って代わろうとしている。
させじ!
左手でインターセプト、夏空に乾いた音が弾ける。
当然グローブとか無い。
「……どうするー? 激痛なんですけどぉー?!」
「あははははははー!」
笑ってやがる。女子ってやつはほんと気狂いだぜ。
しかし痛いな。ジンジンする。涙腺も血行も良くなっちゃって。まあ健康。
言ってる場合かよ。
「四球で終わらせてやるぜ」
「さ、こーーーーい!」
雑魚いだと? 上等だ! 目にモノ見せてくれるわ!
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