14ー2


 ベンチが等間隔に並ぶ遊歩道をひたすら駆ける。


 するとどうしたことか、前方に俺を追いかけている奴らの背中が。


 ほんとどうなってんだ、この森は。


 チラリと後ろを流し見ると別の追っ手が追ってきている。


 でもその表情は、『待ちやがれ!』といったものより『あれ? ここ……あれぇ?』といった困惑に近いものだ。


 うん。


 迷った。


 もしかしたらと足で印を残してきたのだが、走っている内に印が増えたり消えたり。これが管理人さんの仕業だというのなら、そいつは妖怪かなんかだと思うんだ。


 いつの間にか走るのをやめた追っ手が前方で荒い息を吐き出している。


 その横を通り過ぎてひた走る。


 ベンチにもたれ掛かる奴、遊歩道に体を投げ出す奴、諦めてスマホを弄ってる奴、タケノコニョッキに興じる奴。


 死屍累々の遊歩道だ。


 管理人さんも喜ぶ。


 これだけ生け贄を捧げたのだから俺だけ見逃したりしてくれないだろうか。


 俺もある程度走って人がいなくなった辺りでベンチに腰掛ける。


 ふう。


 ……どうしよっかなぁー。


 後は管理人さんに回収されて先生に下げ渡される流れだ。詰んだ。勝てない。無敵かよ管理人。


 所詮森だなんて侮る心があったからこうなる。人は自然に勝てない。分かってたのに。


 あーあ……。


 空が青いなあ。


 もはや誰も追い掛けてこないというのに暢気に空を見上げることしかできない。惜しむらくはタケっちを連れてこれなかったことだろう。


 森には諦めしかなかった。


 森には入ってはいけないとあれほど……森が悪いんじゃない、森は世界を浄化してくれているだけ、悪いのは人間……。


 頭の中で映画を流すという暇つぶしをしていると目の前の茂みがガサガサ。


 また不良かな?


 どんと来いである。もう怖いものはない。


 ピョコンと飛び出してきたのは金の髪。


「あ」


「……あ」


 ごめんなさいである。


 ここでその追い打ちは酷い。


 ガサガサと茂みを抜けて全身を晒したそいつは、胃袋お化けこと金髪一年だった。


 制服姿に鞄を持っての登場だ。


 見るからに遅刻か早退のていだ。もしかしなくても迷ったのだろうか?


「森を甘く見るから……」


「……そう」


 別に返事を求めていない呟きだったんだが……。


 テコテコと歩いてきて隣に座る金髪に、もう諦めの境地だ。


 幸いにして弁当は持ってない。


 隣に座った金髪がガサガサと鞄を漁る。


 出てきたのは小さい弁当箱。女子が食べるサイズの丸いやつ。


 金髪用お菓子入れだ。


 小腹が空いたんだろうか?


 袋に包まれたままのそれを、こっちにそっと差し出してくる金髪。


 開けて欲しいのか? 非力アピール?


 イマイチ何がしたいのか分からない金髪に疑問を投げ掛ける。


 首をコテン。


 すると金髪が答える。


「……この間の、お礼」


 ……オレイってなんだっけ?


 ああ、おう……おぉ。


 どうやら金髪はこの前の弁当強奪を悪く思っていたようだ。


 それにしても無表情過ぎる。分かるか。


 『羨ましいでしょ? うん?』って感じでもおかしくなかったよ!


 しかし俺は金髪が差し出すお弁当箱を押し返す。


「うん。ありがとう。気持ちだけ貰っとくわ」


 小さいし。


「……気持ちは入ってない」


 上げて落とすがデフォですもんね。分かります。


「うん。そっか。でもやっぱりいいわ。今お腹空いてないし」


「……そう」


 どことなく嬉しそうな金髪。もしかしなくても今日の分の自分の弁当だったんだろうか? お菓子弁当? 栄養大丈夫?


 義理堅いっちゃ義理堅い奴だなぁ。


 そそくさと弁当を鞄に直していた金髪の手がピタリと止まった。


「……じゃあ、なにしてるの?」


 なんだろね?


 こいつにとっては昼ご飯スポットなのだろう迷いの森ベンチ。ここにいる以上は選択肢が食事しかないんだろうか?


 とりあえず答えておく。


「諦めてる」


「……試合終了?」


 面白いよね。


 そうじゃなくて。


「学校の外に出たかったんだけど、ちょっと無理そうだから、諦めてる」


「……外に出たいの?」


「そー」


 やや投げやり。


 そろそろタイムアップの時間だ。祭りは終わり扉は閉まる。日常へと還るのがルール。今日の反省文の量次第では明日も潰れそうである。


 諸々の被害は必要な犠牲だったと訴えたいのだが、大人はいつも聞いてくれないのだ。


 ところで内巻きさんに捕まったらどうなっちゃうの、俺? そっちのほうが怖い。


「……そう」


「そー」


 木霊する金髪に木霊で返す。


 すると立ち上がる金髪にビクリ。


 オコった系?


 底辺カーストが調子乗んなと?


 しかし怒った様子はなく先程顔を出した茂みの前まで進み出て振り返る金髪。


「……こっち」


 ゆっくりと手招きする金髪おばけ。背後には薄暗い森。


 付いていったらアカンやつや。


「……こっち」


「はい」


 それでも腰を上げたのは、一縷の希望に縋りたかったからかもしれない。左手を添えてみたかったからかもしれない。


 いやただ単に陰キャの習性だな。


 足を踏み入れたら出られないような森の中を、金の光の示すままに進むことにした。


 なんかそういう御伽話染みていて、最後にオチが待ってるんじゃないかとビクビクしながら。


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