9ー3
とんだ災難だ。
俺が違反物を持ってないのは一目瞭然だというのに、政治的な圧力が良性を苛む。全く無いことがいけないとか意味が分からない。ゼロなんだよ? ニュースだよ。
無より有を生じされた俺の錬金術師度が半端ない。国家資格が貰えてしまう。
生まれてしまったのなら仕方ないとレポート用紙を鞄に突っ込んだ俺が教室へと辿りついた。
そこでは持ち物検査被害者の会のメンバーが一堂に会していた。
そこここで化粧品や携帯ゲーム機を没収されたと不健康自慢するサラリーマンのように言い合いをするクラスメート。
溢れ出る負け臭。社会でよく見る畜生だ。
俺なんて取られた物がない上に愚痴をぶつける友達もいないので勝ち組まである。
更には与えられた用紙も二枚というのだから、優良生徒感が迸っている。ちくしょうである。
そんな気持ちに蓋をして、今日も一日このクラスのモブとして席を埋める仕事に従事する。
ストンと座った自席に歩み寄る影。
イジメの気配……!
振り仰げばクラスのカースト最上位、内巻きさんだ!
朝からハードかよ。
「よっす。どうだった?」
主語を抜かした会話も、同じ境遇には通じる。
今、教室で最もホットな話題だろう。
「隣の屍よりはマシかな」
『絶望』というテーマのポーズを取っている鈴木氏には勝てない。なに取られたらそうなるん?
なかなか面白いオブジェ会場と化しているのは陰キャスペースだ。
味がある。
誰が一番不幸なのかと言うと、誰に対しても愚痴を打ち明けられないことが不幸だろう。恐らくは女人禁制の書物被害者がそう。
なんかね、没収品のところに山として重なっていた。容疑者は多い。どうなってしまうのか教育。これも勉強です! と熱弁してたの、あれ、うちの生徒だよ。
参考書を取られたとほざいている奴は怪しい。
「あ〜。なんか高い物持ってきてたのかねぇー。ゲームとか?」
もしくは保体の参考書とか。
内巻きの鈴木くんに向けられた視線も、直ぐに興味を失ったとばかりに俺へと戻ってきた。
ちっ。
「なんか今、舌打ちした?」
「してません」
ええい、面倒だ。
陰キャなんて放っといて君のグループでチヤホヤされてきなよ、と言えたらどんなに楽か。
俺の気持ちとは裏腹に机に腰掛けてお喋りを続行する気配の内巻き。
「あたしもさ、お菓子取られたよ。化粧品もダメだって。ズルくない? 先生たちもしてるくせに」
「ズルいズルい」
「でしょー? 残ったのなんてリップだけで、しかも色付きはダメとか言うの。リムーバーも化粧品とか訳分かんこと言うしさー」
「うんうん」
「ストラップはいいのにアクセはダメなんだって。どこ基準なの? 校則って。ヘアピンもデコったのはアクセの範疇とか、ラメの入ったヘアゴムは認められないとか、もうボロクソ。酷くない?」
「ヒドイヒドイ」
「とりあえずベルトの内側に隠して逃れたんだけどー、そんなにいっぱい入んないじゃん? というか聞いてないよね?」
「ないない」
「とおー」
「痛い痛い」
「まだ続くんだ?!」
同感だ。
いつまで続けるんだよその会話……。
そんなのあそこの友達共と青春っぽく語り合ってたらいいじゃない。
それよりレポートを片付けたいんだが……。
なんせ期日が今日まで。更に倍。それじゃ明日だ。
レポート用紙が二倍で当日提出ということだ。もう休み時間なくこなさなきゃ明日の休日も返上だ。
「取り返すには……」
蘇る死体。
割り込んできた声の方を見れば幽鬼のような顔をゆっくりと上げる鈴木くん。
だから後頭部を押してゆっくりと戻して上げた。
「なにすんじゃあ?!」
なにって……。
「死は死に、灰を土に」
「戻すな?! まだ死んでない!」
「理に導いて上げようかと……」
オロオロ。
「だから死んでないって! まだ大丈夫な筈だ! 希望はある!」
「無かったら?」
「その時は灰を海に撒いてくれ」
死んでるじゃねえか。
世紀末の救世主的に死亡を告げてあげるべきか……。
「ところで希望って?」
「恥も外聞もなく土下座してみせよう!」
「……通じるか? 奴ら血も涙もないぞ?」
「あいつらも人間だ……なら全力の誠意ってのはな、心に響くはず。大丈夫。俺は信じてる」
そして裏切られるまでがワンセットですね。分かります。
俺と鈴木くんのやりとりをケタケタと笑ってみてるのが内巻きさん。
「ウケる」
何も面白いことなぞないが?
至って真剣な俺たちに内巻きさんは限界なのかお腹を捩って机に伏せてしまった。
ハアハアと息を整える内巻きさんに、待てを言い付けられた犬のように待つ俺たち。
「……ふぅ。それで、低田は何を取られたの?」
「何も?」
「裏切り者があ?!」
掴み掛かってくる鈴木くんを適当にいなす。
なんてことのない朝の光景だ。
うん。
これ、おかしいな?
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