1ー1 正直は時に


 高城雫。


 うちの高校の影のボス。失礼。我が校きっての毒の花。失敬。当校随一の高嶺の花だ。


 その見目たるや安売りされるアイドルを軽くぶっちぎって清純、雰囲気は柔らかく御仏を下に置けるほどに寛容、教師生徒を問わず学内一の有能、推しも押されぬお金持ち。


 完璧。まさにパーフェクト。


 人生の勝ち組云々などは彼女にとっては前提条件ですらないのだろう。


 しかしこう思う方もいる筈だ。


『でも、性格の方はどうなの?』


 そう、性格。


 我ら貧民中流最後の牙城。


 これがよくなければ結局のところ人生はいいものにはならない、という強迫観念。


 それすら彼女は凌駕する……。


 先達の三歩後ろを影踏み無しで歩くと言われている彼女は、他者の意見を無言のままに受け入れ、肯定するかのようにただ微笑む……良妻賢母嫁に来い! ……なんて思われているらしく……。


 笑っちゃうよね。


 実際はこう。


「肥えている、だけでは失礼なのでしょう? それくらいは分かります。だから『もう少し健康に留意されるように』という意味合いを込めて「豚の方がまだ長生きですね?」と付けました。悪いところを上げるなら具体例と修正案も出すべきです」


 それはデブを豚と呼んでる上に出荷しろとも言ってるから。


 すげぇ高度な罵りだから。


 豚喜んじゃうから。


 「……分かりません」と小首を傾げる美少女に、もうこれはこれで一つのジャンルとして成立するのでは? なんて気にもなってくる。


 口が悪い――と、簡単に言うならそうだろう。


 とんでもない毒持ちなのは間違いない。


 ただなんというか……彼女は正直なのだ。


 正直が過ぎるのだ。


 薬も毒になるレベルなのだ。


 純粋培養された彼女は、無垢なまま劇毒を胸に育った。名士な親はそれを人伝に広まらないよう務めた。ここまできちゃった。そんな感じ。


 もちろん、そんな彼女も高校生。自分の発言の不味さには気付いている。


 口にしないぐらいの分別がある。


 ただ思いを止められないだけで。


 乙女か。


 普段からの挨拶や軽い日常会話は両親と共に考えた定型文だそうだ。頭わるっ。


 しかし応用が効きにくく臨機応変に対応できないことを理解しているのか、想定にない会話は基本無視しているそうだ。受け入れるも何も聞いてないそうですよお!


 菩薩の如き微笑みも、こうしておけば人間関係は知らず上手くいくという経験談からの派生。癖になっちゃったそうで。もう怖い。


 ここまでは上手くやっていた彼女。


 そしてこれからも上手くやれるであろう彼女。


 なんせ親は権力者。


 そして本人、最高サイコ階級パス


 なんの問題もない。


 彼女の中、以外では。


「この言動を直したいと考えています」


 そう言った彼女は、限界を感じていたのか協力者を考えていたそうで……。はは、迷惑。


 親以外の協力者、できれば歳の近い同性がいい、とかなんとか。


 条件に合わない部分も妥協するという健気な美少女。実際には「後腐れない上に人格的にも見捨て易く、心が痛まないので」という裏条件が加味されたそうだ。怒るところ?


 彼女の性格……というか毒舌の矯正。


 それが彼女が盗み聞きした俺を許してあげる条件だそうで……。


 盗み聞きにピックアップしてるけど他にも諸々の疑いが掛かっていた。


 例えば、ローアングルな位置に隠れていたのだ。猥褻罪の疑い。


 携帯使用があったのだ。猥褻罪の疑い。


 彼女の私物が置いてある部屋に一人残り、数分の空白があるのだ。猥褻罪の、もういいわ!


 つまり高城は俺のことを変態ナメクジゴミ野郎だと思っているわけだ。誤解だよ。男は全員変態だし! カースト底辺は皆ナメクジで! 人類の三割はゴミだ!


 多大な偏見があったことをお詫び致します。


 そんな偏見美少女高城雫が、いつでもトカゲの尻尾切りができる生け贄として選んだ俺と、会合の場所として決めたのが秘密の部屋というわけだ。


 皮肉どくが効いてる。


 そういうとこだぞ。


「どういうところですか?」


「業界用語だ」


 時折挟むヲタク発言に不機嫌そうに微笑むという高度な顔芸を見せてくれる彼女。いや表情に変化はなく、ここ二回ばかりのやり取りで見抜けるようになっただけなんだけどね。


 わかりやすくない? 高城さま。


 その毒舌を隠すためなのか、言外の言葉副音声や態度に如実な彼女。早晩にバレても仕方ない性格に思えるがマネーパワーや周りのフィルターによって今日までやってこれたのだろう。


 俺も直接話すまでは、現世に降臨したアイドルだと思ってた。画面の向こうの存在は嘘だ。ほんとはいないんだろ? 分かってる。着ぐるみの中やキャラクターの中に人はいないのだ。


 なんというか……上の方々の凌駕の仕方も斜め上。


 どうすればいいんだ……。



 助けて、助けて神様!



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