7ー9


 隠れんぼの極意とはなんだろうか?


 難しいところに隠れることか? 木を隠すなら森といった戦略か?


 それは各々あるだろう。


 しかし俺が思う最も上手い隠れ場所というのは――意識の外に隠れることだと思うのだ。


 探す探さないという選択肢のないところに隠れることだと思うのだ。


 それはつまり――どこだろうね?


 自然と選択肢から外れる場所って。


 ノートをタケっちに返して昼休みが終わりを告げ、五時間目の授業になった。


 襲い来る睡魔と戦うには絶好の授業であろう体育だ。


 六時間目は全滅する未来しか見えない。


 お腹いっぱい食べて運動ってなんだよ。健康かよ。じゃあ睡眠もつけてくれよ。


 ダラダラと着替えて体育館に集合する我がクラス。


 化学の授業とは大違いである。


 しかも先生が来ないというのだから我々のダラダラ具合は全開だ。


 バスケではなく何となくゴールにボールを入れるだけの遊びを行う女子。シュートですらない。赤い髪のバスケットマンに玉入れ遊びと言われても仕方ない行為だ。左手は添えたげて。


 男子は何故かバク転を披露して歓声を浴びたり、タケノコニョッキを始めたり、鬼ごっこしようなどと声を大きくする者が。


 今現在やってるよ。


 バレーボールのトスの上げ合いをする奴、卓球台を出そうとする奴、それを阻止する奴とそれぞれが好きにやってる。


 ポツンと残る俺も、別に好きでハブられているのでお構いなく。


 ……お構いなく!


 この時間は自由ということなら、出欠の確認もあるわけじゃないので、教室に戻りたい。


 スマホで適当なゲームをして時間を潰すのが早いと思うんだ。


 ここでジリジリと精神を削られるより。


 体育館の中心で哀を叫んでいてもしょうがないので、そろそろと出入り口へと近付く。


 ワンチャン帰れるまである。どんなチャンスなのか……。


 体育館を出て出入り口横のベンチに腰を降ろす。ここまでギリ体育館ということで認めて貰いたい。


 外では一年が紅白に分かれてサッカーをやっていた。


 若い奴らは元気だぜ……。


 キラキラ輝いて見える青春ガチ勢。応援したい陰キャモブ。大抵ディフェンダー。


 あまりボールが集まらないという利害の一致からディフェンダーになるのがモブの特徴。サッカー得意メンに抜かれるまでがワンセット。


 居て欲しい、隠れ強キャラ。意外モブ。


 実はサッカー得意なんです無双を是非……!


 でも点を取って顰蹙ひんしゅくを買うんだ。知ってる。肉を切らせて骨を断つとか考えないようにして欲しい。


 むしろ肉を切られて骨折り損な可能性しかないから。


 ほとんどがサッカー素人の中で、一際目立つドリブルメンがゴールを決めて女子の歓声が上がる。女子の体育は応援かな? やれやれ。授業をなんだと考えているのか、全く。


 個人名を叫んで応援する女子に手を振って応えるドリブルメン。個人情報保護の観点から言えばその対応はおかしい。見ろ、悲鳴が上がってやがる。悔しくなんかない。


 全力のアオハルだ。


 ……しかしあんなの好意モロバレなのだがいいのかね?


 いやむしろ「バラしてんのよ」と言ったところか。周りの女子に対する牽制かもしれない。深いな、女子の体育。


 そんな女子だからキラキラも二倍。いや物理的に輝いて……。


 危ない! 伏せろ!


 ハリウッドばりのアクションで地面に伏せた。手は頭の後ろ。基本ポーズ。


 いた。カチカチカチカチ。


 アオハル一軍女子の隣、背が小さいためか重ねって気付かない位置に金……これ以上言葉にできないよ!


 幸いにして高低差から伏せていれば射線は通らない。何を気にしてるのかって?


 狙撃だ。


 しかし立たなければ体育館内に避難できないというジレンマ。


 ……何故俺は安全地帯から出てしまったんだ! 孤独感ゆえ! なら仕方ない!


 匍匐ほふくだ。這ってでも前へ。軍曹も言ってた。


 ズッ、ズッ、と腕を繰り出して進む。


 すると見える上履き。女子用。これが金髪だったらホラーだから。ジャンル間違えてるから。


「低田じゃん、なにしてんの?」


 匍匐だ。軍曹……俺、ダメだったよ。


 誰かと思えば内巻きさん。手には某有名メーカーの棒チョコ菓子。


 クラスメートの奇行を目撃ドキュン。こんなのポケットから出された日にはクラスに居場所がなくなってしまう。


 ウィットに富んだジョークを繰り出すんだ。ウェ~イ神よ! オラにチャラさを! チャーラ、ヘイッチャラ!


「なんでスカートじゃないんだよ……」


「死ねスケベ」


 しまった?! つい本音が。


 いやローアングルから見上げる形だったから期待するじゃん? 俺は悪くない。根付いてしまったオタク文化が悪い。


 グシャっと俺を潰すことに躊躇のない内巻きさん。


 やってしまった。


 いや殺られてない。……生きてる?!


 内巻きさんの踏み潰しは軽め。調子悪いのかな? いや優しいかよ。押せ押せに弱そう。将来悪い男に引っ掛らないか心配だ……。


「あ〜、もう、ほら立って。……なんでそんなに頑ななの? 必死か。ほら、は・や・く〜……!」


 かと思えばグイグイと腕を引っ張って俺を立たせようとしてくる。鬼か。やめてやめて、見つかっちゃう。


「〜〜っ! もう! 重い!」


 ついに諦めた内巻きさんがペタンと腰を降ろしてくる。


 いやドスンが正しい。椅子はカースト底辺男子。


 そうだね。床は汚れるもんね。


「あの? プリントさん?」


「なにそれ? ん」


 いや違う。


 どいて欲しいから声を掛けたのであって商品名が擬音由来のお菓子欲しさではない。


 しかし突き出されたお菓子は食べる。だって女子からの『あ〜ん』だ。断るわけがない。


 でもなんか違くない?


 少なくとも俺の学んだシチュエーションはこうじゃなかった。『あ〜ん』も箱ごととかじゃなくて一本だけとかだった。違う。


「ていうか低田、あたしの名前覚えてない説。んだそれ〜、ショックなんですけど〜」


「違うよ。あだ名の方が親密感あるだろ? それ」


「どれ? え、低田、もしかしてあたしのこと好きなの? ガチかぁー。ごめるー」


 フラれ……え? なんて?


「んで? ほんとに知らないんでしょ? これは慰謝料ですかなぁ〜……」


 不当だ。むしろバシバシと叩かれている今、治療費を貰わなければ釣り合いが取れない! つまり打ち消し合って無効で!


「いや知ってるし。むしろずっと前からファンだし」


「それは盛り過ぎー」


 くっそ、思い出せ。曲りなりにもクラスメート。授業中の指名とかで聞いてる筈!


 近々きんきんでこいつが呼ばれたのは……!


「モカ」


「呼び捨てかい」


 ビシッとチョップを頂いた。正解者へのご褒美かな? 業界人?


「しかも下の名前とかキモい」


 追撃まで付いてくる。サービスだな。もう俺はサービスの実態を知っている。


「佐藤だよ、佐藤。佐藤 萌歌もか。どう? いい名前でしょ?」


 ブルータスみたいだな。佐藤もか?! 的な。


 ユダにありがちな名前だ。気をつけねば……。


 しかしここは生殺与奪を握られている立場。無難に褒めておこう。


「うん。とっても美味しそう」


「セクハラか」


 何故だ?! どうせご両親はお茶好きとかなんでしょ! 砂糖的な意味合いで名前も合わせてきたんでしょ! そう思って褒めたのに……!


 ギャルゲで好感度のなんたるかを知った俺の攻略法が効かないなんて……! 


 これだからガチJKは。フスー。


「もう〜、低田が意外と変態過ぎてヤバいー。……あっ、一点入った。すごいね、あれ。クルッと回ってたよ? 見た? あれ見てたんじゃないの?」


 いや見えない。


 そしてサッカー実況に向かないな、お前。


 しかし丁度いい。


「よし。まずどういう状況か教えてくれ」


「えー? 自分で見なよー。うーんと、1対1だって。同点。どっち応援してんの?」


 むしろ応援見てんの……って同点になったの? 凄いな。相手はどう見てもカースト上位勢で固まってたのに。


「すげーな。あれから一点取ったのか」


「そー。なんかババッてやって、あのカックイー一年生をシュッてやってから、クルッ、よ。クルッ。わかる?」


「わかる」


 貴様天然だな?


「あ、あ、すごーい! なんかこう……上手く騙した感じ。あの子、サッカー部かなあ? イケメンくんも負けてないけどね」


 顔で?


 でもちょっと気になるな。


 まさかの陰キャ無双が展開されてる予感。


「あの、佐藤さん?」


「佐藤さんだってー、ウケる」


 いや面白いこと言ってないけども。


「サッカーもいいけど、こっち見てる女子とかいない? ほら、応援してる一年の」


「低田が意外と肉食。あたし、もしかしたらピーンチ」


 絶賛ピンチ中の俺には及ぶまい。


「なになに? 気になる娘いる系? 低田はどの娘狙い?」


 むしろ狙われてるといいますか。


 主に肉食が俺の食事を。


「キンキラのやつ」


「レアか」


 多分ウルトラな星レベルで。


「もうー、キンキラとかほんとにいる? キンキン、キラキラ。お、ほんとにいる。外人? どれどれ……ほうほう。……あー……。えー? え……ええー? あれは無理目でしょ。ご愁傷様で」


 殺さないで。


「あ、でもこっち見てるよ? 良かったじゃん低田。目が合うくらいは叶う……なにしてんの?」


 伏せてます。より深く。


 バカな?! 動物的な勘でもあるのかあのエセ金めっ! くっ、このままでは卒業までサイフ……もといお弁当箱として使われてしまう。


 移動しなければ。


「うわお。動いてるよ、この島」


 島だからね。


 ところでいつまで乗ってるの?


 背中で体育座りする内巻きを乗っけながら、俺は体育館に逃げ込んだ。


 体育館が金髪の意識の外だと信じて。


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