14 窓から


 争いは何も生み出さない。


 呻き声の増えた男子ベッドに自分似のモブをポイして溜め息だ。目が覚めた女子生徒には吸い込むと眠くなる不思議な霧をプレゼントした。


 やるせないぜ。


「……もうそろそろ目的を訊いてもいいか?」


 保健室の椅子に座りクルクルと回っていると、地面から声が……?!


 おや先生? そんなところで寝るなんて行儀悪いですよ。


「目敵なんて……過ぎてしまえばなんてことないですよ」


「訳が分からん」


 革手袋を取って男子山に投げ込む。


 目的達成だ。


 あとはお叱りを受けて「イライラしたからやった。今は後悔している」なんてこと言うターンだろう。超逃げたい。


 足元でゴロゴロと転がり「おーい、起こせ。私も椅子に座らせろ」と宣う蓑虫の言う事に従う。今の内に謙っておけば罰が軽くなるかもしれないという打算ありき。


「ふぅ、やっと起きれた。私は枕が高くないと寝れない派なんだよ。頭に血が登る気がしてなぁ……。次からは枕を用意してくれ」


「了解です!」


「……そこは次があるのかとかツッコむところなんじゃないのか?」


「縄の感触が好きなのかな? って……」


「んな訳ないだろ。あー、タバコ吸いたい」


「机の二段目の棚の奥にある二重底の箱の最終手段を出しますか?」


「……なんで知ってる?」


「ニコチンが好きなのかな? って……」


「答えになってないぞ。……ナイショで頼む」


「じゃあ先生もこれナイショにしてくれませんか?」


 親指で満員御礼の保健室のベッドを指差す。


「いや、無理だろ」


「ですよね」


 取り引き失敗。


 実は最終手段の方は学舎に相応しくないと大分前に処分してしまっているんだが、先生は確認していないようだ。今回の事でバレるな。超逃げたい。


 椅子に寄り掛かる布団の塊が「あー……吸いたい。吸いたい、けど……我慢我慢我慢我慢……」と天井を見つめつつ歯軋りを始めたので、変わりに入れておいた飴玉は、もしかしたら気にくわないかもなぁ、なんて思った。


 ガムにすべきだった。


 さて、ズラかろうかね。


 そろりと立ち上がったのだが、どうやらこちらの動きを目の端で監視していたらしく、保険医は顔を向けてきた。


「なんだ、また罪を重ねる気か?」


 罪て。


「人知れず悪を討ってるんですよ」


 保健室に持ち込まれたタバコとか。


「ヒーロー願望か? 流行らないぞ、今時」


 マジか。今業界じゃ最も熱いのに。


「待て待て。悪とか分からんが、なんで1組の奴ばっかりなんだよ。1組に何かあるのか?」


 足止め戦法には掛からんとばかりに保健室の戸を開けると、保険医が泡を食って止めに掛かってきた。そうだね。鍵が開いてる今がチャンスだもんね。


 しかし……何かと言われても、木を隠すなら森を実践しただけ…………。


「あ」


「あ?」


 ああ?!


 そうだったそうだった! 高城だった! うわっ、危ねっ!


 もう帰って停学後するゲームの選抜まで始めてたよ。脳内予定で。


 ふと思い出してまたモヤモヤするところだった。


 気付かせてくれた保険医にはお礼としてタバコがもうないことを告げてあげた。ギッタンバッタンと暴れ出したので眠くなる霧もプレゼントしてあげた。ニコチンの無い夢を見ていることだろう。それ現実やねん。


 すっかり目的を見失っていたが、取り戻したので万事オーライ。


 人の目は避けて、再び1組にやってきた。


 こっそり窓から覗くと、もはや授業中とは思えないほど席を立つ生徒ばかり。唯一と言っていいほど自席に座っている高城の周りに集まって楽しくお喋りを謳歌していた。


「しかし遅いな? もうそろそろ授業も終わるぞ?」


 お、タイミング良くモブの話題。心配じゃないことに泣ける。


 高城との近さを考えて、どうやら男子カーストの中でも最上に位置してるらしいメガネがそんなことを言い始めた。そんな時間なのに送り出したのはお前やん、というツッコミはないのだろうか? おかげでスッキリです。ありがとうございます!


 ただの話題提供の一つだったのだろう、あれこれと言いつつも誰も動き出す気配はない。


 もう授業も終わりそうだし、無駄骨率が高いもんね。


 しかしそれを額面通り受け取る菩薩が一言。


「私が様子を見て来ます」


 もうこの時間の接触は無理だと諦め掛けていたのでタイムリー。さす高! 心の中で吹き荒れているだろう毒舌は置いといて。


 これには取り巻きどもも面食らい、俺も私もと追従する。いや全員で行く気かい。


 しかしそれは高城。正論でピシャリとそれを封殺。簡単に纏めると「いや、お前ら行く気なかったやん」とのこと。効率的にもいいと一人で行くことを主張。


 いや、うん? ピシャリというか、ピリリとした感じに滲み出ている毒の気配……どうした?


 普段見せない高城に驚いたのか圧倒されたのか反論はなく、高城を誰も止められない。しかし笑顔だけはいつも通り。


 だからなのか『まあ正論だし』という空気が強め。『そう言われてみるとそうだな……』と流される雰囲気に。


 じんわりと滲む毒には気付かれない。


 ……しかし高城にしては珍しい光景ではなかろうか? いつもなら「うふふふあらあら」とばかりに笑うだけの気も……?


 心境の変化だろうか? それが物置部屋に来なくなった理由だと言うのなら歓迎するべきなんだろうけど。


 まあこれで高城と接触できるんだし、オーケー。


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