15ー2
自宅に帰ってきた。
そう、つまり。
俺は成し遂げたのだ。
うん。ただの早退ってだけなんだけどね、まあいいよ。
偉い人だって言っているじゃないか。
チャンスの女神様には前髪しかないって。
なんのこっちゃ。後ろ禿げとるやないかいというのは置いといて。
過ぎ去ったチャンスは掴み取れないというものだ。
ここしかなかった。やるしかなかった。後悔はない。犯罪者でもない。
実際授業が進むに連れて捕獲率も上がったと思うので、逃げるのはあそこが最大のチャンスだったはず。
やれやれだ。俺が何をしたというのか。
ほとぼりが冷めるまで家で籠城するぞ! 誰にも文句は言わせない! 不登校すら辞さない覚悟だ! 文句あっか!
「あら、おかえり」
玄関を開けたらマム。
「間違えました」
頭を下げて扉を閉めようとしたら靴を捩じ込まれた。
家の中と外の立場が逆だ!
「なによ、中に入んなさいよ。こんな時間に帰ってきた訳を聞いてあげる……! そのあとで親子の会話をしようじゃない」
「暴力反対!」
「暴力の裏も暴力なのよ」
初耳ですけど?!
やめて止めてという訴えも聞き入れられず自宅に引きずり込まれる。連行されるがままにキッチンへ引っ張られ、強制的に椅子へ座らせられる。
カチッとつけられた蛍光灯が眩しい。
「さあ吐きなさい」
「カツ丼は?」
「渇、ドンッ、なら山盛り喰らわしてあげるわよ。全部吐き出させた後でね」
ニュアンス仕事して。
仕方ないので真実を話した。
「ふざけんな」
しょうがないから嘘を混ぜた。
「ふざけんな」
「これ以上は100%嘘になっちゃうけど?!」
「本当のこと言えばいいでしょ!」
言ったよ! 嘘じゃないよ! 天井ぶち抜いて逃げてきたんだよ!
アニメかよ。そら信じられんわ。二つの意味で。
なんてことだ。肉親にも信じて貰えないなんて……。ショックだ。寝込もう。
「待ちなさい」
無言で立ち上がり部屋に戻ろうとする俺の腕を母が掴む。
「ごめん……しばらく一人になりたいんだ」
「許すわけないでしょ」
おかしいな? 映画やドラマではほぼ一人になれるセリフなのに。
ハアー、と深い溜め息を吐き出す母。眉間を揉み揉み。お疲れかな? 部屋で休んでたらいいよ。俺、邪魔しない。
「ここ一年は大人しくしてたのに……」
タケっちの事ね。
「全くだ。あの野郎……真面目になったかと油断させて」
冗談は髪型だけにしろよな!
「あんたよ、あんた」
「いてっ」
バコンと後頭部を殴られる。
そこは平手で
「学校に連絡入れとかなきゃ」
「息子、不登校になります、って?」
「月曜もいつも通り叩き出します、って」
理不尽だ。
携帯片手にキッチンを出ていく母を見送って、俺も自室へと向かう。
母とは別の扉から廊下へ。階段を上がり二階の自室の扉を開けて人心地。
この本当に帰ってきた感。もう離れたくない。
我が部屋のドレスコードを守るために私服に着替える。最近の暑さから半袖とジャージというラフなもの。
制服を適当に投げ捨ててベッドにゴロリ。なんかあったっけ? もう忘れた。
スマホがずっとブーイングしているので投げ捨てて制服に埋める。静かにしてなさい!
さて暇になったぞ。
目線の高さにある漫画が俺を誘うので一冊抜き出してパラリ。
先の展開を知りつつも貪欲に次を求め、二冊、三冊……。
「ちょっと」
「いてっ」
再びバコンという効果音が頭に響く。いや頭が響かせる。あ、星。
漫画から顔を上げれば人工プラネタリウム製造機、またの名を
「いいご身分じゃない?」
「善きに計らえ」
グッと振りかぶったのでバット防御姿勢。顔の前で腕を交差して降参のポーズ。
「やめて止めて! ドメ棒とかもう流行らないから! いいでしょ、ちょっと漫画捲っただけじゃん! パラパラじゃん! パラパラ漫画じゃん!」
「それは違うでしょ」
うん、違う。
「本当ならノートの端っこにちょっとずつ書いたものだって言いたいんだろ? わかってる。でも次世代の言語ではパラパラ読みの漫画を『パラパラ漫画』って言うようにしたい。これを公約としたい」
出馬まである。
「なに言ってんのよ」
大人は分かってくれない。
「違う! 分かってもらいたいだけで、そんな言い訳で時間稼いでるとか、制服脱いで今日はもう学校行かないアピールとかじゃなくてですね……」
「そうじゃなくて」
じゃあ、どうじゃなくなればいいの?
疑問を頭に掲げる俺に、母が明後日の方向を指差す。
視線で追えば、そこには時計。
十二時を回っていた。
「あんたのちょっとって何時間よ。こりゃ今まで、『あとちょっとだけ寝かして』って言葉を信じなくて良かったってことよね?」
「大変な語弊があると思います」
それを認めると睡眠時間を更に削られるんでしょ? そうなんでしょ?!
「語弊だか誤解だか、どっちでもいいから。出掛けるわよ」
「学校は月曜だって言ったじゃないか?!」
絶対に行かないぞ!
「昼ご飯を外で食べるのよ」
「お供します母上」
ボケたのか? 昼飯代が小遣いに化けるチャンスがやってきた。まさかここで「自慢しに来ただけよ」なんて言わないよね?
「だから誘いに来たんじゃない。着替えて出るわよ」
「うーっす。何食べんの? お寿司? ステーキ?」
素敵。
颯爽と出ていく母を追い掛ける。部屋を出る際に掴んだ薄手のパーカーを羽織るだけというお手軽使用だ。
母も化粧を落としてないので直ぐに出れる。
空腹を思い出した腹が鳴く。
あっという間に自分に追い付いた息子が誇らしいのか、深い溜め息を吐き出す母。よせよ、テレるじゃんか。
「あんた、彼女ができるのは当分先になりそうね」
既に高校も半ばですけど?
「孫の顔見れるのかも心配よ」
まだ未成年なのに?
反論を飲み込んで付いていった。手の平返しは受け継がれた血統であるため。
油断してはいけない。
玄関で車のキーを指に引っ掛けない母に、こりゃ近くのファミレスだと予想しながら。
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