5ー2
天気が良いせいか、普段なら特になんとも思わない緑が清々しく映る。
大きなカーブを描いて森の奥へと誘う遊歩道を歩きながら景色を楽しむ……ああ、なんて優雅なんだろう。ささくれだった心が癒される。
こうして静かに歩いていると、あらゆる
グゥゥゥゥゥ〜
響いてきた腹の声が『それは違うんじゃね?』って言ってる。
うん。そりゃそうだ。
食欲が勝ったので足を速く動かして終着点へと急ぐ。
そもそも腹が減ったら戦が出来ないとか言っちゃう戦闘民族の末裔なのだ。腹ごしらえが第一。教室から飛び立っていった戦士たちもそうだった。俺もそう。
どこかに腰を落ち着けるべくベンチを探す。
前は森の浅いところに置いてあったというのに、いつの間にか見当たらなくなっている。
用務員さんが場所を変更したのだろう。まったく。
「ベンチベンチベンチベン……あ」
独り言を呟きながらベンチを探していたら見つかった。
ベンチと金髪少女が。
そう。
バッチリ目が合った。
見つかったのは俺の方とも言えるね、うん。
独り言を呟いてるとこを見つかったと……。
だって、ちょうどカーブが反対に切れてて死角だったから……!
人なんていないと思ってたから……!
このまま「チベンチベン」言いながら少女は幽霊だったを押し通して通り過ぎる手もあったのだが、既に発見を伝えてしまっている。
思わず「あ」って出ちゃったから。
いや、金髪だったからつい。
校則で髪を染めるのが禁止されている我が校で、それでも染めている奴はオシャレに力を入れているか反抗的かのどちらかだろう。
この少女は真っ金々。
ヤバい奴だ。
どちらにしても関わりたくない系。
その根元まで金の髪をショートボブにした平均よりやや背の低い女の子は、茫洋とした黒い瞳でこちらを見つめている。バッチリ目が合ってるのに何も喋らないのはパックのリンゴジュースに刺したストローを咥えているからかな?
それともこんなアオハレベルの低い奴とは
着崩した制服はリボンを取ってシャツのボタンを上二つまで開けている。胸元から除くのはアクセサリー。谷間じゃないのは胸の大きさ故だろう。残念。巻き取られたスカートは膝上10センチは余裕。その脚の細さと白さを悠々と見せつけている。
上級者だ。勝てない。
全滅する前に撤退だ! とりあえず戦ってみる的なチャレンジャーじゃないから。攻略本片手に倒せる相手としか戦わない派だから。
「……待って」
待たない。
……と、普段なら言うのだが、ガッツリと視線を合わせているのでそういう訳にもいかない。
踵を返そうとジリっと後退りしたことで気取られたようだ。
行かせてくれ……! 後生だから……!!
独り言男子を引き止めんなよ。なんだよイジメか? カッコ悪い。
しかし金髪からそんな気配はなく、ポンポンと自分の座っているベンチの隣を叩きながらこちらを見つめるばかり。
おお……なんて高等なジェスチャーなんだ……意味が全く分からない。
「隣……空いてる……よ?」
全く分からない!
それで、「ハイそうですね」と座れるか! これだからアオハラーは!
とりあえず「経験値だから」と手当たり次第に頂くんじゃないビッチ。レベル上げの効率悪くなっちゃうだろ? 雑魚は見逃せ(命乞い)。
こちらが葛藤してる間も、パタパタと自席の隣を叩き続ける金髪。まるで急かしているかのよう。その割には瞳にハイライトがない。
ワクワクもドキドキもなく、ただ『空いてる……空いてる……よ?』と言い続けてるだけのようで……。最近の幻聴率どうよ?
どうも金髪は単騎のようだ……コマンドに仲間を呼ぶがあるのなら逃げの一択なのだが。
金髪のキッチリと閉じられた膝の上には小さな弁当箱が乗っている。周りには何もない。ピンときた。
ふっ、おいおい一人飯かよ、寂しい奴め。
何かと思えばご同類だったのか。やれやれ。警戒して損した。
しかし見慣れない奴だな? ここまで目立つ容姿をしてる奴が同じ学年にいたら気付きそうなものだが……もしかして一年だろうか? 三年はない。容姿的にない。
そっか、一年……一年だと? それならここで帰るのは色々と違う。むしろお前が帰れ。気を利かせろ。
とりあえず他にベンチがないか周りを見渡す。
アンノウン。
ここに来るまでに他のベンチは無かった。これ以上奥に行くのは流石に面倒だ。
なら奪おう。
そんな山賊的思考を実行できるのなら陰キャなんてやってないんだよ。
……どうする?
仕方なく金髪の隣――から一人分空けた端の方に腰を降ろす。
意識してる感じが出てるって?
してるからね。
いや、無理でしょ? 常識的に。陰キャ的に。
とりあえず一席空けるはボッチのデフォだ。
間違ってない。
向こうだってそのつもりだったって! その上でのお誘いだったって!
ファッションボッチでなければ。
あとは食事に集中してさっさと……。
うん?
ジリジリと頬に視線が当たっている気がして顔を上げた。するとそこには金髪の横顔。
視線は前に固定。こちらを見ていないですよアピール。
「……」
「……」
……気のせいか。
あまり金髪を見つめ続けるのもあれだ。訴えられた時に勝てない。
だから持ってきた弁当箱に視線を戻して中を開く。
今日の献立は中華だ。
敷き詰められた炒飯にエビチリに八宝菜になんか魚。
金髪の弁当箱の二倍強。しかしこれでも足りないのが男子高校生の胃袋事情。
まあ、下校までは持つかなぁ。
お菓子で補給しつつならという条件付きで。
そんな胃袋だから……。
「……」
そんな目で見られてもあげられないよ?
「……」
あげられないんだ!
バッ! ババッ!
突然顔を上げて引っ掛けてみたが、最初からそうしてましたよ? と言わんばかりに前を見ている金髪。
いや無理だから。
バッって聞こえたから。
バッ! チリこちらを見ている金髪。目当ては俺の弁当箱か体か……。
どちらにせよ食事とでも言うつもりか?!
これだからビッチは、やれやれ。
しかしその目的如何によっては応えてやるのも吝かではない。金髪は美少女だし。ドキドキ。
勿論、応えるというのはあちらの意味でだ。他意は無い。いや他意しかない。
何かヒント……もとい、サインはないかと金髪を舐めるように観察する。こういう時に出すサインってのがあるらしい。掲示板情報。
あ、瞬きしてる。サインかな? 背筋を伸ばしてるぞ。サインかな? むしろ女性であるというのがサインなんじゃないかな?
……分からない。
未経験に空気読むとか雰囲気読むとか求めんなよ!
こういう時は、もう一つの可能性を潰して残った一つがどんなにあり得なくても真実だと宣う小学生の弁を信じよう。
つまり弁当箱だ。
これが残っているようなら、お腹が減っていないということで……つまり、あれだ。いや学校だよ? そんな言い訳だ。
しかし余っていないのならただのハラペコさんというだけだ。
さあどっち?!
勝った!
金髪の弁当箱は、既に昼休みも半ばだというのに手をつけられていない。
つまりビッチ!
いや失敬。
しかしということはそういうことでむしろこちらがいただきますいや待てぇ?
狼アイズに変貌を遂げた俺の瞳が捉えたのは――金髪の弁当箱の実態。
ラムネにチョコボールにグミにジャガイモのお菓子……そうお菓子。
これお菓子箱やん。
ハラペコさんやん。
つまり、お腹が減ってるところに
ああ……。
「……あの、食べる?」
「……いいの?」
話し掛けたら待ってましたとばかりに振り向いてきたわ。
間違いないね。
「うん、一時の夢を見させてくれたお代ってやつさ」
「……よく分からないけど、ありがとう」
とりあえず持ってた箸で俺の差し出した弁当箱をつついてくる金髪。
エビと魚を突き刺している。
遠慮は?
「……おいしい」
「そら良かった。(会社に)行ったお袋も浮かばれるわ……」
「……そう」
遠慮は?
しんみりさせたら手が鈍るかと思いきや、黙々とパクパクする金髪。
魚が消え、エビチリが消え、八宝菜が消え、炒飯に箸が掛かり、って早えな?!
「いやいやいや無くなる無くなる?! 終わり終わり! なんなのその食欲? 底なしか」
男子高校生か。
残念そうにこちらを見つめてくる金髪。虚空で止まってしまった箸が寂しさを誘う。
しかしそんな目をされても、こちらも昼食抜きになるほどの覚悟はない。
「……お腹、減った」
「うんまあ、気持ちは分かる」
痛いほど。
「でも俺も全部いかれたら昼飯がなくなっちゃう訳でハラペコさんが増えるだけであって戦争がなくならなくなっちゃうからさ?」
わかるだろ?
「……そっか」
「そうだ」
「……交換は?」
「……」
金髪が差し出してきた弁当箱を見つめる。ワンチャン気付かれてない可能性に掛けてるのだろうか?
ごめん、それ補助食なんだ。
メインは張れないんだ。
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