13ー2


「あ、わかった。お前、低田だな?」


「違います先生。僕は武居です」


 宿直室でお借りした布団にくるまれた蓑虫、違った、保健医を床に転がす。ベッドが満室なので勘弁して頂きたい。


 山となった屍、もとい、1組の生徒が呻いている。下は苦しいだろうからな。仕方ないんだ。


 諸々の問題があるので、縦積みは男子だけだ、やったね!


 他三つのベッドには女子がすし詰めにされている。一体誰がこんな事を……。


 ざっと見て男子が十一、女子が四だ。


 女子のベッドで足を止めていると下から声が。


「おい、なにしてんだ。いくら年頃だろうと無理やりは感心できんぞ、無理やりは」


「なに言ってるんですか?! 僕が女子に不埒な事をするとでも?」


「女子とは言ってないんだが?」


「ガムテープで口も塞いでおこう」


 ガムテガムテ。


 やめろコラ! やめて! とちょっと可愛かったのでやめてあげた。こんな時にギャップ出すなんてズルい。禁煙パイポ咥えるようなダウナーキャラの癖に!


 いけない気持ちになる前に保健室を出た。これだから保健の先生はダメなんだ。健全な男子を罪へと誘う。俺のような純真ムッツリじゃなきゃ危なかったぞ? 全く。


 ちなみに保健室は鍵を掛けてある。不埒な輩が侵入しないようにだ。危ないよね? 学校だもの。


 肋骨に痛みを覚えている男子の群れは大丈夫。全員が腕や足を縄で繋がれているから。きっと趣味なんだよ。そっとしておこう。


 二時間目を迎え、ジリジリと人数が減っていくことに気づき始めた様子の1組を覗いた。


「……なんか人数減ってね?」


「出てっちゃダメ! 帰ってこれなくなる?!」


「あたしらもサボる?」


「乗るしかない、このビックリウェーブに」


「こんなところに居られるか! 俺は行く!」


「どこに?」


「トイレ」


 なかなか面白い事になってる。


 平常性バイアスの賜物か、人数が減っていくクラスに面白味は覚えても危険だとは思っていないらしい。


 そうそう、危なくないよぉ。こっちに……おいでぇ……。


 とりあえずトイレに出た男子のあとをつけたところ、お腹に痛みを覚えていたので個室に放り込んであげた。よせよ、お礼はいいって。


 自主的にクラスを離れていく女子の人数も入れて、残りは半数を切った。残っているのは真面目な奴らばかりだ。


 その首領格である女が持ち前の鋭さで時折こちらを見るからドキドキする。ええい、邪魔な女だ。取り巻きとイチャついてろよ。


 窓から覗くのも限界か?


 音だけで判断するしかないか……流石に目が合えば色々と気付くこともあるだろう。


 そこでターゲットが動いた。


 真面目さアピールなのかなんなのか、高城の席の近くで自分の推理を自慢気に話すメガネ君から、どこかの陰キャに似た陰キャが指名されて先生の指示を仰ぎに行くという展開になった。お前が行けよというツッコミが入らないのはメガネがカースト持ちだからだろう。チートかよ。


 いつの時も犠牲になるのは下という現実……。


 計算通り。


 黒い革手袋を付けてターゲットを待つ。ここまで素手だったのに、これをつけた理由?


 雰囲気だ。


「なんで俺が……」


 ぶちぶち言いながら教室から出てくる男子生徒。せめてもの抵抗なのか送り出す足が鈍い。いや、乗り気じゃないからか。


 こんにちは、昨日ぶり、名無しの同士モブよ。


 ポケットに手を突っ込んで頭を掻きながら歩くそいつが、角を曲がったところで飛び出して口を塞いだ。


 驚きに見開かれる目に笑顔で挨拶する。


「どうも、高城ファンです」


「ふぐぅー?!」


 ジタバタするんじゃねぇよ。手が滑っちゃうだろ?


「落ち着けよ。ここはヤバいんだ。静かにしてくれれ」


「……ふぐ?」


 毒がある魚がどうしたって?


 ゆっくりと手を離しながら、如何にも警戒してますとばかりにキョロキョロと周りを見渡す。空気を読んでくれたそいつが囁くように訊いてくる。


「……なんだ?」


「とにかくここじゃマズい。職員室に行く途中でヤラれちまう。ついてきて来てくれ」


 地獄にな。


「……どこ行くんだ? マズいって何が? もしかして皆もそこに居んのか?」


「ああ」


 どこかウキウキとついてくるモブ。何がマズいって? 思わず飛び出したことだ。


 距離があるせいで運ぶのが大変だろう?


 重いし。今日は朝から重労働気味なんだ。


 自らの足で逝ってくれ。


 保健室までの道を見つからないようについてくる羊に、狼さんは涙が出そうだよ。


「なあ、なんで革手袋してんだ?」


「声を上げられるのを防ぐだめだ」


「なあ、なんで静かにしなきゃダメなんだ?」


「授業中だから」


「なあ、先生に伝えた方がいいんじゃねぇの? なんか知らんけど」


「大丈夫。この先の保健室に、先生もいるから」


「そうなん?」


 なかなか「お前を食べるためだよ!」って言う答えの質問をしてくれない。どうやら童話のように上手くいかないらしい。


 まあいい。


 楽しみは最後に取っておくタイプだから。ワクワクは長い方がいい。


 保健室の鍵を渡しながら、辺りを警戒する振りをして解錠するモブの背後を陣取った。さーてと。


「……あれ? 俺、お前が高城ファンって……」


 ギリギリで真実に気付くのも、モブの役割だよね。


 君は完璧だったよ。


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