5ー3


 黒のジーパンに黒のTシャツ。白いマスクに黒いキャップ。胸元のピンマイクも黒く目立たない。片耳に付けたワイヤレスのイヤホンは短距離無線通信とやらで、高城女子の腕時計が拾った音を届けてくれるという。


 不審者の完成です。


 黒で統一したのは持たされたマイクやら無線やらが目立たないようにとのこと。おかげで暑さがマックス。


 しかも外で待たされるというのだから……。


「シャレにならん」


 脱水で死んでしまう。


『黒子がお洒落を求めてどうするんですか……』


 そうじゃねえよ。


 聞こえてくる声は感度良好。残念なことに。日差しのキツい駅前の前衛芸術っぽい銅像の前で、やたらと目立つ高城にフォーカス。


 あちらは建物の日陰で待ち人を待つという高待遇。これが格差社会というやつか……いやなんでやねん。


「……なあ、俺、駅付きのコンビニに入ってもいいんじゃないの?」


『どこに行くのか分からないので、直ぐに対応できるようにこうしようという……低田君の提案なのですが?』


 うん。


 正直、室内で独り言をブツブツ言ってたら、頭おかしく思われちゃうじゃん? それが嫌だったからこの配置にしたんだけど……今日の気温をナメてた。


 もう真夏って言ってもおかしくないくらい暑い。


 近付き過ぎるのもなんなのでと工作員感を出してみたのが裏目。


 太陽に焼かれる不審者の出来上がりである。


「……高城さん。状況ってのは刻一刻と変化するんですよ」


『まだ五分も経ってません』


 腕時計に向けて話す高城は、よくよく見ても時間を気にしてるだけの女の子にしか見えないが、容姿という点だけで目立っている。


 そう、目立ってるんだ。凄く。


 休日の駅なので出入りする人も多く、偶に立ち止まって高城に見惚れる奴もいるせいか混み具合が半端ない。


 場所を離したのはナイス判断だったと思う。


 普段は駅を利用しない高城だから、存在のレアリティも加味されてるのか注目度が高い。おかげ様で高城を監視してても変に思われないんですけどね……。高城ウォッチャーが多いので。


 ただ暑いんすよ。


 暑気も熱気も。


 今にも高城に声を掛けんとする男共に、無断で撮影する盗撮野郎。お近付きになりたいのか、お友達になりたいのか、お前生意気なんだよ言いたいのか、嫉妬混じりの視線をよこす女共。指を刺す子供にお迎えと勘違いする爺さん逝っちゃダメだ!


 大道芸のパフォーマンスでもまだ控えめだろう人垣を作り上げる高城に、こちらは余波で死にそうです。


 既にこの状況が精神的にキツいのに、この上肉体的にもキツいとなったら脱退も辞さない。ソロでやっていこうと思う。音楽性の違いだよ。


 ……あっついなぁ。


「……まだっすか」


『五分前です』


 なんでお金持ちの上流所属なのに十分前行動なんだよ。下民はゴミぐらい思ってりゃいいじゃん。そういうキャラじゃん。


『……妙なこと考えてませんか?』


「高城さんが脱水症状にならないかなって。心配だなって」


 涼し気に笑う高城がこちらをチラリ。


 見るんじゃねえよ。


 高城と視線が合ったと勘違いした集団の興奮を余所に、今回の役割を思い出す。


 高城に頼まれたのは……大まかに纏めると台詞の監修。


 おかしな事を言わないか見張っている事と、場面に適した台詞を考えて一案として出す事とを頼まれた。


 最近の俺との会話を通じて、高城会話マニュアルじゃ今回のデート中の会話に不備があるのではないか? と感じたそうで、付いてきて修正を入れて欲しいとのこと。


 あの毒の応酬を基本にしちゃいけないと思うんだ。


 これには流石に責任の一端を感じたので渋々とオーケーを出した。


 いや、ほんとにあんな会話しちゃ駄目だからね? 相手立ち直れないからね? これ俺のせいじゃないよね? ね?


 これでデートの相手が野郎ならザマァとばかりに断ったのだが……今回の相手は女の子だという。


 デートの定義よ。


 ちょいちょい世間知らず挟んでくるのヤメてくれないかな?


 女の子同士で遊びに行くだけかよ……。


 ここで尊さを感じるほど闇が深くない俺は、家での遠隔サポートを提案したのだが……本サービスには通信距離というものが存在したので敢え無く却下になった。


 休日補償ってされるんだろうか……心配だ。


 俺が月曜からの討論会の延期を考えていると、人垣の中から抜け出した誰かが高城に近付いていくのが見えた。


 すかさず報告を入れた。


「敵影1」


『あなたね……』


 とうとうこの注目度の中で一歩を先んじようとした英雄が現れたようだ。ほんと凄い。ちょっと尊敬する。


 しかし残念かな。それ宝箱ちゃうねん。ミミックや。


 いけ、高城! 『毒の息』!


『……敵なんかじゃありません。そもそも敵って何ですか……』


 なんだって?!


 魔物陽キャの味方は魔物陽キャとでも言うつもりか?!


 危機管理がなってないな? カーストは上に昇れば昇るほど、空いてる椅子せきの奪い合いをする人種だというのに……。


 お前の席ねえから、ってやつだ。


 軽いステップで高城に近付く人影。


「じゃあ誰?」


『私の友人です』


『やへろ〜、高城さん。待った?』


 聞こえてきた声は知ってる奴の声に似ていた。


 機械通してるから、そういうこともあるよね。


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