1ー1 補習で


 愛想笑いなんか浮かべて目が泳ぎまくる俺に、イカレてるのは目だけじゃない女子が自分の髪の毛を弄りながら続ける。


「まあねー。じゃあもっと早く見つけて止めてよって思うんだけど、休日だったしねー? でもストレス解消の代償にしてはデカかったかなー……あーあ」


 それは君、自業自得ですよ。学校の備品壊すなんてなに考えてるんですか? アホなん?


 やれやれこれだから補習は嫌なんだ。危険人物が集まってくるからね! こういうのは中学時代に散々経験がある。分かってた。大体がタケッちの領分じゃない? 俺のような貧弱なモブにどうしろっていうんだ! 補習だ。知ってる。


「……それで? あんたは何やらかしたの?」


「体調の悪そうな生徒を見つけて保健室に連れてった」


「普通じゃん」


「むしろ優しいと思う」


「自分で言う?」


 誰も言ってくれないから。


「えー? そんなんで補習になんないでしょ? もしかして赤点取ったとかぁ? あは、バカなの?」


 そりゃお前だ。


 本格的に話そうというのか体をこちらに向けてくるキツ目さん。怒ってる訳じゃないよね?


「隠すことないじゃん。ほらー、何やらかしたのか言えよー」


「やめてくださいよ。ありがとうございます」


「なにが?」


 足先でこちらの上履きをツンツンする不良娘。スカートが短いので細く白い脚が露わだ。つつかれている手前、視線が脚に向かっても変ではあるまい。はあはあ。変ではあるまい。


「お、集まってんなー……なんでこういう時、お前ら大体後ろの方に陣取るの?」


 のらりくらりと会話を続けていると、見たことない先生が教室に入ってきた。自分のクラスだというのにこのアウェー感。普段から鍛えている俺以外だともう帰ってるかもしれない。


 むしろ変に知らない分だけ普段よりもいいまである。


 俺ぐらいになるとね、あるんだよね。


 簡単な出欠の後にスマホを取り上げられた。教卓の上にある箱にポイだ。補習の内容は山のようなプリントを時間内にやれという無理難題で、そこここで悲鳴が上がる。ご丁寧にも監視に残った先生がいるのでサボることもできない。


 あぁ……なんで補習なんだよ。ボランティア活動だけにしてくれよ。校外活動なだけまだ気晴らしになったのに。


 仕方なくプリントに向かう僕ら劣等生。


 しかしそこは劣等生。


 集中力なんてあろう筈がなく、次第に近い席の奴らと話し始める始末。魔法が絡まない劣等生なんてこんなもんなんだよ。


 知らない生徒と話すとかコミュ力だけは優等生。いいや近くの席に座るだけあって知り合いってだけかな。


 例外は俺ぐらいのもので……。


「ねぇ」


 例外にしてくれ。


 隔離席に付いた者同士、なんて傷の舐め合いがそうさせるのか隣の女子が話し掛けてくるぅ。勘弁。


「ねぇってば」


 一応先生を気にしてるのか小声だ。先生もそこら辺は黙認なのか、注意してくることも……寝てないですか?


 エアコンも全開の室内。生徒は声を殺し、遠くに聞こえるブラバンの音は耳に良く。そこそこに疲れた体に心地良し。


 なら俺も続こうかな。


「ねぇったら!」


 グイッと腕を引っ張られたらもはや無視もできない。なんだよ? イジメか?


「……静かにしろよ」


 就寝中だぞ? 違った。補習中だぞ?


「あんたが聞こえないフリするからでしょ」


「違う。聞こえないフリじゃなく、聞きたくなかっただけだ」


「余計悪いわよ。大体、私語じゃないから、いいでしょ? 教えて欲しいの。ここなんだけど……わかる?」


「へっ、わかる訳ねぇ」


「あんたやっぱり赤点取ったんでしょ」


「いやなんで最後の問題から解いてんだよ? そんなの一番難しいところじゃん。そりゃわからんわ、ここにいるんだから」


「一緒にしないでよ。あたしは別に成績悪くないんだから。ただ問題起こしただけで」


 そうね。成績は悪くないね。


 頭が悪いだけで。


 他の問題からやればいいのに何故か最後の問題に固執する赤ライン。トントンとペン先でプリントを叩いては益々視線を険しくさせる。


 それはもう致死。邪眼の類。やめたげて。


 仕方ない。


 おもむろに立ち上がり背後のロッカーへ。自分のロッカーから数学の教科書を取り出して戻る。突然立ち上がった俺に注目が集まるも、指導するべき先生か寝ているので誰かが何かを言ってくることもない。


 むしろ上手くやったと褒めてくれ。


 いつの間にか消えることもあり得るよ。許されるかどうかは別にして。


「ほれ」


 使える奴でしょ?


「……いや、流石に知らない人のを勝手に使うのはどうなの?」


 勝手に俺を使おうとした奴の台詞かね?


「それ俺の、ここ俺のクラス、そこ俺の席」


「……そうなの?」


「そうなの」


「ふーん……ま、いっか。ありがと」


 柔らかく笑ってお礼を言うキツ目さん。そうすると幾分か視線のキツさも和らいで見えるという不思議。君の瞳が怖かったからとか言えばいいのかな? なんか違うな。やめておこう。


 教科書を利用するという裏技に沸き立つ劣等生共。


 すかさず机の中を探り出す。


 誰一人として持ってきてないって凄くない? 劣等生の例に漏れない彼ら。


 しかし夏休みなんて入っているからか、机の中が軽い軽い。ロッカーに教科書残してる奴なんて本当ならいやしないのだ。宿題があるのだから。ははは。どうしよ。


 とりあえずは目の前の補習課題をクリアするべく一問目から順に解いていく。教科書? 俺には必要ない物だ。


 わからない問題は飛ばす派なので。


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