6ー1 圧力の間で


 教室に生まれた盛り上がりと、人知れず流れる冷気。


 俺はどこに迷いこんでしまったというのか……。


 自分のクラスだ。知ってた。


 今の今まで断固として椅子に張り付いていた教師が、高城を迎え入れるために立ち上がった。これが優等生と劣等生への対応の違いなんだろうか?


「ど、どうした、高城? なんかあったか?」


「いえ、生徒会の仕事で空き時間が出来てしまったので、顧問の先生の指示で、私と篠川先輩で補習のお手伝いに来ました。篠川先輩は三年生の方に行って貰ってます」


「そ、そうか! 歓迎するよ、大変だったんだ」


「でしゃばり」


 先生の声に紛れて呟かれた声に冷や汗が垂れる。


 隣にいる俺にギリギリ届くかどうかという声量だった。つまり気の所為な可能性がある。隣じゃなかったかもしれないな。うん。「イエーイ!」やら「ウエーイ!」やら男子生徒が叫んでいるので声が重なって偶然そう聞こえただけかもしれないな。うん!


 しかしチラリと盗み見た隣の女子の表情は冷たく、盛り上がる空気の中『気にしていません』といった態度で粛々と問題を解いているのが逆に……。


 ……目がキツいから、うん。そう思っちゃうだけで。たぶん、そんなこと一ミリも考えてないよな。うん……。


 じゃあなんで嫌な予感は消えないの? 俺が何したって言うの?


 ニコニコといつもの愛想笑いを携えて入ってきた爆弾に、わざわざ椅子を一つ教卓の横に持ってきた先生が促す。


「じゃ、じゃあ座ってくれ! いまちょうど採点……」


「先生、ここわかりませーん!」


 させてなるものかと手を上げる劣等男子が一人、高城の独占を阻む。


「あ? 教科書あるだろ? まだ採点が終わってないから後で……」


「私が教えましょうか?」


「あ、いや…………俺が」


 胸に手を当てる高城に首を振る教師。高城の成績と性格を鑑みればその申し出は変じゃない。


「チッ」


 バキッとな。


「ああ? どうかしたか、低田?」


 どこぞで鳴った舌打ちを誤魔化すためにシャーペンが一本お亡くなりになった。


 しかし思うより響いた音に怪訝顔の先生が訪ねてきた。注目が集まる。


 誤摩化すための理由がこちら。


「過度の使用による限界かと……」


「……言うほど勉強してないだろ」


 人知れず世界を救うヒーローってこんな気持ちなのかな?


 だとしたら俺には向いてない。今の心無い一言で『アルマゲ上等』に偏ってしまった。


 男子の『なに目立とうとしてんの?』という視線と先生の『大人しくしてろやボケどもが』という思惑に対抗しそう。


 いいんか? ツンドラ降臨してもいいんか? ああ?


 そんな反抗心も偶然目が合った高城の微笑みの前に消沈だ。


 何があったのやら、あれはストレス値マックスの眼だ。だっていつもよりサービス精神可憐さ多め。毒ノート三冊は固い。


 これはいかん。惑星衝突は回避が原則。


 分かったよ、涙を飲むよ。しょっぱい。


 ここは俺が犠牲になろうじゃないか!


 とは言え、接近遭遇を防げばそこまで大した事態にも……。


「あ、俺もここ分からん」


「先生俺もー!」


「はいはい! 俺も俺も!」


 質問が解禁されたと見るや、流れに乗るべく教室の半数が手を上げた。


 煮詰まっていただけにこれを好機と見たのだろう。先生への悪印象なんかよりも課題を優先。なんせ今日の夜の自由時間が掛かっている。生き残るために必死。


 それに『面倒だ』という表情の先生。


 だからなのか。


「では、こちらの方は私が」


 手伝いを買って出た高城は優等生。


 先生の顔色や周りの雰囲気を読んだ結果なのだろう。


 うん。『高城 雫』のキャラ的にはそうだと思う。


 流石高城さん。今日も演じてるぅ。


 でももうちょっと考えよう?


 可憐さ増し増しの『高城 雫』だよ?


 これにすかさず、一人を除いて残りの男子の手が上がったのは仕方のない……いや仕方なくねぇよ、バカかよ。


「「「ハイハイハイハイッ!!」」」


 今や築地の競りのような様相を見せる教室。


 バキッ


 俺も我もと煩い教室で、ニ本目となるシャーペンの犠牲が生まれた。


 俺じゃない。


 無言のままハミ出した線に消しゴムを掛けているキツ目さんだ。


 過度の使用による限界かな?


 きっとそうだ。


 ビリビリビリ


 消しゴムを掛けるキツ目さんのプリントがビリビリに。平静な見た目なのに随分な力の入れようで……。


 無表情キツ目のまま破れたプリントを後回しにするキツ目さん。


 その視線が俺と合う。


「――――なに?」


「いや、可愛いなって」


「は、はあ?」


 とりあえず褒めておこう精神で、スルッと言葉がついて出た。すんません。


 目で殺されるかと思ったんです。許してください。


「……ふ、ふざけてないで、課題しなさいよ。…………あ、今日も分担する?」


 それは良い提案。


「じゃあ俺が数学、残りがお前ということで」


「せめて三、ニに分けなさいよ。五教科なんだから」


「じゃあ宿題が俺、課題がお前ということで」


「あんた宿題やってないじゃん」


 手の内を知られていることの不便さよ。


 教室の賑わいに隠れて、キツ目と課題の分担を話し合う。いつの間にか冷気は薄れていた。


 やはりキツ目も課題優先なんだろう。


 流石に気付かれてはマズいので、先生を警戒しながらだ。ある程度の写し写されには気付いてると思うけど、公然となるとまた別問題だよね。


 そんな訳で、チラチラと先生の方を気にしながらの交渉だったのだが……。


 はたと。



 毒属性がこちらを見ていることに気付いた。



 

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