7ー8


 若気の至りは誰にでもある、恥ずかしいことじゃない……。


 無理だよ! こんなんじゃ誤魔化し切れないよ?!


 ある程度タケっちと共に悶てから、心を殺して黒歴史を振り切った。


「野球部だからってバット持ってバットボーイやってた武居くん、どう思います?」


「……なに言ってるんだ。俺たちは仲間、ボーイズが正解だろ?」


「巻き込むんじゃねえよ」


「五年は遅いセリフだな」


 あの頃の裏番が今では妹の下着着服容疑者か……。


 人って変わるんだね。


 互いに顔を見合わせて深い溜め息。


「……やめようぜ、どっちに転んでもいいことねえよ」


「奇遇だな、俺もそう思ったよ。あと、ノートごめん」


 どさくさで謝っておこう。ここしかないタイミングだ。


 するとこちらの予想通り割とどうでも良さそうに頷く武居くん。


「もういいわ。いやよくねえんだけど。返しては貰うけど。それよりヤチの誤解を解いてくれ……。いやマジで。あれ以来、うちの中でスカート履かなくなったからさぁ……。それ自体はいいんだけど、明らかにさ……な?」


「それはキツい」


 ガチだな八千代ちゃん。


 精神から殺しにきてる。


 どっこらせと廊下の真ん中で腰を降ろす黒歴史保持者。


 俺も消化のためにそれに倣う。


「あー、キツっ」


「あ? なんだよ、当て付けがましいぞ。ちょっとした絞め技だろ?」


 絞め技にちょっととかあるの?


「いや違う違う。ただ昼を食べ過ぎてもたれてただけだから」


「……そういやお前クラスに居なかったよな? 外で食ってたの?」


「フッ。学食でペタ盛りに挑戦してた」


「マジバカだな」


 タケっちはどうやらペタ盛りがどういう存在か知っているようだ。そういえば学食常連だったな。


「タケっちは? 今日は学食じゃないん?」


「……俺は失敗作の処理に当たっていた」


「俺は昼ご飯の話をしてる」


「俺も昼飯の話をしている」


 不発弾の処理と間違ってない?


 少なくとも顔はそれっぽい感じで話してるタケっち。しかも失敗した顔だ。


 どんな昼飯かな?


 おばさんが創作料理にでも挑戦してるのか。


 だとしたらこの話題を長々と続けるのはマズい……。


 ちょくちょくお世話になるタケっちの家。当然ながらおばさんとも顔見知りだ。たまたま出食わしてタケっちが俺を犠牲に「あいつも食べたいって言ってたよ」とでも伝えてれば、ちょうど良かったとばかりに餌食だ。どっちが食べる側なのか。


 自然な話題転換が必要だ。


 とりあえずタケっちの言葉に頷きを返して、俺は別の話題を放り投げた。


「ところで駅前の牛丼屋の店員さん可愛くない?」


「お前は昔から自殺願望がある」


 ダメだ。既にやられている。


 いや、会話してよ。その返しはおかしい。


「……タケっち、もう手遅れなんだね」


「ああ……近い内にな。お前も味わえ」


 やはり俺を生贄にする気のようだ。


 まだオコなの?


 しばらくタケっちの家には行かないでおこう。


 何故か直感もそれが正しいと言ってる。


「まあ、それはそれとして。どしたのタケっち? 俺を探しに来たんならこっち方面はおかしくない?」


 食堂から人気のない方と言えば、指導室などが連なっているここら一帯だ。普段使用する機会もなければ先生すら来ない。城ヶ峰先生が珍しいぐらいでタケっちに至っては存在するのがおかしい。


 まさか中学時代に逆戻りかな?


 それにタケっちは視線を合わせず溜め息。男前。


「ちょっとな」


「俺とタケっちの仲で隠し事かよ! 見損なったよ! 少し気取ってるところを見るに女関係だな! 薄情者! 紹介して!」


「ちげーって。なんか反応が過敏だな……?」


 だって俺の隠し事と違ってピンクっぽい雰囲気が漏れてるから! 俺のは黒か紫だから!


 どうしてだ……どうして同じ女性関係の隠し事でこんなに差がつくんだ? こんな元マルコメのなんちゃって気取りヘヤーと。ちくしょう!


「まあいいか。いざとなったらタケっちを殺して俺は生きよう」


「ただの殺害予告じゃねえか」


 君、あれだよ? もしこっちから女性が現れようものなら状況証拠は揃ってるからね? 逮捕とか連行とか生温いことする気はないからね?


 いや……そういえば女性は現れたじゃないか!


「そんな?! 先生と生徒という関係でありながら?! きっさまあ! 城ヶ峰先生と!」


 羨ましい!


「どんな勘違いだ。離せ。あの先生なら、こっちに気付いてビックリしてただろ?」


「上手い演技だなぁ」


「そんな訳あるか」


 それもそうか。よくよく考えたらあんな美人とこんなマルコメがどうこうなるわけないよな。


 無意識に掴んでいたタケっちの胸ぐらを解放する。


「お前だって俺に隠し事ぐらいあるだろ? 普通だ普通」


「だから牛丼屋の店員さんが可愛いって明かしてるじゃないか」


「それ隠し事って言う?」


「動画で踊ってる女の子を観るのが趣味」


「それは永遠に隠しとけ」


「巨乳派」


「それは昔から知ってる」


 いつから? 言ったことないよね?


「じゃあないよ。女の子に関する隠し事なんて。へっ。クラスじゃ女子と話すこともないし」


 やさぐれて廊下にゴロンする俺を、タケっちが胡乱げな目で見つめてくる。


「……隠されてることならあると思うぞ?」


「だから〜、隠してることなんてないって。あれか? 最近女子高生にお昼ご飯を奪われたことか?」


「どうしたらそうなるんだよ……」


「遠回しに脅し取られたんだ。裁判で勝てない手口だった……」


 その後、軽く近況を話し合ってお腹が軽くなってからノートを取りに教室に戻った。


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