2ー2


 ごゆっくりと言われたのでジュースのおかわりを所望した。


「ふざけんな」


「至って真面目ですが?」


 何か?


 歓待を受けている以上、リラックスするのはもはや礼儀。


 手足を投げ出して壁を頭に首だけ起こす。おら、ストロー、いやチューブ持ってこい。足揉め。


「よし、その表情をやめろ。態度も改めろ。嫌々でも付き合いなげえからな、考えてることぐらい分かるぞ。いいか? 仏の面も三度までだ。心を入れ換えて謝罪したら殺すのは八割で収めてやる」


「さーせん」


 誤ったのに。


 三度起こってしまった争いにケリをつけ、ボロボロで隣同士、壁を背に思いは一つとなった。


 無駄な時間を過ごしちゃったなー、という。


 こんなんで友情を深めてたという昔の不良は凄いと思う。


 疲れた声でタケっちが呟く。


「……そんでほんとになんだよ? 言っとくけど煽んなよ。マジで疲れたから」


「それな」


 もう外も暗いよ。俺、ほんとに何しにきたんだろう。ちょっと予想外の人の予想外のところ見ちゃって予想通り動く愚かな奴を眺めて悦に浸りたかったとかかな? うんうん。あるある。


 動揺が酷かったということで。


 ただそのまま伝えると多大な犠牲を払った騒乱が再び起こりそうな気配を感じる。冴え渡る第六感。よせやい。


 じゃあしかし本題を伝えるというのにも抵抗が……。


 そもそもよく考えなくても、人がひた隠しにしてることを、本人もいないのに裏でグチグチ愚痴るのも違うと思うんだ。良くない。うん、良くないよそういうの。


 決してバレた時の報復が怖いとかじゃなく。


 しかし親友を巻き込みたい、違う、俺は親友に嘘を付きたくないと思ってる! 友達だから! 地獄の底まで一緒と誓ったから!


 じゃあやっぱり言うしかない……言うしか、ないんだ……っ!


 すまないタケっち!


 意を決してダルそうな表情の親友に向けて口を開く。


「実は……」


「実は?」


 実話。


「数学の提出二回サボってリーチなんだよね。2組ってうちより数学進んでるよな? 次の課題の範囲、写さしてくんね?」


 いややっぱり言えねえって。怖い。無理。


 それに失敗らしい失敗って先生に声かけられたことぐらいだから。これも解決法の一つだ。不法侵入? ああ、あの毒女ね。怖いよね。


 これが正しい選択なのは間違いないので、伏して親友にお願いすると、溜め息を吐き出しながらも鞄からA4のノートを取り出してくれた。


 おお……! 流石強面優等生。


 タケっちは、仁王もかくやという笑顔で、数学のノートを差し出して一言。


「諭吉一人で手を打とう」


 と、こう。


 うん。


「屍から奪うしかないということか……」


 俺の屍を越えてうんぬんって意味ですね、わかります。


 商人ばりの交渉術で大銀貨一枚まで下げた俺は錬金術師と呼ばれてもいい筈なんだが……何故だ。


 損した気しかしない。


 というか損したよね。


 しかしここで写さないという選択肢もない。補習嫌なので。


 だが何故か鞄の中には漫画しかなかったから、持って帰って家で写した後に返しに来るよと告げる。


「学校で返せ」


 大丈夫。


「きっと……きっとここに戻ってくるから!」


「来んな。面倒だから学校で返せ」


 ちぇー。ノリが悪いなあ。


 そろそろ潮時なので、ノートを鞄の中に放り込んで渋々と腰を上げる。


 時刻もいい頃合いに遅く、収穫もあった。文句なしでしょ。


「じゃあボチボチ帰るわー」


「おう。もう来んなよ」


「からのー?」


「来たら殺す」


「と見せかけてー?」


「殺す」


 見せかけてなくない?


 シッシッと独特な別れ際の手振りをする親友に片手を上げて応えつつドアを開ける。中指だけが元気だったのに他意はない。


 そういえば、途中から騒いでも八千代ちゃんが二階に来ることはなかったな。遠慮してくれたのかね?


 だとしたら我慢を強いて悪いことをしたな……。


 後で兄で鬱憤を晴らしていいと伝えておこう。上手くいったら俺の目的も達成できるかもしれないし。


 トントンと軽快に階段を降りる。


 心が軽くなったから足取りも軽い。


 特に心配事がなくなったからというか、最初から心配事なんてなかったことに気付いたというか……。


 そうそう。なーに、大丈夫。心配ないさ。悪魔の不在証明みたいなもんで、見つかったわけでも今後以降に不意を打たれることがあるわけでも……。


「あのっ!!」


 ドスッときた。


 突然の呼びかけに心臓がキンキン。いや耳がバクバク。


「うん? ど、うかした?」


 心臓が止まりかけたせいか内心が押し殺されて、結果、余裕の表情で対応ができた。年上の威厳は守れてると信じたい。引けてる腰と震える脚は勘弁な。


 突如、階段の終わりで声を掛けられた。


 気配とか全く無かったよ。どうなってんだ。


 まるでずっとそこに居たような置物感と狙ったような必然性だ。


 そんなわけないけど。


 まだ少し顔が赤い八千代ちゃんだ。軽く湯だってる。もしかしてお風呂入った?


 目が合うと微妙に逸らしながら恐る恐る八千代ちゃんが口を開く。


「ぐっ」


 ぐ?


「偶然ですね!」


 ここ君の家やけど?


「そうだね」


 こういう時は深く考えちゃいけないし反論も悪手だ。


「今から帰るんですか!」


「うん、まあ」


「私も今からなんです! 偶然ですね!」


「偶然だね」


 ここが君の家やけどな?


 今からというのは……デートとかだろうか?


 八千代ちゃんの装いはセーラー服じゃなくなっている。かといって部屋着でもない。


 七分袖の黒のブラウスに腰で絞ったAラインのピンクのスカート。雰囲気に合わせているのかハンドバックまで持ってる。


 デート服だ。


 いつもの私服とも感じが違い、大人感を上げている。


 それでも顔の幼さからどう頑張っても高校生といったところだが、気合の入り用は見てとれた。


 え、デートなの?


 もう遅い時間、これからデート、気合増し増し……つまり。


「や、八千代さん……」


 ということか。


「な、なんで敬語なんですか……」


「大人だからさ」


「え……えへ。お、大人っぽく……見えます?」


 照れたように髪を指で梳く八千代さん。


 見えるかどうかで言うと見えない。


 しかし遥か先を行くという意味では間違いないだろう。


「というか俺の方が子供というかなんというか……」


 最近の中学生のレベルが計り知れない。


「……なんか勘違いしてません?」


 スッと冷えた空気に俺の危機感知が反応。


 ヤバい!


 ここは誤魔化すに限る!


「や、ほら? 俺なんかまだタケっちとドタバタやっちゃうぐらいに幼稚というかさ? 八千代さんとか怒ってたのに、それを許しちゃうぐらいに寛大というかさ? 俺なんて全然まだまだ子供なんだなーっていう……うん」


 口が滑る滑る。


「……うーん、そんなこともないですけどー」


 なんて言いつつも、少し嬉しかったのか雰囲気が和らいだ。


 押せ、押すんだ!


「精神的にも女性の方が成長早いって言うし。うん。それで突然そんな大人っぽい格好で現れたからビックリして思わず敬語になってしまったというか……」


 なんというか。うん。


 大体合ってる。


「ってことは、綺麗系に見える……ってことですか?」


「見える見える」


 可愛いと綺麗の違いがよくわからんが。


「なんかデートにでも行くのかなって感じで……」


「え、やだ、違いますよ! これはちょっと外に出る用の服ですよ! そんなデート感を出そうとかそんなんじゃ……」


 再び顔を赤くして照れた感じでバタバタと手を振る八千代さん。言葉尻は小さくなっていったが、俺には分かる。


 デートだな。


 恐らく二回目とか三回目とか、もしくは初めての……という照れが勝つ感じのデート。なのに湿度高め。


 これ以上引き止めるのも彼氏に悪かろう。


「んじゃ八千代さん、またね」


「だからなんでまだ敬語なんですか! って、違う! わたしわたし! 私も行きますよ!」


 うん?


 いや、ワシ帰るんだけど?


 流石に疑問が顔をついて出たのか、八千代さんが説明してくる。


「だから……そう! ちょっと外に出るだけなんですけど! たまたま目的地が太洋さん家の近くで! 一緒に行きませんか、とかそういう……あの……」


 ああ、うん。つまり……。


「暗くて危ないから送ってくれるっていう……」


「そうです!」


 冗談だったのに喰い気味にきた。


 お、おう。せんきゅーな。


 そういう訳で、二人並んで靴を履きタケっちの家を後にすることになった。


 靴は流石にヒールのないやつだったけどオシャレな感じは出てた。


 ……どう見てもデートに行く装いなんだけど。


 え、ほんとに普段着?


 昨今の中学生のレベルの違いを見た。


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