15ー3
先に外に出て、玄関の鍵を締める母を待つ。
逃走劇の末に昼まで読書をして過ごしたからか、割と腹が減っていた。
今なら財布に痛い打撃を放てる……!
人の金で食う飯のなんと美味いことか。
美味しい物の前に、思わず笑みも浮かぶというもの。
「くっくっくっくっ」
「なんで悪役笑いしてんのよ……。ご近所さんに噂されるようなことはやめてよね」
「それはもう遅いよね」
「そうね」
ゴミ捨ての際に逃げられたり、近くの子供に「見ちゃいけないんだってー! なんで?」と不思議そうに訊かれるのだから色々と手遅れだと思う。
こっちの食欲を削ぐ作戦か? だとしたら平気だ! 言われ慣れて……あれ? しょっぱい水が口に?
「噛み締めなさい。それがあんたの人生の味よ」
「あの、母上って僕の母親ですよね?」
まさかこれが食事って言わないよね?
ありそうだ。
意思確認も含めて行き先を問い質しておこう。
「それで? どこ行く? 魚雅? 菊庵?」
「なんで高いとこばっかなのよ」
「なるほど。一人前が少ない焼き肉屋ですね」
「バカ言ってないで、ちょっと待ってなさい」
何を?
そう言った母は腕時計をチラリ。
そういえばパンツスーツの会社スタイルだ。鞄は無いが財布は完備。すっかり忘れてたが何故家にいたのだろう?
やましいことが有りすぎて思考が逃げに偏っていたため気付かなかった。
サボり仲間かね? 口止め料的な食事の可能性が出てきたな。
「来たわね」
聞き出そうにも折り合い悪く、母が待っていたものが現れた。
母の視線に釣られて顔を振ると、曲がり角を曲がって黒塗りのワンボックスカーが顔を出す。
自家用車ではない。
「え。知らない人がいる飯とか嫌なんですけど……」
ご飯を取られた過去が甦る。それならケータリングでいいよ。ウバるからぁ。
それでなくても大人と食事とか嫌だ。
「何言ってんのよ。あんたのお父さんでしょ? よく見なさい」
まさかの不倫宣言か?!
フィルムが張られていないフロントガラスには笑顔で片手をあげる父が?!
「いや父やん」
「だからそう言ってるでしょ」
「言ってない」
「いや言ったわよ」
「おーい、乗らないの?」
窓から顔を出す父が後部扉を開けながら訊いてくる。
仕事、大丈夫なんだろうか……。まさかの両親揃ってのサボりである。息子に内緒だなんて……!
割とよくある。
「昼は寿司だぞー」
「直ぐに! ささ、母上。行きましょう」
「わたしは助手席乗るから。あんた後ろ行きなさいよ」
ええもうなんでも!
たとえ回ってようが回ってまいが皿を積み上げる所存。覚悟しろ! スキップしながら後部座席に乗り……。
――込む前に、広い後部座席の半分を埋めるダンボールが目に飛び込んできた。
ふむぅ。
ゆっくりとドアをスライドさせるパワーウィンドウ。ども、パワー担当です。
「こら」
「痛い」
後頭部に衝撃。閉まる扉に頭を叩きつけられる。
「なにしてんのよ、壊れるでしょー?」
全くですよ。
後頭部を擦り擦り振り向くと母。
「だってだって、ダンボールが……!」
「そりゃダンボールくらい積んでるわよ、社用車だもの」
公私混同か。
「でも中に人が!」
「なんでよ。社外秘の宣材よ、入ってるのは」
より困るわ。
後部座席に身を乗り出してグイッと中身を傾ける母。
「……なにやってんのよ」
「防御姿勢」
思わず腕をクロスした俺の防犯意識の高さよ。
恐る恐る視線を通すと、丸まったポスターやら出力した紙束やらがいっぱい。
……人の入る隙間はなさそうだ。
てっきり高城さんが微笑みを浮かべてコンニチハするのかと。
考え過ぎが過ぎた。やはりトラウマってなかなか消えないから。
「バカ言ってないで、早く乗んなさい」
そう言ってそそくさと助手席に乗り込む母。
その通りだ。寿司が逃げる。活きがいい。
後部座席に乗り込むと、ゆっくりと閉まる後部扉。車内の広さと座り心地の良さから車のお値段も良さそう。
シートベルトをガシャリ。
「父さんたちの会社って、こんないい車貸してんの?」
「はは、まさか」
走り出す車のハンドルを握った父が答える。前見てくれ。
後部座席と運転席の間に仕切りがある。今は開いてるが、スイッチ一つで曇りガラスが上がってくる仕様。モニターが三つは付いてる運転席にも脱帽だ。
どっかのVIP御用達みたい。
「後ろの宣伝素材を見ただろ? そういう貴重品を運ぶ時とかには、こういう車を使うこともあるよ。まあ、見栄かな?」
大人の世界は大変だ。
ふと外に目を向けるが、窓は透明ではなかった。
「スモークが貼ってあるね」
「見られちゃマズいものもあるしなぁ」
今どの辺だ?
どこを走っているのか確認したくて窓の開閉スイッチを押す。開かない。あれ?
「窓とか開かないんだけど」
「操作は全部、運転席でできるよ。開けるかい?」
高い車はそうなのか?!
「いや、いいよ。どこに行くの?」
「新しいお寿司屋さんよ」
答えたのは母だ。
「近所じゃないな。近くで工事してるとことかなかったし」
「そうね。あんたはあんまり足を伸ばさない方じゃないかしら?」
そんなところが。
「駅向こう?」
「ええ。向こう側よ」
マジかー。お腹が減ってると意識したからか、割と直ぐ食べたい気になってるというのに。
「予定変更してファーストフードでもいいよ?」
ジャンクジャンク。
「ダメよ。お寿司に行くわ」
「そうだな、ダメだな」
珍しい妥協に乗ってくるかと思いきや、悩む様子も見せない父と母。
なるほど。わかった。
既にお寿司の口になってるんだろう。
車は消音モーターなのか恐ろしく静かだ。会話が途切れるとなんの音も聞こえなくなる。スプリングとか段違いなんですけど。
将来はこういう車で送り迎えされる人生でありたい。
でもそのせいで現在地があやふやだ。
駅向こうならそろそろ踏み切りに差し掛かった頃だろうか……。
再び現在地を訊こうとしたら、母がタイミング良く顔を出して言ってきた。
「ちょっとコーヒー買ってくるわ」
「え?!」
なんで?!
父が追従する。
「いいね」
どこが?!
「今から寿司なのに?」
「お寿司屋さんにカフェインは無いでしょ? 今のうちよ、今のうち。あんたはなんかいる?」
ならジャンクフードでも良かったじゃん。今更惜しくなったか? お腹のリソースを削る気だな? そうはさせん!
「俺はいらない。寿司でいい」
むしろ寿司がいい。
「あそ。あなたそこ左」
「ほいほい。じゃあ、大洋はちょっと待っててくれ」
「あれ、父さんも行くの?」
「うん、健康ドリンク買いに。母さんじゃ分からないからなあ」
「CだかDだか言ってるやつでしょ? あんなの全部同じじゃない。どれも一緒よ」
「な?」
済まなそうにこっちを見てくる父に頷きを返す。
どこかに止まったのだろう父がエンジンを切り、シートベルトを外し、母と共に外へ出ていく。
手持ち無沙汰になった俺は、窓の外でも……。
開かないんだった。
どこに止まったのやら……。恐らくコンビニとかだろうけど、遅くならないで欲しいものだ。お腹がくっつく前に。
ふと。
暇になったため、最近顕著になった妄想が溢れ出す。
開かない窓、閉めきられた扉、見えない外の景色。ダンボール。
連想されるのは己の内に毒を溜める才女。
高城 雫。
たとえば、なんらかの理由で俺が秘密を知ってしまったことに確信を持った高城。そんな気配しかなかった追い掛けっこ。ここらの地主もなんのそのな高城が、俺の両親の会社に手を回すのは当然。嬉々として俺を売る両親。割と簡単に思い浮かぶなぁ。次善の策として自宅に待機させる。帰ってくる可能性は少ないだろうが保険だ。なにせタケっちも裏切ってる。他に行く宛もない。まんまと帰ってきた俺。連絡を入れる両親。あとは食事に行くとでも嘯いて俺を連れ出し、外の情報をシャットアウトできる車で移動。連れて参りましたと受け渡すだけ。マヌケは箱の中、食べられるのは自分だと知らず蜘蛛の餌。
そう。
ゆっくりと後部座席の扉が開いて笑顔の高城が――――ってやつだ。
もうそれ散々やったから。
いない率百パー。
被害妄想ってやつね。
ダンボールだって無印の新しいやつだ。大きさも違う。
何気なしに眺めたダンボール。上から下に視線がスライド。端の方には分かりにくく書かれた落書きが……。
『ボッチ在中』
…………。
無意識にシートベルトを外そうとするも、ボタンが反応しない。
――ガチャリ。
ロックの外れる音と共にスライドしたのは後部扉。
いや、母だ。母のはず。母だろう。大穴で父。
しかし俯いた視界に映り込んだのは――見覚えのあるスカート。細く白い脚。
うちの高校の女子の制服に似てる……。
扉が完全に開き、目の前に誰かがいる。ゆっくりと顔を持ち上げると……華のような微笑みを浮かべる高城さまが――
「脚を見るのが、お好きなのですか?」
――毒を吐きながら、そこにいた。
夢じゃないようだ。
あの、誰か助けて。
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