11ー2


「どこ行った?」


「分からん。見失った」


 頭上で交わされる会話に自分が追い詰められつつあることを知る。


 全く、学校をなんだと思っているのか? 授業はどうした授業は。そういうの、どうかと思うよ?


 遠ざかる足音にタイミングを見計らう。隠れているのは余り長居したいところじゃない。


 使われなくなった排水溝だ。


 石で出来た蓋を頭で持ち上げて左右を確認。


 行ったか?


「おい!」


 しまった、フラグか?!


 現世を見つめるフラグ回収員の監視は厳しい。僅かな緩みも見逃さない。発言には注意しろと、あれほど……!


 咄嗟に伏せて再び溝にハマるが、しまった、見つかっていたら袋のネズミじゃないか!


 文字通りだよ、あっはっは!


 ガタガタと頭上を踏まれながら排水溝。


 聞こえてくる会話にまたも耳をすませば。そんなロマンチックな状況じゃないのは何故なのか。


「迷いの森でやられた! 戻ってこれない奴が多数!」


「なに?! 低田って野郎か?」


「いや管理人さんだ」


「どうなってんだよ、この学校」


 激しく同意。


 どうやら見つかったわけではないらしい。


 どうでもいいけど頭の上で足を止めるのはやめてくれないかな。出られない。


「おい! お前ら授業はどうした! ボイコットか!」


 すると聞こえてきたのはセクハラ体育教師の名を欲しいがままとするタケシの声。頭上の二人が泡を食って逃げ出す。


「やべ!」


「まあ、いくら自習でも教室抜け出したらこうなるよな。ところでボイコットってなに?」


「知らん!」


「オラあ! 学年とクラスはどこだ! 逃げられると思うなよ、お前ら! 顔覚えたからな!」


 なんという悪台詞か。


 タケシが極まってる。


 そのうち情に脆くて友達思いとかの属性も付加されるんでしょ? 人気ランキングに食い込んじゃうんでしょ?


 ドタバタという足音が消え去り、再び生まれたチャンスに石蓋をボコり。


 タケシ……流石だよ。いつも俺を助けてくれる。『タケ』という名前の奴と相性がいいのかもしれない。


 するとどうした、降りてくる天啓。


 困った時のタケっち頼みだ!


 いや、だって……素直に先生に助けを頼んだら間違いなく説教だし。もしかしたら権力的な何かで引き渡されちゃうかもしれない。


 しかしタケっちなら! ……中学時代のタケっち名言集を握っている親友の頼みなら! きっと聞いてくれるに違いない!


 持つべきものは友達だよね。


 パタパタと制服や髪に付いた土埃を落として静かになった渡り廊下の様子を窺う。


 教室棟はダメだ。奴ら毎日あそこで教育されてやがる。地理に詳しい。実習棟なら大丈夫かもと近くの排水溝に潜んだが、こっちにも手が回ってきた。部室棟に行くか? いや、部活面の中にもスパイがいるかもしれない。そもそも内巻きがそうである可能性も高い。


 なら使用されてない施設に回るべきだな。


 プール、第三体育館、オペラ座、冬用スケート場辺りか……。なんなのこの学校。


 しかし、なんてことは向こうさんも考えてるに違いない。なんせ奴ら、授業中だというのに棟内を出るぐらいの不良生徒だ。信じられないよね?


 つまりこれら以外の場所でのタケっちとの接触……連絡を取るのは簡単だ。タケっちの中学時代の名言をSNSに載せればいい。向こうから会いたいと飛んでくる。


 問題はやはり場所だな……。


 これで物置部屋を使えるのなら良かったのに。扉の向こうで「山」「川」「「山川さん」」っていう中学の時タケっちが好きだった女子の名前を合言葉に使えた。タケっちもヒドく喜んだだろう。


 しかし無いものねだりも仕方ない。やはり指導室がある予備棟辺りがベストか。


 スチャッとスマホを取り出して耳に当てる――寸前に着信。


 サイレントモードの携帯の画面に出ているのは、今し方電話しようとした相手の名前だ。


「もしもし、どうした鮮血帝?」


『ぶっ殺すぞ』


 名は体を表すってほんとだね。


 求めてた相手の声にホッとする。タケっちのことだ、まさか暴力や圧力に屈して電話してきたなんてことはあるまい。


『……お前まさかその名前で俺のこと登録してねえだろうな?』


「ううん。八千代ちゃんのお兄ちゃんで登録してる」


『……それもどうなんだ?』


 大丈夫。本当は鮮血帝タケっちで登録してるから。


「そんなことよりタケっち!」


 早くタケっちを脅すフェイズに入らないと! 割と時間はないぞ!


『ああ、そうだった。お前らなにしてんの? 教室空っぽにして。ほとんど誰も残ってねえらしいじゃん』


 マジかよ。まさかの十割感染だったのか。


『うちのクラス体育でさ、剛田の奴が授業ほっぽって怒って飛び出していったぞ。あいつもなんなのって思うがな。で、手ぇ空いたから、もしかしたらと思ってな……助け、いるか?』


 タケっち!


「信じてたよ相棒!」


『ほんとかよ……』


 俺ら心の友だもんね。友達の危機は見逃さないって信じてた!


 別に弱みを握って脅さなくても協力してくれるって、信じてた!


「ああ、勿論さ! タケっちなら、俺の窮地を見過ごしたりしないって信じてたよ!」


『……まあな。確かに見過ごしたりしねえな』


 でしょう?


「で、早速なんだけど。どこで合流しよう? こちとら学校を出たかったんだけど上手く包囲されて出られない状況なんだ」


『そうか。まだ学校内か』


「うん」


『人を隠すなら森の中ってのはどうだ?』


「迷いの森は用務員さんが本気だしてるらしいからパス」


『帰ってこれねえな……』


 ほんとにね。


 タケっちもあの不思議現象を体験したことがあるらしい。


『じゃあ指導室なんてどうだ?』


 俺の考えとマッチ。


「流石はタケっち。ちょうどそこに行こうと思ってたんだ」


『よし。じゃあ指導室の中で落ち合うことにしよう』


 中?


「いやいてないでしょ」


『蛇の道は蛇ってな。開ける方法があるんだよ。先に行って開けといてやるよ。ついでにお前の荷物も取ってくるから、待っとけ』


 なんと。


 開かない扉を開けられる生徒ってのは割といることが判明。なんで教えてくれなかったんだよ! 友達じゃないか!


 まあ指導室は全く使われてない訳じゃないから基地化とか無理だったろうけど。


「了解。荷物は無理しなくてもいいから」


 鞄空っぽだし。


『まあ、念の為だ。無理そうなら戻る』


「じゃあ指導室で」


『ああ』


 よし。これで脱出はなんとかなりそうだ。


 さっさと学校を抜け出して目の前の連休を楽しむんだ!


 週明けの学校は考えないようにして。


 通話を切ってスマホをポケットに戻し、周囲を警戒しながら予備棟の方へと向かった。


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