6ー1 下校途中に


 お腹、減っただよ……。


 全然関係ないことなんだけど菓子で腹は膨れねえから。あの外国人もどきがぁ……。


 そして遅刻もしました。


 用務員さん、恐ろしい……。


 こんな学校じんがいまきょうに居られるか! 私は帰らせて貰う! 下校時刻だからね!


 終業のチャイムは鳴らなかったが、ホームルームは終わったので、それぞれがそれぞれの目的のために散っていく。


 うちの担任は少しばかり融通が利くからか、いつもより早い時刻に終業だ。カッコいいよカト先! 芸能人(お笑い)に似てる!


 とにかくお腹が減ったので、普段からは考えられないくらいテキパキと帰る準備を進めて席を立つ。ペラペラの鞄を持つだけなので早い。うん。いつもと同じ。


 二年に上がってクラスに仲のいい奴なんていないせいか、教室から出ていく早さがダントツだ。いや席が扉の横だからだな、うん。


 誰も俺に追いつけない。


 最強は虚しいってほんとだね?


「あ、おい低田」


「お疲れーっす」


「待ちなさい」


 ちちぃ!


 いち早く教室を出たためか、廊下にいた担任に目をつけられた。おい、さっきの褒め言葉返せ。


「悪いんだが、この鍵を科学準備室にいる瀬戸先生に届けてくれ」


「先生……悪いって分かってることはしちゃダメだ!」


「大丈夫、先生的には良い事だから」


 先生?


 大丈夫かな、この学校……。


 お笑い芸人似の腹黒さを見せる先生から鍵を受け取りながら、そう思った。


 教員の採用事項に『一癖あること』って載ってないよね?


 仕方なしに鍵をポケットに突っ込んで科学準備室まで歩く。


 幸いなことにまだ終業前のクラスも多く、廊下は空いていた。


 おかげで割と早く科学準備室に付いて、白衣に頬がこけてて痩せてるというマッドサイエンティスト風の教師に鍵を渡せた。


 ほんとにこの学校の教師陣が心配だ。


 ちなみにめちゃくちゃいい先生で生徒人気は高い。


「失礼しましたー」


「うむ」


 ただ返事は独特。


 科学準備室の扉を閉めると、どこからともなくカチャカチャボン、ヒュッ、ボンという薬品を反応させてますと言わんばかりの効果音が流れ出す。


「イヒ……イヒヒヒヒヒヒ!」


 そして聞こえるべくもない笑い声が。


 俺の幻聴率高いなあ……。


 先生が生徒のプライベートに立ち入らないように、生徒も先生の仕事に立ち入らない。先生はまだ就業中だから、あれもきっとお仕事なんだよ。


 足音を殺して下駄箱に急ぐ。


 もう余計なものを見るのはたくさんなのだ。


 ガヤガヤと他の教室からも生徒が排出され始めたので、急ぎ目に靴に履き替えて下駄箱を後にする。


 校門から解き放たれた俺を遮る者はいない。


 すうううう、シャバの空気は美味いぜえ。


 いや、そんなでもないな。


 こちとら霞食って美味いとかほざく人外じゃないので、固形物が食べたい。


 家に帰っても食材はほとんどない……。


 俺が食べてしまったので。


 昼飯が昨日の晩ご飯の残りになるのも仕方ない流れだ。決して母上様の手抜きではない、と思う。


 どうするか……。


 こうするか。


 買い食いしよう、そうしよう。


 このまま帰っても空きっ腹抱えて両親が何か買って帰ってくるのを待つばかり。つーか何も買って帰ってこない確率もある。フィフティ。結構高ぇな。


 ならば食材なり加工品なりを買って帰るのが賢い選択。食べて帰るのが神の一手。


 奪われる心配がない。


 となると。


「タケっちの家かスーパーの試食……大穴でファーストフード、といったところか……」


 弾き出された最善の選択肢。知性が光る分岐点。


 単にお金がないだけ。


 ゴソゴソとポケットを漁ってみると手に冷たい金属感お札無し。


 財布なんて高尚なもんはねえ。


 歩きながら握り込んだ硬貨を広げてみる。


 五百円。


 今はこれが精一杯とか言えば女の子にモテるんだろうか? 鼻で笑われる未来しか見えないが。


 しかし五百円は俺にしてはお大臣だな。いつもならアルミニウムか銅製の物しか入ってないもんな。偶に銀っぽいのが入ってても穴あきの欠陥品なんだぜ? 半額。あれ? なんか目から汗が垂れてくるよ?


 これだけあれば腹いっぱい……! は、食えないが、夕飯までは食い繋げるだろう。


 しかしなんで俺はこんな大金を持っていたのか?


 こんなにあればたちまちと腹に消えるのに……。


 今がそう。


 ま、いいか。


 五百円を親指で弾いてキャッチしつつ、スーパーの安売りのお菓子と惣菜コーナーでも見に行くことを決意。


 もしかしたら試食やってるかもしれない。


 タケっちの家は……なんだろう? 何か忘れてるのか酷い死臭を嗅ぎ取れる。今日はどころかしばらくやめておこう。作戦名、直感を大事に、で。


 徒歩二十分ほどでスーパーに到着。


 のらくらと中を見回る。


 何故か置いてある某有名カードゲームのスターターパックを小学生と一緒に「すげー」「すげー」と言い合ってみたり、お肉の鮮度を見てる主夫の方と賞味期限について議論したり、近所の女子大生に御一人様ワンパックの卵を持たされてレジに並ぶことになったりしつつ、目当てのお菓子コーナーへ。


 今日は試食をやってないようだ。残念。


 惣菜の半額シールが貼られるまで待つのが倹約だが、その頃には餓死してる。自信ある。金髪株が急下降。


 なので安売りのお菓子コーナーにいるのだが……どうしよう。


 ガツンと重い物が食べたい。


 ……おかしいな? ここに来るまでは菓子でも構わない気持ちだったのに、スーパーを回る内に心変わり。


 何故だ?


 肉だ。


 それだ。


 熟成の話がどうとかオムライスがどうとか今日の夕飯はカレーがどうとか、入ってくる情報に食欲がマックス。


 全て肉関連だというのだから堪らない。


 お腹減ったよぉ。


 安売り49円のスナックを置いて、惣菜コーナーに戻る。


 なるべく安く、かつ重い物を……!


 キラキラと宝石のように光って見える惣菜コーナー。


 そして実際に光を反射してるんではないかと思われる金髪。


 残像も霞む速度で横道へ。


 ほんの少し遅れて金髪の視線が、先程まで俺の居た通路に向けられる。


 ハア、ハア、何故奴がここに?!


 その体躯に似合わないハラペコモンスターの登場だ。


 こっそりと通路の角から顔を出して観察する。


 外国人も髪を染めた十代も珍しくない昨今だが、金髪はその容姿から周りの注目を集めまくっている。


 学校ならどこであろうと一軍を張れそうなヴィジュアルだけに分からんでもない。


 分からないのは胃袋の内容量だ。


 しかし本人は気にすることなく惣菜を強い眼差しで射抜いている。


 かと思えば何かを探るように視線をウロチョロ。


 ヤバい。ハントされてしまう。


 あれは食材えものを狙う鷹の目だ!


 手頃な男を捕まえて私お腹減ったプリーズとでも言えば不自由しないとか考えているのだろう。へっ、そんなんで引っ掛かる男なんていないぜ!


 一度は仕方ないんだよ一度は。男ってそういうものだから。


 あそこに金髪が居たからと別に問題なく惣菜は買える……買えるとは思うも、昼の炒飯だってそう思っていたのだ。


 ここは戦略的撤退……。


 いや、全力の逃げだ!


 ゆっくりと後退りつつ、お酒コーナーから抜け出す。バレなかったようだ。


 しかしもうこんなところには居られない。


 私は帰らせて貰う!


 予定を変更してファーストフード店にでも行くとしよう。


 俺は魔物がうろつくダンジョンから五百円を抱えて生還した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る