3ー2


 普通に怒られましたよ。


「失礼しましたー」


 職員室の扉を閉めながら頭を下げる。


 中には数人の教師と若干名の生徒。


 勿論、プリプリしている剛田先生も含まれる。


 あれだけ怒鳴り散らしたのに満足いかなかったらしい。他の先生の手前、恫喝も程々にしなければいけなかったのが原因だろう。


 タケシはそんなんで大丈夫なんだろうか……。


 デコピンが体罰、肩に手が触れたらセクハラと叫ばれる昨今で、己の身を省みないその所業は、むしろ懲戒免職を欲しているように見える。


 いつかバスケ部の奴らから動画とか撮られて拡散されちゃいそう。


 強く生きろよ、タケシ!


 でもインタビューとか来たら「あー、そういうとこある先生でしたねー」って言おう。


 意外と軽く済んだ罰に足取り軽く廊下を歩く。


 その曲がり角で。


「あ……」


 鬼と遭遇。


 散々警戒してる時は来ないくせに……。


 軽快なら来るっておかしいだろ。


 間近で見ると光を放ちかねん美貌に微かに香るいい匂い。柔らかく話しやすい雰囲気と見る者を癒やす笑顔が万人を惹きつける。


 にっこり微笑む毒菩薩。


 高城雫がそこにいた。


 あははー、どうもー。


 軽く会釈をしつつ目を合わせないようにすれ違おうとして、阻まれた。


 大魔王からは逃げられないというのか?!


 同じタイミングでお互いを避けようとした為に、両者出足が止まってしまっただけだ。


 しかし生まれた一瞬の躊躇。


 そこに声を掛けてくる高城。


「あら……さっきの?」


 覚えてないの?


「違います」


 なら幸い!


 フッと体をスライドさせてすれ違う。これだけ大きくズレれば行き合うこともないだろう。


「あの……もしかして――助けてくれました?」


 しかし高城の声が追い掛けてきた。なんで俺の足は音速より遅いんだろう……。てか覚えてるじゃん。ノートには書かないで。


 ここはどう答えるのが正解か――


 まず高城とタケシの会話と態度を思い出せ。会話は先生を気遣う生徒と脳筋の世間話的な範疇だ。高城の所作にも問題はなかった。タケシの臭いが気になっているというか存在がファックっていう前提を知らなければ。しかしそんなそぶりは微塵もなく完璧優等生菩薩笑顔だった。タケシの方も会話は厭らしい中身を臭わせる程度。中も外も臭い奴だ。判定はギリ。勿論アウト。視線が犯罪だったのでスタートからダメという事実。あそこで助けに入ったと思われることは開かずの部屋で毒電波を受信したという疑いを持たれるものだろうか? いや高城のファンのイキりという見解の方が強いだろう。ああしかしファンなら声を掛けられて「違います」はねえだろ。つい脊髄反射で。トラウマって怖い。どっちが正解だ? イエス? ノー? ここは……!


 思考はコンマゼロ二秒。俺調べ。


「――ん? え? はい。何?」


 聞こえない振りだ……!


 数々のラノベ主人公がこれで数多のヒロインを攻略してきたンだよマジかよこれ実際やってみると恥ずかしさがパねえよバカなの死ぬの助けて主人公。


 振り向いて、にへらっと愛想笑いを浮かべる俺に、高城は笑顔ながらも困ったように眉尻が降りる。


 ですよねー。


 聞こえてないわけないもん。


 俺もこんな奴いたら『なんだこいつ? キモチ悪っ。カッコつけかよ』って思いますもん。


「いえ、勘違いのようです」


 高城様……! あざーっす!


 会話を早く終わらせるという意味では俺の作戦は決まったといっても過言ではないだろう。でも精神値をフル利用なんてコスパ悪いよ! なにやってんの! ほんと何やってんだよ主人公ども……。


 鈍感系主人公の必殺技って聞いてたのに……死ぬの自分かよ。


「……っす」


 ペコリと頭を下げて背中で語る感じでその場を後にする。


 これ後ろで笑われてるパターンだけどな。


 いやいつも笑顔だけども。そうだけども。そうじゃなくて。


 ……いいんだ。これぞ肉を切らせて骨を断つ典型さ。肉がA5ランクやっただけで……。ええんや。いやよくないけど。


 ここにオーディエンスがいたらヤバかった。


 二度と学校に来れないところだった。


 死ぬところだった。


 社会的に。


 ……しかし、なんか高城に関わると常に命が危ういね?


 そんな存在でしたっけ? むしろ高嶺の花的な位置取りだった筈なのに……。


 まるで呪いに掛かったよう。やだぁ〜。


 思い浮かぶのは黒ノート。洒落にならん。


 まあ……ここまでがイレギュラーってだけで、こっからはいつも通りの日常が待ってる筈さ。


 そう、いつもってのは……教室の端でモソモソと過ごし、カースト上位陣に気分でイジられ、カースト上位陣に何かと仕事を押し付けられ、カースト上位陣の学園生活に花を添えるという……なんでだろう、目から水が溢れてきやがるぜ、へへ。


 砂漠でヒーローになれるな。


 日常最高かよ。


 そんな取り留めのないことを考えて背後の存在から意識を逸しつつ、足早に教室へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る