8 インターミッション


 下校の時刻になりました。


 勿論、優等生を自負する俺は速やかに帰るつもりだ。


「ねえ、低田ぁ」


 呼んでるよ低田くん。


 空耳を決め込んで安定のスルーだ。


 だってそんな……女子が俺を呼ぶ訳がない。呼ぶとしたら碌でもない。呼んだ内容も俺も。やめとけ、いややめてください。


 ホームルームが終わった直後の呼び掛けのため、他に回避手段がない。一分後だったらよかったのに。既に教室どころか校内にすらいなかった自信がある。


「ねえってば」


 イジメはよせ。


 がっつりと掴まれた肩に戦慄。ピンクの爪だと? 人じゃねえ。振り向けば内巻き。ほら人じゃない。


 女子高生だ!


「ああ、ごめん。イヤホンしてて」


「耳になんも入ってないんだけど」


「スケルトンタイプなんだ」


「ふーん。珍しいね? ちょっと貸して」


 返ってこないパターンだ!


「残念だけど……男にしか見えないんだ」


「鈴木、低田のイヤホン見える?」


「いや?」


 裏切り者!


「だってさ? 他に言い訳は?」


「男は言い訳なんてしないもんさ」


「ウケる」


 でしょう?


 話がオチたところで鞄を持って立ち上がった。肩についてくる手は自動追尾型のあれかな? こうしてくれる。


「うひあ?!」


 軽く頬を擦りつけただけなのに可愛い反応だな。ウブな振りか? だが驚いた拍子に手は外れたぞ。好機。


「待ってって!」


 顔を赤くされた内巻きさんが警戒したのか今度は腕をガシッ。頬の射程圏外だ。


「もう〜……そうだった。低田、変態じゃん」


 失敬だね。


「ただの事故だよ。それに変態っていうのは手首を舐めるような奴のことさ」


「そんなのいる訳ないじゃん」


「鈴木」


「いるな」


 深く頷く鈴木くんに同調する。某暗殺者とかね。


 よもやの鈴木ジャッジ返しである。信じれば俺は変態じゃなくなり、信じなければイヤホンが事実。二律背反である。


「えー……? そんな人いるの? やめてよ〜、もしかしてうちのクラスじゃないよね?」


「いや漫画の中だな」


「フィクションじゃん」


 鈴木。


 いやほら、イヤホンもフィクションという意味でね?


 シラー、とした視線の内巻きさんに降参の意を示すように鞄を机に置く。


「初めまして、低田です」


「知ってる」


「知ってる」


 鈴木は帰れよ。


 これ以上の鈴木ジャッジは俺の不利にしかならない。いつか正直者は長生きできないを体得させてやるからな。


「それで? 変態になんの用事でしょうか?」


「そこは認めるんだ」


 良い変態と悪い変態がいるとしたら、俺は中庸の変態だ。


 健全のエロ、それは認めなければなるまい。


「……そんな言われ方したら誘い辛いんだけど、今日暇? 遊ばない? あたしたち、いつも四人で遊んでんだけど、ミッチとヨッチが今日用事あるから二人なんだよねー。で、低田意外とおもろいから絡んどく? って話になったのね?」


「変態と絡むんですか?」


「やめてよ」


 じゃあやめとこうよ。


 二人の時点で家に帰るって選択肢はないのかね? 君らの放課後エンジョイ脳には。


「モカ、誘ったの? なんて?」


 モタモタしてたので援軍が来た。


 ショートカットのクール系女子だ。制服の下にフード着ちゃうタイプ。内巻きグループの一人。あのグループの中で唯一髪が黒い。でも基本スタンスが斜に構えているので話し掛け辛さがクラス一だ。


「誘った。自分変態ですけどいいですか? って」


「なにそれ告白?」


 いや告発じゃね?


「低田、変態なの?」


「どこに電話しようというのかね?」


 スッと取り出されたスマホに恐怖。こいつ、初対面を通報しようとしやがった!


「違うの?」


「落ち着いてくれ。変態のどうので議論するなら男はみんな変態なんだ」


「鈴木も?」


「あいつはド変態です」


「おーい?!」


 なんだよ鈴木くん。今急がしいから後でね。


「ふーん。ま、いいけど。じゃあ四人で遊ぼっか」


 鈴木くんとワチャワチャしてたら、ちょっとニヤッとしてスマホを戻すクール女子。


 四人?


「え、俺も?」


 その疑問を鈴木くんも抱いたのだろう、自分を指差して固まっている。


「そう。うちらいつも四人で遊べるとこ行くから、料金とか人数制限とかあるし。嫌ならいいけど」


 ふふふ、ならこの放課後案は却下だな。何故なら鈴木くんは高城信者だから。彼は高城さん一筋なんだよ。さあ、鈴木くん!


「行く行く! ちょっと待ってて!」


 これだから男子高校生は!


 鞄を置いたまま走って教室を出ていく鈴木くんを見送って思いつく。


「じゃあ俺も。ちょっと待ってて」


 永遠に。


「いや、嘘でしょ? だんだん低田がどういう奴か分かってきたから」


 グッと駆け出そうと体に力を入れたらグッと手に力を入れて止められた。バット。


「違うって。迷子のお婆さんとか産気付いた主婦が俺を待ってるんだ」


「良い人!」


 どうも。


 内巻きとブンブンと腕を振り合っていたらクールちゃんに笑われた。失礼だな君?


「フフ、ほんとだ。低田ウケる」


「でしょー?」


「面白いな、お前ら」


 こんな陰キャモブ捕まえてウケるって……。


 イジメですね。わかります。


「お待たせ! 部活、病欠してきた!」


 俺がもうちょっと鈴木くんに興味を持っていれば……部活にチクリを入れたのに。


 ……まあ高城関係じゃなかったらいいか、この際。カモはカモでもカモフラージュになるし。


 観念して今日は陽キャの玩具に甘んじることにした。


 でも知ってる? 玩具って見てないとこで動くんだぜ?


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