5ー1 お昼は外で


 なんでもチャイムが壊れたとのことで、授業の終了は時計の目視が必要となった。


 だがこれは黒板の上に掲げられているため、先生方からは見えないという不幸。なんたる忸怩。


 しかしそれならばと協力するのが模範生足る我々の務め!


 率先して時間を伝えていくぞ!


「先生、そろそろ時間だと思います」


「まだ五分と経ってないぞ、佐藤」


「先生、時間なんですけど……」


「いくらなんでも終わりな訳ないからな、木村」


「十分の経過をお知らせします」


「一々報告とかするな、低田」


「先生、質問があります」


「却下だ、鈴木」


「なんで?!」


 なんてやり取りの末に僕らは二分ほど早い昼休みを勝ち取った。


 種明かしすると十分の経過毎に三十秒ずつ早い知らせを入れて先生の時間間隔を狂わせただけなんだが。


 たかが二分、されど二分。


 この二分で昼のパン戦争に食堂戦線、果ては外食戦場に於いて我々は圧倒的有利となった。


 先生が気付いて止める間もなく教室を飛び出していく戦士達を見送る。


 上手くやれよ……。


 俺は弁当派なので関係ないが。


 マミーが作ってくれた弁当を鞄の中から取り出すと、俺も自分の居場所へと足を運ぶ。


 俺の居場所は、青春をアオハルって呼んじゃう奴らが群れる教室なんかではない。


 御一人様上等の俺としては、くっくっくっ、トイレ以外の一人飯スペースがあるのだ!


 あれは一年の文化祭の準備中……あぶねっ?!


 登り掛けた階段を踏み外して方向転換。


 すっかり忘れてたぜ……。


 そうだった……あそこもう使えないんだった。


 現世版、菅原道真公が取り憑いてんだった。


 なんでも歴史キャラを女性にするのが流行っているらしいから、あいつ道真でいんじゃね? って思う。


 溜めてるものが同じだし。


 しかし弱ったな。それじゃあ俺はどこで昼飯を食えばいいんだ? もうトイレしか思い付かないんだけど?


 最近はソロ活なんて言われるものがあるのに……なんで学校には一人飯スペースが設置されないんだ! 理不尽。


 集団行動云々と言われようと、もはや個別行動で群れてるだけの我々には必要だと思うんだ。


 一人スペース。


 じゃなきゃ一人飯って教室でのアウェー感で味が分かんないまであるから。


 しかしどうするか……。


 勝ち取った二分では躊躇してる暇もない。そろそろ蜘蛛の子を散らすように各教室から餓鬼どもが湧いてくる。


 ここに居たら哀れな兎に成りかねないではないか?! 冗談じゃない! こんなとこには居られない! 私は帰らせて貰う!


 なんて言って教室に戻ったら死が待っているに違いない。オレ、知ってる。


 フラグ管理された現代で、それは絶対のお約束。


 救いを求めて、ふと窓の外を仰げば空。


 ……天気もいいしな。


 外で食べるかー。


 そんな考えで上がる予定だった階段を下りる。


 バカみたいに広い学校なので昼飯を食べる場所には困らない。


 グラウンドは四面あるし、それとは別に前庭やら中庭やらテニスコートやら迷いの森やらランニングウェイやらエトセトラ。


 適当に近場でもいいんだが、校舎に近いほど生徒モンスターとのエンカウント率が上がるのだ。


 ここは迷いの森にしよう。


 学校の敷地の広がりが規則的ではないためにできた景観を良くするための森。


 生徒間では迷いの森と呼んでいる。


 別に森が深いとかじゃない。うん。景観のための森なのに暗かったりしたら困るしね。


 しかし広い。


 そして作為的。


 ここを管理する用務員さんが遊歩道や生け垣なんかの位置を不定期で変更しているからだ。「そのような事実はない」と本人はニヤニヤしながら否定していたが手には剪定用の大ハサミとか持ってた。


 驚くことに、それは僅かな時間で行われている。


 具体的には生徒が森に入って出る間。趣味か?


 しかも何故か磁石が効かない。樹海なの?


 なので奥に行くほど敷地内なのに迷うという……。


 この学校の七不思議の一つだ。バカなの?


 まあでも、これはどう考えても生徒が遅刻した時の言い訳だろう。林ではなく森と言えるぐらいにはデカいところなので、用務員のせいにして迷ったとか言ってるだけで。


 実際に入ったことあるが、その時は迷ったりしなかった。


 てか迷うってなんだよ。真っ直ぐ道なりに帰ってこいよ。


 ただ生徒は森へは近づかないので、いい一人スポットではある。


 往復が面倒なのだろう。分かる。


 もしくは虫が嫌か。分かる。


 しかし今日はアドバンテージ二分があるせいか足を伸ばすことにした。


 グラウンドの縦断とか目立つんで、下駄箱で靴に履き替えて庭関連の端をコソコソと移動。


 もう前庭か中庭で食べたらいいだろうって? バカ! あのアオハってる奴らの笑い声が聞こえないのか?! あそこはもう奴らのテリトリーだ。ねえ、君ら授業どうしたの?


 その声が聞こえなくなるぐらいの位置から現れる遊歩道。ゲットセット。


 飯食べるのなんて十分じゅっぷんそこそこだし、今度から時間潰しも兼ねてここに来ようかなあ。


 なんてことを考えながら、俺は迷いの森へと踏み込んだ。


 

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