5ー2


「はよー」


「……おぅ」


 ギリギリで教室に到着した俺を待っていたのは美女からの挨拶。目元キツめ威圧感マシマシの。嫌なトッピングもあったもんだ。


 だからなんで俺の席に座るの? ねえ? そこ俺の席だって昨日言ったよねぇ?


 相変わらずボッチしてる寂しいキツ目が、近寄んなオーラを出してる風なのに普通に挨拶を振ってくる。ちなみに俺は応えてない。あれは英語で驚きを表現した結果だ。早速補習の効果が見られる。先生、服役中の獄徒でも模範的であれば釈放が早まるらしいんですよ? 分かりますね?


「なんだ? なんでこっち見てんだ? 早く座れ。遅刻扱いにして課題増やすぞ」


 俺にテレパシー的なものは無かったらしい。


 それにしても言い方ってある。なにあのひと、不良? 不良なの? 若い頃はヤンチャだったタイプ?


 こっちを見てたキツ目が笑いながら言ってくる。


「怒られた」


「違う。あれは先生の優しささ。遅刻にしないっていう。俺は知ってる。先生はきっと雨の中捨て犬にミルクあげちゃうタイプなんだ。なにそれミルク薄まるやん」


「低田ー、お前余裕ありそうだからプリント一枚多めな」


 クソ教師め。モラハラだかパワハラだかで訴えるぞ。


 配るのも面倒だからと各自にプリントを取りに来させる先生は、補習二日目にして既に態度が違う。めんどくささ全開である。


 つまり想いは一緒だと。


 誰得なの? この補習というカリキュラム。


 「俺の優しさ」と言われて追加されたプリントを持って昨日と同じ席に着く。なんのことはない。この地獄耳教師から一歩でも遠いところをと選んだ結果だ。お前、卒業する時覚えてろよ?


 交換するように差し出した昨日の課題を先生が採点し始める。既に教卓の上には山となっているので他の生徒は提出済みなのだろう。


「じゃあ適当に始めろー。で、終わったら帰れ」


 どう考えても時間内の終了はないですよね? プリントは薄い物っていう概念が昨日でなくなりましたから。


 束と呼んでも差し支えのない……というか小冊子? もしくは短小説かな。このプリント……。なるほど。一枚なんて誤差みたいなもんだね。増えようが減ろうが関係ないと。じゃあ減らしてくれ。


 一日に少しでも夏休みを挟むために補習生が一斉にペンを走らせる。負けじと俺も追いかける。


 昨日の事で補習を学習した劣等生共の誰もが教科書を持参している。隣のキツ目に至っても今日はジャイアンしてこない。


「瀬川、お前これやり直し」


「うええ?!」


 カリカリと静かに響くペンの音に、時折紛れるように轟く悲鳴。課題オブ課題とかマジかよ。どうなってんだ補習。希望は無いのか?


 次は自分の番かもと嫌な緊張感の中で、更に丁寧にプリントを解いていく。採点する先生を警戒しながら。不意打ち気味に言うのやめろや。


 しかしながら我々はなんだ?


 劣等生だ。


「……あ?」


「……くっ」


「うん?」


 そこここで上がる疑問の声。何故か?


 単純に詰まったのだ。教科書を理解出来ないから劣等なんであって、そもそもここに居る時点でお察しだろ。なんで分かるのかって?


 俺もそうだからだ。今日も夜まで勉強かなぁ。


 この問題を飛ばしてもいいものか……。採点する先生に呼ばれていないので、たぶん一問から二問ぐらいの無解答は認められると思うのだが……。


「……どこ?」


 教室を同じくする同士と同じようにウンウンと唸っていたら、キツ目さんが身を乗り出してきた。


 ……いやちょっと。


 少しばかり机を近付けてのその挙動に教室の注目が集まる。思わず目が合った先生は何も言わずに採点に戻ったのでセーフ判定。


 キツ目さん並みに視線がキツくなった同士達がアウト判定。爆発しろ言わんばかり。


 違うんだ?!


 昨日の勉強会が後を引いているのだろうキツ目さんの面倒見の良いとこが出ちゃってるだけなんだ! だから『なに見せつけてんの? ここ勉強するとこだよね? 氏ね。違った。死ね』という視線は向ける相手が違うと思う! 図書館デートするカップルとかに頼むよ。


 自分の課題にも被害が出てしまうので、俺が詰まるとキツ目が助けるというパターンが出来てしまった昨日の勉強会。


 咄嗟に出てしまったであろう条件反射みたいなものなんだよ……いやほんと。


 冷たい視線に晒されながらも、背に腹は代えられない補習中ということで分からない問題を教えて貰う俺。


 なるべくプリントを端に寄せていたのだが、中腰が面倒なのか机をくっつけんばかりに寄せてくるキツ目さん。ああ、こりゃ死罪だわ。


 少なくとも俺ならそう判決する。


 問題を解くために問題を作るってどうなの?


「わかった?」


「ああ、うん。もうバッチリ」


 唸っちゃダメってことがよく。


 キツ目さんが身を引くと同時に机を軽く引いて距離を取る。違うんだよというボディランゲージだ。


「……なに?」


 それが目に入ったキツ目さんが訝しげ。この人、ちょっと鈍いんちゃう? 距離感近いって言われない?


 その視線で相殺されてんスね。マイナスですね。分かります。


「いや、別に……」


 補習中とあって深く追求されまいと適当な誤魔化しで凌ごうと目を逸らしたら……何故か追ってくるキツ目さんのキツいとこ。


「いや今机離したじゃん。近い方が教える時……」



 ガラリ



 ヒソヒソ話していても筒抜けな教室で、天の助けとばかりに扉が開く。


 神よ……! あんたのこと信じてた!


「久世先生」


 神?


 入ってきたのは黒い薔薇こと高城様だ。


 なんというデジャヴュ。いらないんだよ天丼なんて!


 その声を聞いて。


 僅かばかりの歓声が男子から上がり、久世先生とやらも採点の手を止めるに至り―――



 隣から、間違いようのない冷気が漏れ始めた。



 ……なんちゃう覇気や。天が割れそう。


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