エピローグ
「納得いかん」
照りつける日差しを浴びて森の中。ベンチに腰を降ろして愚痴をこぼす。
外回り中のサラリーマンを疑似体験。世の中のお父さんに敬礼を、うちの親父には痙攣を。締め上げたら「忘れてた」とか抜かしやがったからな。絶対真面目に働いてないよ、うちのパパ。
諸々の犠牲者たちは無事に目を覚ましたらしい。部活疲れやテスト疲れが溜まっていたのか、充分な睡眠で気分リフレッシュ……したのは女子ばかり。
痛いやら重いやらの弱音を吐く男子には俺への厳罰を求められた。軟弱者どもめ。
処分の方を見越して停学期間中のシャングリラ計画を前倒しに進めていた土日。つまり普通の土日。ようやく取り戻した日常に笑顔だったのは僅か。
下った裁定が最低。裁定だもん……プークスクス。
笑ってる場合じゃねえな。
家電の受話器から流れてくる担任の声は、俺の耳に冷酷に響いた……ように思える。多分。いや間違いない。こんな決定下すなんてどうかしてるよ。血と涙しかないの?
『夏休みを削ってのボランティア活動と補習になったからな。感謝しろよ?』
休みが増えるどころか減ってしまった。
余裕こいて買い溜めてしまったお菓子の山をどうすればいいんだ?!
食べればええねん。解決。
更には学校に出て来いという意味不明の出頭命令を受けて、課題の山までプレゼントされる始末。これ夏休みの宿題? それとは別? あーそう。ふーん。
ふわああああああああああああああ?!
書かなきゃいけない反省文も合わせたら、俺の座高を超えてきそう。身長程ではない。そんなの発狂しちゃうよ。うん……まだ、してない。発狂。
今からする。
しゅわああああああああああああああ?!
そりゃ炭酸だ。
あー、喉渇いた。
涼しい風が体に溜まる怒りと火照りを攫っていく。いや嘘だな。怒りはない。
最初から怒ってない。
あれだけぶっちゃけたせいなのかなんなのか、高城に対するモヤモヤは収まった。戻るところに戻った底辺が、カースト上位者に対して思うことなどない。
底は底で楽しくやれるのだから。
今頃は俺用毒ノートが制作されていることだろう。なにそれ怖い。
まあこれで、学校一との呼び声高い美少女との接点はなくなった。
餞別として秘密の部屋をくれてやる。
毒持つ生き物にお似合い。隠されているとこなんて最高。ただ鶏だけは勘弁な。
行き場を失った問題児が一人になれるところに迷って着いたのが、我が校七不思議の一つだったというわけだ。
金髪不在。
おかげで心は晴れやか。
停学ではないので授業も受けなきゃいけないらしく、昼休みに癒やしを求めて森林浴中である。
「はあ~〜〜〜ああああああ!」
思わず溜め息も唸る。
こんなことしてる場合じゃなく課題を消化しなきゃいけないのだが、重たいんだよ……俺の体の何もかも。
ボクサーか。
いやほんとに。
やる気起きない。ゼロだよゼロ。システムでもニュースでもライフでも皇子でもなく、やる気ゼロ。いや全てゼロ。虚無と呼べ。
もう立ち上がれない……。このまま午後の授業サボるまである。
教師どもは『ナメんなよ?』言わんばかりに俺をマークして授業中の課題消化を許してくれないしさ! そんなの例年やってるのに! 他の皆はやってるじゃん?! 先生、ほら後ろ! あいつ英文の和訳今やってますよ?! いいの?! いいんかい! んで俺はダメなんかい!
……ハァ。
どうやら教育は俺の夏休みを灰色と定めたようだ。人生のうちで一番盛り上がるとの呼び声高い高ニの夏を……あああぁ。
解決策は一つ。
大人しく授業を受けて、真っ直ぐ家に帰って課題を消化して、夏休みになったらボランティアと補習を受けて、真っ直ぐ家に帰って宿題と課題を消化して、ボランティアと補習と課題と宿題と課題と課題と時々反省文と課題と課題を!
壊れるしかないのだ。
しかも課題は提出が遅れる毎に増えていくという極悪仕様。へへ、やるじゃないか教育機関、降参だぜ。あ、そういうのない? そうですか。
せめてもの慈悲なのか、それとも夏が潰れるようにとの配慮なのか、期限は夏休み明けとなっている。夏休みは無いってハッキリ言ってくれよ! 酷過ぎるよ……。
ちなみに被害あった生徒は俺の罰に満足してるようで、廊下で会ったら良い笑顔を向けられる。これがほんとの勝ち組と負け組の差である。
「納得……いかねぇ……」
こういう時の処罰っていうのは停学か退学がスタンダードでしょ? そして学校側は体裁をとって退学なら自主退学をと薦めるのだ。そこに断固たる決意で望んで長期の休暇をゲットするのが習わし。天才カムバック。それがいつから学力向上ハラスメントに成り代わったのか? 不良が東大受かる時代も遠くないな。いや通り過ぎたわ。
教育者どもめ! 俺を優等生にする気だな? お生憎様! 既に優等生さ! あああああ?! 言ってて目から水が溢れてくるのは何故なのか? 不思議。
「……やふ」
おふ。
ビクリ、体が反応する。いつの間にやら隣には金髪。確かに居なかった。不思議にも程があるわ。いつ来たの? うん。俺が頭を抱えて俯いている内にだ。なんだこいつ? 俺の恥ずかしいところがそんなにみたいのか? 見ーせーまーせーんー! これ以上は。
手をにゃふにゃふとにぎにぎする金髪。なんだそれ? 女子高生の流行りの挨拶が陰キャに通じるとか思うなよ? 効かんわ! 可愛い。
金髪はみかんがプリントされた容量の少ないパックのジュースを右手に、左手をにゃふにゃふしながらこっちを見ている。仲間にしま、せん! 喰い気味でお返しだ。
キョロキョロと何かを探す金髪に、それが何かと思い当たる。
「……今日はお弁当?」
「ああ。ほら」
やはり俺のタンパク質を狙っていたか。いやらしい!
脇に置いてあった風呂敷包みされた弁当箱を金髪に手渡す。抵抗する気はない。ゼロだから。そして金髪も遠慮ねぇな。風呂敷を解く手に淀みがない。なんなの君? お金持ちなんじゃないの?
「……がーん」
「今時口頭でガーンは無い」
傍目にウキウキと無表情で弁当箱を開けていた金髪が凍りつく。ショックを音で表現だ。
弁当箱は食べられた後であった。
ゼロって言っただろ?
いや言ってないな。
すまない……! 君の無表情に本当の事を告げる勇気が出てこなくて……!
直訳すると。
言う気ゼロで、すまん。
陰キャは勇者にはなれないんだ。陰キャだから。
「……むー」
「あ、それは不満ですね分かります」
弁当箱を返された後に肩をグイッと押される。なんだこのイチャイチャ。勘違いしそう。いや痛い。割と本気で肩を壊しに来てて草。
「わーった、悪かったよ。ほれ、これやるから勘弁」
「……うん」
グイッグイッからバシッバシッ、果てはバキッバキッと変化する効果音に戦慄。生贄を献上することで事なきを得た。お菓子……お前、意味があったよ。土日の伏線を無事回収だ。
傍目には下級生にカツアゲ食らう上級生に見えるかもしれない。素人め。これはその実! 下級生にカツアゲ食らう上級生だ!
金髪が俺の辱めをやめてくれない。子供電話相談案件ということでいいか?
ポケットに飴玉というお爺ちゃんスタイルを実戦する俺に、金髪がもう一つと手を出してくる。
「これで最後な」
「……残念」
ほんとに金持ちですよね? 食後だったのであまり飴玉に魅力を感じてなかった事が幸いして、すんなりと渡せたが、いつもなら全力で逃げ出すまであったよ。
飴玉一つで。
カロリーを考えるとプラスだ。間違ってない。
コロコロと飴玉を転がす女子高生を隣に、足を投げ出して背もたれに体重を預けて沈み込む。近くから聞こえてくる蝉の音が、もうすぐ
「……なんか、元気ない?」
ゼロだ。
やあお揃い、そう言ってハイライトの消えた目を金髪に向ける気力もない。……それはある意味助かったとも言える。
「お前、学校では敬語使えや。俺、先輩」
代わりに出てきたのは学校に在りがちな上下関係を分からせんとする言葉だ。ごめんね、機嫌悪くて。
「……パイセン」
「やめろ」
俺にイジられる気はない。そういうのは美術部メガネだけにしとけ。
「……なんで元気ないの……センパイ」
あ、この話題続けるんすね?
無気力が俺から口を封じる術を奪ってしまったのか、ダラダラと自分の現状を語ってしまった。
課題ヤベー、と。
それらに至った経緯については語らなかったが、別に隠した訳じゃなく、長々と語るのが面倒だったのだ。ゼロがヤバいよゼロ。
目からビーム飛ばして課題をクリアさせてくれ。命じてくれ。断るから。
俺の事情にフンフンと軽く頷いて紙パックの残りを啜る金髪。他人事っていいよな。他人事だもん。
飲み終わったのか、ストローから口を離して一言。
「……手伝おうか?」
「お前なぁ……俺、二年なんだよ。理解できるわけなかろう?」
「……高校の授業くらいなら全部分かる」
落ち着け。
言うてるだけかもしれへん。焦るんやない。ままままずは簡単な問題から始めてかかか確認や!
チョロチョロと問題を出してみれば、スルスルと解く一年生。天才だ。戻ってきた。金頭さん!
「え、マジで? マジで手伝ってくれんの?」
「……うん」
人に手伝って貰うという発想自体なかった。ボッチやねん。そうか……協力すればその苦労は二分の一、三分の一! 武居君!
いや待て。
タケッちで思い出したんだけど、見返りも無しに動く人間は信用ならない。話が上手過ぎる。
「……何が狙いだ?」
「……狙い?」
おっと、とぼけた振りしても騙されないぜ? そんな顔してもどうせ無理めの条件積んでくるんでしょ!
んー、と明後日の方向を見ながら指をクルクルと回す金髪。なに君、魔女なの?
しばらく見つめているとピコンと指が止まる。
「……特に?」
コテンと倒れされた首に溜め息が出る。
……なんの時間だったんだよ。
「あそ。でもまあ、いいや。さすがに下級生に手伝って貰うってのもあれだし」
恥ずかしい。
土壇場で取り戻した理性。あと思い出した親友。
今回の事に関わってない分、頼み事としてはスムーズに通りそう。ないよね? 八千代ちゃんに頼んだのはタケッちを安らかにってだけだし。
「友達に頼むわ」
「……そう」
福沢さんか諭吉さんの助力が必要になるかもしれないけど、それはそれ。
夏だしアルバイトするのもありかな……なんて。時間無いけど。
その後もポツリポツリと、金髪と勉強関連の話を続けていると、内ポケットから携帯が振動を伝えてくる。
噂をすれば影か?
しかしスマホを取り出して見てみれば、届けられたメールには知らないアドレスで見覚えのあるタイトルが載っていた。
『高城 雫』
スパムかな?
一際強い風が、涼しさどころか寒さまで運んで来たのか、背中を流れ落ちる汗に冷たさを感じずにはいられなかった。
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