15ー1 箱の中


 ダウンヒルとでも言えばいいのか。


 学校の外周にある路側帯があってないような車道に繋がる石段があった。随分古ぼけた石段で蔦やら土やらが被っていて見えにくい。


 石段から繋がる車道は、夜な夜な峠を走る豆腐店の車がドリフト決めてそうなカーブだ。正直、見通しが悪くて好んで歩きたくはない。


 こんなところあったかな?


 ここは年に一度のマラソン大会の時に開放されるコースで、普段は歩行者がいない車道だ。その車道脇から上へと森に繋がる石段が伸びてる。


 もしかして金髪の登校ルートだろうか?


 ここまで案内してくれた金髪の歩き慣れた感からの予想だ。


 複雑で暗い森を迷うことなく抜けた金の妖精は、いつもながらの無表情なのだが……。


 どことなく褒めて欲しそうにも見える。


 なるほどな。


 よし。


「お前もしかしてここから登下校してんのか? 車が来たら避けられないからやめなさい。危ないでしょ? 登下校時は校門に回れ。な?」


 案内して貰っての説教である。


(……そうじゃねえだろ)


 ジトッとした目で見つめてくる金髪の幻聴が耳に。口調も違う。耳鼻科行かなきゃ。


 ジー、ジィイイイイイイ、っと見つめてくる金髪。雰囲気はオコ。


 降参だ。


「オッケ、わかった。俺が悪かった。ありがとう、助かったよ。これで救われた、あんた最高、女神様」


 コクリと頷く金髪。


 そうなん? 神様なん?


 今度はやや嬉しそうな雰囲気を漂わせる金髪に重ねて声を掛ける。


「でもやっぱりここから出入りするのはやめとけ。見通し悪過ぎて危ねえ」


 上げて落とすがデフォなんだ。


 またも見つめ返してくる金髪に、今度は視線を逸らさない。


 しばらくして渋々と金髪が頷く。


 うむ。


「じゃあ、そういうことで」


「……待って」


 通んなと言った舌の根も乾かぬ内に石段を降りようとする俺を金髪が掴んで止める。


 うん。だよね。


 何言ってんだって話だよね。


 しかし金髪が言いたかったのはそういうことじゃなかったらしい。


「……お弁当、ありがと」


 ボソリと漏れたのはお礼の呟き。


 何かと思えば弁当の謝辞。俺はパタパタと手を振って応える。


「ああ、気にすんな」


「……また、くれる?」


「おお、ふざけんな」


「……けち」


 教育が悪かったせいだ。俺は悪くない。文句は親に言ってくれ。


 もう話すこともないだろう金髪が、しかし腕を離してくれない。


 ……もしかして君、高城って人知ってる?


 だとしたらあんまりだと思う。


 訊くのに躊躇する俺を他所に金髪が口を開く。


「……わたし、セナ」


……こいつの話って短文過ぎてやれやれである。なに? 何がセナ?


「……もしかして、自己紹介してる?」


 コクリと頷く金髪。君ほんとに高校生?


 マスコットな位置づけはキャラだけにして欲しい。


 ともあれどうやら名前を望まれてるのは分かった。掴んだ指先が食い込んでるし。答えれば解放してくれるなら造作もない。


「そうか。俺の名前は武居……」


「嘘」


「よく分かったな。本当の名前は鈴木……」


「嘘」


 金髪の視線に責めるような色が混じる。


 いやだって……怖いだろ? 個人情報保護は現代の基本だよ?


 わざわざ知らないこと覗かなくてもいいんだよ。こうなるぞ!


 あとなんで嘘が分かんだよ。


 グイグイと腕を引っ張られる。急かされる。


 仕方ない。


「……ああ。仕方ない、ここに明かそう。私の真実の名前を……」


「嘘」


 まだ何も言ってないけど?


 こいつ……適当だな?


 とりあえず嘘って言っておけばいいとかそういう遊びかな。


 それなら話は簡単だ。


「俺の名前は低田大洋。平凡無味な、しがないモブ高生さ」


「……そう」


 あれぇ?


 そこは否定してよ。むしろ嘘って言ってくれよ……。


 しかし俺の答えに満足したのか金髪は腕を離してしまう。


「……太陽だから……ヨウ?」


 うん。俺、先輩なんだけど?


「言ってなかったけど、俺、二年だからな? もし呼ぶことがあれば先輩って付けろよ?」


 まあ、もう二度と絡むことはあるまいが……。


「……ヨウ、センパイ」


 ちょっと、詰まったのが気になるが、まあ良し。どうせ二度と使うことのない台詞だ。


「ごめん、もっかい言って」


「……やだ」


 なんでや?!


 後輩女子に先輩呼びされるなんてこの先の人生で二度とないかもしれないのに! 神はいないのか?!


「……ヨウセンパイ」


 そういえば神様だった。


 ……おお、いいな。


 陽キャどもは普段からこんなインパクトを味わっていたのか? そりゃモブを陰キャって言っちゃうわ。充実してないって断言できちゃうわ。


 指を一本立てて頭を下げる。


「もう一回いいですか?」


「……もう言わない」


「そこを伏して」


「……やだ」


「なんとか」


「……人を呼ぶ」


 おっと、取り出したスマホは仕舞いたまえ。使う必要はない。


 これ以上下手こいてせっかく助かった命を不意にするわけにはいかないと、俺は石段を降りることに。


「……ねえ?」


 石段ももう終わるというタイミングで話し掛けられる。


 振り返る。


 金髪の喋りは短文でボソボソと聞き取りにくい。この距離だと届くかどうかギリギリ。


 しかも折り悪く鳴り響くチャイムで続く言葉を邪魔されてしまう。


 なんて言ったんだろうか?


 珍しく薄く笑う金髪が軽く手を振っているので、話は終わりなんだなと聞き返すことができなかった。


「じゃあな」


 とりあえず手を振り返し応えておいた。


 まあもう、目にすることはあっても話すことなんてないだろうと思っているので、なんて言ってても別にいいか。


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