6ー2
ニコリ、と。
いやそこは笑顔じゃないだろ高城雫。あれ? 高城さん? 高城さま?!
俺と高城の関係は秘密が原則。
そういう理解の下、屋上横のあの部屋に集っている。
廊下で擦れ違おうと挨拶も無く、学校の外で出会おうと視線すら合わせず、生き死にが掛かる極限で見捨てる。
そういう約束。
しかしどうしたことか。
高城が俺を見て微笑んでいる。
ちょっ、待てよ?!
見捨てるってもしかしてそういうこと? え? そういうことなの?!
いやいやいやいや、お互いの関係を臭わせない為の約束なのにバレたら元も子もないだろ?
すかさず視線を切ると、キツ目さんがこちらを凝視。
ひいいいいいい。
「……え、なに? 見つかった?」
「大丈夫だ。でも振り向くな。動きでバレる」
なるべく口を動かさないように囁く。キツ目もそれに頷かず、シャーペンで○を描いて応える。
座ってる位置の関係上、キツ目から高城は見えない。もう明日からその席でいいよ。譲るよ。いらないよ。
何故か心臓がバクバク。
待て心臓、落ち着け、死ぬな。
高城が目の合った生徒に微笑みをくれるなんてよくあることじゃないか。あの八方から見ても美人の高城雫なんだよ? 不自然にならないようにいつも通りを演出してるに違いない。
やましいことなんて何もないさ。プリントは置いとけ。これは必然。
一息付いたことで余裕ができた。そうだよ。何も焦ることはない。
高城が関わることで危険物へと変化を遂げるキツ目さんだが、課題には真面目。このまま接触させなければ問題は……。
「解らないところはありませんか?」
錆びたブリキ人形のように首を動かせば、いつの間にか近くまで来ていた高城。久しぶりに見る至近距離愛想笑い。やあ。
俺にはお前が分からないよ?!
「い、今のところ……無い、かな?」
隣の席以外。
再び放たれた冷気、いや霊気。なんで誰も気付かないんだ?! もうこんな教室に居られるか! 私は帰らせてもらう!
って、立ち上がれたらどんなにいいか。
俺の答えに満足気に頷くと、順番とばかりにキツ目さんの方を見る高城さん。勘弁。
「解らないところはありませんか?」
同じような言葉を投げ掛ける。
俺はなんで半袖なんて着てきちまったんだろう?
冬服必須だった。過去に戻して。
能面のような表情だったキツ目さんが、振り返る間に人好きする笑顔を顔に貼り付けた。
これは上っ面コミュニケーションの予感?!
いいんだ、平和なら、それでも!
「あー、ううん。今のところは別に無いかな? こっちは大丈夫だから、あっちを教えたげて?」
(呼んでもないのにしゃしゃり出て来ないでくれる? その笑顔で男子に媚び売ってりゃいいじゃん、帰れ)
「……そうですか。集中を乱してしまいましたね? すみません。解らない問題があったら、遠慮せず、いつでも声を掛けてくださいね?」
(ここに居る時点でサポートが必要ですよね? ああ……こちらから言わなければ、そんな事すら分からないのですね?)
なにが良いのか?
今日も幻聴が絶好調だぜ。
ただ、キツ目が指差した先にあるのは教室の扉で、高城の視線が何か可哀想な物を見るように変化したことをここに記しておきたい。
華やかな女子同士の会話だ。しかし声の質感といい気配といい、戦場のそれ。
これにはワーワーとうるさかった男子も声のトーンを落とした。
『あれ? なんかおかしいな?』と。
近くにいる俺なんてもう駄目だ。圧で潰されそう。ビリビリくるぜ!
会話は終わったというのに両者微動だにしないから余計に。
あの、それもう隠せてないからね?
キツ目はともかく高城はどした?
優等生キャラの癖に。
化けの皮剥がれないように何冊ものノートを犠牲にしてきたんじゃないの?
ともあれ、この沈黙が長く続くのはマズい。
高城の協力者としてではなく、キツ目の同胞としてでもない。
主に心臓に。
その後のフォローとか八つ当たりとかも含めて、ここは一肌脱いで行くのがベストか……。
なによりキリキリと痛む心臓のために。
キリリと顔を引き締めて、右手を掲げ立ち上がる。
「
「お、おう。どうした、低田?」
突然の大声に狼狽える教師。
見ろ! こいつが俺の生き様だ!
「トイレに行っても?!」
いや、無理だよね。
ケツ捲って逃げるのが正しい反応。
だから両者ともさぁ、そんな冷たい目で見ないでくれるかな? お腹痛くなっちゃうだろ?
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