12ー1 指導室で


 息を潜めてやり過ごす――なんてやってたら日が暮れそうなのでブラフにハッタリで乗り越えよう。


 校内に戻って、予備棟への渡り廊下へ向かう。必然的に通る必要のある廊下を歩いていると、当然ながらそこを押さえているだろう敵。


 向かいから来る顔も知らない生徒。恐らく他クラス。警戒心マックス。


 授業中なのだ。それはつまりというやつだ。


 バッチリ目が合ったので話し掛けてみた。


 いかにも探してます悪い奴です、といった顔と潜めた声で。


「いたか?」


「あ、いや、まだだ。どっかに隠れてるとは思うんだが……」


 そんなことないよ?


「そうか。迷いの森に入ったっきり帰ってこない奴もいるらしいぞ」


 お仲間がそう言ってた。


「マジかよ。でもそれなら低田って奴も……」


「いや、森には行ってないんじゃないか? 仮に行ってたら出口で張るぐらいしかやれることないだろうしな。……ところで低田って知ってる?」


 俺だよ俺俺。


「実は知らね。でも隠れてる奴とかコソコソしてる奴がいたら分かんだろ? それか追いかけられてる奴。いざとなったらそいつのクラスの奴に訊けばいいし」


「俺もそう思う。それじゃあ俺はこっち探すわ。あ、そっちはやめとけ。タケシが追いかけっこしてたから」


「マジか。先生躱すのも大変だよなー」


 全くだ。


 上手いこと誘導して予備棟方面を手薄にしようと画策。こっちは大丈夫、俺に任せとけ。


 別れて刹那、ふと目の前の曲がり角から知ってるクラスメートが顔を出した。


 せっ!


 叫ばれる前に首をキュッとしてあげる。疲れてたのかクテっとなった彼を掃除用具入れに突っ込む。


「ん? 何の音だ?」


 物音に引き返してきたさっきの生徒に、掃除用具入れを警戒してますアピールをしながら指差す。ここです、ここから音がしました! わたし見てました!


「分からない。この掃除用具入れから音がした気がするけど……」


「おいおい……そんな近くに、あ!」


 躊躇いもせずに掃除用具入れを開ける知らない生徒。まろび出てきたクラスメートに喜びの表情を浮かべる。


「こいつじゃね! ……なんで気絶してんの?」


「気が弱いんじゃないか?」


「あー」


「応援呼んでくるわ」


「頼む」


 片手を上げて頬を緩ませる彼は、手柄に頭がいっぱいなのか男が二人なら一人くらい運べるだろうという事実に気付かない。今のうちだ。


 一路予備棟へ。


 足早に、かつ走らず焦らず。


 そこでガラリと戸が開き教室から出てきた教師に見つかった。


 だから片手を上げて駆け寄った。


「あ、先生」


「お? ……授業中だぞ、何してる」


 知らない先生だ。教室の位置から一年の担当教員と予想。小テスト中なのかカリカリと響くペンの音。外の様子を確認に出てきたのだろう。


「備品を持ってこいと言われました。予備棟一階のB教室から。松島先生ですよね? この中ですか?」


「バカ。予備棟は向こうだろうが、逆だ逆。早く行きなさい」


「マジか。さーせん、あざーす」


「おう」


 知らない先生とすれ違いざま、後ろから来る追っ手の足音をギリギリで振り切って渡り廊下へ。


「あ、おい!」


「こら! 廊下を走るな! 何してるんだお前ら?」


「やべ」


 頑張ってくれたまえ。


 備品室と職員室の関係上、こちらに捜査の手は伸びにくい。もし俺がいなかったら教師の誰かと鉢合わせになって追われる立場へとクラスチェンジしてしまうから。


 ご愁傷様。


 彼らの補習室行きを祈ろう。


 それにしても危なかった……。まさか教室から教師なんて……お釈迦様でも思うまい。


 ここからは用心も倍に、怪しさを三倍に歩を進めよう。


 ほとんど使われてないであろう備品室だが、頭を下げて隠れながら進む。可能性は薄いだろうが、誰かいるかもしれない。


 高城がニッコリ笑ってこんにちはかもしれない。


 そんなん心臓止まるっちゅうねん。


 そろりそろりと歌舞伎スタイル。


 念のため窓から中を確認。


 俺は好奇心が猫タイプなのだ。


 予想通り誰もいない。


 しかし油断することなく一部屋一部屋、中を確認しながら奥へと進む。


 ダンボールが積まれた部屋、予備の机と椅子が積まれた部屋、骸骨とか水晶玉が乱立する魔法陣が描かれた部屋。


 異常なし。


 なんだよカタカタ物音が聞こえるから誰かいるのかと思ったよ。やれやれ俺も臆病だな。


 背後も警戒しつつ第一指導室と書かれた部屋の前までやってきた。


 タケっちが先に来たのなら開いているはず……!


 第二、第三指導室は二階にあるので、ここじゃないとしたら上に上がらなければならない。


 指導室は引き戸じゃなく鍵の掛かるドアタイプの教室だ。鍵を開けなければ使用はできない。


 そ~っとドアノブを握り、恐る恐る回してみる。


 音が出ないように。


 すると鍵がしてあったら止まる範囲を越えてドアノブが回った。


「タケっち?」


 一応、小さい声で呼び掛ける。


「割と手酷くフラれたタケっちの初恋相手は、山川……?」


 下の名前が返ってこない。


 どうやらいないようだ。


 扉を引いて素早く中へ。扉を閉める前に廊下の左右を確認して誰にも見咎められてないことを確かめる。オーケー。


 これはいいぞ!


 まさか鍵の掛かっているであろう一室に逃げ込むなんて誰も考えまい!


 喜びも束の間。


 脳裏を駆け巡るデジャヴュ。


 鍵の掛かった部屋、逃げ場のないダンボール、耳に届く呪詛……。


 いやバカな……。


 何を不安がっているのやら……。


 こことあそこじゃ場所が違う。そもそも確かに似通った環境だが、状況が違う。鍵の掛かった部屋に逃げ込むなんて追う側にとってまさに死角。隠れんぼチート。文句言われるレベル。


 突如襲ってきた直感を理性が否定する。


 しかし直感が正しいのだと直ぐに知る。



 ガチャリ



 突然響き渡ったロック音に思考が停止。見つかったとか誰だとか言う前に見つめたドアノブに鍵がない。どうやら外からしか鍵が掛からないタイプらしい。うん。


 閉じ込められたねぇ……。


 思い当たる人物は一人。


 扉を挟んだ向こうから下手人の声がする。


「悪いな大洋、死んでくれ」


「武居いいいいいいいいいいいいいい?!」


 

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