1ー2
それを踏まえて彼女の話を聞いてみよう。
さん、はい。
「そもそもこの例文が悪いです。『ぽっちゃりした男性をそれとなくそうだと伝えてあげよう』というのは……問題だらけじゃないですか」
(問題に問題があります)
問題だからね。
「指示詞が多過ぎませんか? 具体的な描写もなく想像だけで補わなければいけないというのもマイナスですね。解りやすいだけの文章では細部まで届きませんよ。私はあなたと違って普段から妄想豊かではないのだけれど?」
(これだからヲタクは……)
はい、カッチン。
笑顔でもハイライトの消えた蔑んだ瞳と疲れた吐息で分かるんだぞ? そんな視線を何年浴びてきたと思ってんだ。
将来は文系を目指すこの文盲に例題が悪いだと? この活字中毒。違った。中毒活字!
おっと。落ち着け。こちとら罪人カッコ言われ無き罪カッコ閉じる、だ。
この毒舌の矯正が俺に与えられた任務なのだから。少しは流さねば。大丈夫。この性格の矯正よりはマシだ。落ち着け。
「何もドストレートに伝えろとか言ってんじゃなくて、ですね? オブラートに包みやがりくされってだけのことですよ」
気流の乱れをお許しください。
「日本語に不自由なのかしら?」
(頭が弱いのかしら?)
カッチカッチやぞ。
おっとっと。これはをかし。落ちけつ。上げた尻を降ろせ。
まだ大丈夫だ。勉強できる奴っていうのは大体がこの手のヘイトを取ってくる。問題は文法や助詞じゃないことを理解させるんだ。
女子が問題だと。
「……相手の気持ちに立つのが肝要です。それが寛容。自分が言われた時になって考えれば、自ずと出てくる言葉も柔らかくなりますって」
こっちの言葉を薄く微笑んで受け取る高城さま。
いい笑顔。
手応えあり。
「私が不摂生をすることは有り得ません。有り得ないことを想定するのは、やはり可笑しいでしょう? ですので……やはり教え方に問題があります」
言ってやろう。
「うるさい豚だな」
「それでは誹謗中傷ですよ?」
不穏な空気漂う物音部屋に微笑み合うカースト神と底辺。
よかろう、戦争だ。
「何も言っちゃいけないってこともないと思うんすよ? ぶっちゃけ。言ってやれ言ってやれ。あたし、人の心、分かラない。機械、だかラ、って。そしたらあなたも明日から適した評価だ」
ムッと微笑むカースト神。
「私はその時、その場所、その場合に適した発言をしたいと言っているんです。ひねくれた人は聞き取り方も歪んでるのでしょうか? それとも理解力が乏しいの?」
「俗に言う空気読むってやつですね? 分かります。少なくとも
「いけませんか? 私が空気を学んだら?」
「ダメだね」
まさか否定されると思わなかったのか、鉄壁の笑顔が歪む。眉、半ミリほど。
その顔が見たかった、って言ったら明日の海底。
修正しよう。
「王様ってのは常に玉座にいるもんだから。別に誰も求めてないよ、王様の私生活とか」
「その比喩は大変不愉快……いいえ不快です。私は王ではありません」
「イメージの話だって。パッと思い浮かべる王様は冠付けて玉座で偉そうにふんぞり返ってるでしょ? それが学校でのお前」
「論点をズラさないで」
「ズラしてねえから。あんたが空気読む発言するってのは、それだけでパワーバランスが崩れるから。何も答えずただ笑うカースト頂点、ただの飾り。それが充分空気読んでるよ。これ以上はいらない。だからダメー」
「……私にも自由があるわ」
「ないね。少なくとも学校っていう空間にはない。大体の役に見合ったキャラが求められる、それが学校」
「あなたの偏見でしょ?」
「その通り」
だいぶ出来上がった。
敬語の乱れに言葉尻が短め。
「……話にならないわ。まさかここまで常識がないなんて……」
藁にすがるから。
これでお役御免だろうが、約束は約束。
少しばかり修正したと伝えよう。
「で? どうだった?」
訊ねられた高城が首を傾げる。相変わらず笑顔。根が深い。
怒ってるくせに。
「……どう、とは? あなたの言葉は……」
「酷いこと言われた感想。今の会話、『ダメ』に焦点絞ってみ。相手の立場に立てたんじゃね? 教え方が悪い……『お前がダメだ』って言われてる奴の」
具体的には底辺側の。
まあ、そうね。
チョイスが悪いよ。
今度はカースト上位からアドバイス相手を選ぶといい。ボッチには無理。
言われる方はともかく、言う側の気持ちとか馴染み深くねえから。浅いことしか言えんわ。
フリーズしてしまった微笑み神を不敵な笑みで待つ。
冷や汗ダラダラ。
煽るだけ煽ったから海水浴待ったなしかもしれない。
いや、埒があかんほど喋ってたから、つい……。いつまで待たせんねん! どれだけかかんねん! ってほど時間が経過してたから。
ぶっちゃけもう日暮れです。
ご令嬢に空気読んだ発言教える簡単ミッションだと思ってたのに、ゼロから始める対人生活だったから……。
もう荒療治でいいやって思ってしまった。
しかも頑固。
カナヅチが溺れてないって言い張るレベル。
しかし権力者。
しまった?! しくじったあ!
フラグを立てつつ待っていると、スッと手が伸びてきた。
「ヒィ?!」
「……帰ります」
防御姿勢をとるこちらを無視して、置いてあったノートを掴み鞄の中に丁寧に直す高城。そして珍しくこちらの言葉を待つことなく席を立ち、特段怒ってる気配を見せずに扉の向こうへと消えていった、
……もはや会うことはないだろう、とか言っておくべきだったかな?
でもそれ死んじゃうしな。
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