二章 ステルス
プロローグ
「いやだから違うって言ってるんですよ? それじゃなんの解決にもならないって。根っこの部分が変わらないから」
根が死んだままだから。
「周りくどいのは嫌いなのですが……ああ、周りくどい人も嫌いです。そういえば低田さんは両方を兼ね備えていますね? 稀有な人材と言えます……大嫌いです」
この
対面でニッコリと笑うのは頭に超が付く程の美少女。容姿にしろ家柄にしろカリスマ性にしろ、飛び抜けた物をお持ちの才媛。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。神が生み出せし
高城 雫――嬢だ。
――ただし猛毒注意の貼り紙付き。
立てば毒薬、座れば鈴蘭、歩く姿は彼岸花が正解だろう。触れるな危険。やだ災女。
放課後、屋上前の踊り場から通じる物置になっている一室で、学校一の才女と二人きり、ナイショの話の最中だ。
夕日が差し込む部屋で、机越しに向かい合って言葉を紡ぐ。男の妄想を掻き立てるロマン溢れる光景だ。ああ、ほんとムカつくよ。涙が出るぜ。
謝るぜ主人公。もう二度と代われなんて言わないから代わってくれ。切に。
投げ掛けられる毒を耐え忍んで飲み込む。毒消しなんていらねえなんて言って悪かったよ毒消し草。頼むから戻ってきてくれ。今度からアイテム欄にあっても捨てないから。
無い物ねだりをしてもしょうがないので、深呼吸を一つ。体内の毒素を薄める。
パリッと着こなした制服に映える黒髪をアップに纏めた高城が、笑顔でこちらを見つめてくる。
オーケー、目の保養。
回復と損傷を同時に与えてくるというのだから……いや生殺しじゃねえか。魔王でももうちょっと優しいぞ。
いくぞラスボス。割と無理な気がしないでもないが。
ニッコリと笑顔を返して口を開く。
「何も曲げろって言ってる訳じゃないんですよ。ただ包む必要があるってだけで」
曲げろ、隠せ、空気読め。
「もっとハッキリと言った方がいいですよ? その方が賢く思われますし……。あなたの頭は飾りでしょうか? 具体案を訊いているんです」
スッ、と机の上に置かれたノートを軽く突き出してくる。見ないようにしてたのに。
いや見てない。まだ視界に入ってない。
「見ましたよね?」
「見てない」
「視界に入りましたよね?」
「入ってない」
「嘘は嫌いです。嘘つきはもっと嫌いです」
「同感だ」
そしてまたニッコリ。
笑顔恐怖症になりそう。もう責任を負わなくていいんで帰らせてくれないだろうか。あとはこっちでやっとくから。
ニコニコの裏側の圧力。ノートからゴゴゴゴと聴こえてきそう。午後なのは知ってるから。
手元にやってきたデスノート。
書いたら死ぬ?
ううん、拾ったら死ぬのだ。僕知ってる。
もっとデスデス言ってる帰国子女のノートなら拾わないでもないのだが……。
チラリと視界を上げれば般若な菩薩。笑顔って言葉を検索したくなる笑顔。童貞、殺す、笑顔、で検索したら出てきたりする?
顎を伝う汗を拭う。ノートに落ちたら事だ。
きっと、
ともあれノートをどうにかしないことには解放されまい。
頑張れ俺! メッセージはこれを予期してないよね?
勢い込んでノートに手を置き――そのまま右へ。
置いておこう。
「……拝読しないことには分からないと思いますけど?」
「フッ、アマチュアめ。俺ぐらいになると文字なんてものを介さなくても理解に至れ……るんですよ」
柔らかい視線を向けられたので萎縮する。
忘れがちだが相手はカースト最上位。学校の?
ううん、この街の。
逆らうのは得策ではない。
身に沁みて分かったよ。
だからといって安請け合いもよくない。学んだ。流石学校。っていらねえよ!
傍目にはいつまでも眺めてられそうな顔立ちなのに、口を開けば胃がキリキリする。
どんな感じかって?
推しのアイドルなんだけど密着で見た性格がどうしても好きになれない感じ。偶像は実物じゃないから偶像なんだと。
つまり二次元大勝利。オタクが正義だった。
フゥ、とか細く吐かれた吐息にビクつく。ちょっと! 溜め息は許可とってからしてよね!
「無駄な抵抗ですよ? あなたが中身を読んだことは知っていますから」
ネタは上がってると彼女は言っています。
「そんな事実はない」
弁護士を呼んでくれと訴えます。
「凄い汗ですね?」
「夏も近いので」
「その割には震えているようですけど?」
「まだ寒いので」
神よ。
こんなんだが取り調べでも検分でもない。
俺が受けてるのは依頼だ。いや賠償かな?
……美少女のお願い? ……それだ!
「大丈夫ですよ。少し怒っているだけですから。あなたが他人のプライバシーを物ともしない
いや拷問だ。
「……いや、先に居たのは俺で、たまたま聞こえてくるところにいたと言いますか……そもそも遮蔽物で、よく聞き取れなかったような気も……」
「この距離に居て? このような薄い
「不思議ですね」
笑顔の圧力に負けてフイッと視線を逸らす。
高城さまは一旦目を瞑り黙祷。何に祈っているのか気になるところだ。
今のうちに帰ったらダメかな?
そんな考えを見抜かれたわけじゃないだろうけど、再び目を開く高城さま。
「……良しとしましょう。私も確認を怠った落ち目があるわ。それについては互いが互いに悪かったとしましょう。……納得はできませんが」
人の出入りのないとこに隠れてるとかね。確認しなかったとか言われても納得いかないよね。
でも良かった。認めてくれたならここにいる意味もないよね。まだなんにも知らないで済ませられる範囲。大丈夫、忘れっぽい方だから。
ハッピーエンドだ。
「でも」
おう、Bad。
「あなたが『これ』を読んだのならまた別ですね? 開いたままということはなかったのですから」
「読んでません」
「……そこからですか」
再びの溜め息。少しぐらい幸せが逃げても彼女の貯蔵量から考えれば焼け石に水程度だろう。
「構いません。どちらにしても同じことなのですから、開いてください」
「嫌です」
「……その態度が、もう既に中身を知っていると言っていませんか?」
笑顔だけど視線に呆れが混じった。だが降参はしない。最後の一兵になったら逃げる。徹底抗戦だ。
「あなたはあの時、この紙の箱の中に居たじゃないですか」
「はあ」
「私の独白を盗み聞きして」
「イエス(キリスト)」
「私の居ない間にノートを盗み読みしたのでしょう?」
「脳」
言質を取られてはいけない。それが呪われない対策だ。
なんでこんなことになったのやら……。
聞くに簡単な相談だったじゃないか。
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