7ー1 隠れんぼ
眠ってしまえば空腹を忘れられる。
だから早いとこ就寝したからなのか、いつもなら目覚めない時間に目が覚めた。
これじゃ学校に間に合っちゃうじゃん……。
寝惚けた頭でそんなことを考えつつ、手に持っていた目覚まし時計を元の場所に置く。
時刻が少しばかり信じられなかったので掴んでしまったのだ。
よく考えたら枕元にスマホがあった。そっち見ればよかった。
こんな早い時間に起きて何をしろと言うのか。二度寝ですね分かります。
再び幸せを享受しようと布団を掴んだところで、今度は腹が鳴った。
タイムオーバーだ。シット! 空腹が追いついてきた。
社会人な両親は既に起きて朝食中の筈。頼めば何か出てくる、よね?
モタモタとベッドから起き上がり、脱ぎ捨てた制服を踏みつけながら部屋を出る。フラフラしながら漂ってくる朝食の臭いを辿り一階へと下りる。
キッチンへの扉を開けると父がスーツ姿でコーヒーを啜り、母がエプロン姿でフライパンを握っていた。
父の対面に腰を降ろす。
「あら珍しい」
「そうだな。珍しく遅刻しない時間だな」
失礼な両親だ。それじゃ俺が毎度遅刻してるみたいに聞こえるじゃないか? 週に数回程度だろ、大袈裟な。
「俺にもモーニング」
「おはよう」
「おはよう」
そうじゃない。
「多くは求めません……牛乳にトースト、スクランブルエッグにコンソメスープ、カリカリのベーコンにタマネギを抜いたサラダを……ゴマドレで頂けたら……」
「食パンにジャムよ」
虐待かな?
ぺっ、と出てきた食パンの袋と使い掛けのジャムの容器をそれでも掴む、健気な私。いつかランボルギーニに乗った女社長がヒモとして囲ってくれる未来を信じてる。
ジャムの蓋をカパッと開くと底が見えた。綺麗。
親父がコーヒーについていたミルクをそっと差し出してくる。小さいね?
虐待だな。
仕方なく食パンにミルクを掛けモソモソと頂く。あ、意外と美味い。
「そうそう、ごめんだけど、お弁当作れないから昼はなんか買って食べてね」
「それは何に対しての謝罪なのかによるな」
朝飯? お弁当? お金?
最後の一つに関しては謝ることは許されないよ! 五十円でどうしろと? 餓死ですね分かります。
「何プリプリしてんのよ? 反抗期?」
「カルシウムが足りてないんじゃないか?」
「うん。だとしてもコーヒーミルクをもう一つ貰ってもしょうがないから」
むしろカルシウム不足がより露わになるから。やめろ。袋単位とかの問題じゃない。牛乳をよこせ。
親父が冷蔵庫を開けたので、ついでとばかりに出して貰った牛乳を受け取っていると、母が財布を取り出した。
「母さん!」
「これで」
「母さん?」
ニュッと硬貨を一枚突き出してきた人でなし。
なんと俺の所持金が三倍に膨れ上がった!
そして弾けるまでがセットだ。察してほしい。
「いや、母さん……流石にそれじゃ足りないだろ」
流石に見かねたのか父が苦笑いしながら待ったを掛けた。
「父さん!」
「倍は上げないと」
「父さん?」
天丼か。現物をよこせ。
どちらにせよ素うどんレベルを脱せない。昨日のカロリー摂取量を考えると今日が命日にもなりうる。
金髪に頭を下げて昨日のお弁当を返して貰おうかなぁ……。
そんな情けないことを考えながら絶望に浸っていると、まだ受け取っていない硬貨が母の財布へと戻っていく。
下げて落とすですね? 分かります。
いや分かってたまるか。
「慈悲はないのか!」
ほんとに僕の肉親ですか?!
「なーにムキになってんのよ、嘘よ嘘。はい、これで何か食べなさい」
スッと出てきたお札様。
しかも二人。
中でも最弱と呼び声の高いお札様だが、二人も入れば大抵の学食が網羅できてしまう。
「え、いいの?」
なんかある? 裏とか表とか。なんならまだ夢って可能性も出てきた。
「とか言いながらしっかり掴んでるじゃない」
「消えて無くなるんじゃないかと思いまして」
俺のもんだ! 誰にも渡さないぞ!
死亡フラグを立てている間に、親父が鞄を掴んで「いってきます」と出ていった。
「いてらー」
「いってらっしゃ~い」
共に手を振って我が家の大黒柱を見送ってから、しっかりと母親へ向き直る。
「んで、なんで二千円?」
「なんでって何よ」
いやだって……。
夕飯代は五百円だった。一食五百円が我が家の掟。つい昨日までは。なのに二千円。ここでの四倍は明らかだ。
明らかに怪しい。
じっとりと母を見つめる。
どんな些細な言動だろうと見逃さない!
「じゃあ、返しなさい」
「さてと、学校行かなきゃ」
真実を見つけるのが探偵、全力で見逃すのが大人だ。
俺の推理力の無さを許してくれ。
ペッ、と手を出す母親から逃げるように立ち上がり、実際に二階へと逃げ出す。
あれでマジなんだよ、あの人。
小学校の頃にダダを捏ねてお小遣いのアップを望んだら、本当にお小遣いがなくなったことがある。土下座の有用性を初めて理解した。
部屋に入り施錠してようやく一息つく。
ついでとばかり扉に耳を当てる……どうやら追ってきてはいないようだ。
ふと手元を見ると野口。
握り込んだ紙幣にガッツポーズ。
今日の学校は楽しくなりそうだぜ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます