2ー1 心、晒して


 女子とのお茶を断ってやってきた鉄製の扉。


 いる……間違いない、やつはここだ。


 そうメールにあったから。


 三度目ともなると緊張も何もないので左上を強めに叩いてガチャリ。高城部屋へと入る。


「遅かったですね?」


「最速ですが?」


 既にいらっしゃった先住民と挨拶を交わす。愛想笑いマスター、高城様だ。しかしここ数日はその質に変化が見えるようで。原因は分かってる。余計な事言った奴がいるのだ。俺だ。


 瞳の奥が笑わなくなった高城様と、死んだ魚のような瞳の俺。なんて薄暗く冷たい場所なんだろうか? 先程の会話と「ごめん、待った?」「ううん、わたしも今来たとこ」という会話を比べたら天と地程の違いがある。彼氏彼女じゃないしね。それは仕方ないね。


「……毎日呼び出さなくてもいいのに」


「低田くんのことだから……私からの連絡が来ないと、心配して、また事件でも起こすのでしょう? ですから毎日、自分で直接連絡を入れてるのに……」


 ボソッとした俺の呟きを拾ってそんなをするもんだから、悪役感が凄い。


 しかし――


「ここにはギャラリーがいないから、俺を貶めようとしても無駄だぞ?」


 そもそも最初っから底辺だ! やべ、泣きそう。


「そうですか、です。それでは今日の活動を始めるとしましょう」


 途端に表情を消して澄まし顔に戻す高城。


 ……これがやり過ぎた弊害である。


 本音のぶつけ合いを経て、高城がその毒性を俺に隠さなくなったことでこうなってしまった。


『遠慮しませんから』


 とは愛想笑い付きで言われた言葉だ。


 いや、それもっと可愛く恋愛的なシチュエーションで言ってよ! 轟々の口喧嘩のあと悪感情交えて言われても怖さしかないよ?!


 呼び出しをくらい、今後の活動においてのルール決めと決意表明を受けたのが先日。てめーのことは協力者じゃなく道具くらいに思っとくわ、という内容の話し合いだった。詳しくは省く。


 高城の学校での態度は、変わることなく至って平穏だ。


 いつも通り清楚可憐で純情無垢なフリしてる。けっ。


 その格差を問わず振る舞われる笑顔に今日もファンが増える一方で、唯一の例外となった俺は希釈のない毒を振る舞われている。おいいいいい?!


 確かに嫌われた。関係の変化も見られた。しかし繋がれたままというのは予定になかった。カオス。


 てっきりさよならバイバイするもんだと思っていたのに、高城は何故か自分の毒舌矯正にまだ俺を付き合わせるようで……。元気でいさせてくれよ。


 弱みを握られてる俺としては付き合わざるをえず。


 今と至っている。


 変更点の一つである、高城のメールで活動の有無を告げるというのも、それが毎日なら前となんら変わりがないじゃないか。むしろメールに添えられている一言と迎えられる一言で総ダメージ量が増えてお得まである。お前がロープレのキャラならな!


「どうかしましたか?」


「ああ。実は胸が痛くてさ?」


「そうですか。では着席を」


 ダメだ。これほんとに痛くても言われそうだからダメだ。早くなんとかしないと! 心臓に病ができる前に!


 渋々と扉を閉めて席に着く俺に、まずは高城がペコリと頭を下げる。


 謝罪じゃない。


「補習、ご苦労様です」


 皮肉である。


「ああ、構わんよ。楽にしたまえ」


 それに対して尊大な表情を浮かべ鷹揚に手を振る。金満社長ごっこだ。


 ピクリと高城のこめかみが引き攣る。バカめ。目下に向ける挨拶で皮肉りたかったんだろうが、頭を下げるなどそれ事態が弱みのようなものなのだよ。挨拶慣れしてる貴様には分からんだろうがな!


 ははははは! やべー! このあとどうしよう!


 心の中で濁流の汗を流す偽社長に、高城は慈悲おんねんの籠もった笑みで対応してくる。


「そうですか、それは良かった。もし苦戦しているようなら……私事に関わらせている手前、心苦しいのでお手伝いを買って出ようと思ったのですが……」


 ピクリ。


 動いちゃダメだ! 奴は気配敏い生き物だぞ?!    弱みを見せるな、心を水平に保て、水の心だ――


「ぜひともお力を賜りたく!」


 冷静な判断でこうなった。夏休み欲しいねん。


 視線は直角九十度。額が机に付いちゃってるが、この際床に付こうとも構わない覚悟。足も舐める! 靴は無理。


「直ぐに意見を変える人は信用なりません」


 またまたぁ、最初からしてないくせにぃ。


 普段ならここで口喧嘩フェイズへと入るのだが、ここは一つ頭を下げたままで誠意を見せる。夏休みが……夏休みがやりたいんです高城先生。違った。正確には、に、だな。男子高校生的にはあってる。たとえ可能性は無くとも。


 実は初日からの絶望に心が折れている。早々の白旗もしょうがない事態。助けて。


 ふぅ、という細く息を吐く音が聞こえる。やれやれ仕方ない、かな? やれやれでちゃうかな?


「――――仕方ありませんね」


 やったキタざまぁこれで勝つるね第一部!


「あ、ありが」


「ただし」


 お礼に差し込むように、スッと入ってきた言葉が氷のようで、俺は背筋を震わせた。


 ……顔が上げられないよ。覇気抑えてくれます?


「……私の用事にも、付き合って貰えるという条件ですよね?」


「ご勘弁を!」


「では交渉決裂ですね」


「ご勘弁を!」


 脊髄反射で断ってしまったが、補習とボランティアが待っているのだ……一体どうしたら?!


 グムムと悩む俺に、チラリと見上げれば愛想笑い全開の悪魔。ただし霊障、違った冷笑。こちらの心理じょうきょうを読み取られているのは間違いない。こ、この毒女がぁ!


 ど、どうしたらいいんだ?! タケッち!


 机の下で送信。即レスは一言。


『笑えば?』


 今そういうんじゃないから?!


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