6ー2


 おかしいだろ。


 アプデ後のバグでフィールドに現れるボスキャラか何かなの?


 何年と住んできてその存在を確認したことなんてないのに、突然エンカウント率が上がったのは何故なのか?


「……」


 春だからだね。


 一年毎に更新される生息区域に新入生が食い込んでくるのは毎年のこと。


 新卒、新入生、新社会人、頭のおかしい人。


 全て春の催しだ。納得。


 今度から気をつければ問題ない。


 足早に近くの牛丼のチェーン店に進みながら疑問を解消した。迷いがないせいか交通規制すら俺を止められない!


 単純に信号が赤にならないだけだが。


 しかし信号待ちにならないのはいい。お腹ペコペコなので。


 いつの間にか俺もハラペコモンスターと成り果てていたようだ……。


 どうやらハラペコは感染するらしい。


 普段は開かずとなる踏切も、今の俺の強運が捩じ伏せたのか沈黙を保っている。


 開かずの開く率が半端ない。


 踏切を割って普段は行かない駅前の方まで来た。


 最寄りの牛丼チェーン店なんだが、自宅からは遠いので学校帰りにしか行かない。駅利用のない自宅生としては仕方のないことだが……家の前に新店舗とかできないかなあ?


 自動ドアにいらっしゃいませされながらカウンターの一人席に座る。だって看板がお好きなところにいいって言うから……。


 お水を持ってきた店員さん(かわいい)に笑顔を返す。癒される。これだけで最近の値上がりも許せてしまう。金持ってる時限定でだけど。


「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」


「並、つゆだくで、卵一つ」


「ありがとうございます。つゆだく一丁!」


 元気に唱和する店員さんを横目に、手持ち無沙汰なので店内を見渡す。


 そこには――――!


 誰もいなかった。


 うん。まあね。


 昼飯時でもなく夕飯にも早い時間だ。こういうガッツリ食べるところとしては今じゃない感がある。


 これで金髪がいたらホラーだった。


 高城さんがいたらホラー通り越してコミカルだった。


 むしろ見たいまである。


 あの人って普段なに食ってんのかね? きっと庶民には想像もできないもの食ってんだろうなあ。想像ができないせいか、想像の中の高城さんの手元がモザイクだ。怖い。その弁当箱には何が詰まっているんだろう。怖い。


 うちの学校は弁当制なので気になるのなら高城さんのクラスに行くか食堂で張ってればその食事風景を見られるんだろうが……流石にそこまでするのは面倒だ。


 興味はあるけどね。


 一年の時もクラスが違ったし食堂利用者でもないので、その光景を目にすることはよっぽどないだろう。


 これまでも、これからも。


「お待たせしましたー!」


「あざーす」


 庶民は庶民の飯を楽しみますか。


 待たせたと言うほど待たせることのない早さで食事を提供だ。


 早い安い美味いを掲げるだけある。


 割溶いた卵を牛丼に掛ける。俺は卵を混ぜる派なのだ。


 醤油を掛けて、紅生姜をひとつまみ。


 最高かよ。


「いただきまーす」


 あとは掻っ込む。


「ごちそうさまー」


 秒。


 ……ハッ?! いつの間にか中身が消えてる!


 なんてテンプレのリアクションをしつつ席を立……とうとして視線を感じドンブリ片手に振り返る。


 殺気!


 振り向いたそこは――窓になっていて誰もいなかった。


 勿論、窓の外にも。


 人の影どころか通り掛かる車もない。


 対面のビルの窓があるだけの殺風景。


 『はっ?! この気配は』ごっこである。


「お客さん?」


「おあいそで」


 突然機敏な動きを見せるおかしな客を見咎めた店員のお姉さんが声を掛けてきた。


 この咄嗟の誤魔化し、天才かな?


 いやでもほんとに見られてるように感じたのだ。


 悪ふざけはしたが。すんません。


 会計を済ませて店を出る。掌に残るは欠陥品。


 駄菓子でも買って帰ろう。


 駅前なので車通りの多い道を、渋滞を横に見ながら抜ける。相変わらずの強運は、開かず踏切を突破させてくれた。開かずってなんなのか。


 ここだ!


 踏切の真ん中で突然振り返ってみる。


 他に道はない。ここしかないというタイミング。


 ビクッとなるメガネにお下げの女の子。


 知ってるセーラー服。地元の中学生のようだ。


 あれー? おかしいなあ?


 怪しい奴を見掛けなかったか訊いてみようか。


 しかし女子中学生は俺を中心に円運動。


 しっかりした防犯意識だ……頭が下がる。


 ごめんなさい。


 他に人影もない。頭をカキカキしつつ首を傾げる。


 ほんとに気のせいみたい。鈍ったな……。


 そういえば昨日、八千代ちゃんにも気付かなかった。


 荒れた中学時代の反動なのかもしれない……。


 主に荒れてたのはタケっちで俺じゃないけど。


 まあ、気のせいなら仕方ない。


 だからコソコソと電話しないでくれるかなあ、女子中学生さん?


 急に運動したくなった俺は全力疾走で家に帰ることにした。警察は関係ない。




 しかしこの時の俺は気付かなかった。


 家に帰った俺を待ち受ける恐怖と絶望に……。



 そう――


 それは親父から放たれた。


「あれ? 昨日、母さんから言われなかったか? 今日父さんも母さんも出掛けるから弁当でも買えって。弁当代渡したって言ってたぞ」


 ……。


 しまったあああああ?!


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