5ー2
お休みなんだよ。
お休みって分かる?
お休みなんだよ。
「帰れ」
「失礼でしょ!」
玄関に立つ高城に会って早々言い放ったところ、一緒に降りてきた母に背後から頭を叩かれた。グーはおかしい。
相変わらず他所行きスマイルの高城に、権力に弱い両親もオホホ笑いである。俺はこんな社畜にはならない。絶対に権力に屈さない存在になってやる。
ニートだ。
しかもそんじょそこらのニートではない。時代のニーズに乗ったニートになってやる。
家事をこなし寝床を整備し食事を作り家族がいたなら精神的に支えるのもやぶさかではない、そんなニートに。ヒモかな?
「こんな場所ではなんなので、どうぞ上がってください」
文字通り頭を抱える息子を余所に、母が高城を招き入れる。
「……よろしいのですか?」
「はい、それはもう! すいませんね、うちのバカ息子は気が利かなくて」
(ええ、全く)
とか思ってそうである。
だって無言スマイルだもの。本心隠してる時の合図だもの。
リビングに通された高城の今日の装いは、涼し気なツートンカラーのワンピースである。小物は腕時計にハンドバッグ。いつも通り纏めた髪も、ワンポイントなのか小さな宝石をあしらったオシャレなクリップで留めている。
純和風を想像してただけに意外ではある。
和服じゃないの? そんな感じ。
まあ似合うとは思うが、よく考えたら女子高生が外をうろつくのに和服装備はない。成人式でも花火大会でもないのだ。
むしろ夏に近い涼し気チョイスが今時女子高生感を醸し出している。
そっか、高城って女子高生でしたね。
「こんにちは、低田君」
「こんにちは、高城さん」
ニッコリなスマイルが怖い。なんでここで挨拶? 相変わらずの鋭さだ。
場所をリビングに移しての放課後配置だ。対面に向かい合ってコーヒーを啜る。
お茶菓子を用意した母が「ごゆっくり〜」なんてありがちな台詞を吐いて消えた。行かないでマミー。高城さまのリミッターが外れてしまう。
気を利かせたのかバタバタと急遽出掛ける両親に吐きそうだ。暴言を。高城さん、ノート貸してくれる?
車の遠ざかる音が消えるぐらいで高城の口が開く。
「面白いご両親ね?」
「爆笑もんだよ」
笑い殺す気なんだ、きっと。
仕方なく苦いコーヒーを啜り、聞きたくないけど来訪理由を聞いてみる。
「それで? 今日はなに? どんな毒?」
「あなたを見てると安心できます。下には下がいるんだと」
「そんな……俺なんて高城さんに比べたらまだまだだよ」
謙遜しないで。
「時折思うのですが……もしかして本当に脳に損傷か何かを抱えている、なんてことは……」
「ない」
本当ってなんだ本当って。本に当たるなよ。
「残念です」
「何が残念なのかな?」
脳の損傷が? 俺の本性が?
純黒無垢な高城さまに嘘はないので、ほんとに残念なんだろうハハッこのあま。
どうやら予想通り毒を吐きに来ただけらしい。帰ってプリーズ。
「……で? ほんと何しに来たんだよ……見ての通りだ。金なら無い」
「そうですね」
そういうとこだぞ?
こういう台詞は惚れた相手のエモいところに叩きつけるから意味があってだね? 高城のような闇より出でて闇に還る毒持ちには効果がないのだよ。
だから言わないけど。
無言で高城のコーヒーに砂糖を入れるだけで。
「……何をしてるのですか?」
「甘くしてる。辛辣さが和らぐように」
「私に出された物に見えますが?」
他に誰が辛辣だと言うのか?
高城さんって時々分からないこというよね? お金持ちギャグだろうか……。不思議。
恒例の高城溜め息で話題を切り替える。
必要な儀式なのだ。高城の毒だけ食らっていたら一方的瀕死。こちらも毒を吐いて対抗することで心を強く保てるという効果がある。ムカつくからとかじゃない。ちょっとスッキリするとかでもない。
毒だけ吐き出される物置部屋は、今では魔界にでも通じてるんじゃないの? ってぐらいに瘴気が溜まりつつある。実際に近付くと足が重いんだ。高城がいないと鼻歌が出るぐらい軽くなるけど。
せっかく甘くしたコーヒーに、高城は手をつけない。
五百グラム三桁円の安物は口に合わないのだろう。これだから金持ちは!
お茶菓子を食べつつ高城の発言を待つ。
「……今日、友人と出掛けるのですが……どうかしましたか?」
咥えていたお菓子がポロリと落ちる。
「友人いたの?!」
「私をなんだと思っているのですか?」
金満毒舌美少女。
「いや、あの二文字対応で友人関係がよく保ててるなって思って」
「……いますよ、友人くらい。ある程度の受け応えをシミュレートして、幾つか解答を用意しているので……。基本的な返事はあれで事足りますから。……まあ、そこまで深い付き合い方をしてこなかったことが、一番大きい要因だと思われますが……」
まあ、傍目にみるだけなら高城ってば薬レベルだからな。
多量摂取が危険なだけで。
いやいや待て待て。
「じゃあ友人に相談すれば良かったんじゃ……。『私とっても心が汚いの。どうすればいいと思う?』って」
「あくまで事実を分かりやすく伝えてしまう癖なだけであって、そう捉えてしまう側に問題があるのではないでしょうか?」
「ちょっと長文過ぎて分からないや。二文字で返して貰っていい?」
「生まれ直してください」
最近辛辣が過ぎませんか?
今日一番の笑顔で『氏ね』と言われてしまった。婉曲的な表現ってそういうのじゃないから。誰に教わったの?
お休みだというのに精神と体力がゴリゴリ削られてしまう。コーヒーで持ち直すにも限界がある。
早めに帰って貰おう。
「その件については寿命前に持ち越すとして……友人と出掛ける、だっけ? いいんじゃない? 人っぽくて」
「低田君が私をどう思っているかについては、後日詳細に纏めて貰うとして……そうですね。今日、友人と出掛けます――」
うん。だから何、ってなるよね?
「――初めて」
「ちょっと待とうか」
一回リセットしていい?
ダンボールに潜るところから。
「何か?」
「は、初? これが初体験? 十六か七年生きてきて初?」
「……驚くようなことでしょうか?」
むしろ驚かないことなの?
「私の友人の中には……今の年頃で初体験は全然恥ずかしくないことだと……少し遅いとも言っていましたが」
それ多分違う。やめて。そういうのぶっ込んでこないで。
話を深く掘らないためにも元に戻そう。
「これまで友達に誘われたりしなかった? 放課後に遊ぶ約束とか。家に遊びに行ったり誘ったりとか……それこそ、この前の生徒会長じゃないけど食事のお誘いもあったでしょ?」
「基本的には車での送迎だったので、誘われても断ってきました。……当家にお誘いしたことはあるのですが、何故だか皆さんお断りのお返事が……。会食の方はスケジュールの都合もあるので……」
「高城さん、よく俺ん家来れたね?」
「苦労しました」
いらぬ苦労だよ。
「お父様には内密にしています」
早くなんとかしなきゃ。
「……ま、まあ、どんな心境の変化かは知らんけど、楽しんできたら? せっかくの初……初ぅ……初、なんて言うの? こういうの?」
「初デート……でしょうか? そういう単語をよく聞くので」
ああ、うん。
「楽しんできたら? 初デート」
「あなたに言われるまでもありません」
お前なんでうち来たんだよ。
チラリと腕時計を確認する高城。
どうやら時間が迫っているらしい。もうすぐ取り戻せる、マイ休日。
「……予定を空けるのに手間取ってしまってのですが、友人と初めての外出を執り行えて嬉しく思います」
固い固い。これから遊びに行くんだよね? もしかして緊張してる? それ
「ですが……」
うん?
「私も気をつけようとは思っているのですが、やはり第三者的な観点が必要になると判断しました」
「いや要らないね」
「判断しました」
嘘だと言ってくれよ……。
「なので」
ゴソゴソとハンドバッグから何かを取り出して机の上に置く高城。指先で俺の前に押しやったそれは……。
ワイヤレスのイヤホンと小さなマイク……に見える。
「あなたの役目は、その都度の修正ということでお願いします」
どこに行こうと言うのかね?
高城の外出先じゃない。
俺の休日の話だ。
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