4 教室で


 粛々と提出物を集められた数学の授業。


「……どうやら今日は、ちゃんとやってきたみたいだな」


「先生、提出物をやってくるのは当然のことです」


「うん、ほんとにな。丸写しだとしてもな」


 酷く傷付いた。


 小一時間ほど先生を問い詰めたい衝動に駆られたが、提出物を集めるのは授業終わりなのでやめておいた。


 ここでの引き延ばしは顰蹙が凄いと思うから。


 そんな謂れのない中傷を受けた以外は、なんてことない平凡な授業だった。別に先生の授業が詰まらないとか言ってるわけじゃないんですよ? うん。ほんとほんと。


 ただ学生というのは刺激を求めてなんぼみたいなところがあってですね?


 平穏ってのは退屈を煮詰めて醸成させて腐らせた成れの果てだと思う訳で。やれやれ。


 もう少し脳にガツンと来る面白味なんかがスパイスに欲しかったな、なんて思うのも――


「須藤先生」


 平和最高だよ平和。


 日常にスパイスなんていらない。むしろ甘口派だから。


 ていうか神? どした神?


 なんでそういうのだけは叶えてくるの神?


 思わず『ジーザス』って思ったよ。


 もう思ってんのか思ってないのか分かんないよ神。


 聞こえてきた涼やかな声に教室の注目が集まる。


 トラウマを抱えていた一人誰かさんは目を伏せてしまったが。


 この行動は不自然だと直ぐに顔を上げると、そこには、高城雫が扉を開けてその姿を現していた。


「ああ、高城か。どうした? まだ……」


「……授業時間なら終わってますが……」


(その顔についているのはガラス玉ですか?)


 とか思ってそうで……。


 うん、違う。違うよね?


 皆の認識は。


 『もしかしてお邪魔でしたか?』といったような表情に態度だが、あの一室での愚痴を浴びていた身としてはむしろ『愚図は死んで?』にしか見えない……!


 なんという状態異常……。


 寝たら全快が常識でしょ!


「おっと。チャイム鳴ったか? えー、では今日はこれまで。号令はいいから、次の授業の準備始めろー。あー……それで高城は? このクラスの誰かに用事か?」


 その問い掛けに心臓がビートを刻む。


 ……いやいやいやいや。ないないないない。だって、ねえ? そんなバカな……。ほぼ無い可能性だって。俺のクラスに来たからってそんなの大抵別の用事に決まってるって。大穴が過ぎるよ……。ねえ。だから……だから頼む!


 ほとんどの生徒がそうしてるように、俺も高城の返事に注目する。祈る。


 ただ願っているのは逆だろうけど。


 来て! 本命否定


「いえ、須藤先生に」


 ようしっ!


 机の下で握り拳。


 ワンチャン『もしかして自分に用が……』なんて思ってた男子と一部の女子には悪いが、思い通りの展開に顔を隠して『計画通り』ってニヤケちゃったよ。


 これ最後捲られちゃうから。


 フラグだから。


 咄嗟に表情を取り繕って高城が須藤と共に早く教室を出ていくことを願う。隣の席の鈴木君が凄く驚いてる。いや慄いてる。どうしたのかな? 不思議。


 ようし……行け! 行ってくれ! 早く行っちまえ! いやほんとくしろよ須藤。なにやってんの?


 なんか須藤ティーチャーが持たついていたので、俺の念で動かせないかなと強く見ていたら目が合った。


 フラグが早速回収に来た予感。


「おい低田。これ職員室まで運ぶの手伝ってくれ」


「呼んでるよ鈴木君」


「いや俺ぇ?! どう聞いても低田って言ってるだろ!」


 ええい、分からず屋めっ!


 俺は鈴木君の肩を掴んで引き寄せると屈んでナイショ話の体をとった。


 先生には片手を上げてタイム要求。


「いいかい鈴木君? これはチャンスだ」


「……なんの?」


 ははは、胡散臭そうな顔。正解だ。


「どうも鈴木君は高城さんに気がありそうな気配がする」


 適当だが。


 ここから言いくるめるのが胡散臭い男の本領。


「バッ……! 何言ってんのお前! そんなの――――当たり前だろうが!」


 うん。その返しは予想してなかったよ。


 しかし好都合。


 悪い顔で囁く。


「ならよく見るんだ」


「何をだ? ファン写か? 生か? 焼き付けてるぞ」


 キモい。


「そうじゃなくて、状況をさ」


「状況?」


 顎を振ってノートを重ねて纏めてる須藤と、それを待ってる高城を促す。


「ああ、高城様が御降臨なされてる……」


「うん。ちょっと予想を超えてて言葉がないや。そうじゃなくて。いやそうだけど。大体合ってるけど」


「だろ?」


「ああ」


 こいつめんどくせえ。


 「ヘヘっ」とか言いながら笑みを浮かべる鈴木。ぶっ飛ばしたい。ここは我慢だ。あれは毒蜘蛛だ。


「きっとこの後、高城さんは須藤先生に付いていくんじゃないかな?」


「まあ、なんか用がなきゃあんな冴えないオッサンに会いに来たりしないだろうしなあ」


 大概か。


「ですね。うん。それで、簡単な用ならわざわざ待ってないと思うんだ。サッ済ませればいいんだし。つまりそこそこ時間が掛かる用事で、多分職員室まで一緒に行くんじゃないかな? そこに荷物持ちとして付いていければ、あわよくば会話が生まれワンチャン知り合いなんてことに……」


「「「先生! それ俺が持つよ!」」」


 鈴木君が立つと同時に、聞き耳を立てていた周りの男子までもが一緒に立候補。


 俺はウィスパリングを発動し、スケープゴートを複数召喚! ターンエンドだ!


 覆せるかな? この戦術を!


 剥き出しの欲望に囚われた羊どもがノートの束に殺到。


 そこで一悶着あるかと思いきや、互いに等分を手分けして持つという訓練された動きを見せた。


 まあ揉めたら先生が撤回しそうだしね。


 ぞろぞろと連れ立って教室を後にする奴らは、まるでカルガモの親子のようだった。


 これから戦場に行ってくるとばかりに勇敢な目をした奴らに俺も自ずと敬礼を返して見送った。


 うん。


 あんなんで話し掛けられたり知り合いになりたいとか思われるわけないよね。


 まあ、スケープゴートって本来そんな役割だからさ。


 ごめんね?


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