7ー7
フードファイトという途轍もなく目立つ行為をしてしまった俺は、追われる犯罪者もかくやという身振りで食堂を後にした。
何故だろう?
高城さんと目が合ったせいなのか……体が非常に重い。
もしやあの毒舌が呪いにまで進化したんじゃ?!
うん、食い過ぎだねぇ。
せめて食堂のおばちゃんの胃薬が本物なら……!
食器を返却する際に貰った胃薬は『ラムネ』と書かれた瓶に入っていたので返した。
デザートとかじゃないんだよ。じゃあプリンとかじゃないんだよ。
曲がり角を細心の注意を払って曲がる。
具体的には曲がってから壁を背に顔だけ出して確認だ!
「変質者か」
「そうだ!」
他に何に見えるというのかね? 眼科に行った方がいいよ。
後ろから掛けられた聞き覚えのある声に振り返らずに答える。
野生のタケっちだ。害しかない。ほっとけ。
追っ手が心配なんだよ。変に関心を持たれたくないというのに。全部あのチャレンジメニューが悪い。
もしくは野口が二人もいたのが悪い。
ポンと肩に置かれた手を払う。今忙しいんだよ、後にして。
再びポンと置かれた手を払う。今腹いっぱいなんだよ、後にして。
再びポンと置かれた手がグシャッと肩に食い込む。
「ぐああああ?!」
振り返れば鬼がいた。バカな……いつの間に!
憤怒の形相。中学時代に『鮮血帝』と呼ばれていた不良を見た。ダサい。違った。怖い。
「よう。ご機嫌はどうだ? ちなみに俺は最悪だ。何故か聞きたいか?」
「い、生きていたのか……」
「……妹の下着を何故か俺が拝借しているという疑いが掛かったことか? あれは危なかった……」
「違う! 違うんだ! 聞いてくれタケっち! 俺は無実なんだ!」
「ああ、聞かせてくれ。お前が未だ返さないノートのために俺に未提出が一つ付いた理由か……もしくは断末魔の叫びをな」
既に手遅れか。
くっ! 平時ならこんな奴、秒殺からの俺なんかやっちゃいました? でヒロイン総惚れまで見込めるのに!
ただ今は体調が思わしくない。
普段のキレは出せないだろう。
背後を取られているという位置関係も悪い。やれやれ、騎士道精神の欠片もない卑怯者はこの手の奇襲が得意だからな。参るよ全く。
俺では微塵も思い付かない発想だ。
さて、戦闘は得策ではない。
ではどうするか?
決まっている。
口車に乗せて奴を嵌めるんだ。
タケっちからは見えていない顔を笑みの形に歪ませて、このマヌケを嵌める算段を開始する。
策のストックは無数にある。暇な授業中にその手の想像をよくするので。
これも日頃の努力の賜物だな。
「……どうしてもやるのか」
「命乞いは聞かん。いややっぱり聞いてやる。できるだけ惨めに頼むな? 憐れを誘う感じなら助かるかもしれんぞ?」
とりあえず停戦交渉ができないことが分かった。
あかん。割とガチオコだ。
……大丈夫。これはポーズだ。俺、結構本気だよ? と見せることで、こちらから有利な交渉条件を引き出そうとしてるだけさ。
俺とタケっちの仲だ。一発か二発殴られればチャラに……。
「う〜ん、殴りたい。この場でボコボコにしてやるのもいいが、邪魔が入ったら興醒めだ。まずは定番の校舎裏に案内しよう」
「助けてえ! 誰か、誰か助けてえ?! 暴漢です! この人、だいぶキマってます!」
「面白いじゃないか。ほれ、どうした? ガンバレガンバレ……誰も来はしないがなあ! ふははははは!」
特級な呪霊かな?
人のいない方に逃げてきたのが災いした。誰も通り掛かることがない……!
「……何をしているんですか?」
グイグイとタケっちに肩を引っ張られるのに、曲がり角を掴んで抵抗していたら、後ろから声を掛けられた。
英語の城ヶ峰先生だ。
まだ新任から二年という若い女の先生で、二十代後半なのに幼さの残る横顔と大きな胸は男子生徒を魅了して止まない。魅了された。
地味さを出すためなのか、大きなメガネと三編みが一部の男子にはよりウケている。俺調べ。
女神だ。
「先生! イジメです! 校内暴力です! 不良学生です! 武居くんが僕を、僕を! ……うわ〜ん!」
おい離せよ。
今なら自然にあの胸目掛けてダイブできるだろ?
させじと固め技を掛けてくるタケっちを、全力で振り切らんと力を絞り出す。ミシミシと鳴っているのは俺の体か奴の手か。
「廊下壊しちゃダメですよ……」
踏みしめている廊下と掴んでいる壁だった。
老朽化かな? それか元からあったヒビだと思う。
ここでようやく開放されたが、城ヶ峰先生に抱き着くタイミングは過ぎ去っていた。
ええい、融通の効かない親友だな!
そこは空気読んでくれてもいいだろうに!
「一生に一度、あるかないかのチャンスだったのに……!」
「これ以上、ヤチに殺される理由を増やしたくねえんだよ」
八千代ちゃん? なんで八千代ちゃんが関係あるの?
なに? 八千代ちゃんに弁明したいのなら証人連れてこいとでも言われたの?
疲れてますと言わんばかりの溜め息を吐き出す城ヶ峰先生をよそに、ヒソヒソと話す俺たち。
余計な仕事を増やしちゃったかな?
「先生、補修しときましょうか?」
「上から色塗って誤魔化しときます」
「……なんか手慣れてますねぇ」
そんなことないよ?
「大丈夫よ……。大きなヒビじゃないし、これくらいなら。……多分。へーきへーき」
疲れた笑いを浮かべる先生に、俺とタケっちは顔を見合わせる。
「先生、具合悪いんですか? もしくは結構マズいことしちゃいましたか? こいつが責任取りますよ?」
「俺を押すな。でも、すいませんでした。責任は主にこいつが取りますが、俺たちにできることあったら言ってください。あと、本当に顔色悪いっスよ。保健室行った方がいいっス」
体育会系が出てるよタケっち。
「あ、全然大丈夫。これはそういうのじゃ…………」
顔の前で手を振る先生。
身長も俺たちより低いので、合っていなかった視線を上げて弁解する。
「た、
そこでようやくこちらがどちら様かに気付かれたようで……。
何故名前を知っていたのかは、両者のクラスの英語担当着任努力だと思いたい。
要注意人物リストとかその手の
タケっちが真顔だ。
きっと俺も同じ顔してる。
現代版『俺、なんかやっちゃいました?』だ。
良いことないぞ、流石ファンタジー。
「あ、あんまり暴れちゃダメよ? 先生もう行くけど……喧嘩しないように」
「「はーい」」
なんでこっちの名前を知っているのかの説明はなかった。先生が生徒の名前を知っていてもおかしいことではないので、俺たちも聞けず仕舞いで先生を見送った。
もう共に喧嘩するテンションじゃなくなっていた。肩の力を抜いたタケっちが城ヶ峰先生が見えなくなってから呟いた。
「あれさ、中学の……」
「よせ。言うな」
泣いちゃうだろ?
若い頃の黒歴史ってやつは暴いていいことないんだって。
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