10 トイレの中で


 何も変なことが感じられないのなら、そいつは充実した学園生活を送っているのだろう。


 しかし。


 クラスというものに弾かれることを良しとする個人主義者ぼっちは、このような雰囲気に慣れていない。


 むしろ弾かれ上等、お一人様上等なのだ。


 おかしい……。


 ほんの数日前までは青春の影担当だった俺が、こんな学園青春ドラマの一人としてを与えられるはずが……。


 うん?


 なんかピンときた。


 考えを纏める必要がある。


 ここじゃダメだ。一人になれる場所で、の入らない場所でゆっくりと考える必要がある。


 それはどこだ。


 あそこだ。


「トイレだ」


 一言断って席を立つ。


 ビックリしてる内巻きさんに鈴木くん。


 構わず教室を出てトイレへと向かうボッチ。


 二つある個室は一つが使用中だった。空いていた方に入りドアを閉め鍵を掛ける。


 ここなら完全なプライベート空間、ぼっちの味方。


 深い考えもお弁当もお手の物である。


 ブツブツブツブツと聞こえてくる音も気にしない。ぼっちの聖域なのだ。そういうこともある。


 さて。


 確認しよう。


 俺は陰キャだ。なんか胸が痛いが続けるよ。


 陰キャというのは暗い汚いキモいの三Kを代表とする影のあるキャラクターに与えられる代名詞だ。グハッ。


 他にもコミュ力が低い、空気が読めないなどの無愛想に起因する。殺せよ。


 それがここ数日足るや惨憺たる有様。


 クラスの陽キャ女子とお喋り、ばかりか放課後エンジョイ、挙げ句は知り合い暇話である。


 陰キャというのは数少ない知り合いと「俺の青春はこれでいい」と楽しく過ごす奴らのことだ。


 その知り合いがパソコンの中限定であっても。


 割と知り合いという括りの中だと陽キャであっても。


 現に俺だって友達と呼べるのはタケっちぐらいのものだ。あれ? 雨かな? 室内なのに。


 どこで道を間違ったのか……。陰キャであることじゃない。陽キャと楽しくお喋りをしてることだ!


 具体的にはギャルギャルしてる内巻きさんと関わりを持ったことだ……。


 個室の中を占めるブツブツ音にカリカリという壁に爪を立てるような音が加わった。出ないのかな?


 隣では何が行われてるのか……。


 大丈夫、彼も陰キャだ。


 放っとくのが吉。


 不干渉が陰キャの暗黙のルール。


 不自然に暗くなってきた室内で再び沈思する。


 チカチカと明滅する蛍光灯に生まれそうな考えが誘われる。


 陰キャの俺が陽キャに関わることは、ないこともない。


 それは陽キャの舞台裏、クラス一丸という名の下にモブ配役を任された時なんかそうだろう。


 もし、それ以外の普通の日に個人的な関係を持とうとしようものなら、向こうから調子乗んなよ注意が入る。心に染みるなぁ。


 訓練されていない奴だと陽キャの天真爛漫な笑顔サービスで勘違いしてしまうことがある非日常。悲しい事例に事欠かないことが陰キャの常なのか。サービスってあのサービスなんだよ……。会社にとってのサービス的な。社会に出たら強いかもしれない陰キャはこうして出来上がる。


 俺もこの枠だというのだからピーターパンシンドローム。大人、嫌、絶対である。


 なのに今、向こうから声を掛けてきて、まるで友達ができたかのような現状……。やだ泣かないで。


 しかし断言しよう。


 そんなことはあり得ない。


 陰キャというのは……言い方は悪いがなるべくしてなっている。そう呼ばれているだけで、充実してないこともない。


 ただ自分たちを陽と呼ぶ存在やつらが、あいつらは陰だと言っているだけであって。


 それは自分たちに『合わない』と宣言してるに等しい行為。


 こちらとしてもそれが分かっている。


 だから引かれた境界線。


 それを飛び越えた理由……。


 それはなんだ?


 ここで好意なんてくそ青い発言ができるのはまだ灰色ぐらいの黒を黒歴史だと言ってる低レベルどもだ。奴らは悪魔なのだ。そこには利益が発生している。大人は商売にしている。


 夢を売って上げたのだと。


 散っていった同士たちのためにも俺は負けない!


 考えろ……内巻きさんの狙いを。


 ただビッチでたまには箸休めを……なんて考えているなら吝かではないがそうではない筈。


 そうではない筈……!


 血涙を飲み込んで昨日を思い出す。


 急に絡んできた内巻きさん、クラス内ではカースト無双する彼女の行動を。


 楽しそうな表情も気怠げな感じもグッド。そうじゃない。意外とお菓子好きで話し方も癖なのか伸びる時がある。違う違う。


 彼女とのファーストコンタクトはなんだった?


 初絡みという事案が発生したのは……。


 戻れ戻れ、記憶の底へ(昨日のこと)。


 カラカラカラカラとトイレットペーパーを絡め取りながら思考を回す。


 プリントだ。


 俺は彼女のことをプリントさんと呼んでいたじゃないか。


 何故か。


 プリントを任されたからだ。


 あの時は、陽キャが陰キャを体よく使っていると思った。


 今もそう思……。


 何故だ?


 何故彼女はわざわざ俺の席の後ろにプリントを持ってきたのだろう?


 彼女の席と俺の席は離れている。


 自席の後ろに置いた方が楽なのは間違いない。管理はそれこそ近くの陰キャに振ればいいのだ。


 つまりプリントを俺の席の後ろに置く必要があって、それは俺に話し掛ける必要があったということで……?


 このクソ雑魚ナメクジに話し掛ける必要?


 それはなんだ?


 管理だ、プリントの管理。


 しかしあの時は……いや、不自然にプリントを撒いていたな。


 明らかに『拾って』と目で語り掛けていたな。


 俺に一任するまでの流れがあった。


 例外は鈴木お人好しぐらいのものだろう。


 そうだ。鈴木くんだ。彼もいたじゃないか。


 しかもプリントを内巻きさんに渡したのは鈴木くんのが後だったはず。無理に俺に頼む必要もないじゃないか! ズルいぞ鈴木!


 ブチブチとトイレペーパーを千切って便器に流す。


 ……落ち着け、水に流そう、彼は悪くない。


 トイレのレバーをクイッ。


 流れる水音を耳にしながら思考を戻す。


 陰キャを使うためならわざわざ絡みのない奴に小細工までして話し掛ける必要はない。


 何故なら彼女はクラスのカースト最上位。


 逆らえる筈がない。


 それでも彼女は俺に話し掛ける必要があった。必要ができた? 陰キャを煽てて木に登らせる必要が……。


 何かのゲームで相手に告白させるためとかだったらどうしよう。立ち直れない。


 あの時は何があった? 思い出せ。彼女が四限目のプリントをわざわざ持ってきたのは……。



 一限目の後。



 ダンボール事変の、後だ。


 ……そんなバカな?! 低い可能性ながら一目惚れもあると思ったのに! 陰キャと陽キャのカップルが漫画じゃベストなのに!


 若干掛けてた可能性が不意になりそうな憤りのままに壁を叩くと、ブツブツとカリカリが止まった。ごめん。


 ……なんてことだ。


 色々と言い訳しつつもカースト底辺下克上の前振りをしてたのに!


 怖い可能性を思いついちゃった。


 まさかそんなことはないと思うんだけど……。



 彼女、高城さん関係なんじゃ……。



 共通項はある。


 両者カースト山の上位者だし、知り合いでもおかしくない。それに高城さんに近付きたい人なんていくらでも思いつく……。


 昼休みの食堂の光景に頭がクラクラする。


 いやいやいや、そんなまさか。


 そんな漫画みたいな……。


 そんな恐ろしい結論が出かかったところでタイムアップ。


 元に戻った予鈴が授業開始のお知らせを告げた。


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