9ー1 隠れる者


 今日学校に行けば明日から休み。


 そのモチベーションで頑張れると、この日はそうして始まった。


 ズッシリと重たい体を倦怠感たっぷりに起こす。


 やっぱり陽キャとノリなんて合わねえよ。再認識しなくても分かってたことだ……。いいんだ、昨日のことは。今更黒歴史が一ページ増えるくらいなんのこともない。ちくしょう!


 でも全力で休みを取りにいくぐらいはいいと思うんだ。


 お腹痛い、頭痛が痛い、熱がある、具合が悪い、寒気がする、関節がキマってる、お薬をキメたい、体温が高い、三十五度だ、枕が固い。


 マシンガントークで訴えた。


 一切の情無く布団を剥ぐ母を親と呼んでいいか分からなくなりそう。


「なんか……いつになく容赦なくね?」


 いつもなら体温計を渡すぐらいあるのに。


 ポツリ溢れた文句にピタリと動きを止める母。


 あかん、怒らしたか?


「……そんなことないわよ。早くご飯食べて学校行きなさい」


 しかし、いつもなら飛んできそうなゲンコツもなく部屋を出ていく母。


 僅かな違和感……。


 ただラッキーだったと安心する割合の方が大きく、言われるがまま起きて朝食を取りに下へ……。


 あれ? 早くない?


 そりゃ文句も溢れる。いつもならまだ寝てる時間だ。


 ……まあ、そういう日もあるよな。


 しかし足を止めたのは一瞬、食欲が勝り階段を降りた。


 共働きの両親だ、向こうの都合に合わせることなんてザラ。大方早い出勤になったために朝ご飯も早くなり、愛しい息子が食いっぱぐれないようにという配慮だろう。落ち着け違和感。ここで大きくなるな。


 父は既に居なかったため俺の説が後押しされた。


 食卓も普通。いつもの献立。パンにバターに牛乳と丸のままのトマトと千切られてないキャベツ。素材やん。


 やはり急がしいらしい。そう思おう。


 時間に余裕があるためパンをトースターに突っ込んでトマトをかじる。行儀悪く牛乳をパックのまま飲んでいるとスーツ姿の母がキッチンに顔を出した。


「悪いんだけど、今日も時間ないから、お弁当は無しね」


 やっぱりか。じゃなきゃ愛しい息子の朝食が素材ってのはおかしいもんね。そうだね。


「ふふー」


 牛乳を口に含んでいたので鼻で返事。それに構わず母は財布を取り出した。


「はい、お金」


「おかしい!」


 二日続けて野口様二人だと?!


 思わず牛乳も虹を作るぐらいには変だ。


「偽物か?」


「あんた、それがどっちの意味かによってお仕置きの度合いが違うわよ」


 お仕置きは確定なんですね。いつもの母だ。やや安心。


 それでも野口様を透かして見るぐらいは変な状況だ。うん、本物。不安が増した。


 お札をポケットに入れつつ母を凝視する。


 するとどうだ。


 いつもの強気発言からのお札回収コンボもなく目を逸らすではないか。


 え、ほんとに偽物なの?


「……あ。もうこんな時間じゃない。お仕置きは帰ってからさせるからね。具合的には休日の家事全部」


 偽物だ。偽物だよね? 偽物だと言ってくれ……!


「てか、誤魔化すの雑かよ……」


 おいおい……今時そんな誤魔化しが通用するとでも?


「追加もあるわ」


「いやだなぁ、お母様。軽い朝の挨拶じゃないですか。ささ、お勤めの方を……」


 ガチャリと扉を開いて誘導だ。これ以上の不利益はよくない。


 不満そうな顔で睨んでくる母に頭を下げてドアボーイに徹する。


「……まあいいわ。言葉には気をつけなさいよ? …………ほんとに」


「いってらっしゃいませ」


 バタンと閉じた扉にヒールを履く音と玄関が開く音と続く。


 玄関の扉が閉まり静寂が訪れてから、ようやく頭を上げる。


「怪しい」


 不信感全開で母が出ていった扉を見つめる。


 ポケットの二千円を取り出して首を傾げる。ガッツポーズは出ない。


 どちらかが偽物じゃなければ成立しない状況だ。まさかの離婚で自分に付けということなら父からも賄賂を貰わなければいけない。勝てば官軍が信条のド汚ねえ夫婦なのだ。片側だけのアピールを許すはずがない。


 なのに偽札でもないという。


 とりあえず息子に使わせて様子を見るぐらいの事態を想像してたのに……。違うの?


 質感、味、透かし、厚さにホログラム。


 完璧だ。


 量産された昔の偉人で間違いない。


 ……どういうこと?


 なんだろう……この徐々に周りが狭まってくるような感覚は。


 虹となった牛乳を拭き取り、焼き上がったパンにバターを塗りながら考える。


 考える考える……。


「思いつかん!」


 バリッとキャベツを噛み千切り吠えた。


 ……まるで死刑囚が待つ最後の晩餐感はなんなんだろう(二千円)。


 生がキツかったのでキャベツにドレッシングを直掛けでまた一口。


 父と母が俺にナイショで豪華なディナーに行った時とも、二人で仕事だと嘘をついて旅行に行った時とも、父が俺を祖父母の家に預けてアイドルのコンサートに行って母のド級折檻を食らっていた時とも違う。


 新しいパターンだ。


 なんだろう? 懸賞で二名だけの豪華ディナーが当たったとかかな?


 言っててなんだが違和感が拭えない。


 根本的な勘違いをしてる気が……。


 脳に糖を回すためにパンをムシャムシャ。これで賢くなったら秀才なんて言葉はない。


 残った牛乳を飲み干し、空のパックをテーブルに叩きつけて一言。


「ごちそうさまでした!」


 分からんものが分かるわけない。


 ガッコ行こ。


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