3 白日の下で


 一つ推理するとしよう。


 底辺も低辺の踏みつけられし俺と、学校どころか抑えてても地区に轟くその名も高き高城様との接点を疑う奴などいないだろう。どちらかと言えば正気の方を疑われちゃう。


 そんな高城の名前がここで出てきたということは、なんらかの確信を持って訊いているということであって……。


 つまり少なくとも俺と高城の会話、もしくは一緒に居るところを目撃した可能性が高い。


 先程も無警戒に言い合ってお見送りなんかしたもんだから。あいつ口悪いよな? ついつい反論したくなる。


 しかし会話の内容的に知り合いとすら思われないと思うんだ。なんせ毒の応酬だもんで。


 その場合は『高城とモメてたね? なんかした?』『めっちゃ雰囲気悪かったんだけど。高城さんに何言ったの?』とこう。俺が悪役なのは間違いない。事実は違うんだよ? でもカーストってそうだから。


 奇しくもお見送り後のエンカウント。どこかで見られていた可能性が無きにしもあらず。


 しかし何処だ?


 それが問題。


 一応、俺も高城も気をつけていたので、屋上近くのあの部屋での会話を聞かれたなんて思っちゃいない…………が、ゼロではない。


 えぇ……ヤバいやん。


 太陽が真実を照らさんとばかりに俺を責め立てる。日干しって拷問だよね。じわりと滲む汗に降参しそうだ。


 あんまり間を空けるとマズい。理解するのにちょっと時間が掛かったぐらいで答える。


「高城? 高城って……あの高城さん? 俺が高城さんと? なんで?」


 とりあえずすっとぼけるに限る。ここで聞こえないフリをしても意味は無いし、知らないというのも知名度的にどうなの? と思う。見られていたんならなんで隠すのかってなっちゃうしね。


 こちらから見たら暗く深い闇の中から涼しげな視線を送ってくるキツ目さん。いっそ怜悧と言っても過言ではない。その美貌からして表情を抑えたクールっぷりはむしろコールドに達する。氷上だけに。完全試合かな、負けだな。


 夏なのにカタカタ鳴りそう俺の声。字余り。


「……いや、別に。ただ一緒に歩いてるの見たから」


 高城部屋、違う。校内、違う。駐車場、違う。


 下駄箱から駐車場までの道、そこだ。


 唯一見られる可能性が高い場所だった。駐車場なら広いしこちらかも発見できるから違うだろう。ちなみに駐車場は校舎から見えない。しかし下駄箱を出て駐車場までの間なら校舎の窓から覗くだけでその姿を見咎めることが可能だ。間違いあるまい。


 一瞬でそう結論付けた。


 ならば!


「あ、ああ〜……あれは別に一緒に歩いていた訳じゃなくてさ、たまたま高城さんが先を歩いてたってだけだから。ほら、夏休みは裏門から出入りするから、行く先が一緒だし?」


「戻って来てんじゃん」


「いや、途中で帰りは表門から出れるのを思い出したんだよ。俺の家、裏門から出ると遠回りでさ」


 もしもの時のための言い訳を発動だ。伏せカードってのはね? こういう時に使うのさ!


 攻撃される前提の学校生活に思うところが無くもない。


 まあ、今は『考えてて良かった言い訳』だが。入ってて良かった保険ぐらいの信頼度。離れて歩いててて良かった。高城が怖かったからとかじゃない。違うんだから!


「……ふ〜ん」


 汗を垂らす俺を鋭く見つめるキツい目の女子。責めてる訳じゃないよね?


 俺が返すのは、いや暑いね〜、夏だもの。そんな愛想笑い。


 空気読んだのか蝉の声すら無い。おい。


「何しに来たんだろうね? 高城」


「さ、さあ?」


 毒抜きですとは言えない。


 正しい方でも誤用でも。


「え、気になんない? 超優等生が、夏休みなのに」


「部活とかじゃね?」


「……高城って部活やってたっけ?」


「知らん」


 これは本当。


 しかしこれでお互いの高城理解度が知れた。お互い大して知らんわけね。興味の無さよ。流石は補習生。校舎の窓ガラスを割るクレイジー。


 刺すような視線。


 ぶっ刺さってます。


「もしくは生徒会の仕事とか?」


 別にクレイジー云々を気取られた訳ではないんだろうけど、心の疚しさから思わず他の可能性なんかが口を出る。この子が将来警察官にならないことを祈る。冤罪だろうがなんだろうがゲロっちまう。「駐車したよね?」「注射しました!」とこう。交通課かよ。余罪ドバドバ。


「あ〜、ありそう。別に生徒会でもないのにねぇ……良い子ちゃんだから」


 ピリリと効いてくるのは、ここ最近慣れて親しい感覚。


 仄かに香る毒の匂い。


 …………おやぁ?


 しかし放たれた言葉とは打って変わって華やかな笑みを浮かべるキツ目もとい柔目さん。感情の起伏激しい瞳だこと。


「あたし高城って嫌いなんだよねー。だからって相手に対してどうこうってわけじゃないんだけど、嫌でしょ? 自分の知り合いだか友達だか憧れだか好きな人だか知らないけど、悪く言われるのって」


 別に。


「へー、そうなんだー」


 と返すのもどうかと思うのでお茶濁し系の返事に留まる葦役。


 しかし珍しい女生徒なのでは? 心の中はどうあれ、表立って高城嫌いを公言しちゃうとか頭大丈夫? ファンに殺されちゃうけど? そんな感じ。


 中身はともかく外見はパーペキを下に見る高城だけに。女子の序列的にも考えるだけで怖そうだ。


 強い?! 誰かとは言わんが。性別は女性。


「ま、だからって高城の取り巻きとか知り合いとかが好きなわけでもないんだけど。あんたが高城関係者じゃないってんなら良いのよ。高城ファンのバカ共とも違って興味も薄そうだし」


「ふーん……」


 秘密を抱える身としては仕方ない判断だったんだが、爆弾持った状況で危険物処理するようなことに。


 この人と今から食事するんだってよ……。


 窓ガラス割り高打率の方と。やだー。


 今日やった補習にあったけど、考える葦とか、昔の人って上手いこと言うよね。


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