三章 シャドウ
プロローグ
世の中にサンタはいない。
そんなん知ってるわ。夏だもの。
夏休み初日だというのに全力な蝉の声を浴びつつ車両専用だという坂道を登る。正門が閉めてあるため、部活や補習がある生徒はこちらから来いとの仰せだ。
ビックリするぐらいの傾斜だったのでサンタがどうだと思い浮かんでしまった。あるある。この道は降りるに楽だった覚えがあるから登るのはキツいよね。登ることがあるとか考えてなかったよ。専用の定義はよ。
既にこれが罰みたいなものなんですけど? これ以上を求める教育の今を問いたい。
愛、知ってますか、と。
ちなみに俺は知らない。なにそれ。ウェブで購入できんの? とこう。
既に制服から解き放たれた同胞が無数にいる中で、一人征服されたままのわたくし。
補習に〜〜〜〜来た!
全然上がんねぇよ。足もテンションもよ。どういうことだよ。
誰か俺を助けてくれ。ヒーローじゃなくていい。ヒールでいい。癒やす方の。
薄っすらと滲み始めた汗に焦りを覚えながらもなんとか裏門を潜れた。無駄に広い森が悪い。萌えてしまえ。流行りの擬人化で。
下駄箱にて靴を上履きに履き替えて人のいない廊下を進む。こうなったら教室だけが頼りだ。エアコンが僕らの希望。
補習は、何故か知らないが俺の教室でやるそうだ。なんでも心無い生徒に補習室を壊されたらしいから。怖いねー。
どこからか聞こえてくるブラバンの演奏と体育会系の掛け声を背に教室へと急ぐ。涼、涼を私に。都会の狩人のことではない。
カラカラと教室のドアをスライドさせると、いつもは見ない面々からの注目が集まる。でも普段のクラスメートも見ることがないから一緒。なら変わらないね。
集まりも悪く出席率は二割といったところ。そりゃそうだ、休みだもの。
期待を透かされたみたいな表情で集まった時と同じくして逸らされる視線に、こっちも安堵だ。モブですいません。君らと一緒の劣等生です。
さあ自席に着こうと足を踏み出すも、やや遅れて気付いたが既に占拠済みのようで……お前の席無いってやつね、はい。
人気度が高めの後ろの席はほぼほぼ埋まり、俺の席には、髪色に赤が混じった女子生徒が座っていた。
キツい視線を除けば美少女と呼ばれても可笑しくない類の顔立ちだが、迸る不機嫌オーラと前述の瞳が相まって近寄んな空気を醸し出している。その証拠に空いてる最後尾席は彼女の両隣だ。怖い。
サラサラと流れるストレートヘアは、しかしラインを引いたような赤によって清純なイメージとは程遠い。
不良文化圏の方かな?
「――――なに?」
「あ、なんでもないです」
不貞腐れて頬杖を付いていたそいつがギロリとこちらを射殺しに掛かった。一撃必殺。負けたよ。怖い。
なんとなく方向転換するのもカッコ悪いかなって近付いたのがよくなかった。彼女を通り過ぎて奥角の席に着席してしまう。
気のせいか後頭部がチリチリするんだけど? 焼けてない? 穴空いてない? ねえ?
しかたないやん?! そこワテの席やってん! ワテの席やってんもん! そら習慣でいってまうやろ?! 勘弁したってや!
ちなみに大阪出身ではない。
涼しさを得た筈なのに汗を掻くというのは夏のせいなのか……いや隣の女子のせいだけど。
必死に平成を装って令和、じゃなくて冷静であれ。
――隣を見ちゃダメだ!
「……ねえ」
バカこくなよ。こちとら劣等生モブよ。俺に話し掛けてくるわけないだろ。どうする? 寝たフリする? いくらなんでも着席の瞬間に寝るのは不自然じゃね? いや、ワンチャン……。
「ねえってば」
鞄を降ろして時間を稼ぐ、ってそれ何秒? 稼げる訳ないやん。
仕方なくチラリと横目でヒィィィ?! めっちゃ見てる?! 視殺される?!
「……なんか
「誰が? 何に? 俺が? はっ、まさか」
鼻で笑いつつ視線を外す。というか軽く目を瞑る。アルカイックスマイルを浮かべながらの肩クイッですよ。こうすれば見えない。大丈夫。
「ならいいけど……」
回答に微妙に納得してない雰囲気を漂わせつつも前に向き直ってくれたキリングアイに胸を撫で下ろす。
どうやらファーストコンタクトの敬語が良くなかったらしい。いやなるやん、敬語にも。だって怖いもん。
「ねえ、あんた何したの? なんで補習受けんの? テスト? 赤点?」
再びのギロリに音速で首が反対方向へ。
「……何したって言うか、何してんの?」
「天気が気になりまして……」
ボキッと折れた音を立てる俺の首に心配か。優しい子やね。不良が猫見つけるみたいなもんですか?
割と不審な態度を取るモブに会話を続けるキツ目さん。
暇らしい。
まあ、周りとの距離を見るに一人だもんね。お互い。
「あたしはさ、ちょっと野球部のバッティングマシン引っ張り出して打ちっ放ししてたんだけど、窓ガラス割っちゃったんだよねー……あーあ」
やんちゃか。
「それで補習か……罰にしては重め? いや普通かな?」
「いやー、それがさー? ボランティア活動参加まで付いてきちゃってるから。キツいっしょ?」
キツいわー。それどこかで聞いたことあるだけに。
まさかのフルコース同士だった。少しばかり親近感。俺以外にもいたのね。
「そりゃキツい。ガラス一枚でそれか……」
うちの教育の厳しさが再び浮き彫りに。
「ううん。五枚」
ピンクに塗られた爪先を伸ばして手を広げるキツ目。頬を机に押し付けてグッタリだ。
「五?」
「ご」
問い返すと頷きを見せるキツ目。どんな打球だよ。場外ホームランクラスのライナーか。
「いやー、もう、一枚割ったら開き直っちゃってさー? どうせ怒られるんなら打ち続けよう、って思って続けて遊んでたの。そしたらなかなか球が行くもんだから……途中から何枚割れるかにシフトしちゃって」
「そっかー、なるほど。それなら仕方ないなー」
うんうん。
こいつやべぇ。
誰か席替わって。
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